高橋さん家の次女

第8回

姉妹、黒糖工場へ!

2020.06.28更新

前回までの話。
2月、黒糖の作り方がわからないということにようやく気づいた私達は、奄美大島に住む友人に作り方を尋ねるが、愛媛と奄美とでは環境が違うので地元の人に聞いた方がいいとアドバイスを受ける。そりゃそうだね。ということで、不安な気持ちもありつつ、ちょっと怪しげな匂いのする、地元の黒糖工場へ、いざお頼み申す!

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 翌日の午後一で私と妹は例の製糖工場を訪ねることにした。Sばあちゃんは、車で行けると言うが、なかなかの獣道だったような気がする。ぬかるみにハマってしまえば、立ち往生するだろうし、木々で車がバッキバキになるんじゃないかという心配もある。
「そんなん走っていったらすぐじゃわ。走っていこ」
と妹が言い出した。何を隠そう妹はフルマラソンを走る猛者だ。県内外で行われる大会にいくつも出場し、しかもなかなかの記録である。その上、彼女の趣味は登山。2日連続で山登りなんて罰ゲームみたいなことを平気でやってしまう。こんな山道、屁でもないのだ。
「私も行けるかなあ・・・」
「久美ちゃん運動不足なんやけん丁度ええやろ」
「走るのは無理だと思うけどなあ・・・」
「ほんなら途中まで走って、しんどなったら歩けばええ」
 怖い。森に置いて帰られたら怖すぎる。大丈夫だろうか。私ときたら、小学生の頃から登山なんて天狗のやることだと思ってきた。小学6年の卒業記念かなんかで山に登ったとき、しんどすぎて顔がどんどん青くなっていったのを覚えている。その頃からよく脳貧血を起こしていた。山頂での集合写真、達成感で満ちているみんなの中に顔面蒼白で笑顔のない少女が一人。田舎育ちが全員山猿だと思ったら大間違いだ。ゲームばっかしている奴もいれば、私みたいに近所を走り回る規模の人間もいる。

 妹は、スニーカーを履いて走り出した。アスファルトの道まではついて行けたが山道に入ったらもう駄目。ひーっつ! バサバサーっと空が揺れて、雑木林の奥からキジの親子が飛んでいく。シダ植物が足元を覆い尽くし頭上には木々が生い茂り、動物のテリトリーに踏み込んでいく不安感。こんなところで砂糖を作っているだなんて怪しすぎる。本当に砂糖か? 雨でぬかるんだ薄暗い山道をどんどん入っていくと、糞が沢山落ちている。
「これは、猿のうんちだろうな」
と言いながら妹は平然と進んでいく。朽ちた家、沢を流れる水、木々の中にお墓もあって、見ると綺麗に掃除されている。きっと昔はこの山で誰かが生活していたのだ。あれ? 火を燃やした跡がある。しかもまだ新しい。隣にはトムソーヤみたいに、秘密基地っぽい納屋もあって、洗濯機や古いテレビやラジオ、テーブルの上には湯呑が置いてある。見上げると何本もの梅の花が満開で、木漏れ日が降り注いでいた。ああ、この森での生活をまだ続けようと往来している人がいるのか。そう思うと、胸が熱くなった。まるで私達は桃源郷に入っていこうとしているようだった。
 どのくらい歩いただろうか、視界が開けたかと思うと農機具のエンジン音が聞こえてきた。小さなトタンの建物が現れ、「黒糖工場」と墨で書かれた看板が見える。
「久美ちゃん、ここじゃ」
「よし、行こう」
 こうなると順番が入れ替わり、私が先頭になって行くというのがおかしいが、姉妹というのはそういうものなのかもしれない。
 私達は、グガゴゴゴゴーーー! とすごい音を立てている方へと歩いていった。どうやら絞った後のサトウキビを粉砕して畑に撒いているようだった。キャップを被って酒屋さんみたいな大きな前掛けをしたいかにも山男という感じのおじさんが、山積みになったサトウキビの絞りカスを耕運機ほどの機械に突っ込むと、それが虹のように反対側から弧を描いて畑へと吹き出している。綺麗だなあと、しばしその様子を見ていたら、熊手で周辺を掃いているもう一人のおじさんが私達に気づいて歩いてきてくれた。手ぬぐいで顔全体を覆った上にキャップを被るというロックない出で立ち。色白で華奢で、サトウキビなんて持ち上げたら倒れてしまいそうな、むしろ文豪感、いやお地蔵様っぽい雰囲気だなあなんて思っていると、
「なにか?」
機械音がすごいので、初対面だというのに半ば喧嘩腰で声を張り上げなければいけない。
「あのう! 作業中にすみません! 私達、黒糖を作ってみたいなあと思っていまして、それで、みなさんは自分たちで以前から黒糖を作ってらっしゃいますよね。何度か食べたのですが、とっても美味しくてですね・・・それで、あのう、作り方がまだ全然わかっていないんですが、教えてもらえないかなあなんて思いまして」
「ああ、そうですか。そうしたらね、今日は絞ったり煮詰めたりの製糖は終わったんでね、明日また来てみますか?」
「え!? 見せてもらえるんですか?」
「ええ。明日来てもらえたら、見せてあげますよ」
 おじさんという言葉が似合わない男性は、顔色一つ変えず、お地蔵様の寛大さでOKを出してくれた。向こうで粉砕しているおじさんも、こちらを気にしているようだ。
「あの、それでー、もう一つお願いがありまして。サトウキビの苗を売ってもらえないかなあと思いまして。今収穫期だと思うんですが、その・・・余っていたりしないでしょうか?」
 私は、ダメ元で、太陽光パネルになる予定だった土地をそのまま自然の状態で残したいことや、そのために土地を買って数人の若者で黒糖を育ててみようと思ったことなど、これまでの経緯を話した。男性は、頷きながら話を聞いてくれ、
「ああ、なるほどねえ。それは代表のOさんと考え方が似ていますね。きっと苗を分けてくれると思いますよ」
 と言って、作業中の山男さんの方へ行って確認している。そういえば、お地蔵様はさっきから1ミリもなまっていない。都会から山へ来てしまった系の人だろうか。山男さんも機械を止めてくれて、二人で話し合っている。そして、松田優作っぽい眼鏡にサトウキビのくずをびっしりつけた山男さんがやってきて私に言った。
「うーん。見学のことも事務所で聞いて予約してもろてからの方がええじゃろなあ。ほんで、その時に苗のことも聞いたらええわい。まあ、ええとは思うんじゃけど、Oさんに聞いてもらわんことにはなあ」
この方は地元の人らしい。なるほど黒糖ボス、Oさんがおるんですな。二人が私達に事務所の場所を教えてくれた。夕方4時頃ならOさんもいるだろうから話してみるといいということだった。
 え? でも、この流れあまりにトントン拍子じゃないかい? こんなに簡単に苗を譲ってくれるなんてことありますか? そして企業秘密の内部見学なんてさせてくれるもんですか? 私達はお礼を言って、また山道を下っていった。

 夕方、今度は車で街中にある事務所へ行ってみる。事務所にOさんはおらず、目がキラキラっとしたご婦人がいらっしゃった。ああ、この女性が裏ボスじゃろうなあと私の直感で思った。何か、内なるパワーが普通の地元のおばちゃんとは違っていたのだ。昼間に黒糖工場を訪ねたことや、太陽光パネルのこと、自然を残したいこと、黒糖を作ってみたいこと等を話してみると婦人はいたく感激してくれた。
「あなたたちみたいな若い方も黒糖づくりに興味持ってくれて嬉しいわ。今、耕作放棄地が町中にどんどん増えていますよね。私達もね、あれをどうにかできんものかと思って、黒糖作りを初めたのよね。初めは本当に手探りでね、それでも10年!」
「すごい、10年もやられてるんですね!」
「そう。がむしゃらに10年。でもね、私は砂糖だけじゃなくて、黒糖を使った、かりんとうなんかを作りたいと思ってね、別にお店を始めたんですよ」
 10年間チームで黒糖作りをして、企業化も成し遂げそこに人が集まるようになったこと。でも、企業として維持していくのは想像以上に大変だということ。雑務に追われる中、女性は自分の本当にやりたいことは黒糖作りではなく黒糖を通して場所を作ることだと気づいたという。おばあちゃんから教わった味噌を作ったり一緒に御飯を食べたり、子どもに農業体験をしてもらったり、自分の畑を持ってもらったり、そういう町の人の憩いの場を作り大事なものを伝えていきたいと話した。夢で溢れた目はキラキラしている。
 女性は2種類の黒糖を持ってきてくれた。食べてみると、一方は濃厚だが雑味のないすっとした切れ味。もう一方は色も淡く甘さも控えめ、でも充分美味しい。
「こっちはね、3年もののサトウキビから作った黒糖。こっちのは1年目よ。甘みが少ないし雑味が多いでしょう」
「確かにそうですね。こっちの方が断然おいしですね」
 1回植えたサトウキビは、なんと7年は収穫した後も生えてくるそうだ。どんどんと太くなって、味も研ぎ澄まされていくのだという。
「もちろん製造の仕方で味は変わってくるんですよ。メンバーの中には、もっと技術を積んで黒糖の品質を上げたいと、製造に情熱を燃やす人もいます。長く一緒にやっとったら、それぞれに目標が出来てくるよね」
 女性は、一旦は黒糖から離れて加工品作りや、場所を作るイベント企画などを市と一緒にやっていこうとしているそうだ。始まりは一緒でも、それぞれに道ができていくことは懸命に向き合った証なのだろうと思う。何より、ここまで自力で作ってきた10年は本当に大変だったのだろうと話を伺っていて思った。愛媛で黒糖文化が続いていたのは母たちの話から推測するに戦後20年くらいまでだろうとすると、観光地でもないこの町で黒糖の美味しさを広めるには相当な努力がいったのではないか。今ようやく人々に、「あの山で砂糖を作っている人たちがいる」くらいには認知されるようになっているが、これを0から積み上げてきたのだから。それにしても、面白い人は案外身近にいるものだなあ。
 明日見学に行きたいことを伝えると、私達の名前と電話番号をメモして、「もちろんいいよ」と言ってくれた。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、詩の朗読など文筆業を続ける。また、実家の愛媛と東京を行き来しみかん、米等の農業も行う。食べると生きるを考える「新春みかんの会」を主催して8年目。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(福田利之/絵、mille books)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(エイミー・クラウス・ローゼンタール/著、トム・リヒテンヘルド/絵、マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。webちくまにて短編小説も連載中!近著に『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)がある。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

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