高橋さん家の次女

第21回

東京の農業 愛媛の農業

2021.01.30更新

 正月が明けて、私はそわそわしていた。郵便配達の音が聞こえる度に階段をダッシュで下りて、ポストを見る。来ないなあ。今日も来ないなあ。

 年賀状を待っているのではない。プレゼントでもない。ある手紙を待っていた。

 東京23区にも、案外と畑があったりする。流石にビルの谷間にということはないが、住宅街を歩けば区が管理している農園が突如広がっていたりして、上京したばかりのときは、東京に畑!? コンクリートジャングルだけじゃないんだなと驚いた。15年住んでいると、意外と東京には自然が多いことにも気づく。ただ、テレワークが続き電力不足が問題になっているように、自給力はかなり弱く近隣の県にお世話になりっぱなしだ。

 最近は東京でも自給率を上げようという動きが増え「東京野菜」や「世田谷野菜」それに牛乳も東京産のものを見かけるようになったし、レストランでも意識して東京の野菜を使う店が増えたと思う。

 新宿から30分ほどで行ける調布市の友人宅へ遊びに行ったときなんて、友人のマンションと目と鼻の先に、大きな農業用ハウスが何棟も並び、その中で春菊やほうれん草が大量に育っている。「近所のスーパーにも並ぶし、ここでも買えるのよ」と友人が言う。見ると、最近は実家でも見かけない無人販売だ。お金を貯金箱に入れて、野菜を持ち帰れるシステムになっていた。

 街と農業が共存している風景に、新しい街のあり方を見た。この調子で、太陽光パネルも田舎にばかり任せるんじゃなくて、東京のビルや屋根にも設置すればかなりの電力になるのではないかと思う。

 区が管理する農園の一部は一般の人に貸し出されている。一人が使える広さは、15平米(約9畳)くらいで2年ごとの契約となるが、値段も2年で2.2万円と良心的だ。となると、申込者が殺到するわけで、私達は何年も前からトライしているがいつも抽選で落ちる。

 今年はいけそうな気がしていた。こんだけ畑したい熱が高まっているのに愛媛に帰れないということは東京で畑ができる運命なんやわ。と思って、ハガキに野菜の絵をいっぱい描いて色鉛筆で色を塗って念を込めてポスト投函した。

 発表は1月中旬と書いていたけど、来ないねえ。今日も来ない。多分当選するから、先に植えたいものの種を部屋で栽培して苗に育てておこうという話になっていくらか発芽させたりもしていた。

 そして、1月も後半にさしかかった日、郵便屋さんのバイクの音だ。先に出ていったのは夫だった。「来た! 来てたよー!」恐る恐る、封筒にハサミを入れる。

「どう? どうだった?」

「ああー。駄目だ。落選だ・・・」

「えー。うそ。駄目だったかー」

「しかも、当選待ち130番台だよ! 300人近く応募していたらしいね」

 確実に今までより人数が増えている・・・。300人近く応募して当選は60人。甘かった。今回こそは何となく当たりそうな気がしていたのだ。これだけ、土いじりをしたいのだからその願いが叶うんじゃないかと勝手にもう当選した気になっていた。母に駄目だったと電話すると、「こっちには耕作放棄地が山のように余っとるのに、みんなないものねだりじゃねえ」と言った。

 2020年は家で過ごす事が増えたから、土に触れたいと思った人が多かったのだろう。地球環境のことを考えはじめた人もきっと増えたのだ。落ちたけれど世間の農への関心が高まっていることが分かり少し嬉しい気もした。

 さて愛媛の方の農地はというと、母と電話すると「竹が畑の周りにたくさん立っていたよ!」と笑っている。猪が畑を荒らしに来るから柵をしないとねと話していたら、ゾエが「家にたくさん竹があるのでそれを切って柵に使えるかもしれません」とメールをくれたので、私も「うん、いいかもね!」と言っていたのだった。まさかあんなに太い竹だと思ってなかった!

 戦国時代のように畑の周りに竹が刺さっている。母は、「でも、それをあの子達に言ったらいかんよ。一生懸命やったんだし、これはこれで斬新で楽しいんやからいいのよ。面白いなあってお父さんと関心したんよ」と言った。「若いってええなあ。知らんことがいっぱいあって、それを一つずつ知っていく楽しみがある。私もあの若い子たちと関わるんが楽しみだし、発見もあるんよ。だからあの子たちの竹を生かして柵をしたらええよ」と、竹と竹の間に鉄の杭を打って、そこに網をするのがいいだろうということになった。

 そして、父と母がコメリで鉄の杭を大量に買ってきてくれて、それを納屋の辺りに置いていたようだ。すると数日後「久美子、あの子達、今度は杭を立ててくれたみたい。面白いわあ。かくれんぼしよるみたいじゃあ」と、さも楽しそうだ。

 この頃、コロナウイルスの感染が実家の町でも広がりはじめたので、無症状で母や父に移すことがあってはいけないと、二人はこっそりやってきては、母に会わずに仕事をして帰るようなのだ。

 母は母で、寒さに弱い春菊に不織布をかけたり見えないところでサポートしてくれる。妹が他の仕事でいないことが多いので心配していたが、かくれんぼスタイルも楽しげである。

 母は、じっと見守っている。農業未経験な二人なのだから、ある程度は教えてあげてほしいとは伝えているが、二人が自分たちのペースで考えながら進んでいくのがいいんだと母は言った。「もちろん聞いてくれたら教えるよ。でも言われたことだけをやる作業のようではつまらんからね。私も特におじいちゃんに教えてもらった訳ではないんよ。『まあ、あの子あんなことしとるわい』と、近所の人に笑われたりもしたし。時々教えてもらったり本で研究したりして上達したんよ」と。

 うん、そうかもなあ。夢中になれるといいな。そして、二人は農家になるのではない。自分の本業があるのだから、できる範囲でいいし完璧でなくてもいいのだ。願わくば、お百姓に。これは東京に住む私の目標でもある。東京でだって、拾った梅を10キロも梅干しや梅酒にできる。味噌も作る。前回書いたように鹿肉を干して鹿肉ジャーキーも完成させた。これがまた最高に美味しい。最近の酒のつまみは専ら鹿肉ジャーキーだ。いただいた恵みや身の回りにあるものを最大に生かして工夫して生活をする。百のことができる人に近づきたい。

 東京の家の庭やベランダでは、10月に植えたオランダ豆がとれはじめた。暴風で倒れて蔓がぐちゃぐちゃに絡まり合ってしまったので、もうこりゃ駄目じゃなと諦めていたが、見てみたら美しい紫の花が咲き、その花の部分から次第ににさやが育っていくので驚いた。それを夕飯で食べてみる。ちょっとのことだけど嬉しい。あの小さな大豆から、このさやができたのかと思うと、皿が光って見えるのだった。

 春菊はもう何回も収穫して食べているけれど、今日はえらい鳥が激しく鳴くなあとベランダを見ると......ヒヨドリにやられて全滅しかかっていた。こんな苦くても食べるの!? 油断してたなあ。ネットしとけばよかったよー。ちきしょー。そんなこんなで、1月が終わる。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、詩の朗読など文筆業を続ける。また、実家の愛媛と東京を行き来しみかん、米等の農業も行う。食べると生きるを考える「新春みかんの会」を主催して8年目。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(福田利之/絵、mille books)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(エイミー・クラウス・ローゼンタール/著、トム・リヒテンヘルド/絵、マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。webちくまにて短編小説も連載中!近著に『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)がある。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

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