高橋さん家の次女

第12回

私達が植えた未来

2020.08.31更新

前回までのお話。
サトウキビ工場の見学をさせてもらった翌日、黒糖BOYSたちの畑に行き、苗を分けてもらった私達。お地蔵様に収穫の方法や、植え方を教えてもらい、コメリで有機石灰も買い、いよいよ翌日、植え付けをすることになった。※ 1反≒543畳

(前回の記事はこちら

 実のところ、コロナウイルスの影響で、私は2月の苗の植え付け以来、草刈りにも帰ることができなくなってしまっていた。父や叔父が言っていたことが現実になってしまった。
「お前は東京に暮らしているんだろう? みんなに迷惑かけるのは目に見えとる。農業はそんなに甘くはないし、思ったとおりにはいかんぞ」
 苗を分けてもらうまでは、トントン拍子だったのに、頬をぶたれたみたいにいきなり計算通りにいかないことが続いてしまった。やっぱり、そんなに甘くはないみたいだ。
 7月のことだった。
 育ってきたサトウキビの殆どが猿により食べられてしまったのだ。冬に植えた苗から芽が出て、少しずつ背が高くなって葉っぱもできていたのに。
「猿も食べるくらいおいしいサトウキビだったんですね」とか「猿も生きてるから仕方ないですね」と慰めてくれる人がいるけど、それはきっと農業をしたことのない人だろう。頭では、私もそう思う。祖父たちのように枝打ちをしなくなって山と里との境界線をなくしてしまったり、温暖化を引き起こしてしまったり、人間がこの状況を作ってしまったのだから。でもねえ、でも、なぜ都会で暮らす私達にではなく、田舎で自然と向き合って地道に生きている人にと思ってしまうわけだ。そりゃあ自然のすぐ傍にいるからだろうけどね。とにかく、ちょっとショックすぎる出来事だったから、「そうなんですよねえ」と笑う元気は出てこなかった。形だけのリーダーが不在の中で、二百本近く植えたサトウキビのうちの9割が食べられてしまっていた。

 2月の楽しかったことを書こう。
 苗を植え付けたのは、大地がようこそって言ってくれているみたいに気持ち良い小春日和の朝だった。遠足にでも行くように私達の足取りは軽かった。同時に、私と妹は計画した通り今日中に本当に終わるかなという緊張もあった。まず妹とゾエが、2メートル近くあるサトウキビを40センチくらいずつカットして、苗を作っていく。私となっちゃんは、ロープを畑に均等に引いて、畝(うね)となる間隔をとっていく。母のアイデアで予め別の紐2本を各1,5メートルにカットして定規代わりにし、畑の北と南にそれぞれが立ち、畦から紐を伸ばす。それを目印に南北に40メートルの長いロープを張っていく。こうして畝を作っていくのだ。「もうちょい右!」「もっと張って〜」とか言いながら。保育士さんのなっちゃんは、てきぱきと楽しげによく動く。彼女は農業に少しでも詳しくなり、保育園の子どもたちにも教えたいという志を持った人だ。
 張ったロープに沿って鶏糞とコメリで買った有機石灰を撒いていく。風に石灰が舞って目がしょぼしょぼするし、マスクをしていてもげほげほと咳き込む。妹とゾエが、それらを土に混ぜこみながら鍬で畑に溝を作っていった。ゾエも妹も流石に慣れていて、鍬の振り上げ方が上手い。私達はその溝にカットした苗をお地蔵様に教えてもらったように間隔を取りながら置いていく。妹と変わって肥料を混ぜながら溝を掘る作業をしてみるが、ひと畝約40メートル作るのもなかなかに大変だ。
 これを1反分全部手作業でやるなんて腰をいわしまっせと思っていたら、あれ、畑の隅っこに見えてるのは父の普段使っていない小型耕運機じゃないか? どうやら妹が父に借りていたらしいのだ。耕運機は女性でも手で押せて、下につけられた何本もの刃で土を耕してくれる一番基本的な農機具だ。よく見ると、耕運機の先に三角形の角みたいな付属品を付けることで、畝も作れるみたいやんか!一石二鳥!半分以上人力でやってきたけど、ここからは文明の利器にあやかりましょうよー。

 ということで、エンジンをかけるためスターターの紐を勢いつけて引っぱってみる。なかなか硬い。もう一回。ギュルギュルルルー、ギュルルルーと良い感じの音を立てたかと思うと、プスンと止まって一向に動かない。ゾエが何回もやって、汗だくになっているがやっぱり掛からない。おかしいよねえと4人で、いろいろとついてる手元のスイッチを、こっちをこうじゃないかと、20分ほどいじっていたら、プスンプスン・・・グルルルルルル〜! ついにかかったー!! やっぱり一人より仲間がいると知恵が4倍になる。こんな些細なことで大喜びしながら、とにかく土に触ったり、いつもとは違う頭を使って、空と地の広さを再確認するような一日だった。
 畦に座って、母の作ってくれた南瓜のカップケーキを食べ妹の作った野草茶を飲み、農業楽しいじゃないか、と心底思った。作業だと思うから面白くないんだろうな。時に寝転がって空を眺めたり、野花を摘んだり、歌を歌ったり、そんな風に過ごしたら山登りのように楽しい一日ではないのか。黒糖できたら何を作ろう? 何キロ取れるだろう? 1年目ってどんな味かな? 私達は今では想像もできない未来の話をした。そうして5時のチャイムが鳴る頃、ようやく苗の植え付けが終わった。幸福な疲労感だった。
「4月にまた帰るから、そこで草刈りしようね」と日にちも決めて、私は東京へ戻った。

 それきり、あの畑には行けてないのだ。妹が送ってくれる写真で、おお!芽が出たー!と喜び、葉が生えたら「すごい、サトウキビらしくなったね!」と感動した。
「ごめんな、やっぱり帰るのやめておいた方がいいね」
「そうやね、仕方ないね」
「夏には必ず帰るね」
と、何度もの草刈りを3人にお願いし、ついに一度も帰れていない。特に妹には一番負担をかけてしまった。
 7月のある日、妹から写真が送られてきて
「ねえ、猿が何本かかじってる。でも食べてはないみたい。遊んでるのかな?」
「ええ!? でも食べるならもっと思いっきり食べるよね。確かに遊んでるだけってこともあるね」
 その時は、数本が折られて捨てられているだけだった。時々、食べないレモンとか青い柿なんかを投げて遊んでいることがあるのだ。人間と同じように、猿も遊ぶので多分それだろうと思った。

 一週間後
「ちょっと、もしかして、これは食べてるのかも・・・」
 次に来た妹からの写真には、齧られたサトウキビが何箇所か写っている。味見し始めているのかもしれない。私はウルフピーという、狼のおしっこで他の動物を追い払う方法とか、カカシを作ってみたらとか、モンキードッグといって、訓練を受けた犬で猿を追い払う方法などを調べて、なっちゃんとも相談しはじめた。妹は動物園に電話して、狼の糞などを分けてもらえないか?と相談したけれど駄目だった。
 3日後のことだった。妹からメールがきた。
「やられてしまった・・・全体の9割が食べられてる」
 写真には無残に食いちぎられた畑。7月は長雨続きで、妹も畑に行けない日が続いたのだという。そして、雨のときは猿は山に潜んでいて出没しないのだ。よく晴れた朝、胸騒ぎが的中したと言った。お腹をすかせた猿が一歩早かったと妹は悔やんだ。
 これまで遊んでいるだけと思っていたが、ボス猿が偵察に来ていたのだろう。そして、梅雨明けを待っていたかのように決行した。猿は人間がまだ寝ている早朝に行動することが多い。多いときだと30匹の群れでやってくるのだから、ひとたまりもない。30分ほどで壊滅したのではないかと想像する。
 私は電車の中で、頭が真っ白になった。「ウルフピーは猿には全然効果ないって書いているねえ」とか、「電柵高いけどやってみる?」とか悠長にメールしている間にやられてしまった。ダメ元でも、ウルフピーを試せば良かった。イノシシを撃退する方法はいくらでもあるが、猿を撃退する方法は簡単ではないと町内で大農家をする人も言う。電柵が今はかろうじて効いているが、それも始めの方だけで知恵のある猿たちは私達の秘策を次々に乗り越えていくだろうと。猿は4歳児くらいの知能があるのだそうで、3歳の甥っ子の行動を思い返すに、確かに一度失敗をしたからといって諦めない。次は違う手を練り直す賢さがある。完全に金網で覆うしかないが、この広さだと200万以上かかるだろう。
「猿に見つかったらもうおしまい」
そう言って土地を手放してしまう人の気持ちがよく分かった。
「苦労してここまで来たのに、こんなことなら太陽光パネルにしておいた方が良かったんじゃないかなあ・・・」
と母も弱気だった。
 妹は、何でも一人で頑張ってしまう性格だ。梅雨が明けた炎天下の中で、一人で残っているサトウキビを抜いてどこか他へ移植するという。確かに二人は仕事があるから手伝ってもらうことは難しいが、言い出しっぺの私がそこまで妹に責任を背負わせるわけにはいかない。
「ねえ、私明日帰るよ」
 私はパソコンを開いて翌日の飛行機を予約しようとした。
「久美ちゃん、やめときな。もしもってことも考えられるし・・・それに猿よりも人間の方が怖いで。東京の人が帰ってきたなんて近所に知れたら、私ら村八分じゃわ」
 妹の言葉で冷静になって、私は帰るのをやめた。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、詩の朗読など文筆業を続ける。また、実家の愛媛と東京を行き来しみかん、米等の農業も行う。食べると生きるを考える「新春みかんの会」を主催して8年目。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(福田利之/絵、mille books)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(エイミー・クラウス・ローゼンタール/著、トム・リヒテンヘルド/絵、マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。webちくまにて短編小説も連載中!近著に『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)がある。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

編集部からのお知らせ

高橋さんが翻訳を担当された絵本『あなたがいてくれたから』が発刊されました!

0817takahasshisan.jpg

ご両親や、恩師、上司や部活の先輩や仲間など、これまで自分を励まし支えてくれた方々へのプレゼントにぴったりのお手紙のような本です。ーー高橋さんのHPより

詳しくはこちら

高橋久美子さん作の絵本『あしたが きらいな うさぎ』が発刊されました!

asitagakirainausagi.jpg

 高橋久美子さん作、高山裕子さん絵の絵本『あしたが きらいな うさぎ』がマイクロマガジン社から発刊されました!

うさぎの男の子モジャラビット・ウールは、もじゃもじゃの毛を馬鹿にされて、「明日にならなきゃいいのになあ」と思うようになります。

そんなウールのもとに、年に一度の星まつりの日に奇跡が訪れます。その奇跡とは?

詳しくはこちら

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

この記事のバックナンバー

09月14日
第13回 ふりだしに戻るの!? 高橋 久美子
08月31日
第12回 私達が植えた未来 高橋 久美子
08月17日
第11回 黒糖の道も、一本から。 高橋 久美子
07月30日
第10回 ぴかぴかの黒糖の誕生! 高橋 久美子
07月20日
第9回 黒糖部の先輩たち 高橋 久美子
06月28日
第8回 姉妹、黒糖工場へ! 高橋 久美子
06月14日
第7回 奄美大島と愛媛のサトウキビ 高橋 久美子
05月26日
第6回 あのう、農地を買いたいのですが 高橋 久美子
05月13日
第5回 37歳の反抗期 高橋 久美子
04月25日
第4回 輝く若者たち 高橋 久美子
04月10日
第3回 どんでん返し 高橋 久美子
03月24日
第2回 ビアトリクス・ポターになりたい 高橋 久美子
03月13日
第1回 久美子の乱 高橋 久美子
ページトップへ