数学の贈り物数学の贈り物

2018.07.01更新

 今朝は三島さんとトロカデロ広場に面したカフェCaretteで朝ごはん。朝食のジュースをオレンジにするかグレープフルーツにするかで迷っていると、三島さんが「朝のグレープフルーツには体内時計を調整する機能がある」と力説しはじめる。根拠が不明でもなぜか三島さんはいつも確信している。しかもその確信を人に押し付けようとはしない。なのに、なぜかこちらまでそれを信じたくなってくる。結局、二人で仲良くグレープフルーツジュース付きの朝食を頼む。

 セーヌ川にかかるビル・アケム橋をわたり、ドレセール通りからトロカデロ庭園を通って、シャイヨー宮を抜ける。エッフェル塔の様々な表情も楽しむことができる僕のお気に入りの散歩コースだ。パリが初めてという三島さんに、僕もたいして詳しくないのに、わかったような顔をして得意になって案内をする。道中、ミシマ社の京都オフィス移転について話を伺う。不動産屋のミスで、いまのオフィスの契約延長が不可能になり、にわかに移転を余儀なくされているという。これを機会に、さらに素敵なオフィスが見つかるといいが...。夢中になって話しをしていると、ここがどこなのかがわからなくなってくる。

 旅に来ると、世界は狭くて広いと感じる。

 数日前、ベルリンにある森鴎外記念館を訪ねた。森鴎外が明治十七年に留学したとき、横浜港を出発してマルセイユに到着するまで、およそ一ヶ月半かかったそうだ。それがいまや飛行機に乗って本を読んで、映画を見ているうちに着く。ここまでヨーロッパは近くなったが、ここに来ればだれも自分のことなど知らない。日本のメディアを賑わすニュースも、誰も話題にはしていない。見たこともない店や場所で、自分には聞き取ることのできない言葉で、会話が交わされ、感動が生まれ、人が怒り、笑い、心配している。自分がいようがいまいが、びくともしない世界が進行している。日本に帰れば、京都の小さな古民家で、僕は家族や友達と笑い、泣き、走り、眠り、そしてここにいる人には通じない日本の言葉で、思索し、読み、書き、語り続ける。世界はなんて狭くて広いのだろうと思う。

 

 昨夜はパリ日本文化会館で一時間の講演をしたあと、哲学者フランソワ・ジュリアンと「対話(ダイアローグ)」をする場が開かれた。これは、パリ日本文化会館の川島恵子さんとファブリス・アルデュイニさんの尽力により実現した企画で、対話の相手として僕がジュリアンさんを希望したのは、昨年、彼の著書『道徳を基礎づける』(講談社)を読んで強く触発されたからだ。その後、代表作『普遍的なもの、画一的なもの、共通のもの、そして文化間の対話について』(未邦訳。De l'universel , de l'uniforme, du commun et du dialogue entre les cultures)を読み、そこで彼が提案している「普遍化可能であること(l'universalisable)」と「普遍化すること(l'universalisant)」の区別に刺激され、それが数学における「普遍」というテーマについて再考をはじめるきっかけになった(このとき考えたことをもとに『新潮』7月号に寄稿した論考「『普遍』の探究」を書いた)。

 あらゆる知性は「状況(situation)」に根ざしたものであり、人がどうしても逃れることのできない根源的な状況が「身体」である。それゆえ、もし普遍性というものがあるとすれば、それは人間の(広い意味での、すなわち「拡張された」)身体を基盤としたものであるはずだ。これまで『数学する身体』(新潮社)や『アリになった数学者』(福音館書店)では、数学を主題にこのことを考えてきた。

 フランソワ・ジュリアンは著書« Fonder la Morale »(『道徳を基礎づける』)の日本語版序文のなかで、「(道徳とは)日本人であろうがフランス人であろうが、わたしたちの経験のただ中で、わたしたちに共通するものを浮かび上がらせるものである」と書いている。強い普遍性を持つという意味で、道徳には数学と似た面がある。その共通性は、道徳と数学の身体的な起源にまで遡ったとき初めて見えてくるはずである。それは、何年も前に、フランシスコ・ヴァレラの« Ethical Know-How »(未邦訳)を読んで以来、ずっと考え続けて来たテーマだ。フランソワ・ジュリアンによる『孟子』の読解は、そこに新たな視点を持ち込んでくれる刺激的なものだった。


 彼の著作をさらに読み進めていくにつれ、その「普遍性」に関する議論が、ヨーロッパ哲学の前提とする特殊な「わかりかた」にとらわれているようにも読めてきた。知的な「理解」とは違うわかりかた。何かを一望して見晴らすようなわかり方ではなく、全貌を掴むことのできない他者に耳を澄ませ、同化していくようなわかりかた。全体を把握してからそこに部分を位置付けるのではなく、部分から全体に至るわかりかた。そういう「わかりかた」を基盤とするとき、そこから「もう一つの普遍性」(フランソワ・ジュリアンの言葉でいえばune autre modalité de l'universalité humaine)が見えて来るのではないか。この問いかけを、直接彼に投げかけてみたいと思った。



 対談を引き受けてくださったとき彼は、依頼した文化会館のスタッフに対して「対話はそれぞれの母国語で行われなければならない」ときっぱり断言したという。僕は最初に、英語で対談することを提案したが、それはきっぱりと否定されたのである。英語という「第三の言語」で対話を進めれば、その言語の構造が、おのずから対話の方向性を規定してしまうからだ。どれほど効率が悪く、どれほどもどかしかろうが、相手の言語を自分の言語に翻訳しながら、その緊張関係のなかで自分の言葉を更新していくこと。その時間のかかるプロセスこそが対話なのだと彼は言った。


 今回はその考えを尊重し、冒頭の講演も日本語で行い、それを通訳してもらうことになった。目の前にいる彼にダイレクトに話しかけることのできないことが、最初はとてももどかしく感じられたが、途中からその「効率の悪さ」自体が何とも言えず面白くなってきた。日本語が通じない相手にはつい、英語を使ってしまう自分にとって、あくまで通じない言葉で語り続けるというのは、これまでにない新鮮で奇妙な体験だった。

 対談の当日、彼はイベント開始の十五分前に、予定より二時間近く遅れて会場に到着した。これが、僕とジュリアンさんとの初対面である。スペインから帰国し、空港から直行してきたが、道が混雑して遅れたのだという。矢継ぎ早に質問をされ、思わず英語で答えようとすると、すぐさま「英語はやめろ」と戒められた。


 冒頭の一時間の講演に、彼は熱心にメモを取りながら真剣に耳を傾けてくれた。「普遍化可能であること(l'universalisable)」と「普遍化すること(l'universalisant)」という概念の区別を前提として、僕はまず数学的な概念の「普遍化する力(la capacité universalisante)」について語った。また、道元や芭蕉の言葉を手がかりとして、岡潔の思想を紐解きながら、「もう一つのわかりかた」の可能性について、手短に提起した。そして最後に、準備していた四つの質問を投げかけ、冒頭の講演は終わった。通訳を介した一時間の発表なので、短い時間に情報を詰め込む必要がある。先週パリに来て以来、大部分の時間はホテルにこもって、この発表の準備をしていた。僕は、どんな返答が得られるか楽しみだった。

 結果からいえば、残念なことに、今回のイベントは対話の入り口に立つまでで終わった。彼は僕が投げかけた四つの問いのうち、実質的には一つしか答えていない段階で、次はアルゼンチンに移動しなければならないと言って慌ただしく去った。対話は、一往復もしないまま、不完全燃焼に終わったのである。彼の応答の中身からは、僕が伝えようとしたことの意図が十分に伝わっていなかったこともまたはっきりとわかった。

 「対話(dialogue)」とは「dia+logos」であって、それは「横切って(dia)」いくべきギャップ、対話者の間の「隔たり」から出発しなければならないと彼は著作のなかでくり返し書いている。今回はその溝だけが確認され、その溝を横切り、超えていく言葉は生まれることがなかった。逆に、そう簡単に「横切る」ことなどできない隔たりがあるからこそ、これは取り組む甲斐のある対話なのである。


 僕は今回のイベントのために用意した原稿を、時間をかけてこれから「翻訳」していき、手紙としてあらためてジュリアンさんに投げかけ、さらなる対話の継続を提案したいと思う。対話は時間のかかるものであり、待つことが何より重要なのだと、彼はくり返しイベントのなかでも言っていた。ここから対話は続くかもしれないし、あるいはもう、続かないかもしれない。いずれにしても、このもどかしく、効率の悪いダイアローグを、僕はこれからも楽しんでいきたいと思う。

森田 真生

森田 真生
(もりた・まさお)

1985年東京生まれ。東京大学理学部数学科卒業。現在は京都に拠点をかまえ、独立研究者として活動。国内外で「数学の演奏会」をはじめとするライブ活動を行っている。2015年10月、デビュー作『数学する身体』(新潮社)を刊行、第15回小林秀雄賞を受賞。2016年2月、編纂を担当した岡潔の選集『数学する人生』(新潮社)が刊行された。ミシマ社では、数学にまつわる本を紹介しながら、数学を通して「生きること」を掘り下げるトークライブ「数学ブックトーク」を共催。ライブで手売りすることを元に作られた『みんなのミシマガジン×森田真生 0号』(ミシマ社)なども発刊している。

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編集部からのお知らせ

ミシマ社主催のイベントが、2つ開催されます。ぜひ足をお運びください。

数学ブックトーク in 東京 2018 処暑

日時:201892日(日)13:3016:45(開場13:00~)
■場所:青山ブックセンター本店内・大教室
■入場料:4,000円(税込)※学生・ミシマガサポーターは3,000円(税込)でご参加頂けます。
■定員:110名様

■お申込み方法:
[1] ミシマ社にてメール予約。( event@mishimasha.com
件名を「0902数学ブックトーク」とし、「お名前」「ご職業・年齢」「お電話番号」をご記入のうえ、お送りくださいませ。
[2] 青山ブックセンター本店店頭にて予約。(レジカウンターで承ります)
[3] 青山ブックセンター本店にて電話予約。(TEL: 03-5485-5511、受付時間: 10:00~22:00)

受付開始日:
2018年7月6日(金)正午~ を予定しております。

入場料は、イベント当日に会場入口にてお支払い(現金のみ)となります。
※ 学生の方はイベント当日に学生証をご持参ください。

お問い合わせ ミシマ社・自由が丘オフィス(TEL:03-3724-5616)まで


数学ブックトーク in 京都 2018 長月

日時:2018915日(土)※時間は決定次第お知らせいたします。
■場所:恵文社 一乗寺店 コテージ(叡山電鉄 一乗寺駅より徒歩3分)
■入場料:4,000円(税込)※ミシマガサポーター、学生は3,000円(税込)でご参加頂けます。
■定員:50名様

お申し込み方法等の詳細は決定次第お知らせいたします。

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