高橋さん家の次女

第10回

ぴかぴかの黒糖の誕生!

2020.07.30更新

前回までのお話。

黒糖工場の見学をさせてもらえることになった私達。機械はサトウキビから汁を絞る圧搾機だけで、煮詰める作業は全て手作業であることに驚く。そして最終段階に入り、煮詰まってマグマのようになる黒糖の液を目にする。ついに黒糖が出来上がるぞ!!

(前回の記事はこちら

 瞬時に固まっていく黒糖を釜の中から柄杓ですくって、瓶(かめ)の中に入れていく。え・・・たったこれだけなの? と思えるほどの量だった。軽トラック一杯のサトウキビ。一年を通じて育て、収穫し、そしておじさん三人のプロの勘と知恵と体力を集結させて、一日がかりで絞り、煮炊きして・・・これだけ手間暇かけたというのに、頭の上に乗っかるほどの瓶に2杯の黒糖なのか。400キロのサトウキビから20キロの黒糖。
 真剣な顔でお地蔵様が釜の砂糖を瓶に移している。
「なかなかいいできなんじゃないかい?」
「そうですね。ちょっと柔かったかなあ」
「いやあ、こんなもんでしょう」
三人にしか分からない感じの会話がかっこいい。
「じゃあ、みなさんね、この瓶の中をしゃもじでぐるぐると混ぜててくれますか?」
お地蔵様が丁寧にお願いする。
「はい。固まらないようにするためですか?」
「いやいや、そうではなくてね、先に入れたのと後で入れたのとで砂糖の濃度が違っていたりするんだよね。上と下とでね。それをよくかき混ぜて均等にしていくんです」
「なるほどー。分かりました。やります!」
 私達は、別室に運ばれた熱々の黒糖を混ぜていく。軍手をつけ一人が瓶が倒れないように支え、もう一人がぐるりぐるりと、魔女のおばあさんみたいな手付きで混ぜる。余った一人は、工場に残り、釜にくっついた砂糖をヘラでシャリシャリと取って、タッパーの中につめていく。それだってかなりの量がある。でも、みるみるうちに砂糖はセメントみたいに取れなくなっていく。
「はいはい、もうそれくらいでいいからね。釜洗いますよ」
 もったいないからと根こそぎ取ろうとしているとOさんが笑いながらホースを持ってきた。
「ええ!待ってくださいー。まだこんなについてますよー」
「早く洗わないと砂糖が取れなくなるからねえ」
 私の貪欲さを尻目にOさんは、とっとと釜に水を入れてしまった。
「ほな、これ食べんかい」
と、笑いながら砂糖のついた、おたまや柄杓を山男さんが持ってきてくれた。私たち三人はそれをヘラで剥がして食べる。お腹に入るだけの黒糖を入れた。もう食べすぎて気持ち悪くなってしまって、しばらく黒糖は見たくない気分にまでなってしまった。
「もういいです。気持ち悪くなってきました」
はっはっはーとみんなが笑う。
「こんなに毎日黒糖見てたら、家で食べようなんて気にならないでしょう?」
と聞くと、
「まさかまさか。これくらいすぐなくなります。一年持ちませんよ」
と、お地蔵様が言った。
「今日の砂糖はお地蔵様の家用やけんなあ」
と山男さんが笑った。なるほど、販売用だけでなくそれぞれの家の砂糖もこうしてみんなで作り合うのか。
「お料理とかで使うんですか?」
「いいえ。おやつに食べるんです」
「え? おやつにこの塊の黒糖食べるんですか?」
「はい」
砂糖だけに舐めていた。この人達、正真正銘の甘党男子であった。こたつに入って塊の黒糖を砕いて食べているお地蔵様が想像できる。似合う。みかんよりも似合う。

 山男さんとお地蔵様が、瓶の中の砂糖の塩梅を見ている。そして、
「よし、そろそろ行こうか!」
というと、瓶を持ち上げた。ここからのコンビネーションは砂糖界のバッテリーだと思った。仕組み的に言うと、歩道橋の上から黒糖の液体をたらしていく。その下を通る銀色のタッパー車が荷台にその液体をキャッチする。タッパーの敷き詰められた台はローラー式になっていて手動で前に進むようになっており、黒糖が入ったタッパーから前に送り出され、乾燥棚へ並べられるというシステム。この装置も全部自分たちで手作りしている。使い勝手が良いように工夫があちこちにあって、見ているだけでうっとりする。
 山男さんは瓶を傾け、橋の上から砂糖を流し続け、それを器用にお地蔵様がタッパーでキャッチしては前へ送っていく。見事すぎる。全ての動きに無駄がなくスマートで美しい。私達は出来上がった砂糖を乾燥棚に並べていく。

「ほなけどお地蔵さん、今回なかなかの上出来じゃないで?」
「まあ、そうですね」
「ほら、瓶の内側に砂糖の結晶ができとるやろう? これが綺麗にできたら上出来の証拠じゃよ」
と山男さんが教えてくれた。本当だ。少なくなっていく瓶の内壁面に、3センチくらいの茶色い砂糖の結晶ができている。それをしゃもじでこそぎとると、ふわーっとして、うーん、どう例えたらいいだろう。私と同世代だったら『ぬ~ぼ~エアインチョコ』をイメージしてくれたらいいかも。上手く空気が入っているため、ほろほろとしてしゃもじでも簡単に崩れてくれるのだ。なるほど、じゃあ取り出しの時間も完璧だったんだなあ。
 乾燥棚に置かれた、キャラメルみたいにとろとろだった砂糖は数分でコンクリートみたいにがっちりしてきている。粗熱が取れたものから、蓋をして出来上がりだ。いやあ、あんなに時間かかったのに、最後30分が目をみはるスピードだったのには驚いた。3人が片付けを始めても、私達は、瓶の周りについた砂糖をガリガリしてタッパーの中に入れることを諦めないのだった。
「今日ね、手伝ってくれたからお礼に一パックずつ持って帰っていいですよ」
お地蔵様がそう言ってくれて、私達はやったー!! と跳びはねた。
「いやね、本当に助かったんですよ。これ3人でやるのとみなさんがいるのとでは疲れ方が全然違います」
「ほんまよなあ。今日はまだ楽やもんなあ。あんたらおってくれて、ほんまに助かったわー」
と山男さんまでも褒めてくれた。見学のつもりだったけど、お役に立てたなら嬉しいなあ。

 1週間は食べる気がしなかったけど、その後東京に持って帰って、こっそり食器棚の中に隠して、むしむしとスプーンでほじって食べている。お地蔵様の気持ちわかる。これはおやつに最高だね。
 その他にも、実は失敗したからと、まな板みたいなキャラメル状の砂糖もいただいた。え? これが失敗なの? と思うくらい、むっちゃくちゃ美味しい。なんなら黒糖よりもクリーミーでこっちの方が美味しい。これどうにかしてミルクキャラメルにならんかなあと、バターと牛乳を入れてぐつぐつしてみたけど、全然固まらない。そうだ、きな粉に混ぜてきなこ棒にしてみようかと、母ときな粉に混ぜておやつを作ってみた。絶品だ。その後、残りのまな板キャラメルは、物置部屋の冷蔵庫に隠していたら、姉の3人の子供が、その部屋に毎日こっそりと入っては冷蔵庫をあけて食べて、あっという間になくなってしまったという。コロナで実家に帰れないうちに食べられてしまった! やられた。狂言の『附子』そのものじゃないか!!

 最後に、苗を分けてもらえるでしょうか? と話してみると、Oさんが、
「ああいいよ。明日、僕ら朝から収穫しているからね、畑に来てくれたら取ったのを渡してあげるから」
と言ってくれた。
「ええ! 今日これだけ働いたのに明日も朝から、しかも収穫ですか?」
 この体力信じられない。どうやらいろいろな場所でサトウキビを育てているらしい。一度に収穫しても、サトウキビが乾燥して保存できないので、400キロずつ収穫しては砂糖にしていくのだという。収穫日は黒糖工場はお休みだ。収穫の方法も、そこで少しレクチャーしてくれるという。どこまで優しいのだろう。教えてもらった場所に午前中に行くことを約束し、お礼を言って、山を降りた。ほかほかの砂糖を持って。いやあ、しかし今日は疲れたなあ。恐るべし黒糖BOYS、あれは本当に黒糖LOVEじゃないとやれないなあ。だけれど、自分の手で自分の使う砂糖を作るというのは、やっぱりとても魅力的だ。野菜や米、味噌や梅干しも作っている高橋家としては、砂糖も作れたらまた一つ自給自足に近づいていく。
「あの技術が失われることが怖いよね」と妹が言った。縁起でもないが、誰か一人でも倒れてしまったら立ち行かないだろう。その技術を誰か若い人に伝授している様子もない。なんとかして、あの技術を習得できたらいいけれど、1、2年通ったところで無理だろう。様子をみて冬の間通ってみるのはいいかもな。なんて話しながら、疲れ切った私は、早めに布団に入り、甘い夢を見ることもなくぐっすり眠った。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、詩の朗読など文筆業を続ける。また、実家の愛媛と東京を行き来しみかん、米等の農業も行う。食べると生きるを考える「新春みかんの会」を主催して8年目。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(福田利之/絵、mille books)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(エイミー・クラウス・ローゼンタール/著、トム・リヒテンヘルド/絵、マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。webちくまにて短編小説も連載中!近著に『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)がある。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

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