高橋さん家の次女

第9回

黒糖部の先輩たち

2020.07.20更新

前回までのお話。
ついに、山の中にある黒糖工場を訪ねることに成功する私と妹。黒糖工場で作業している2人の男性(勝手につけたニックネーム:山男さんと、お地蔵様)と出会う。事情を説明すると、明日製糖しているところを見せてくれるという! さらに、町の中心地にある黒糖工場の事務所へ行くと、私達と同じく地元の田畑を守りたいと活動する女性にも出会う。

(前回の記事はこちら

 黒糖工場の事務所から帰るとすっかり夕方だった。私は慌てて若者2人にメールをする。
「なっちゃん、ゾエ、急展開! なんとなんと、明日、黒糖工場を見学させてもらえることになったよ! 一緒に行けそうかな?」
 ふふ、2人とも大興奮だろうなあ。返信を待ちながら、買って帰ったかりんとうを食べる。お豆腐で作られたかりんとうは、歯ごたえと大豆の風味がしっかりあって、その日会った女性のやりたいことがぎっしりと詰まっているようだった。最近はお豆腐作りにも熱中しているのと言って帰り際お土産におからを持たせてくれた。何歳になっても、やりたいことややるべきことにチャレンジしている人たちはいい顔をしている。にしてもこのかりんとう、黒糖の存在感がすごいなあ。明日はいよいよ、この黒糖を作っている現場を見せてもらえる。わくわくが止まらなかった。

「久美子さん、私昨日から風邪っぽくて。多分インフルエンザではないんだけど、明日はゾエだけ行かせます!」
 なっちゃんからのメールが返ってきた。彼女は保育士なので、よく風邪をもらうんだと言っていた。2月の頭でまだ新型コロナの猛威は愛媛には届いていない世界。なっちゃんの風邪はその後インフルエンザだったと判明する。
「そっかそっか!大丈夫よ。お大事にね!」

 翌日の9時、ゾエが1人で我が家にやってきた。なっちゃんがいないゾエは心なしか、いつもよりよく喋る。カップルの1人ずつの姿を見ることは案外ないので楽しいな、などと思っていたら、そうだ、見学させてもらうと言うのに手土産を何も用意してない。作業着を着て、家の門を出たところで気づいて立ち止まった。私はこういうところが抜けている。
「あ、僕持ってますよ」
 ゾエが車のトランクの中から饅頭の箱を取り出した。家へのお土産用と、何かあったとき用にと、羊羹と饅頭を用意していたらしい。何かあったとき用を持っている男! 何かって何? ああ、こういう時か。頼りになる男め。
「みんなで食べやすそうだから、その饅頭の方を拝借してよろしいか?」
 手に取った饅頭の美しい包み紙に〈香川の和三盆糖使用〉と書いてあるではないか。私と妹は顔を見合わせた。こ、これは黒糖の上を行く和三盆糖ではないか・・・。しかも香川の。
「あ、全然気づかなかったっす」とゾエは笑った。喧嘩売っとんのか、と思う人たちではないだろう。むしろ、素敵な心遣いと思ってくれると・・・いいな。
 昨日と同じ山道を三人で歩く。
「癒やされますねえ。森なんて歩くの何年ぶりだろう。マイナスイオン出まくってますよね」
とゾエが嬉しそうにしてくれたから、私はこの企画に誘って良かったなと思った。

 約束の10時に製糖工場に到着。開かれたシャッターの中、もうもうと湯気が立ち込めている。工場? 想像していた工場じゃない。時代劇で使われているような土間の台所を大きくした感じ。竈(かまど)があって、その上に五右衛門風呂級の釜が何台もはまっている。竈の中央から生えるように大きな2本の煙突が天井へ伸びていて、下では薪をくべて火を炊いている。機械はサトウキビを絞るための圧搾機だけで、あとは全て手作業。昔ながらの方法で行われていることに驚いた。
 昨日の山男さんが、給食センターのおばちゃんみたいな格好で、今度はババババババーという音を放つ圧搾機に1本ずつサトウキビを突っ込んでいる。反対側からぺしゃんこになった繊維が出てきて、わずかに出る薄い黄緑の汁が網をくぐって桶の中にたまっていく。
 その奥、湯気の立ち込めている方では、お地蔵様がマスクとメッシュの衛生帽子の上から黄色いHB101のキャップを被って、窯の中をぐるりぐるりと混ぜている。まるで釜ゆで地獄の番人だ。代表のOさんらしき人もいるが、どうやら全ての工程をたった3人でやっているようでみんな持ち場を離れられないみたいだ。挨拶も早々に、マスクを渡されると、
「ほれ、そっち側で出てくるカスを束ねてくれるかい?」と山男さんが叫ぶ。
 あ、はい! 了解です。俄然何でも手伝います。なるほど、カスと言ってもまだまだ竹の棒で、これを整えて、紐で縛って軽トラに乗せていくだけでも重労働なんだな。
 Oさんがやってきて、
「搾りたてのサトウキビジュースを飲んでみたらいい」
と、紙コップを渡してくれた。圧搾機の下についた細い筒からちょろちょろと出てくる汁。これがあの黒糖になるなんて信じられないくらい、やわらかく、青臭く、優しい味だ。ベトナムで飲んだのとはちょっと風味が違う気がするなあ。お地蔵様に聞いてみると、東南アジアで育てているサトウキビの種類はこれとは違うのではないかということだ。
「これはね、黒海道という種類なんです。この辺に適している種類だそうですよ。けっこう硬いんですよね」
 黒海道! なんと格好いい名前だ。

 Oさんが、これまでの紆余曲折を話してくれた。10年前、黒糖を自分たちの手で一から作ってみたいといろんな人に話をしていたら何県だったかで、廃業になった酒蔵(確かそうだったと思う)が見つかり、この鉄釜を譲り受けたという。こういうものを一から作れる職人がもう殆ど残っていないのだと言った。3つの鉄釜をはめ込んだ見た目にもとても味わいある竈(かまど)は、煉瓦を積み上げて自分たちで作ったのだそうだ。
 搾りたてのサトウキビの汁は、まず平釜に入れられ、熱しながらマグマのように湧いてくる灰汁(あく)を網ですくっていく。この灰汁をちょっと食べてみると、抹茶のような渋みがアクセントになって結構美味しい。
「これはこれでお菓子に入れたり生クリームに添えたらアクセントになりそうですねえ」
「へー! 灰汁がねえ! やっぱり若い人たちのアイデアは面白いなあ」
 チームは70代前後で、若い人の感性やアイデアがほしいのだと言っていた。メルカリとかTwitterとか、そういうのがちんぷんかんぷんなんだとOさん。好きなことを突き詰めて、0から自分の手で物を作ることの方が私には余程眩しかった。
 1時間もすると山男さんが、よく喋りかけてくれるようになった。
「あんた、ここいらの出身だろ?」「何年生まれ?」「ほー、じゃあ息子と中学時代かぶっとるなあ」「どこの高校だったん?」
 きたきた、地元のおじさんというのはこういう感じなのだ。始めはシャイで、慣れてきたらぐいぐいくるもんなのだ。別に私は嫌じゃないし、親戚だってみんなこんな感じだからむしろ気楽だ。するとお地蔵様が通りすがりに、
「山男さん、そういう風にあまり聞き過ぎるのはやめた方が・・・」
とさりげなーく言うのである。この方はきっと都会からの移住者であろうなあ。明らかに匂いがちがうもんなあ。という人間模様を観察しながら、いろんなことが、懐かしくて楽しくて体を動かして働くっていいなと素直にそう思った。
 巨大鉄窯の下では、定期的に薪がくべられている。その薪ももちろん自分たちで調達している。焚口が2つあって、火箸で鉄の蓋を開けると、奥で燃え盛る赤いフレアが揺れ、胸が焼かれそうな熱気が立ち向かってくる。その炎めがけて後ろに積み上げられた薪を放り入れる緊張感。
「砂糖の状態によって、入れる木の太さや種類も塩梅しないといけないんです。煮詰まってきていたら、1本だけとか。火の調整が一番大事ですよね」
と、お地蔵様。本当だ。1年かかって育てたサトウキビを間違って焦がしたりしたら大変なことだもの。家のお風呂に薪をくべていた小学生の頃のことを思い出す。風呂場でおじいちゃんが「久美子、ちょっとぬるいから薪もう1本じゃな」が叫ぶと「はーい!」と私が薪をくべる。砂糖は喋ってくれないから、その頃合いを自分の経験や勘で見極めていくしかないのだ。

 あっという間にお昼を過ぎていた。
「じゃあね、君たちも帰って昼ごはんを食べて、そしてまた2時半頃に来てください」
とお地蔵様が言う。
「昼からはすごいぞー。煮詰まって沸騰してきた汁が10倍ぐらいにボコボコーって噴き上がるからなあ。それが見ものじゃ!」
と山男さんも嬉しそうだ。
 みんなはテーブルにお弁当箱を出して一段落に入った。
「あの、これお土産です」
 ここでゾエが例のお饅頭の箱をお地蔵様に手渡した。
「まあまあ、お気遣いいただきありがとう。おお、香川の和三盆糖使用。これはこれは」
 後で知ったことだが、Oさんは実はさらに上質で手間のかかる和三盆を作りたいという夢があるそうだ。和二盆は二回、和三盆は三回、盆の上で研ぐのだと妹から聞いたことがある。妹はお菓子屋さんで働いていた時代が長く徳島の和三盆糖をケーキなどに使用していた。そのため和三盆糖の製糖場へも見学に行ったことがあるそうだ。江戸時代から変わらない作り方を続けているという。あの上品で滑らかな甘さは天下一品だ。私も徳島へ行くと必ず和三盆糖を買って帰り、ここぞというお菓子作りには和三盆を使う。あまりに当たり前に思っていたが、和三盆といえば讃岐(香川)と阿波(徳島)である。そう考えると四国は古くから砂糖作りに長けていた島だったに違いない。ただ、和三盆糖は高級品。昔はお殿様への献上品だったし、今は上等な菓子や料理に使われることはあっても、家庭料理に使われることはまずないだろう。そう考えると、一年を通して使える日常のお砂糖、黒糖が自分の手で作れるというのはやっぱり魅力的なことだなと思う。

 昼ごはんを食べて、再び山へ行く。もう1人でもいけるくらい慣れてきた。
 私達が絞っていた汁は既に黒糖になってしまっていたが、第2便が煮詰まってきていた。平釜から、深胴の釜に移し替えられたサトウキビの汁は、蒸発し量が減って、釜の底の方にわずかに見えるだけ。収穫した400キロのサトウキビから40キロの果汁がとれて、そして砂糖になるのはたったの20キロだそうだ。砂糖って本当に貴重品だったのだと、この工程を見て思う。竈の上のさらに台の上に乗って、お地蔵様が何メートルもある柄杓で釜の中を混ぜている。少しやらせてもらったが、粘り気が強くなり、腕がどんどん重くなっていく。そんなことをしていたら焦げ付いてしまうわけで、すぐにお地蔵様に変わってもらった。色白で華奢に見えていたお地蔵様が力強く釜を混ぜる姿。おじさんSのパワーすごすぎないか。  

 ボコボコーっと、溶岩のように茶色い液体が上の方まで噴き上げてきた。これ、おばあちゃんが四国八十八所巡りのお土産でくれた地獄の本で見たことあるやつやなあ。落っこちたら一巻の終わりだろうな。ぺちゃっと頬に飛んだだけで大やけどだ。なのに甘い香りが漂って、まさかこんな山奥で魔法使いたちが甘い甘い砂糖を作っているなんて誰が思うだろうか。ああ、ここは甘党おじさんたちのアジト、部室なんだ。商売をしたいわけじゃなく、実験を重ねて、自分たちの生きがいというよりもっとキラキラした、ああこれはロマンスなんだなあ。
「はい、薪いっぽーん」
という掛け声で、1人が薪1本を残して燃えかけの炭をかき出す。この辺りで、石灰(せっかい)を少し入れる。これを入れないと、砂糖が固まらないのだそうだ。男たちの顔つきがキラッキラしとる。さっきまでの、スマホの使い方わからんとか言うて嘆いているおじさんではなかった。好きなことに打ち込んでいる姿ってこんなにかっこいいのか。白球を追いかける高校球児みたいな、ギターに夢中になる軽音部の先輩みたいな、この人らは黒糖部の黒糖マニア。黒糖好きすぎて自分で作りましたー!! ってやつなんだなあと分かった。そりゃあ営業が下手というのも頷ける。このおじさんたちの目は職人だもの。

 あうんの呼吸でみるみるうちにどろどろのキャラメル状になっていく。
「もうええよー。出してー」
 残りの1本の薪も出され、あとは予熱だけで調整しているようだ。祭りの後のように、静まり返った釜の中から柄杓で水飴状の砂糖を瓶(かめ)の中に取り出していく。その間も1秒1秒と砂糖は固まっていく、時間との闘いだ。
 私達は男たちがたった3人で、なぜここでサトウキビと格闘しているのかが分かった気がした。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、詩の朗読など文筆業を続ける。また、実家の愛媛と東京を行き来しみかん、米等の農業も行う。食べると生きるを考える「新春みかんの会」を主催して8年目。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(福田利之/絵、mille books)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(エイミー・クラウス・ローゼンタール/著、トム・リヒテンヘルド/絵、マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。webちくまにて短編小説も連載中!近著に『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)がある。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

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