高橋さん家の次女

第11回

黒糖の道も、一本から。

2020.08.17更新

前回までのお話。

サトウキビを育てることになった私達は、近くにある黒糖工場へ見学に行く。そこで手作業で一から砂糖を作る3人のおじさんに出会う。その技術やコンビネーション、黒糖愛にいたく感動し、黒糖熱は高まるばかり。そして、リーダーのO氏に話すとサトウキビの苗をわけてもらえることになり、翌朝畑へ行くことを約束する。

(前回はこちら

 数日の間に、1年分くらい進んでいる気がする。小説ならここら辺で、騙されたり酷い仕打ちを受けたりするのだろうが、現実は夢じゃないかと思うくらい皆優しかった。なんなら、地元でこんなにオープンで欲のない人に出会うのは珍しいかもしれない。もちろん良い人ばかりなのだが、農地というのはいつも喧嘩の火種だった。「先祖代々の」というのは聞こえは良いが、昔からの土着的なものが粘着質に残っているのが私の知る田舎というもので、畦道を通す通さないとか、水がどうのこうのという問題を子どもの頃からいつも耳にしていたように思う。噂好きな大人達の立ち話を聞いても聞かぬように蓋をして無邪気なふりをしていた。

 お地蔵様は県外の方だというし、Oさんもよくよく聞くと県外で暮らしていた時期が長いという。黒糖BOYSには風通しの良さがあった。そして会社でも地域でもそうだが、良いリーダーがいる団体というのは大体が健全でまっすぐである。まだ38年しか生きてないし、就職もしたことないし偏った人としか接触してきてないけど、多分当たってるんじゃないかと思う。いや、おじさん達にもいろいろあるのかもしれないけどね。

 翌朝、起きてゆっくり過ごしているとOさんから電話があった。
「もうサトウキビの収穫しとるから早く取りにおいで。もう少しで終わるかも」
 ありゃまあ。一日作業していると聞いていたので昼ごはんを食べて行こうとしていたが、私と妹は作業着に着替えて妹の乗用車でOさん達の畑に向かった。
 広がる畑の一角に、ざわわ〜という歌が聞こえてきそうなサトウキビの群れ。かなり背が高く、隣の畑が見えないほどだった。お地蔵様に山男さん、それにもう一人、農業部の班長っぽいちょっと怖そうなおじさんもいて、もう半分くらい刈り取られている。Oさんが
「これ、君たちの分だから、植え方はお地蔵様に教えてもらってね」
と束ねた数十本のサトウキビを指差すと、忙しなく帰っていった。
 植え方を教えてもらえる雰囲気ではない。昨日とは打って変わって、皆ものすごくしんどそう。それもそのはず、全て手作業で重くて硬いサトウキビを収穫するのはかなりの重労働だ。
「あー、もうえらいわー。今日はこの辺にしとかんで?」
と山男さん。
「そうですねえ」
と言いながら、作業しつづける2人。
「あのう、お手伝いします」
と言って軍手をつけてみる。それじゃあと、剪定用の両手使いの大きなハサミを渡され根本から切るよう教えてくれた。やってみるも、4年もののサトウキビはかなり太く密度があり力を入れてもなかなか刃が入らない。簡単そうに見えるのに、やってみると一本落とすのにも手こずった。指導係のお地蔵様が「慣れたらすぐですよ」と言ってくれるが、これ全部手作業でやっていたら翌日腕が上がらなくなるよー。手伝いますなんて言っておきながら、殆ど役にたってない私。

 次に、刈り取ったサトウキビを逆さまにして、とうもろこしみたいに芯を包んでいる葉を落としていく方法を教わる。鎌を使うのだが、その鎌がすごい形をしている。途中までは普通の鎌なのだが先だけ二股になっていて、ミヤマクワガタの角みたい! サトウキビの収穫専用らしい。まず普通の刃で糖度の低い先の方を落とし、刃と刃の間にサトウキビを挟み下ろし、葉っぱをこそぎとっていく。これも見ていたら楽勝でできそうなのに、細い部分を切り落とすだけで手こずる。勢いよく振り下ろすと一発で切れるのだが、振り下ろしすぎて足まで切ってしまいそうでドキドキする。怖い。農業って危険がいっぱいだ。ぼやぼやしていなくとも、毎年のように農機具での事故が報告されるのだから、初心者の私達なんて注意しすぎるくらい注意しないといけない。用心深い私は全然スピートが上がらない。バイトなら半額しかもらえないレベルだわ。妹は余裕で鎌を振り下ろしている。やっぱりすごい。肝が座っとる。
 もうこの子は見てられんわと思ったのか、お地蔵様は私にサトウキビを束ねてロープで縛る係を任命した。これなら安心できると思ったのもつかの間、先輩のダメ出しが入る。四方八方に曲がっている棒10本をロープでまとめるというのは思ったよりもコツがいるんだなあ。お地蔵様は自分の作業の手を止めて細かいところまで丁寧に教えてくれるのだった。簡単な作業にも熟練の技やコツがあって、教えてくれたようにやっていくと、本当にグラつくことなくスピーディーにまとまった。だが、今はメモや動画を見ないと細かいことが思い出せない。教えてもらったことは体に入っていかない。見て、自分で気づいて覚えることを職人や農業者は積み重ねていくもんだと祖父はよく言った。実際、母も私達も細かい方法を教えてもらったことはなかった。毎年手伝って覚えていったように思う。昔の人達はすごいなあ。そして今にはない息苦しさもあっただろうなあと思った。
「乗用車じゃサトウキビ乗らんなあ。ちょっと軽トラ取りに帰るわ」
と言い残し、妹は帰ってしまった。
 え、君が行くのかい? 私はお地蔵様の指導を仰ぎメモを取りながら、作業をする手も少しづつ慣れてきた。
 30分後妹が帰ってきた。軽トラに乗りエンジンを吹かし、畑にバックで入ってきよった。刈り取った後のサトウキビの芯は、そのままにしておけば来年新しいのが生えてくるので、タイヤで踏まないように窓から半身乗り出して、もうおっさんみたいや。農業を本格的にやりはじめて1年半、妹は軽トラ姿が板についた。それまでは私の方が軽トラの運転は上手だったんだけどなあ。祖父の代から乗っていている自慢のスバルのサンバー。こいつのエンジンは強靭な作りになっていて、山道もぐいぐい登っていける働き者だ。東京から帰ってきても車のない私は軽トラで買い物に行ったり郵便局に行ったり。町のいろんなところで目撃され「くみこちゃんが軽トラ乗ってるのを国道で見かけたんじゃけど帰ってきとるの?」と母に連絡が相次いだそうだ。ちなみに、軽トラに乗れないと農家じゃ使い物にならないので私達三姉妹は全員マニュアル免許を持っている。
「あのう、これお昼にみなさんで食べてください」
軽トラから下りてきた妹は、大判焼きの包を持ってきている。しっかりしている。黒糖BOYSにはやっぱり甘い物が一番。
「ああ、これはありがとう」
少しだけ笑顔になるが、やっぱり、みなさん疲れてらっしゃるよなあ・・・山男さんは「もうこれ以上は今日はやれん」と言ってへろへろで帰っていった。お地蔵様が、残ってサトウキビの植え方を教えてくれ、私達は急いでそれをメモし、帰りにコメリに寄って有機石灰を何袋か買って帰った。石灰は酸性に傾いた土地を中和するためのもので、有機石灰はカキ殻や卵の殻でできているから安心だ。普通の石灰は撒いてから2週間くらいはあけて植えないといけないが有機石灰なら同時に植えても大丈夫だそうだ。秋までお米を作っていた土地だから極端に酸性になっていることもないんじゃないかなと思い、普通の3分の1の量だけ撒くことにした。しかし袋に入った石灰は信じられないくらいの重さだ。1袋20キロ、ダンボールなら余裕で持てるが、紙袋に入った石灰はずるずるして何倍も重く感じる。こ、腰に来る〜。
 軽トラで帰ってきていると、近隣で農作業しているいろんな人が凝視している。ただでさえまあまあ若い女子2人が軽トラに乗っている光景は目立つのに、得体のしれないジャングルを荷台に積み上げて戻ってきたからだ。時間がなかったので上の葉っぱもそのままつけてきたから目立ちすぎる。あの姉妹また何かやらかすぞ臭がぷんぷんしている。収穫後はすぐに乾燥してしまうというので、納屋の中に運んでブルーシートでくるむ。しかし小規模農家なのになんでこんなに納屋がでかいんだろう。東京の私の家2つ分くらいはある。クレーンまでついていて、米の乾燥機など巨神兵並みの機械をスイッチ1つで下ろせるようになっている。きっと納屋自慢、農機具自慢みたいのが祖父達のステイタスであったんだろうなあ。でもこのジャングルを隠しておけるのはありがたい。母が嬉しそうに家から来て、下ろすのを手伝ってくれた。「うわー、サトウキビ、こんなに大きいん! すごい量じゃなあ。これ全部植えるん?」そうですとも。これを明後日全部植えるんですぞ。既に腰がバッキバキだけどね。
 インフルエンザから復活したなっちゃんとゾエが来てくれて、明後日、石灰や肥料を撒きながら、いよいよサトウキビの苗を植えることになった。私の体力、持つかなあ。
「こんなんでへばってたら先が思いやられるわ」と妹がため息をついた。すいません。精進します。

 翌々日、私達の新しいスタートにぴったりの晴天だった。ブルーシートに覆われた秘密のジャングルと有機石灰を再び荷台に積み込み、妹は軽トラで。私達は鍬や剪定バサミと、母が作ってくれた南瓜のカップケーキを持って、私達の畑へと歩いた。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、詩の朗読など文筆業を続ける。また、実家の愛媛と東京を行き来しみかん、米等の農業も行う。食べると生きるを考える「新春みかんの会」を主催して8年目。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(福田利之/絵、mille books)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(エイミー・クラウス・ローゼンタール/著、トム・リヒテンヘルド/絵、マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。webちくまにて短編小説も連載中!近著に『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)がある。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

編集部からのお知らせ

高橋さんが翻訳を担当された絵本『あなたがいてくれたから』が発刊されました!

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ご両親や、恩師、上司や部活の先輩や仲間など、これまで自分を励まし支えてくれた方々へのプレゼントにぴったりのお手紙のような本です。ーー高橋さんのHPより

詳しくはこちら

高橋久美子さん作の絵本『あしたが きらいな うさぎ』が発刊されました!

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 高橋久美子さん作、高山裕子さん絵の絵本『あしたが きらいな うさぎ』がマイクロマガジン社から発刊されました!

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