スポーツのこれから

第13回

柔道界が小学生の全国大会をやめた!

2022.04.23更新

 「観る/話すスポーツ」と「するスポーツ」を腑分けし、後者にこそスポーツの本質があると、数回にわたって書いてきた。具体的な生活行動におけるスポーツへの関わりという視点からスポーツを考察してきたわけだが、ここで再び俯瞰的な視座からスポーツを捉えてみたい。

 まずはここまでの流れをおおまかにおさらいしておこう。

 コロナ禍に見舞われるなかで強行開催された昨年の東京五輪は、スポーツと政治が分かち難く結びついていることを露わにした。政府や権力者が自分たちにとって都合の悪い事実をスペクタクルへの熱狂で覆い隠す「スポーツ・ウォッシング」を、まざまざと見せつけられた。

 また、当事者であるアスリートや指導者などスポーツ関係者のほとんどが、社会から隔絶されていることも明らかとなった。夢や希望や感動を与える特別な存在として自らを措定し、その役割を競技で結果を出すことに限定して社会問題に向き合おうとしないその態度に、少なくない人たちが疑念のまなざしを向けたことは記憶に新しい。

 スポーツが政治と結びつき、社会と切り離されている。スポーツの価値はかつてないほど下落しつつある。このままだとスポーツという文化が廃れてしまいかねない。もしかすると50年後には「スポーツなんてやってんの? めずらしいねえ」という人が出てくることもありうるのではないか。

 この危機感に急き立てられて、ここまで書いてきたわけである。

 したがって、この連載が目指すのはスポーツの価値の下落を食い止め、スポーツに関わる人たちの生を豊かにする文化的なスポーツのあり方を示すことにある。

 あらためてこれを確認しておいて、さあ、始めよう。

 北京冬季五輪が終わり、ロシアによるウクライナ侵攻が始まってまもなく、ここ日本ではスポーツのこれからを占う上で画期的な方針転換が為された。日本柔道連盟(以下、全柔連)が、毎年夏に行われている小学生学年別柔道大会を今年度から廃止する決定を下したのである。その理由は「勝利至上主義の散見」で、具体的には、判定に対して指導者や保護者が審判に罵声を浴びせる、育ち盛りの児童に減量を強制する、組み手争いに終始する試合が見られる、保護者が我が子の対戦相手を罵る、父親が試合に負けた子供の胸ぐらを掴んで壁に押しつけるなどの事例が挙げられている。

 勝つことに固執するがあまりスポーツ本来の豊かさが損なわれているこの現実と向き合い、柔道界は重い腰を上げたわけである。

 柔道のみならずその他のスポーツ全般でも、若年層ではいまだに暴言や暴力による指導が続いており、この歪みは勝利をもっとも価値あるものと見做す「勝利至上主義」の影響である。これを是正すべく下された全柔連の決定は、まことに英断であると私には思われる。

 もっとも、若年層におけるスポーツを健全化する動きはすでにみられる。

 たとえば、「全国ミニバスケットボール大会」は年に決勝トーナメントを廃止した。勝ち上がりで優勝を決める「トーナメント戦」はどうしても試合数に偏りが出る。決勝に駒を進めた2チームがもっとも多くなり、初戦で敗退したチームは1試合しかできない。そのため各チームが2日間で3試合を行う「リーグ戦」に変更した。さらにはこの大会が「優勝を決めない交歓大会」であると明記し、競争意識が過剰に高まらないように配慮している。

 ルールにも工夫が施されている。

 防御の仕方がマンツーマンディフェンスに限られているのだ。これには個々のスキルを向上させる1対1のシチュエーションを重視する意図がある。戦術を身につけるよりも個人スキルの向上に重きを置く、いわば児童の将来を見越したルールである。

 また、ベンチ入りした児童すべてが試合に出場できなければ没収試合となる。これは、体格に恵まれている、運動能力が高いなど特定の児童ばかりが試合に出場する不平等を解消するためだ。小学生同士の競技力の差など、長い目で見ればあってないようなものである。身長がものをいうバスケットではその差が競技力に直結するし、したがって急に背が伸びたことで頭角を表すケースも多い。いまだ発達途上の段階で優劣を決めるのは不毛でしかなく、つまり発育の差によって試合を楽しむという機会を児童から奪わない意図が、ここにはある。

 いずれにおいても、目先の勝利を追うのではなく児童の将来を考慮している。

 他にも「益子直美カップ小学生バレーボール大会」がある。名前の通り、元バレーボール日本代表の益子直美氏の呼びかけで2014年から開催されているこの大会には、「怒ってはいけない」というルールが設けられている。勝利にこだわるあまりつい熱くなり、ことばがキツくなった監督には益子氏が出向いて注意をする。それでもなお怒鳴りが続くようなら、赤で×(ペケ)と書かれたマスクを着用させられるという徹底ぶりだ。

「勝つために」という大義名分は、指導者による児童への暴言をどうしても加速させる。たとえ周囲がその様子を目撃しても、それは熱意の現れであって、「勝つため」なのだからある程度は仕方がないと看過されがちだ。若年層におけるスポーツで長らく続くこうした悪弊と向き合い、それを改善するための取り組みが「怒ってはいけない大会」である。

 うれしいことに、この試みは他競技にも広がりつつある。

 2021年4月に「一般社団法人 監督が怒ってはいけない大会」が設立された。「子どもたちがのびのびとプレーすること」を目的に、さまざまなスポーツにおいて「怒ってはいけない大会」を開催すべく、これから取り組んでいくのだという。スポンサーにはスポーツ関連企業のモルテン、アシックス、ミカサ、応援者として元バドミントン五輪日本代表の陣内貴美子氏、元ラグビー日本代表の野澤武史氏が名を連ねていることから、その関心の高さがうかがえる。

 若年層におけるスポーツは、その歩みは遅々としているが確実に変わりつつある。

 日本にルーツがあり、オリンピックでたくさんのメダリストを輩出するメジャースポーツの柔道界が下したこのたびの英断は、おそらく若年層のスポーツをめぐるこうした取り組みを加速させるだろう。

 全柔連の発表後すぐ、朝日新聞デジタルでは「勝利至上主義を考える」という特集が組まれた。インタビュイーに、全柔連会長の山下泰裕氏をはじめ、元柔道家で筑波大学教授の山口香氏、元陸上選手の為末大氏、先にも挙げた益子直美氏といった元トップアスリートや、高校ラグビーで新しいリーグ戦を立ち上げた元選手で高校教諭の松山吾朗氏、スペインにあるサッカークラブのビジャレアルで育成に関わる佐伯夕利子氏といった指導者、そして「全国柔道事故被害者の会」代表の倉田久子氏が名を連ね、スポーツを健全化するという点で概ね一致した考えを披瀝している。

 スポーツのこれからを描く上で、この「勝利至上主義」は避けて通れない。

 スポーツには勝敗がつきものである。どの選手もどのチームも、目指すところは勝利だ。競争に勝つことこそがスポーツの目的であり、それが果たされた暁にはこのうえないよろこびをもたらす。にもかかわらず、勝利に最たる価値があると考えるのはよろしくない。それはなぜなのか。

 いささか矛盾するかのように思えるこの理路を理解するのは、そう容易ではないだろう。ともすれば支離滅裂に思えるかもしれない。それでも私は、この捩じくれたようにみえる理路にこそスポーツの本質があると考えている。それをわかっていただくために、次回以降、じっくりと書いていきたい。

平尾 剛

平尾 剛
(ひらお つよし)

1975年大阪府出身。神戸親和女子大学発達教育学部ジュニアスポーツ教育学科教授。同志社大学、三菱自動車工業京都、神戸製鋼コベルコスティーラーズに所属し、1999年第4回ラグビーW杯日本代表に選出。2007年に現役を引退。度重なる怪我がきっかけとなって研究を始める。専門はスポーツ教育学、身体論。著書に『近くて遠いこの身体』『脱・筋トレ思考』(ミシマ社)、『ぼくらの身体修行論』(内田樹氏との共著、朝日文庫)、監修に『たのしいうんどう』(朝日新聞出版)がある。

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