高橋さん家の次女

第15回

種は誰のもの? その1

2020.10.14更新

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 一昨年の夏、同じ愛媛県内でも車で4時間近く離れた、宇和島市吉田町の奥南という地域の友人の家を訪れていた。帰りに、「久美子ちゃん、近所のおばあさんにもらったんだけど、これ食べる?」と渡された一本のキュウリ。それを、確か「平家キュウリ」と彼らは呼んでいたように思う。

 四国の山間部は平家の落人が住んでいた村ばかりだ。そんなん言うたら全国どこでも平家伝説だらけやけどね。私達の地域の山間部にも平家伝説は多く残っている。昔は男の子が生まれても鯉のぼりを立てなかったそうだし、キュウリを育てることを禁止したと聞く。鯉のぼりがダメなのは分かるよねえ。目立つし、男の子がいるって分かったら狙われたでしょうね。でも、キュウリは・・・長いから目立つのかなあ。立てて育てるから目立ったのかも知れないね。小学生の頃(山奥の小学校だったので、だいたいみんな平家の末裔だった)真鍋さんはみんな平家だと聞いた(確かに真鍋さんは山奥が多かった)。真鍋さんは平成になっても鯉のぼりを立てなかった。うちは平家の末裔じゃからキュウリは育てられないんじゃというおばあさんもいた。まだ源氏の襲来を恐れているらしかった。
 もらった平家キュウリはえらい短くて、全くキュウリには見えなかった。黄色くて瓜のような形をしている。なるほど、これならあのおばあさんも安心して育てられるだろうと思った。同じ県内でも私の住んでいる地域では育てている人を見たことがなかった。もちろん産直で並んでいるのも見たことがない。どんな味がするのかなあ。もしかして甘いのかもよー。楽しみで実家に持って帰って、夕飯に切ろうとしたとき、母が、
「ちょっと待った!食べたら一回で終わるけど、それ種をとって畑で育ててみたい!!」
と言い出した。ええー。天才的! 母はいつものように熟らせて腐らせて、種を取るのだった。その年は食べるのを諦めた。
 母は、こうして各地の珍しい野菜を育てるのが好きだった。姉が旅行で買ってきた野菜や果物の種を畑に植えて、半分くらいの確率で成功させていた。売ったりはせずに家で食べて喜ぶだけだ。あ、こういう人が羽目を外して売り始めたりするのが怖くて一代で終わってしまうF1種に種が全部変えられてしまったんだろうか・・・というのは冗談やけど、種っていうのは著作権がないわけだ。私達作詞家や作曲家には著作権があって、CDを買ってくれたりカラオケで歌われたりすると、制作者に細かく分配される。けど、種には権利がないことが普通だった。朝顔だって、ゴーヤーだって、近所の友だちと交換しあったらいくらでも育てられる。今から種について書こうとしてますけども、これまで何の気なしに取っては育てたり交換しあってきた種って誰のものなんだろう? 海外からの持ち込みは禁止されているが、地方の在来種の野菜なんかも、育てようと思ったら種をとって育てたらいくらでも増やすことができる。果樹に関しては禁止されているものも多いが、売ることに規制がある野菜はごく一部である。うーん、種って誰のものなんでしょうね。
 分けてもらったサトウキビだって(猿に食べられたけど)、順調に育って砂糖にして売り出したとしても、「そのサトウキビの種を使ったのだから、著作権を何%渡してください」と言われることはない。ただ、野菜や果物や米に「ブランド」としての価値がつきはじめた昨今、種に対しての価値観が変わってきたともいえる。
 平家キュウリをくれた友人達が育てている宇和島名産の「紅まどんな」も正にブランド果樹だ。『愛媛県果試第28号』という可愛くない名前で2005年に品種登録された。そして全農えひめで品質基準をクリアしたものだけが「紅まどんな」として全国に出荷される。正真正銘の紅まどんなは県内でも1個最低600円はするサラブレッド。愛媛の産直に行くと、「紅まどんな」になれなかった予備生みたいな子が箱詰めされ販売されているのをよく見かける。「味は紅まどんなと同じです!」というポップがついて、紅まどんなの7掛けくらいで売られている。地元の人の多くはそっちを買う。「愛媛県果試第28号(紅まどんな)」は愛媛でしか栽培が許されていない。県外で育てている人がいたらそれは違法になる。そうやって農家さんや開発者を守っている。
 小学生の頃に、巨峰の開発に人生を捧げた育種家の大井上康さんの伝記を読んだ。大正時代にぶどうの研究を始め、渡仏もし雨の多い日本に合う品種をひたすら考える。土壌改良から始まり、種の交配も、失敗の連続。何せ当時は一年に一度しか植え付けの実験ができない。ついに大井さんは亡くなる直前に栽培に成功するが、戦争中だったので巨峰の育成方法が広まることはなく弟子たちにその研究は引き継がれていくという苦難の人生だった。今、当たり前に食べている巨峰が、人の一生を費やして作られたものなのだと知り私は衝撃を受けた。デラウェアでも十分おいしいけどなと思ったが、そのデラウェアも誰かが開発したものなのかもしれないと思うと、この世にある果物や野菜で人の手が加わっていない種というのは、登下校の山道で取れる山葡萄やアケビやザクロくらいなのかもしれないなと思ったのをよく覚えている。畑で自然に作られているように見えるけれど、自然に生まれた野菜なんてないのだなと思った。
 紅まどんなは「南香」と「天草」という二種類の柑橘をかけ合わせて出来ているそうだけれど、その二種類に行き着くまでに何百パターンもの交配を試みたに違いない。研究にすごい資金と時間と人生を費やしてきたのだろうと想像すると、それが数年後には全国中のみかん農家が作るようになっていては悔しい。だから規制をかけるのは分かる。
 では、スーパーに並ぶ、日常の野菜たちについてはどうだろうか? そもそもブランド果樹とF1種を同じ土俵で議論させてはいけないのかも。
 前述したように、今、世の中に出回っている野菜の殆どが、一代限りで終わるように開発されたF1種という種からできた野菜だ。まず、私は生物として違和感がある。何千年と殆どの生物が自然に種を残し、そこから新たな芽が出ることを繰り返してきた。その当たり前を人間が作為的に止めてしまっていいのかという疑問がある。
 そういうものしかスーパーに並んでいない現状。F1種でできた野菜を毎日毎日、食べて平気なのだろうかという不安がある。F1種は生殖能力などに悪影響を及ぼすという記事も見かける。いや、F1種は食料自給率の低い日本にとって革命的だと言う人もいる。生産性、均一性、病気への強さから考えると、大量生産することに向いている方法なのだと私も思う。気候変動がこれだけ問題になっている中で、それでも毎日スーパーに同じ形の野菜が安価に供給されていることを普通と考えるなら、昔のやり方では農家さんがやっていけないだろうと思うからだ。
 結局、生き方の問題になってくる。違和感のない人は、今のままでいい。嫌な人は在来種の種屋さんで買って(私はそうしています)育て、種を繋いでいく。もしくはそういうお店で野菜を買う。
 ただ、一番大事なのは、知ることだ。知って色んな人の意見を聞き、文献を読み、そして最後は自分で考え選ぶことだ。みんなに、是非それをしてもらえたらなと思う。
 ちょっと待って、F1種って何? というの分かる人?(ちらほら)・・・そうですよね、そこ話してなかったよね。
これ、長くなりそうですので、また次回に持ち越しましょう。今回はここまで。平家の話が長くなりすぎました! ちなみに、平家キュウリは、今年も順調にたくさんの実をつけました。水分少なめのしっかりしたキュウリで、味噌をつけて食べると最高においしいです! やっぱり、種を繋ぐっていいですよ。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、詩の朗読など文筆業を続ける。また、実家の愛媛と東京を行き来しみかん、米等の農業も行う。食べると生きるを考える「新春みかんの会」を主催して8年目。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(福田利之/絵、mille books)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(エイミー・クラウス・ローゼンタール/著、トム・リヒテンヘルド/絵、マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。webちくまにて短編小説も連載中!近著に『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)がある。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

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