高橋さん家の次女

第20回

うし年の、お肉の話。

2021.01.14更新

 あけましておめでとうございます。2021年も、高橋さん家の次女はちっちゃくアタックを打っていこうと思います。よろしくお願いします。

 先日、友人が鹿肉を持ってきてくれた。20代女子のまたぎである。数年前、狩猟免許を取りたいと一念発起し、見事に合格すると彼女は仕事をやめて本当にまたぎになっていた。驚く行動力だった。師匠と呼ぶ人々について東北や北海道の山に入っては鹿や猪を狩り、時々私達に持ってきてくれた。

「狩猟は集団で行うんです。じりじりと獲物を追い詰め、百メートルも離れたところの鹿を師匠は一発で仕留めるの。すごすぎますよ!」

 彼女はまだまだ初心者で、そんな神業できるはずもないと言った。それに彼女の銃は至近距離でしか打てないタイプで、「とどめを刺せ」となって初めて役目が来るようなのだ。苦しませずに殺すために首にとどめを打ち込むのだそうだ。

 彼女はいつも飄々としているのだが、この間はあまりに大きな蝦夷鹿を前に銃を構えた手が震えて、涙と自分の息とでぐちゃぐちゃになって焦点が定まらなかったと話した。

「馬鹿野郎!」と怒られ、師匠がとどめをさしたそうだ。

 その蝦夷鹿のとんでもなくでかいモモ肉を持ってきてくれた。赤く引き締まった艷やかな塊は鶏二羽分くらいの大きさがあった。聞くとそのオスの蝦夷鹿は推定150キロだそうで、大きすぎて雪山から運べなくて泣く泣く一人20キロづつモモを背負って山を下りたそうだ。

「え〜!もったいないねえ。運ぶ人がいたらもっと持って帰れるの? 私、運び屋で手伝いに行きたいなあ」

「そう、運ぶ人がいたらもっと持って帰れるのにっては思います。でもちょっとした気配でも逃げちゃうから、大人数では行けないしなあ。久美子さんは無理だと思うなあ。目印つけて後で取りに来るんだけど、もう他の動物に食べられちゃってるんですよ〜。悔しい〜」

 今はへらへら笑っているけど、彼女が涙でぐちょぐちょになりながら蝦夷鹿の魂と対峙し、師匠たちと雪山から下ろしてきた貴重な肉を食べさせてもらっているのだと思うと、私も心していただいた。鹿しゃぶや、鹿ローストは、しっかりした噛みごたえと赤身の味わいで、臭みがないのは仕留め方と捌き方が上手いからに違いない。

「この辺りは匂いがキツイから捨てていいよ」と外側の肉を剥がしながら彼女の夫が言う。それが大皿に一杯ある。「燻してビーフジャーキーにしたら食べられるかもしれないですけどね」と言うので、私と夫は、冷凍にしていたソミュール液(ニンニクやハーブ、スパイス、塩、砂糖、胡椒と水で作った液体)に漬け込んだ後しばらく外に干している。桜のチップで燻して蝦夷鹿ジャーキーを作ってみようと思う。燻製はときどき夫が作ってくれるが、鹿ジャーキーは初めてで、どうなるか楽しみだ。

 さて、今までの連載で野菜や柑橘の話ばかり書いてきていたのに、ここにきて肉の話をするのは、先日行われた「新春みかんの会」で話題に上ったからでもある。おやつ屋の千葉奈津絵さんとトークセッションしていて、最近気になることが「お肉について」だと彼女も言った。彼女は、鳥インフルエンザによって大量の鶏が殺処分されている現状に何かがおかしいと疑問を持ち、肉について考えるようになったそうだ。

 私もずっとこのニュースの報道のされ方を不気味に思っていたし、こんなにたくさんの鶏が食されていることにも驚いた。自衛隊が出動して一日に120万羽の鶏が処分されたというニュースだった。一日だ・・・。毎日、何十万羽という鶏が食されずに殺されている現実。「処分」と書くと、いかにも物のようだが、それは全て命だということ。二本の足で動き、餌を食べ、まばたきをし、眠る、生命である。人間の都合で作られ、人間の都合で殺されるのかと思うとやるせなかった。120万羽、世田谷区の人数より多いのだ。もし猫が、犬が120万匹殺処分されるとなるとみんな黙ってはいないだろう。鶏ならいいのだろうか。元々食べられるために生まれてきているから殺されても不思議はないのだろうか。

 病気なのだから仕方ないとはいえ、鳥インフルエンザ、狂牛病や豚コレラ、数年に一度のペースで畜産の病気が起こっている気がする。渡り鳥から広がってきたウイルスのようだが、私達への警告のようにも感じられるのだった。

 これだけの鶏や卵を食べる我々がいるから人工的に命を作っているわけで・・・。タッパーに詰められた切り身や、コンビニで真空パックされた鶏肉は、鶏ではなく食品としてしか見られていないだろう。それらは、生きていたものである。そういう私も時々鶏を食べる。豚や牛も食べる。普段あまりお肉を食べないが、年に1、2回無性に肉を欲する時がある。やっぱり体に必要なタンパク源なんだろうと思う。外食では気にしないけれど、家では抗生剤やホルモン剤を打っていない平飼いの鶏や卵を買うようにしている。より自然な形で成長した鶏を感謝しながらいただくことを意識している。

 けれど、自分で捌いてはいない。野菜も魚も自分で捌くのに肉は捌けない。それはやっぱり人やペットに近い生き物だと認識しているからなのだろう。それともこれも慣れの問題なのかな。小さいときから捌くのを見ていたらできていたのかもしれない。またぎの彼女の話を聞きながら鹿肉を口にするときとはやっぱり意識が違うなと思う。

 サスティナビリティーの意識が少しづつ日本にも浸透しつつあるが、世界の温室効果ガスの総排出量の内約14%が家畜業によるものだそう。これは盲点だったなあ。鶏も牛も生きているから私達と同じように息をし、二酸化炭素を出すもんね。特に牛は胃に入れたものをまた出して咀嚼してを繰り返し、ゲップも沢山するからその内の60%をしめるのだとか。また、飼料の多くが輸入されているので、その輸送や加工後のお肉の輸送などでも当然二酸化炭素は排出されている。餌にする分の穀物を人が食べ、肉食を少し減らすことで、環境にも優しくなると考えられる。

 一方、害獣として捕獲された猪や鹿の95%以上は食べられずに廃棄されている。またぎの彼女が言うには食肉を考えた狩猟をできる方は殆どいないそうなのだ。前述したように、とどめを刺すときに首を狙うというのは肉に血がまわらないためでもある。内蔵を撃つと飛び散り血が回って臭くなる。そのことは私もよく知っている。私は子どもの頃から祖父たちが狩って捌いた猪肉を食べていたが、そりゃあもう猪鍋の日なんて部屋中が臭かった。多分、思いっきり血がまわっていたのだと思うなあ。狩猟免許を持っているというだけでなく、美味しく食べるための撃ち方や捌き方を習得した人が必要になってくるということなのだった。

 そんなわけで、リーモートみかんの会は、柑橘の話ではなくもっぱら肉の話で盛り上がった。「捨てられている鹿肉をスーパーにも流通させられたらブロイラー的に大量生産されている牛や豚や鶏を減らせるんじゃないかな」「スーパーなどで流通させるのはみんなの馴染みがないから難しいんじゃないか」「田舎だと近所だけで食べられているよ」「ウイルスを持っている可能性があるから下処理が大変」などが上がった。

 北海道の方が「むかわのジビエ」という団体がジビエを通販して頑張っていますよと言う。四国でも、よく行っている徳島県の那賀町は山林に囲まれた町で、ジビエ肉に加工する施設を町で持ち全国への通販も行っている。お肉においてもサスティナビリティーを考えた町が全国でも増えてきているのはいいことだなあと思う。食べ慣れてないと抵抗もあるかもしれないが、一度食べるとその引き締まった自然の味わいに魅了されるはずだ。

 みんなで意見交換しあいながら考えることは楽しい。義務ではなく、選択の一つとして考えることを続けてみたいと思った。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、詩の朗読など文筆業を続ける。また、実家の愛媛と東京を行き来しみかん、米等の農業も行う。食べると生きるを考える「新春みかんの会」を主催して8年目。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(福田利之/絵、mille books)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(エイミー・クラウス・ローゼンタール/著、トム・リヒテンヘルド/絵、マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。webちくまにて短編小説も連載中!近著に『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)がある。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

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