高橋さん家の次女

第18回

みかんの季節です。

2020.11.24更新

お知らせ
この連載が、加筆・再構成して本になりました。ぜひ書籍でもご覧ください。

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『その農地、私が買いますーー高橋さん家の次女の乱』高橋久美子(著)

(前回の記事はこちら

 実家からみかんが届き始めた。私の家はお米や野菜も作っているけれど、祖父の代から柑橘も育ててきた。愛媛というと宇和島や八幡浜の急斜面のみかん山を想像する方が多いと思う。なぜみかん山が、あのような急斜面で作業のしにくい場所にあるのかというと、太陽の光と同じくらいに海からの跳ね返りの光も浴びられるからだそうだ。そしてミネラルをたっぷり含んだ潮風を浴びることで美味しさが増すということで愛媛の海沿いの宇和島の吉田町を中心にみかん栽培が盛んになっていった。
 私の実家は、みかんの聖地吉田まで車で4時間はかかる東の果て。みかん畑もあるが、同じくらいうどん屋もある、香川との県境だ。遊びにいくのは松山より高松だったし、高校時代は電車通学だったが、乗り過ごして香川に入っていることが何度かあった。
 2018年の西日本豪雨で知人達みかん農家が被害にあったと知り、お手伝いしに行くようになって愛媛の広さを改めて知った。言葉や見える景色、そしてみかんのなる土地も、何から何まで違っていた。摘果作業を手伝いに行ったが、油断したら転げ落ちて海に落ちてしまうような急斜面。長靴の中でぐっと踏ん張るので翌日も親指が痛かった。我が家の5倍はあるみかん山。収穫時はモノレールを使って下ろすのも流石だ。家のみかんに勝ち目はないのだ。

 子どもの頃、みかんは近所の人にただで配られ(それもコンテナ一杯ずつ!)おばあちゃんは、手のひらが黄色くなるまで食べ続け、コンテナ一杯100円(当時は相当に安かった)で農協に引き取られていくだけのものだった。他のみかんに混ざって、愛媛のまじめなポンジュースになった。つまり、作れば作るほどに赤字というやつだった。
 実に腐り止めの農薬散布をしていたから、農薬代とか機械のメンテナンス代もかかるし、冬になるとカミキリムシの幼虫たちが木の幹を食い荒らし空洞にして枯らしてしまうので、春になる前に幹にマシン油もしなくてはいけない。
 私が小学生のある日、父とみかんの消毒に行った母がなかなか帰ってこなかった。父は軽トラで機械と一緒に帰ってきたが、母は帰ってこない。農薬は、食べる人よりもかけている農業従事者が一番吸い込むことになり、ガン等を発症しアメリカやフランスでは訴訟になっているというのも最近知った。母は農薬散布の手伝いに行く度に気分が悪くなっていた。いくらマスクをしていても、粉塵になって飛沫する農薬を浴びることになる。私もあの嫌な匂いを何度かかいだことがある。霧状になって私にもかかる。母は、農薬の日は、子どもは来てはダメよと私達をつれて行かなかった。
 夕方になって母が帰ってきた。歩いて帰っていたら、体調が悪くなりそれはいつもより酷く、歩けなくなって近所の友人の家で休ませてもらっていたようだ。
 これがきっかけで、私達は無農薬を目指すようになった。湿気が多い四国で無農薬というのはなかなかに難しい。目を離すとすぐカメムシがわいて、みかんの皮に黒い点々ができていく。抹茶色になって熟れないうちに落ちてしまうこともある。それを父は嫌い、どうしても消毒をしたい父VS農薬反対の母娘の対立は10年以上続いた。いや、正直今も続いている。
 綺麗なものじゃないと売れないしみんな食べてくれないと思っている父に対し、娘と母は、理解のある人にだけ買ってもらえばいいと思っている。「俺の農地なんだから好きにやらせろ」と父は言うし、まあその気持ちもわからんでもない。夕焼け色の美しいみかんは、やっぱり見た目にも食欲をそそるもの。でも、南予の大農家さんのように何百トンも作っているわけではないのだから、顔の見える友人や知人にだけ買ってもらえたらいいじゃないかということになり、無農薬栽培にし、私の友人たちに友達価格で販売して喜んでもらっている。
 何本も虫にやられて木が枯れていくので、カミキリムシ対策に実を全部とったあとマシン油だけはかけている。どうしても虫の多い年はまだ実のごく小さな6月頃に一度だけ消毒をするが、それ以外は風通しをよくすることだけを考えて枝が密集しないように切り、あとはそのまんま。化学肥料も、除草剤もまかない。肥料としては豆がらなどの同じ地でできた自然のものだけにしている。とにかく自然のままにだ。それで枯れてしまうならそれも自然の摂理だ。それに、祖父の代に植えたのでもう60年以上経っていて、みかんの木としての寿命は超えている。それでもがんばって実をつけようとしてくれていることに感謝しなくてはいけない。
 小さい頃は、南予の甘いみかんが羨ましかったのだ。でも、今うちのみかんは負けず劣らず美味しい。寿命を超えても今がピークのようにどんどんと甘くなっている。木も人と同じように成熟していくんだなと驚いている。たまに酸っぱいのや、ぼんやりしたのもあるけど、それも果樹の個性であると私達は考える。一人として同じ人間がいないように、木や実がそれぞれにその生命を燃やしている。

 「新春みかんの会」を、dans la natureの千葉さんと開催して9年目になる。うちのみかんを千葉さんが焼き菓子にしてくれて、そのお菓子とみかんを食べながら、集まった方々とお話をするというのんびりした会だ。毎年1月に開催しているが、今回はちょっと難しいかなということで、郵送でみかんとお菓子を送り、リモートでやってみようかと思っている。今まで遠くて来られなかった方も今年は参加してもらえそうだ。1月の中旬予定です。また私のHP(高橋久美子公式ホームページ -んふふのふ-)で発表しますので、お楽しみに!

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、詩の朗読など文筆業を続ける。また、実家の愛媛と東京を行き来しみかん、米等の農業も行う。食べると生きるを考える「新春みかんの会」を主催して8年目。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(福田利之/絵、mille books)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(エイミー・クラウス・ローゼンタール/著、トム・リヒテンヘルド/絵、マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。webちくまにて短編小説も連載中!近著に『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)がある。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

編集部からのお知らせ

高橋久美子さんの詩「約束」「夜の手紙」掲載! ちゃぶ台6発刊しました!

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生活者のための総合雑誌『ちゃぶ台6 特集:非常時代を明るく生きる』が発刊となりました! 高橋久美子さんは「約束」「夜の手紙」という2編の詩をご寄稿くださっています。白井ゆり枝さんのイラストとあいまって、素敵な世界に引き込まれるような作品です。

詳しくはこちら

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