高橋さん家の次女

第2回

ビアトリクス・ポターになりたい

2020.03.24更新

前回までのお話

実家の畑の一部が太陽光パネル業者に売られることになった。少しでも農作地を減らしたい父が勝手に決めたことだった。このまま引き下がれない私は、東京から帰り父とのバトルを繰り返すが・・・(前回の記事はこちら

さて、第2ラウンドである。

「これは地域のみんなで決めたことじゃからもうしょうがない。〇〇さんや、◯◯さんも、誰も後をつぐ人がおらんかろわい。土地をちょっとでも減らしたいんは皆一緒よ。そこへ土地を買うてくれるいう業者が現れたんじゃから言うことなしだろ」

 ふむふむ。まとまって1反(300坪)以上にならなければ買い取ってもらえないそうで、連なる何軒かの農地の中で一人抜けても、この計画はおじゃんになってしまうそうなのだ。

 四国に来てみればわかるが、THE・島。山と海に囲まれ、平地はあまりない。瀬戸大橋が出来たのが小学生の頃だった。それまでは岡山へ行くにも大阪へ行くにも船旅であった。関東で育った夫と何気なく子供時代の話をしていると自分が縄文人みたいに思えることがある。つまり、十年くらい、流行りとか、文化が入ってくるのが遅いのだ。今はインターネットがあるから殆ど均一化されているけれど、当時は四国風味が強かったのだと思う。そういうギャップを東京に出てからよく感じたが、私は全然恥ずかしくなくて、むしろレアキャラ感が最高だと思っていた。そのくらい四国が好きだ。

 私達の住む場所も先祖が元々山だった場所を開墾して住みはじめたのだろうと想像する。先程7反(2100坪)あると書いた農地も、まとめるとということだ。トラクターなど機械が入らないほどに小さいところもあり、それが、方方へ点在するので手作業が多く手間がかかる。その割に取れ高が少なく割に合わないという父の嘆きもわかる。しかも機械にすんごいお金がかかる。燃料のガソリン代だって馬鹿にならないが、一昨年コンバイン(稲を刈って籾を取る機械)をメンテナンスに出しに行って驚いた。10万円以上かかったのよ! 車検くらいよね。これ、数年に一度は出さないといけないそうで、トラクターにコンバイン、田植え機、米の乾燥機(脱穀や乾燥の機械)、精米機、草刈り機、耕運機(狭い畑を耕す用)、お米用の冷蔵庫・・・年に数回しか出動しないメカが我が家には一体何台あるだろう。トラクターなんて1台200万するし、コンバインも乾燥機も100万はするそうだし、トラクターの爪は2年に1回替えないといけないし、草刈り機の刃だって度々替える・・・しかも私が知っているだけでもそれらの機械自体を既に何度かは買い替えている。全部合わせたらとっくにフェラーリとか買えてるぜ!! これまでのやり方だと中・小規模農家は、続ければ続けるほどに赤字になるという現状なのだというのがよくわかる。

 もちろん農協で借りることもできるが、賃料もかかるし農繁期は皆大体同じ時期なので予約は殺到、雨になったり台風がきたりと思ったようにいかないことは多いという。ということで祖父や父が会社で稼いだお金で農機具を買うということを続けてきた高橋家だから機械が既にあるが、もし妹が0から始めるとなった場合、農協にローンを組んでもらって一から全て揃えるとか、借りるとかになる。順調にいってローンが返せたらいいが、昨今の自然災害で一夜にして壊滅し、離農した友人もいた。農業で食べていくには、機械が必要になるし、いつ大きな災害がくるかもしれないというリスクを背負う覚悟も、他の職種よりも必要になってくるだろう。

 数年前、私の結婚式のあと夫の実家へ父母と遊びにいったとき、車窓に広がる関東平野の広大な田畑を見て父は驚いた。

「ええのう、こっちは一区画がこんなに大きいんか。これは機械で農業もしやすいだろうなあ。わしもこういうところで農業がしたかったなあ」

 それは気持ちのこもった言葉だった。私だって初めて関東平野を見たときは、おったまげたもの。こりゃあ北海道かアメリカじゃないんかと思った。山がないじゃないか。どこまでいっても水田が広がっている。地元では見ない大きさのトラクターがその中を耕していく。農業で生計を立てるとはこういうことなのだなと思った。

 だから、父がもう農地を手放したいなら受け入れてあげなければならないと思っていた。今までサラリーマンもしながらよく頑張ってくれた。これからは好きに旅をして、家でぼんやりしてくれたらいい。そうじゃ、はよう引退してくれたらええんじゃ。けど、私達下の世代に受け継がせてくれよ。教えてくれよ。父が思っているよりもずっと子どもたちは農業に興味があるのだ。私達は自分で作った作物を自分で食べたい。余った分だけ友人に買ってもらってそれでいいんだけどなあ。

 私は四国山脈に囲まれた地元の段々畑や棚田が好きだ。山が近くいつも小川から清水が流れるからこそ美味しい米が育つ。夏でも昼夜の寒暖差が生まれるから、いい米ができるんだと母が教えてくれた。ちなみに母は銀行員の娘で農業なんて全くしたことがなかった。

「大丈夫、農家といってもちょびっとしかしとらんのですよ」

 と祖母にそそのかされ嫁いでみれば、なかなかに農地が多くてびっくりしたそうだ。けれど農業初の母にとって野菜や米を育てることは新鮮で楽しいものだった。毎年、いろんなことを実験して、育てるのが段々と上手になっていく。農薬や除草剤なしで育てるのは大変だけど年々腕が上がって味が美味しくなっていくのが嬉しいと言う。「年に1回しか実験できない真剣勝負だからこそ面白い」とも。父とは逆にお百姓が性に合っていたのだ。今も毎日畑に出ていろんな野菜を育てている。そういう母に育てられたから私達三人も農が好きだ。

「子供といっしょでな、最初さえ手をかけてあげとけば、あとは真っ直ぐ育つんよ」

 とも母は言っていた。

 一晩寝て目が覚めても、やっぱりあの田んぼが太陽光パネルになるのは納得できない。数軒分合わせて全部で2反。小学校の運動場くらいの農地・・・。

 よし! 私が、全部まとめて土地を買い取ろう。取りまとめをしている人に、みんなで売ると話をつけたそうで、役場で書類をもらってきてほしいと各家に昨日お知らせもあったそうだ。みんなもう書類取りにいったかな。考える時間がなさすぎる。私、血迷ってる? 時代の流れ的には血迷ってるよな。アホじゃわ。すぐ近所に広まって、まーた高橋さんとこの次女が混ぜくり返してからにって言われるよな。あの子変わっとるけんなあって。

 私は頭がショート寸前になるまで、一人で考えまくっていた。(畑買う、父ブチ切れる。ケンカ勃発。というか他の人をどうやって説得する? それに取りまとめをしているドンの顔に泥塗ることになる=父の顔にも泥塗ることになる? 一人ずつ説得するとか死ぬほど大変ちゃう? 相当面倒くさい。やっぱ、やめとく? でも絶対一生後悔する。この面倒くささとどっちがまし? うーん、死ぬほどめんどい方がまし! やって駄目なら諦めもつくよな)という思考回路で大分まとまってきた。とりあえず妹に相談する。

「ええええ! やめときなやー。なんでそこまでするん? お父さんが売る言いよんやけん放っておきなよ。もう私は別のとこに土地借りるし」

「でもな、大阪の台風やこないだの千葉の台風でもな、太陽光パネルが燃えたり、飛んだりすごい被害が出とるのは知ってるだろ? それに〇〇ちゃんち、家建ったばっかりやのに回り全部太陽光パネルに囲まれるで」

 そう、最近家を建てた小学校時代の後輩がいて、そこをぐるりとパネルが囲うことになるのは一目瞭然だった。

「まあなあ。でもそれは本人が反対してないんやから、しょうがないやんな」

「いや・・・でもな、子どももおるし絶対良くない思うけどなあ・・・」

 言いながら、全部建前やなあと思った。

 全部言い訳で、私はやっぱり祖父母と過ごした思い出の地がパネルになってしまうのが嫌で嫌で仕方なかったのだ。全部私のエゴなんだと思った。それがわかったら逆にすっきりした。私は私のために土地を買おう。あの美しい風景の2反(600坪)分がパネルにならない方法を考えたい。そのために協力してもらえないかと母と妹に言った。「お断り!」と妹も母も言った。東京に帰れる人はいいけど、ここで毎日父と顔を合わせることになるんだから、と。ごもっともだ。それに土地だってパネル業者が買い取るという値段くらいでは買わないと皆納得しないんじゃないの? と言われて。そうだよねえ・・・そんなに甘くないねえと思う。

 高校の英語の教科書にピーターラビットの作者ビアトリクス・ポターが、湖水地方を守るために絵本やグッズの印税でどんどんと草原を買い広げているというのがあって、私も将来そういう人になれたらいいなあなんて憧れながら生きてきた。大人になって私は紆余曲折ありながら文を書く仕事をするようになり今は絵本や海外絵本の翻訳もするようになった。ピーターラビットほどのベストセラーはないし、私に入ってくる印税は価格の数%で微々たる金額であるが、かき集めたら農地を買えなくもない。いや、大変なのは買った後だ。荒れ放題ダメ絶対! なこの町で、放置しておくわけにはいかない。最低でも草刈りをちゃんとしなきゃいけない。

 東京にも住んでいる私は、毎日の管理は無理だしなあ。うーむ。どうすっぺかなあ。

 私の頭にぱっと若者2人の顔が思い浮かんだ。西日本豪雨のときに、災害の大きかった宇和島市吉田町の友人のみかん農園の手伝いにいくとSNSであげたら「一緒にいきたい」と名乗りをあげてくれた20代の子たちだった。1人はおじいちゃんのお手伝い程度ではあるが確か農業をしたことあると言っていた。もう1人は未経験者だと言っていたが、いやいや、それこそが狙い目! 母と同じく農業未経験者だからこそ新鮮な気持ちで楽しんでくれるんじゃないか。「しんどい」よりも「楽しい」イメージを持つことこそ大切だ。どんな職業だって、しんどいことを乗り越えるからこそ楽しい。吉田で彼女らと一緒に働いてみて、とても誠実で働き者であることもわかっていた。さっそく連絡し、事情を説明すると、「楽しそう! お手伝いしてみたいです!」と返ってきた。四面楚歌の状況で、この助け舟は本当に嬉しかった。

 私も今は2ヶ月に1回、農繁期は月1で帰って2週間は手伝っているけど、もっと愛媛にいる時間を増やして畑に専念してみたい。夫に電話する。大笑いしている。

「いいんじゃないの。買えばいいよ。やってみればいいと思うよ」

 と言った。2人して馬鹿だよなーって笑って、少しほっとしていた。

 ここまで来ると、母も笑っている。妹もしゃあないなあと乗ってきてくれた。

 よし決まった! 明日の朝、土地の所有者みんなを説得しにいこう。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、詩の朗読など文筆業を続ける。また、実家の愛媛と東京を行き来しみかん、米等の農業も行う。食べると生きるを考える「新春みかんの会」を主催して8年目。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(福田利之/絵、mille books)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(エイミー・クラウス・ローゼンタール/著、トム・リヒテンヘルド/絵、マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。webちくまにて短編小説も連載中!近著に『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)がある。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

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