高橋さん家の次女

第16回

種は誰のもの? その2

2020.10.28更新

 9月、東京の家に「オランダ豆」と「スナップエンドウ」の種が母から届いた。少し肌寒くなってきたころ、その種を畑とプランターに植えた。3日〜1週間すると、可愛らしい双葉が順々に出始める。蔓が伸び、みるみるうちに成長して朝起きるのが楽しみになった。

 でも、伸びるのはオランダ豆だけでスナップエンドウは一つも芽を出さない。母に電話してみると、「やっぱりそっちもかー。愛媛でもスナップえんどうは一つも芽を出さんなあ。あれはF1ゆうやつじゃけんなあ」と。F1て分かっとったんかい! 同じ豆の種なのに、一つは盛大に伸び、一つは全く芽を出さない。これが、前回少し説明した「F1種」の実情だ。オランダ豆は、祖母の代から何十年も繋いできた「固定種」。一方、スナップエンドウは去年ホームセンターで買った種からできた豆から取ったものだ。今、スーパーなどに並ぶ殆どの野菜がこの「F1種」から育ったもので、一代限りで終わってしまう種「一代交配種」と呼ばれる。強い物どうしを交配させ種苗会社によって作為的に作られたF1種は、子孫を残せない。毎年種を買わないといけないシステムになっている。
 20年以上前、祖母がスナップエンドウの種を買ってきたという。それまで、きぬさやはあったけど、スナップエンドウは出始めで、食べたことも育てたこともなかったそうだ。新しい野菜を育ててみようと、いつも通り市場で買った種から育てる。その年は沢山豆が取れて、他の野菜の種と同じように熟させて種を取り、翌年にその種を植えたところ・・・芽が出ない!! 一つも出ない。出ないからまた市場で種を買う。育て方が悪かったのかなと、同じように種を取り翌年植えるもやっぱり出ない・・・というカラクリだ。前回書いた、種の著作権は誰のものっていう話とも繋がる。こうして種会社のビジネスが成り立つ。本来は、お百姓さんの中で受け継がれていくもので、種だけで生計を立てるということはなかったんじゃないだろうか。祖母は母に電話で「スナップえんどうは、アメリカから入った一回だけしかできん種じゃから、毎年買わないといかんようになっとるんじゃな」と話し、既にその時に異変を感じていたという。農業雑誌や本をよく読んでいたので、その頃から一代交配種について知っていたのかもしれない。母も、スナップエンドウは種が発芽しないと分かっていても、癖で他の野菜と同じように取ってしまうそうだ。でも、やっぱり今年もダメだったというわけだ。
 日本にF1種がじわじわ広まってきたのは私が生まれる前。研究は戦前からされていたというので案外と歴史は長い。ただ、祖父母も地域の人も種を買わず毎年採種して植えるのが普通だったので気にすることもなかった。その頃のF1種の多くは日本で作られたものだった。母は今も祖父母から受け継いだ固定種の野菜を育てているが、周りの人達は殆ど種を摂らずに買うようになってしまった。その方が楽だしF1種の方が綺麗な野菜が育つと聞く。お米もそうだ。F1の苗を農協で注文して買う。
 祖母に似て母も私も実験好きである。お土産でもらった珍しい野菜や果物を見ると、つい植えたくなってしまう。子どもの頃から、スイカの種や、マンゴーや、パッションフルーツや、いろんな果物の種を吐き出しては庭や畑に植えた。マンゴーは発芽するけど寒くなったらすぐに枯れた。小玉スイカなんかは庭でもできたが10月頃にできるのであまり美味しくなかった。パッションフルーツはものすごい勢いで外壁に絡みつき、放置していると5年くらいジャングルみたいに外階段や雨樋にからまり続け、もう実もならんのだから引き抜こうと相談していたら、それを蔓が聞いていたのか、その年初めて実をつけた。感動してみんなでちょっとずつ食べた。
 そんな母であるから、F1種の野菜の種からも自家採種することに成功しているのだった。というより母は、F1種だと私が教えるまでは意識してなかったらしい。母は天然でF1種の野菜から種を取り増やし続けていたのだった。
 「最近、あまり芽が出てくれんのよねえ」と10年ほど前に母が電話で言っていたが、まさにそれは母がF1種と気づかずに自家採種に鋭意奮闘していたときだったのだ。天候不良なんかで種が全滅する年があって、どうしても種を買わないといけないとか、足りないとかなってしまうこともある。ところが取った種から翌年は芽が殆ど出ない。これはどうしたことか。母はめげずにF1種の種からとれた種子を翌年も植え続けた。その実験の中でわかってきたことがあるという。アブラナ科の、大根、青梗菜、それから瓜科のきゅうり等はF1種の種からもかろうじて繋ぐことができているという。ただ、種を100撒いて芽が出てくるのは10〜20だと。通常なら8割は発芽するのでその時点で自然ではないが、1〜2割程度でも、アブラナ科の種は発芽するので、大量に撒いて出てきたのを植え替えて育てる。ただ、2代目のF1種は虫に食われやすかったり雨で腐ったり、固定種にくらべると育てるのが大変だ。それでも、何年も種を取り続けていくと、発芽率は上がって、だんだんと固定種と同じような状態で育てることができるようになるそうだ。
 もうちょっと難しい話をしますよ。ついてきてね。F1の中でも「雄性不稔」というもっとすごいのが出てくる。これはアメリカで作られたF1種で、まさに先程のスナップエンドウがこれだ。F1種の豆やとうもろこしの多くは雄性不稔種だ。母が実験してかろうじて育てることができたアブラナ科の野菜は同じF1でも、雄性不稔種ではなかったため何年も頑張れば種を増やすことができた。雄性不稔という漢字からも分かるが、雄しべがないということ。花は咲くけど雄しべがない。これでは受粉をしないから種ができないということになる。最近はF1種の多くが海外産でアメリカのものが多くなっている。そうすると、この雄性不稔の種が増えて、いよいよ子孫が残せないんですね。
 
 昔は愛媛の近隣の家でも家庭菜園でみんな野菜を育てていたが、今は「スーパーで買った方が楽」という考えを持つ人が多く、農地は余っているが畑にいる人をあまり見かけなくなってきた。害獣被害や、自然災害もあって昔より育てるのが大変だということもサトウキビで身にしみた。このように食料自給率の低い今の日本や、世界中の食糧難を救っているのはF1種でもある。発芽率もよく、収量もたくさんあり、また病気にも強いF1種は安定して、スーパーに野菜を供給することができるのだ。さらに収穫の時期が同じになるので、流通安定させやすく農家さんからしたら便利な点が多いだろうと思う。
 農業について語る時、誰の視点で書くかでかなり内容が変わってくる。農家さんの視点や食糧危機の観点から見るとF1種は革命的だろう。しかし従来の農業の視点や、生物本来の姿を考えると種を残せないことは不自然だ。まだまだ、知っていることや思うことはあるが、ここから先はそれぞれが自分で調べ、考え、選んでほしい。これを機会により食や農に興味を持つ人が増えたらいいなと思う。
 オランダ豆はプランターの方が元気に育っている。固定種を手に入れるのは簡単なことではないけれど今はネットで取り寄せることもできるし、固定種を販売する「野口の種」はジュンク堂書店でも販売されていて、私はよくジュンク堂で買った(首都圏だけかなあ)。本を買うくらい気軽に種を買って、一度プランタで育ててみてほしいなあと思う。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、詩の朗読など文筆業を続ける。また、実家の愛媛と東京を行き来しみかん、米等の農業も行う。食べると生きるを考える「新春みかんの会」を主催して8年目。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(福田利之/絵、mille books)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(エイミー・クラウス・ローゼンタール/著、トム・リヒテンヘルド/絵、マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。webちくまにて短編小説も連載中!近著に『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)がある。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

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