高橋さん家の次女

第7回

奄美大島と愛媛のサトウキビ

2020.06.14更新

前回までのお話。
近所を回りみんなを説得し、市役所へ行き農地売買の手続き方法を教えてもらい、太陽光パネルになる予定だった田畑2反の内、1反分の土地を買えるかもというところまでこぎつけた高橋さん家の次女。そこに植えるのはサトウキビに決めた。ところでサトウキビってどうやって植えるんだ? ※1反=300坪=543.7畳

(前回の記事はこちら

 根本的な話だが、サトウキビはどうやって育てるんだろう? 竹っぽいけど、葉っぱの感じは違うし、空洞じゃないもんなあ。苗を売っているのを愛媛では見たことがない。ネットで調べてみると、3月頃に植えて、12月〜2月頃に収穫するそうだ。え! 今日は2月7日、収穫も最後の方なんじゃないのか? だったら苗の確保を急がないと市場からなくなる可能性もある。
 本でもいろいろ調べてみる。切ったサトウキビをいわゆる挿し木のように、十数センチにカットして土に縦に刺していくのかなと思っていたら、なんと、横に寝かして土の中に全部埋めるようなのだ。すると、節の部分から新しい芽が出てくるということらしい。
 現代的に手っ取り早いのは、苗をネットで取り寄せることだろう。米や豆だったらいくらでも教えてくれる人がいるのに、サトウキビをやっている人は近所では聞いたことがない。ネットや本で植え方や、育て方、収穫方法までを調べて自分たちだけで栽培というのもできなくはないし、そっちの方が早いかも。でもなあ、何だかそれは目指している農業と違うなと思った。
 実は、街へ車を走らせていると何カ所かの畑でサトウキビらしい背の高い茎と葉が風に揺れているのを見たことがあった。それに、山の奥の方に製糖工場があるというのは噂で聞いたことがあった。その人達が黒糖をお店に卸していて、最近母が買ってその黒糖を食べたり料理に使ったりしていた。
「これこれ、昔食べよった赤砂糖の懐かしい味がするわ」
 拳大の肌色した岩のようなゴツゴツの砂糖の塊。砕いて食べると、もちろん甘いが醤油のようなコクや酸味、ミネラルっぽさも強くて、砂糖の概念が変わるような旨味だ。沖縄や奄美大島で食べるのともまた味わいが違う。
 この砂糖の袋に載っている住所の製糖工場へ行って教えてもらうべきか? しかも家からかなり近いではないか! うーん、でもそんな企業秘密を私達に教えてくれるかなあ。それは、山奥にぽつんとある掘っ立て小屋のような建物で、すごい量の焚き木が外に積み上げられた秘密結社っぽい雰囲気の場所・・・。完全に魔女のおばあさんが出てくるパターンではないか。近所の人に聞いても「ああ、あそこねえ。何かしよるみたいよねえ・・・」と長年、謎のヒッピー達という存在感なのだ。正体不明の怪しい人達・・・でも砂糖は最高に美味しい。うーむ、行ってみたいけど、お近づきになるのはちょっと怖いなあ。

 そうだ! まずはあの人に相談してみよう。迷っている私の頭にピカンと電球が点いた。奄美大島で黒糖を作っているバンドマンがいるではないか! カサリンチュのボーカル村山辰浩さんだ。カサリンチュは現在は活動休止中だが、私も『セーターと三日月』という曲で歌詞を書かせてもらったことがあった。大地を吸い上げて溶かしたような、正に黒糖のような深みと慈愛のある辰浩さんの声。辰浩さんが奄美大島の製糖工場で働いていたというのは有名な話である。なんと『農機Good!』という農業のことを歌った曲もあるくらいに農LOVEな人。これはもう奄美から苗を送ってもらうしかないんじゃないの!? なんて冗談で妹と話しながら、私は辰浩さんに相談のメールをしてみた。

村山辰浩さま

ご無沙汰しています!高橋久美子です。
元気にお過ごしでしょうか。
突然にごめんなさいね!
サトウキビのことで教えてほしいことがあり、メールしました。

月に1回実家の愛媛に帰って農業をしているのですが、
高齢化でどんどん農地が太陽光パネル業者に買い取られてて
ふるさとの風景が変わりつつあります。
なるべく自然のままで残したいなと思って、
農地を買い取り若い子たちと作物を作ってみようかと動き始めています。
そこでサトウキビを作ろうかという話になっていて。
戦前までは愛媛のみかん畑はほぼサトウキビ畑だったそうで・・・(中略)
何かサトウキビのプロとして知恵を貸してもらえるかもしれないと思い
辰浩さんに連絡させてもらいました。(中略)
今、正にサトウキビの収穫シーズンで忙しいところすみません。

・日照時間がさほど長くない場所でもサトウキビって育つでしょうか。
・やはりけっこうな重労働で女子には難しいでしょうか・・・
・女子でも鎌で収穫は可能かなあ。私は実家が農家で農業をずっとしてきているので
稲刈りは得意ですが竹ですもんね。
未経験者が鎌を使う初めての作物にしては難易度が高いかなあ。
・水気の多い土地の方が適していますか? 水田だった場所でやろうと考えています。
・うまくいったら、来冬まずは手動で絞る機械を買おうかと思うんですが
手動って大変かなあ。
・あとは庭で薪をくべて、おくどさんでぐつぐつ汁を煮詰めていけば
できるんじゃないのか? と思っていますが甘い考えでしょうか。

すると、辰浩さんから、夕方に丁寧なお返事が届いた。
私は数年前に訪れた奄美大島の壮大な風景や、収穫されたサトウキビの束を思い浮かべながら読んだ。

高橋久美子 さん

お久しぶりです〜!
ご連絡ありがとうございます!
久しぶりのご連絡がサトウキビの話。。久美子さんらしい素敵な感じです。

ですよねー。太陽光パネルは、こちらでもちょこちょこ増えてまして。

四国地方でもサトウキビを栽培してる話は工場職員だった頃から聞いてはいました。
栽培工程については、冬場の低温対策が何かしらあるんだろうなと思いますが、
さすがにその方法までは、分かりません苦笑
僕が知ってるのは南国の育て方なので。
愛媛での育てた方は、きっと地元の方に聞いた方がいいと思います。
愛媛でなくても四国地方の農家さんとか。

以下わかる範囲お答えしますね。

日照時間は、できるだけあった方がもちろんいいと思います。
(特に午前中日があたる場所)
でも、少なくてもある程度育つとは思います。
全部手作業となるとちょっと重労働になるとは思いますが、
でもやってやれないほどではないとも思います。女性でも。

鎌作業と小さな斧も必要ですね。
キビを収穫時に倒すのは鎌より斧の方が。
皮をはいだりするのは手でもやれますし、鎌と斧、栽培過程ではもちろん鍬も。
誰でも最初は未経験者なので慣れるまでやりましょう 笑

水気の多いとこよりは水はけのいいところがいいと思います。
根をしっかりはれるように。
水はけイコール日当たりでもあるんですが。
ただ、旱魃(かんばつ)ぎみなときは、水もちのいいとこが
よかったりするので、やはりその土地の条件によりますね〜(見に行きたいなー)

手動での圧搾はやったことも見たこともないんですが、
柔らかめの品種なら大丈夫だと思います。
硬い品種だとその分腕力が必要になっちゃうかも。
絞れたら、その汁を煮詰めながら、食用石灰を投入することになります。
石灰をいれないと固まりません。
ただのあまーい蜜、糖蜜のままだと思います。
基本的にはグツグツ煮込むで間違ってません。
いろいろ失敗した方が、楽しいかもです笑

僕も、工場とはいえ、事務所勤務が長くて具体的な製造工程は
よくわからないこともたくさんあります。お役にたてずごめんなさいね。

でも、農業って一番素晴らしい仕事だと思っていますし、
それをやってみようと思う方々の気持ちもすごく素敵です。

んーその畑をいつか見に行きます!
たいして答えられませんが、なにかあればいつでもご連絡ください〜

村山辰浩

 何と優しく励みになるお返事だろう。斧を使うほどに収穫が大変なのか。あと、田んぼだった土地で水はけが悪いから、上手く育つかわからないなあ。やっぱり地元の人に聞いた方が良いんだなあ。辰浩さんの言うように失敗しながら少しづつ進むしかなさそうだ。
 私は一度訪れて奄美大島が大好きになった。固有種がたくさん存在する大きな自然も、奄美の島唄も、温かな人々も。この夏の旅行は絶対に奄美でサトウキビ畑に行ってみたい、そして辰浩さんに会おうねと妹と言っていたのだが、コロナウイルスのこともあり今年は断念した。
 その後お礼の電話をすると、辰浩さんは「今は製糖工場で働いていないんです。いや、随分前に辞めているんですよ・・・」と申し訳無さそうに言う。
 えええー!! 私、なんと失礼な勘違いだ。奄美で軽トラにサトウキビをいっぱい積んで走っている姿しか思い浮かんでなかった。辰浩さんは、笠利町のライブハウスで働きつつステージで歌っていると聞いて、いつか近いうちに歌を聴きに行きたいねと妹と話した。そしてまたいつの日か、黒砂糖の本場フロム奄美からお招きして、私達のサトウキビ畑でも歌ってほしいなあ。そんな夢が膨らむ出来事だった。
 辰浩さんのお陰で、サトウキビの生態が少し分かってきた。そして確実になったのは地元の誰かに教えてもらうべきだということだった。やはり奄美とは土壌も日照時間も違うのだから、少なくとも四国の人に聞き、土地に適したサトウキビの種類を育てないといけない。これは農業の基本だ。農業は日々ライブなのだから、教科書はあっても、各地の気象条件や土壌によりアレンジを加え自分たちで正解を導き出さねばならない。そのヒントを知っているのは地元の経験者だけなのだ。

 その夜、私は農業振興センターでもらった書類を渡すためにSばあちゃんの家を訪れていた。Sばあちゃんが「どうぞ中に入って」と言ってくれたので、家にお邪魔して土地の売買についてセンターで教えてもらったことを知らせた。そして、用事が済んだあとはSばあちゃんの人生のいろんな話を聞いた。若かりし日、私の曾祖母と畑で話した事、干し柿作りのコツ、苦労した事、嬉しかった事。
 2時間くらいは話を聞いていただろうか、帰りがけに買う予定の畑でサトウキビを育てようと思うんだと報告した。そして、「製糖工場を訪ねる方がいいか迷っているんです」と私が言うと、Sばあちゃんは、
「何でもね、やろうと思うことは隠さずに周りの人に話してみるのがええかもしれんね。そしたら、案外みんながいい知恵を貸してくれることがあるよ」と言った。
 さらっと出たけど、すごい言葉だった。長年の彼女の人生哲学が入っていた。きっと、その笑顔と明るさで、相手の心を開いてきたのだろうと思った。私がそうであるように。
「久美ちゃん、製糖工場に行ってみたらいいよ。車であの小屋の前通るけど、サトウキビ積んだ軽トラがよう走りよるから今丁度収穫しよるんじゃろうね。行って、苗を分けてもらえんか聞いてみたらどう? 駄目かもしれんけど、分けてくれるかもしれん。行ってみな分からんけんねえ」
 本当にその通りだ。やらぬ後悔よりやって後悔で生きてきたじゃないか。
 翌日、妹と製糖工場へ行ってみることにした。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、詩の朗読など文筆業を続ける。また、実家の愛媛と東京を行き来しみかん、米等の農業も行う。食べると生きるを考える「新春みかんの会」を主催して8年目。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(福田利之/絵、mille books)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(エイミー・クラウス・ローゼンタール/著、トム・リヒテンヘルド/絵、マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。webちくまにて短編小説も連載中!近著に『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)がある。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

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