スポーツのこれから

第14回

「競争主義」と「勝利至上主義」 

2022.06.23更新

 勝ったらうれしい、負ければ悔しい。だから勝利を目指す。

 それのなにがいけないのか。そんなの、当たり前じゃないか。

 至極、もっともである。

 空は青いし、海も青い。川には水が流れ、地球は丸い。これと同じように、スポーツは勝負だ。だから勝つためにプレーするのは、自ずとそうなる自然である。

 スポーツは勝利を目指す。

 これはなにも競技スポーツだけに限らない。自己との闘いを含めれば健康を目的とするスポーツもそうだし、他者との交流を目的とするレクリエーションスポーツでさえ、勝敗をめぐって揺れ動く感情をもとにコミュニケーションを図る。なにも血眼になって勝利を目指せといっているわけではない。負けることにささやかな抵抗さえあれば、それがエッセンスとなって活動そのものが充実する。その意味でスポーツは、健康の維持増進にも人間関係の構築にも資するわけだ。

 すべてのスポーツはすべからく勝利が目指される。これが原点だ。

 つまりスポーツには「競争主義」があらかじめセットされている。個人や集団の競い合いを通じて全体の質を高めようとする考え方が、組み込まれている。「勝利至上主義」をめぐる議論がいまいち噛み合わないのは、ここにある。「勝利至上主義」を、スポーツに内在する「競争主義」と混同しているのである。

 まずはここを解きほぐしていこう。

 思い起こせば私は物心がついたときから負けず嫌いだった。徒競走や棒倒しなど運動会の各種目、親と打つ将棋、正月に家族で遊ぶトランプなど、とにかく勝負事では勝ちたい。負けたときの胃の奥がズシンと重くなる悔しさが、とにかく不快だった。しかもこの感情は、勝負が終わってからもしばらく尾を引く。次の日も、その次の日も悔しい。その程度はだんだん小さくなるものの、心の片隅にしぶとくとどまって、ふと思い出すたびに胃の奥が疼く。この疼きは、次また戦う機会で勝つまで完全には払拭されなかった。

 だから、どんな勝負でもできる限り負けまいとして、いつのときも真剣だった。

 この性格がスポーツに向かわせたのだろう。少年野球、ミニバスケットボールを経て、13歳のときにラグビーを始めた。やるからには勝ちたい。対外試合はもちろんのこと、チームメイトにも競技力において引けを取りたくない。そう思いながら31歳まで、19年にもわたってラグビーというスポーツを続けられたのは、この負けず嫌いな性格があったからだろう。

 あらためて選手時代を振り返ってみると、勝敗や優劣を競い合う環境がいまの私に少なからず影響を及ぼしている。勝利がもたらす自信を積み重ね、敗北が突きつける屈辱感をバネにする。このサイクルを通じて私は成熟を果たそうとしてきた。大学教員になったいまも、スポーツほど頻繁に勝敗を競い合わない環境でありながら、やはりこのサイクルを自ら作り出して研究に勤しんでいるように思う。

 ラグビーをすることがいまの自分にどのように影響したのか、そのすべては語り尽くせない。経験そのものやそれから得られたもの、あるいは失ったもののうち、言語化できるのはほんの一部であり、大半はからだにめり込むようにして享受しているからである。

 競争的環境から恩恵を受けた身として、私は勝利への飽くなき追求は認める。「競争主義」は否定しない。冒頭で述べた通り、「競争主義」はそもそもスポーツに内在しているのだから、それの否定はそのままスポーツの存在価値を揺るがすことになる。手放しでの礼賛は憚られるにしても、個人や集団の競い合いを通じて全体の質を高めようとする考え方そのものには相応の効果があるし、スポーツ経験者ならほぼ例外なくその恩恵に預かっているはずだ。ヒリヒリするような勝負の場面で、みずからのからだがバージョンアップするときの、あの快感情はたまらない。

 だが、「勝利至上主義」となれば話が違ってくる。

 「至上」とは、この上もないこと、最上、最高という意味である。たとえば「至上者」は、様々な民族の宗教に見られる万物の創造主・全知全能者としての霊的存在を、「至上命令」は、絶対に服従すべき命令を意味する。

 ここから「勝利至上主義」とは、勝利を最上の価値と認め、他のなにを差し置いてでも手にすべきであるという考え方になろう。これは、そこに自ずとあるはずの勝利を過剰に意味づけるという考え方で、いわば「競争主義」から派生した亜種である。

 繰り返すが、「競争主義」とは、個人や団体の競い合いを通じて全体の質を高めようとする考え方である。目的は勝つことではなく、「全体の質を高めること」にある。この目的を手放さない限りにおいて「競争主義」は機能する。

 たとえばラグビーなら、チーム内のレギュラー争いが各選手の成長を、対外試合が両チームのまとまりを促し、ひいてはそれがラグビー界全体の成熟へと導かれる。学校教育もそうで、定期試験を実施し、競争原理を導入することによって結果的にひとりひとりの学力や見識が高まり、彼らがやがて大人になって成熟した社会が出来する。

 大事なことなのでまたまた繰り返すが、「競争主義」における目的は「全体の質が高まること」である。これに対して「勝利至上主義」は勝利そのものを目的とする。競争相手より秀でることを最優先すればどうなるのか。対戦する相手が有利にならないように情報を隠す、あるいは相手の失敗や失策をよろこぶようになる。そうして次第に全体の質が低下してゆく。ここに大きな違いがある。

 個人や団体が成熟を果たすための方便にすぎなかった競争が、いつのまにか目的化する。競争原理の導入がその効力を失うデッドラインの先に、「勝利至上主義」は出来するのである。

 えてして競争は過熱しやすい。勝利はわかりやすく、それを手にすることで得られるものも瞬間的なよろこびにすぎないとはいえ、それがもたらす恍惚は計り知れない。とくに成長途上の子供にとっては、自己肯定感を高める成功体験として深く記憶に刻まれる。その様子を目の当たりにした指導者や保護者は、自ずと勝たせてあげたいと望むようになる。このささやかな欲望がいつしか勝たねば意味がないと先鋭化してゆく。ふと気がついたときには、勝利を最たる目的とする「勝利至上主義者」になっている。

 試合に負けた我が子の胸ぐらを掴んで叱責する保護者、2位では意味がないと準優勝の賞状を部員の前で破り捨てる指導者も、よくよく初心を思い出せば、当初はもっと冷静に子供たちの将来を考えていたはずだ。それがいつしか過激な態度で子供に接するようになる。これは競争がどれだけ加熱しやすいかを物語っている。「競争主義」は、競争が加熱しないようにその都度ブレーキをかけ続けなければ、坂道を転げ落ちるように「勝利至上主義」へと堕してしまうのである。

 勝利とは、到達目標にすればそこに至るまでのプロセスが豊かになるという方便に過ぎない。他のなにを差し置いてでも優先する至上の価値ではないというのが、勝ったり負けたりを繰り返して辿り着いた私の結論である。競争を通じてつかんだ勝利は、その瞬間はよろこびに満ち溢れるものの、いざ手にした途端にまるで陽炎のように霧消する儚いものだ。それよりも勝利を目指すプロセスで身につくものの方が確実で、はるかに価値がある。

平尾 剛

平尾 剛
(ひらお つよし)

1975年大阪府出身。神戸親和女子大学発達教育学部ジュニアスポーツ教育学科教授。同志社大学、三菱自動車工業京都、神戸製鋼コベルコスティーラーズに所属し、1999年第4回ラグビーW杯日本代表に選出。2007年に現役を引退。度重なる怪我がきっかけとなって研究を始める。専門はスポーツ教育学、身体論。著書に『近くて遠いこの身体』『脱・筋トレ思考』(ミシマ社)、『ぼくらの身体修行論』(内田樹氏との共著、朝日文庫)、監修に『たのしいうんどう』(朝日新聞出版)がある。

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