高橋さん家の次女

第4回

輝く若者たち

2020.04.25更新

〈前回までのお話〉

家の畑を含め2反ほどが太陽光パネルになることになった。父は大賛成だが私や妹は反対。近所の人達の本音を聞きに行くと、皆そのまま残せるならそれがいいと言う。では、私が代わりに土地を買います! 父は激怒していたが次第に納得し私達は友人と米を作ることに。父がついに機械の使い方を教えてくれると・・・  ※1反=300坪=543.7畳

(前回の記事はこちら

 あの父がついに折れそうだ。あれだけお前らに農業などできるはずがないと言っていたのに隣町の若い衆が2人やる気になっていると言った途端に、ちょっと嬉しそうじゃないか。でも、妹はまだ父を疑っている。

「いやあ、久美ちゃん甘いわ〜。すんなりこれで分かったってなると思いよるん? 甘いわ〜。嫌な予感しかせんわ〜」

 妹は私と価値観の方向性は一緒だが、進み方が全く違う。彼女は石橋を叩いて渡るタイプ。私はお麩でできた橋でも試しに渡ってみるタイプ。そして半分の確率で溺れる。だけど、やらぬ後悔よりやって後悔の精神でこれまで生き抜いてきた。何度も痛い目に合ってきたし人にもたくさん迷惑をかけてきたが、とことんまで悩み行動してみたことに後悔はなかった。

「こんばんは〜」と、シティーガール&ボーイがやってきた。愛媛が全部田舎だと思ったら大間違い。いや小間違いくらいかな。彼女らの街は、家から峠を超えて車で40分ほど走ったところにある。天気予報の地図に名前が出る場所だ。ミスタードーナツもマクドナルドもユニクロもイオンもある街だ。小学生の頃は友達と電車に乗って、ドキドキしながら遊びに行った、私にとって初めての都会だ。そしてこの2人、恋人同士である。

 妹が小声で言った。

「もしもよ、もしも2人が、わ、別れたら、ほんで久美ちゃんも東京から忙しいて帰ってこんようになったら、どうするん。私1人でせないかん。お父さんブチ切れるで」

 妹は、中学生の頃からテスト前は必ず朝6時に起きて勉強していた。私は、絶対に6時に起こしてなと言って先に寝て、一度も起きたためしはなかった。

「もしもよ、もしも2人が結婚して、子供できたらどうするん。田んぼなんかできんなるやん?」

 姉も、子供の髪をくくりながら心配している。ポジティブな発想。

「まあなあ。そんときゃそんときでいいやん!」

「は〜」

 姉と妹は深い溜め息をついている。

 仕事終わりの夜7時、愛媛銘菓の一六タルトを持って二人がやってきた。保育士さんをしている奈津美ちゃんは私より一回り年下の26歳だ。笑顔が可愛く、小柄だがよく働きよく気がつく賢さがある女性だ。なんと自分でバンドもやっていて(しかもギターボーカル)、こないだは畑で長靴のままアコギをかき鳴らし歌っていたロックな姿もいい。同い年の彼は、がっちり逞しく、おじいちゃんの畑の手伝いをしてきている優しき若手のホープ! 父にも、彼の話をしたから信用してくれているところがあるのだ。農機具もある程度は触れるし、基本的なことは知っているようなので色々と相談もできそう。いかんせん力仕事も多いので男手があるのは心強い。

 2人ともまじめな青年であることは昨年夏のボランティアで分かっていた。2018年夏の西日本豪雨で愛媛県も大きな被害を受けた。私たちの住む東予地域は大丈夫だったのだが、南予の特にみかんの里である宇和島市吉田町が土砂崩れにより大きな被害を受けた。我が家も小さなみかん農家であるが、やはり吉田はみかんの本場、作っている量が違う。みかんだけで食べていっている農家が殆どという、県内でも一目置かれる存在だ。それだけに、山と一緒になぎ倒しになったみかんの木を見たとき、胸が痛かった。果実は今日植えて来年取れるものではないからだ。  

 2週間後、私は吉田でも奥南という湾に囲まれた奥地に住む友人の空き家に泊めてもらって、早生みかんの摘果の手伝いに行った。土砂かきは、ぶっ倒れて迷惑をかけるだけだろうけど、摘果ならまかせてくれ、慣れている。普通なら実が大きくなる前の7月頭には終えてしまうが、土砂災害のあった人の家の手伝いや、みかん山へ入るための道の土砂かきが優先で、全くできていない状況だという。木々には青々と無数の果実が成っていた。断水によりスプリンクラーから水が出ないので、果実は弾力を失ってうなだれている。沢山ついているところの実をはさみで切って落とす。坂道を青いピンポン玉が転がり落ちる。炎天下での作業は重労働でもないのに、じりじりと体力を奪っていく。友人の小学生の娘さんと2人で、やってもやっても焼け石に水というほどに広大なみかん山。それに油断すると転がって海にぽちゃんと落ちてしまいそうな急斜面。

 そんな様子をFacebookにアップしていると、奈津美ちゃんからダイレクトメールが来た。「私もお手伝いさせてもらえませんか?」

 私のイベントで数回会っただけで、私達はまだ知り合いというほどではなかった。それなのに、メールをくれた。いいね、だけでなく実際に一緒に行くと言ってくれる人がいるんだなと驚いた。

「本当!? じゃあ次吉田にいくとき一緒に行こう!」

 また1週間ほどして、吉田へ行くことになった。私はその前日、同じように大きな被害があった大洲市でのチャリティーイベントに参加しており、朝、通り道である大洲に奈津美ちゃん達が車で迎えに来てくれた。同じ県内でも、東予と吉田は端と端。実は神戸に行くのと同じくらい時間がかかる。同じ県でも文化や言葉が全然違うことも行くようになって分かったことだ。

 奈津美ちゃんのお姉ちゃんが後部席に座って、助手席に奈津美ちゃん。そして、運転席のこのガッチリした男は誰や? と思ったら

「高校時代の同級生で、最近友達になって、誘ったら一緒に来てくれました」

という、無垢な奈美ちゃんの笑顔。ほー、この男、彼女に惚れてんな。これがゾエ(あだ名)である。その時まだ2人は出会ったばかりで付き合ってなかったのだ。ということは、私って恋のキューピットなんじゃないでしょうか? ふふふ。

 トランクには沢山の水や日用品、ウエットティッシュが積まれていて、みんなへの差し入れだという。若いのに、何と男前な奴らだろう。いやむしろ若いからこそのエネルギーに満ち溢れて、謙虚なのに覇気のある子たちだった。長靴に帽子、軍手、完璧な出で立ち。あれ、シャベル?

「はい。そのまま翌日は土砂かきに行ってきます!」

 事前に登録もしているという。すげえ。この若者すげえ。Tシャツには「幡ヶ谷再生大学」おや? 奈津美ちゃん、あなたはBRAHMANのTOSHI-LOWさんたちのイズムを受け継いでいるのですね。私は胸が熱くなった。若い彼らの心意気は、ちゃんと先輩が伝えたものだった。そんな彼女らに助けられているということ。伝えるということは大事だと思った。四人で黙々と摘果を進めた。あんなに広大で、にっちもさっちもいかなかったみかん畑も、少しはお手伝いと言えるくらいにはなったのかなと思う。(それでも、後日バイトさん等に入ってもらい残りの面積をしてもらったそうです)。そして、その後も奥南のみなさんとの交流は続いており、私が行けないときもよくイベントなどに参加してるのをSNSで見る。いい人といい人が出会っていくのには理由があるんだと思う。

以上、2人の紹介、終わり。

それから3回目くらいに会ったら付き合うことになっていた。ほれみろー。思った通りー。ひゅーひゅー。ベストカップルじゃないか。

 ええと、何の話をしてたかな。なかなか進まんな。そう、2人が家に来て、父とご対面である。

「ゾエくんは農業はしたことあるんだって?」

「はい、祖父のを手伝ってお米も作っていますね。機械も使ってます」

「ほー。おじいさん何歳?」

「85歳です。なので実際は僕が中心になって。でも、采配を振ってるのはどうしても祖父になりますよね。やっぱり、自分の譲れない部分もありますもんね。そこは喧嘩にならないように祖父の言うようにやってますね」

「ああ、やっぱりどこも、そういうのは同じですねえ。自分のやってきたやり方はなかなか譲れないんですよねえ」

 と母が笑った。ちらっと父を見ている。ほほほ。

「そう、じゃあ大方は自分でやれるんですね?」

 と父が言った。

「ま、まあ、ある程度は分かると思うんですけどね」

 よしよし! 最終面接まで残っているぞ。食いついていけ。

「じゃあ、いつ頃草刈りをするとか、そういう日程を決めとこか」

 おお!? これ行ったんちゃうの〜!! 

 ゾエの熱弁により、私達は父の壁を突破した。そして実際に、2月にトラクターで耕すとか、4月頭に行われる井出上げにも、地域の人に混ざって参加するなどが決まっていった。井出上げとは、田んぼに水を引く水路周辺の草を刈ったり、半年の間にたまった土砂や落ち葉などをさらう作業で山の上の源流から全てやらないといけないので、なかなかの労力がいるのだそうだ。昔は十数軒でやっていたので楽だったけれど今は米を作る人が減って3軒ばかり。想像するだけで大変だ。私達も田植えや稲刈りはするけど、結局こういうことは祖父や父に任せていたんだなと反省したのだった。

 夜道を歩いて、実際にみんなで土地を見に行ってみる。思った以上に広い。全面手植えでやりたいと豪語していたが、やっぱり今年は手植えは一区画だけかなあ。

 裏の竹やぶには猿がいっぱい住んでいて、収穫時期になったらみんなでいたずらしにやってくるんだよなあ。畑の物は何でも食べられるし(実際ぶどうも全部食べられた)米も手で稲穂を削ぎ落として遊ぶのだ。イノシシは泥だらけになるのが好きなのでダイブして、暴れまわる。そうなると、ぐちゃぐちゃになるだけではない。イノシシの獣臭はとんでもなく臭くて、米にまで匂いが移って食べられない。もちろん売り物にもならない。なので収穫前にはぐるりと柵を張らなくてはいけない。その柵を買うとかいろいろ経費もかかってきそうだ。U子さん家の田んぼの石垣も、ぐらぐらしているところが何カ所もあるんだと父が教えてくれた。本当だ。これ、大雨で崩れたら私が責任をもって直すことになるのかな。水路も土手なので崩れそうなところがたくさん。

 ふと、私の田んぼとなる4区画(1反)の隣を見る。ここはK太さんが既にパネル業者と契約を結んでしまったという一反である。ん? 待てよ。私は重大な見落としをしてしまっていた。ここに南向きにパネルが並ぶと言っていた。ということは、私達の田んぼに向かってビカーンと光が反射するわけだ。まってまって、うそ、もしかして熱射地獄じゃないん? 「ここに水路があって、ここで水を止めると下に流れていくからな」「ほうほう、なるほど」と父がゾエに話しているが、私は全く話が入ってこなくなってきた。ビカーンと照らされながら炎天下で草刈りとかするの? 夜の温度が下がるから美味しい米ができると祖父も母も言っていたけれど、夜になっても冷えないのではないか。隣から常にビッカーンて100枚余りのパネルに照らされてたら、おいしいお米もできんのやないの?

 私はそれ以降、風呂に入っても目を閉じても隣のパネルのことが気になって、そわそわしはじめた。

 翌日、K太さんの家に行ってみた。

「あのう、K太さんとT助さんのところの1反、私に売ってもらえないですか?」

「いやあ、もうこっちは先に約束してしもうて書類も渡しているからね。それに仲介してくれてる人との関係性があるけんねえ」

「うーん。私も一緒にその人のところに謝りにいきます。駄目だったら諦めます」

「はっはっは。うーん、じゃあまずはT助さんに聞かないといけない。でも今はこっちには住んでないからなあ。会って話せるときじゃないとねえ。それとお父さん。お父さん怒るんじゃないの? だって一番土地売りたがってたからね。そこへきて娘さんが真逆のこと言ってさらに増やすって言うのはねえ。この土地で暮らすということは、僕はお父さんとの関係の方が大事なんよね、わかるかな。だからお父さんが納得しないことはできないなあ」

「そうですよね。じゃあ、父とまた話しておきます。お正月帰ったときにまた来ます」

 父がうんと言ってくれるはずはない。私はもう大人だ。お父さんも大人だ。父のテリトリーに踏み込むなということなのだ。だが、私のふるさとでもある。ここに住む子どもたちのふるさとにもなる。一難去ってまた一難だった。

 東京へ帰る前にU子さんのところへ行った。話し合いの結果、U子さんとSばあちゃんの土地を私が買うことになりそうだと報告した。

「でも久美ちゃん。本当に大丈夫? 土地を買うって、一生責任を持たないといかんいうことなんよ? みんな手放したいって言いよるときに、本当に買ってしまって大丈夫? それが将来とても重いことになるんじゃないかな? やっぱりいらんってなったとき、お父さんも困るんじゃないかな。そう思って反対してるんじゃないのかな。久美ちゃんが将来頭抱えるんじゃないかと思って私も心配よ・・・」

 みんなでやっていけば何とかなるだろう、と思っているのは私だけみたいだ。農地ってそんなに大変なのだろうか。私を心配して言ってくれているんだろうけれど、そんなに大変なことなのかと思うと怖くなってきた。

 でも若者たちのキラキラした目を思い出すと、進んでみるしかなかった。そうでないと後悔することだけが、今私に分かることだった。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、詩の朗読など文筆業を続ける。また、実家の愛媛と東京を行き来しみかん、米等の農業も行う。食べると生きるを考える「新春みかんの会」を主催して8年目。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(福田利之/絵、mille books)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(エイミー・クラウス・ローゼンタール/著、トム・リヒテンヘルド/絵、マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。webちくまにて短編小説も連載中!近著に『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)がある。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

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