高橋さん家の次女

第1回

久美子の乱

2020.03.13更新

 父が家の上にある田んぼを太陽光パネル業者に売ったと、母から電話で聞いたのは去年の10月のことだった。あまりにびっくりして私は10月9日こんなTweetをしてしまった。

父が上の田んぼを全部太陽光パネル業者に売ってしまったという。我が家周辺の七軒くらいの人全員の田んぼや畑が太陽光パネルになる。私達のぶどう畑も太陽光パネルになる。茫然自失。父に電話しても、地域の会で決まったと言うだけ。元々父とは衝突ばかりだったけどもはや宇宙人と話しとるみたいや。

 このTweetに対し同情する声もあったが、意外にも「お父さんの気持ちに共感する」という意見が多くびっくりした。高齢化で農業を続けるのは厳しい、さらに農地を継ぐ若者がいない中で、畑を荒らすよりは太陽光パネル業者に買ってもらうほうがましというのは全国共通の思いらしかった。確かに長年土地にしばられ汗水たらして働いてきた父だからこそ好きに始末してもいいのかもしれない。でも、でもなあ、あの黄金色の稲穂が風に揺れていた豊かな場所一面に黒いパネルが並ぶのかと思うとぞっとした。

 既にパネルになってしまった近所の人の農地を見るに、コンクリートや砂利が引かれ日光が全く当らない状態。これでは土地が死んでしまったも同然だった。まだジャングルみたいに荒らしている方がそれこそ自然の状態に戻るだけのことでいいんじゃないのか? と私なんかは考えてしまうけれど、地元の人達はみんな兎にも角にも田畑を荒らすこと嫌う。一度荒らすと5年は農作地には戻らないと聞くが、それでもコンクリートをひかれた土地よりは戻りやすいだろう。まあ、そんなこと一言でも言おうものなら、百倍返しだけれどね。草枯らしをやってでも、コンクリートを流してでも、とにかく草だらけにすることはみっともないことと、みんな信じてやまない。虫や草の種が飛ぶ可能性があり近隣の農家に迷惑をかけることを最も恐れているというけれど、本当のところは周りの目が気になるのだろう。だらしない人ね、と思われることが何よりも恥ずかしいと思っているのかな。

「久美子に言うたら面倒なことになる」と、父はこのことを私にひた隠しにしていた。母からの密告を聞いて私はすぐさま父の携帯に電話した。怒ってますとも。相談もしないなんて。案の定電話で話しても埒が明かない、とうとう電源を切られたぞー!

 11月、実家に帰って直接話してみることにした。

 こたつに入ってテレビを見ている父と最初は穏やかに話していたのだが、太陽光パネルのことを話し出すと段々と雲行きが怪しくなってくる。

「なんで? なんで、そんな大事なことを一人で決めたん?」

 父は、ああ面倒くさいやつ来たぞーと、目はテレビに向けたまま、口だけ動かしてきよる。

「お前は東京におるんじゃけん関係なかろわい」

「関係なくないやん。そういうのは家族みんなで決めるべきやんか」

「あの土地はわしの名義になっとるからわしの土地、1人で決める。大体、農業してない奴に何がわかる言うんじゃ」

「お母さんだって、M子(妹)だってみんなしてるやん。そのみんなが反対しとるよ。後継者おらん家なら売るのもしょうが無い思うよ。やけどM子が農業する言うて帰ってきて今頑張ってしてるやんか。それに農繁期には私も帰ってきて、みんなで手伝ってきたやんか」

「あんなんで手伝ったうちに入るか。それにM子だって甘いわ。1年やってみて農業なんかで食べていけんとようわかったろ。苦労するだけじゃからどっかに就職した方がええ。とにかくお父さんはもう農業をやめたいんよ。農地は負の遺産やって、近所の人らもみんな言うとるぞ」

「信じられん。意味がわからん。全部パネルになるんよ? それでええん?」

「今さらなに言うとるんぞ。◯◯さんも◯◯さんもみんな業者に売ってパネルにしとるだろわい」

「みんながしたら、自分もするん?」

「お前いつも言いよるでないか。環境のこと考えないかんいうて。そしたら原子力発電や火力発電やめて太陽光パネルにするいうわしの考えは正しいやろが。グレタさん見てみい、あの子は偉いぞ。グレタさんもCO2を減らさないかん言うて訴えとったろわい。ほしたら太陽光パネルが一番ええかろわい」

「うーん。グレタさんは偉いと思う。ほんで確かに自然エネルギーに転換するのはええ思うよ。けどあれ1枚でどんだけの電気が作れるか知っとんの? ほんで20年もしたら全部ゴミになるんで。物によっては鉛やカドミウムも含まれとる、もし割れて滲み出たらどうするん? 大阪や千葉の台風でも飛ばされて燃えたりして問題になってたろ。やまじ風(日本三大悪風)もふく地域なんやけん、何あるかわからんやろ。そのへんは、よく業者に話を聞いたの?」 

「いや、何も聞いてない。でももうこっちの手を離れるんやから何があっても責任ないじゃろう。大体そんなのテレビでも新聞でも言うてないや。信用できん。政府がそんな危ないもの推奨するか?」

「いやいや、ネットのニュースでは台風の後に騒がれてたよ」

「お前はネットに踊らされすぎ。もしももしも言うとったら何もできんぞ」

「いやいやいや。100年後考えたらやっぱり恐いわ。ほれにうちの畑やか裏が山なんやからすぐに日陰になるやろ。どれば(どのくらい)も電気作れんで?」

「作れても作れんでも土地がなくなればええんじゃ。ああもう、お前が帰ってきたら何でも混ぜ返してややこしいなる。はよう東京いね(帰れ)!」

 伊予弁ってかわいいねーって東京の友達に言われるけど、それは松山とか南予の言葉遣いでありまして、東予の言葉遣いはむっちゃくちゃ汚いんじゃ。全部をそのまま書いたら、最後まで読んでもらえんと思うんで、ちょっと標準語に翻訳して書いたけど、すぐに取っ組み合いの喧嘩になりそうなくらいのおらおら言葉。東京におったら忘れているそれらが目を覚ましてネイティブ東予弁に戻る恐ろしさよ。「太鼓祭り」という別名、喧嘩祭りが有名な地域なので気性も荒いのであーる。久美子さんって穏やかだねとよく言われるが、この口の悪いおっさんの子どもなのだということを忘れてはならない。ちなみに、この会話でレベル5中の2くらい。

 はじまった・・・と母と妹は炊事をしながら2人の闘いを遠目から見ている。2人も、近くに住む姉のY子姉ちゃんだって、反対ではある。みんなでやれば方方に点在する農地もなんとか残せるだろうと思っている。それに小学生の甥たちも農業には興味を持っていてよくお手伝いもしてくれるのだ。でも父に何を言ってもきかないことをみんな知っているから口答えしない。触らぬ神に祟りなし。

 近所をうろついて、地元の中高年の女性たちにいろいろ話を聞くが、とにかく夫に楯突かない。思ったことも言わない。これが鉄則らしい。ほんまにここは令和なんだろうかと思う。自治会には男だけが行き、ゴミ収集所の掃除当番は女の人がいる家にだけまわる。男性の一人暮らしの家はゴミ当番をしなくていいという暗黙のルール。女性一人暮らしの家にはまわってくるのにだ。秋祭りの太鼓台は男性の祭りであり女性は料理をせっせと作って休憩場で待っている、そして酒を飲み散らかした男たちの後片付けをするだけ。私はそういう地元の姿を幼少期から違和感を持ってずっと見てきた。「お前が帰ってくると揉め事が多くなる」と言うけれど、それは言うべきことを言っているだけのことなのだけれどね。やっぱり高橋さん家の次女は変わり者だねとなる。「普通にしておけ」の「普通」が、皆から見たら普通じゃないらしい。

 大学で徳島に出たことが外から地元を見るきっかけとして大きかった。お隣の県だが全然気風が違っていた。阿波おどりのメインは女踊りであることを知ると、ぐんぐんと徳島の女性文化に惹かれ、私の性格も明るく開放的になっていった。「讃岐男に阿波女」という言葉が四国には古くから残っている。男を選ぶなら香川の男がいい、女なら徳島がいい。という言い伝えだ。香川の男性についてはよく知らないけど、阿波女は、元バンドメンバーの2人を含め男気あふれるかっこいい女性が私の周りには多かった。決して愛媛の女の人が弱いと言っているのではない。むしろ耐えて頑張る強い人だって多かったように思う。祭りと地域の性格が密な関係であることをすごく感じる。四国の異端児、高知なんて正にその最たるものだ。

 そういうことも外に出てみないと見えてこない。東京に出て見えた四国の良いところ、そして気になるところ。地元の人が気づいていなくて、今正に消失しようとしている場所や文化にこそ魅力が詰まっていると感じることは多い。住む人の希望を優先していくとどんどんとミニ東京みたいになっていくことも、6年間ボランティアで地元のふるさとアドバイザーをしていて見えてきたことだ。都会も田舎も、つまりはないものねだりなんだ。

 私のふるさとは愛媛県の東予にある小さな町で、里芋や米を中心とした農業が盛んな(昔は)自然の美しい土地だった。山間にある例の田んぼへは山からの冷たい清水が小川を通り常に流れているので地元では少々有名な米どころでもある。私の家は代々農家ではあるが、祖父の兄弟、父の兄弟、そして私の姉と、農転(宅地に書き換えできる土地)できる土地を一族に譲って、高橋姓が近所にずらりと並ぶので、今は田畑は全部合わせても7反(2100坪)くらいに減っている。

 南予や中予には大規模な農家さんが多いが、私の住む東予は40分も車を走らせれば海沿いに製紙会社が200以上ひしめき合う産業の街。家もそうだったが、父親は会社勤めで祖父母と母が主体で農業をする兼業農家の家の子がクラスでも多かった。農繁期には親戚が手伝いにきて、畦に並んでおにぎりを食べるのが楽しかったし、いつでもおいしい野菜が食べられるという環境は子ども心にも誇らしかった。私達三姉妹はあまり農業に悪いイメージをもっていない。それは、祖父母や母がいつも楽しそうにハツラツと農業をしていたからだ。だからこそ、妹も実家へ帰ってきて昨年から本格的に農業をやりはじめたし、姉夫婦や小学生の甥もその手助けをしてくれる。

 祖父母たち戦争体験者たちが姿を消していくのに従って、近隣の多くの田畑は荒れ、数年後にはどこもかしこも太陽光パネルに変わっていった。複雑な気持ちだった。だって、自然エネルギーに転換しなければいけないと私も思っているもの。それに自由な時代なんだからもう土地にしばられることなく、みんなみんな好きに生きたらいい。農業が好きな人が農業をしたらいい。それが理想だと思う。生まれたときから農業の手伝いをさせられた父の世代は農業嫌いが多いように思う。産業が十分にあって稼げる時代なのだから、農業、しかも機械も入らない棚田なんてしんどいだけ。元から良い印象のない人にとっては真夏なんて拷問のように辛いことだろう。逆に一代とばして孫世代の我々の方が、新しい方法で販売したり、ファーマーズマーケットを開催する若い農家さんも出てきて、地産地消を目指す人は徐々に増えてきていると思う。だからこそ、今、農地が全て太陽光パネルになることが私は恐いのだ。メガソーラーもできるそうで、ふるさとの景色は帰る度に黒に塗りつぶされていき、ついに私の足元にまでやってきてしまった。それが正しい黒だとしても、いいね! を押せない自分がいた。

次回に続く!(次回は3月24日頃に更新されます)

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、詩の朗読など文筆業を続ける。また、実家の愛媛と東京を行き来しみかん、米等の農業も行う。食べると生きるを考える「新春みかんの会」を主催して8年目。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(福田利之/絵、mille books)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(エイミー・クラウス・ローゼンタール/著、トム・リヒテンヘルド/絵、マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。webちくまにて短編小説も連載中!近著に『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)がある。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

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