高橋さん家の次女

第22回

世界の台所を旅する

2021.02.14更新

 地元で年配の農業者と話をするとき、政治の話と同じくらい農薬については話さないようにしている。

「農薬やらんと、育つわけがないだろう」

「まだ無農薬言いよるん?」

 何十回聞いたかわからない。

 家族の中でも相変わらず対立は続き、農薬賛成派の父親の育てる野菜は出荷専用であまり私や妹は食べない。同じ作物でも家で食べるものは別の畑で妹や母がこっそりと育てていたりするから、一周回って愉快だ。まあ家族とて、考えは人それぞれである。無農薬とかオーガニックとか言うとオカルト的な目で見られる。目に見えて体や地球環境に悪いということがテレビ等で報道されない上に、健康被害との因果関係も確実ではないので、やっぱり時代が過ぎ去るのを黙って待つしかないのかと思ってしまう。

 東京の公園なんかで、虫を捕まえた子どもに親が「かわいそうだから逃してやりなさい」と言っているのを見かける。子どもが捕まえるくらいどうってことないのになと思う。だって農薬や除草剤をまいてその何万倍の虫が死んでいるもの。そういう野菜をみんな食べている。でも、どの農業者さんだって一生懸命育てていて愛情たっぷりの野菜だ。だから、やるせない。農薬は人間にとってはとても便利なものだが、あの元気な虫や草が死ぬことが何より恐ろしいとは思わないだろうか。母や妹や私は、キャベツを食べ荒らす幼虫を発見しては、手で捕まえてはつぶすというのを地道にやっていく。それでも虫が大量発生してにっちもさっちもいかなくなった年には、まだ野菜のごく小さいときに農薬を散布することもある。全部が黒や白でなくてもいいのだと思っている。

 こういう話を、カフェなんかで友達に話していると徐々に暗めの雰囲気になっていくので「まあ、そんなこと言うてたら外食できんよなあ」と濁す。「人それぞれやもんな」という強制終了のボタンを押すことになる。

 先日『旅を栖(すみか)とす』という旅のエッセイ集を発売した。私の10年間の旅行記をまとめた本で、アジア、ヨーロッパ、北欧、アフリカ、世界中で出会った人々の暮らしや食についても書いている。

 旅先でまず行くのが、スーパーや市場だ。世界の台所ではどんなものが並んでいるのか興味津々だ。北欧には、チーズと乳製品が日本の野菜コーナーくらい並んでいる。それも顔くらいあるチーズで、「ハーフのハーフのハーフ」にカットしてもらって持ち帰っていた。すごい数の牛や羊が必要になってくるのが想像できた。

 フランスでは、うさぎ、鳩、カエル、野生の鴨や、うずら肉など、ジビエ肉もスーパーで多く見かけた。前回書いたように、日本でも害獣として駆除されている鹿や猪を、もっとジビエ肉として加工して市場に出回るようなシステムができたらいいのにと思う。それに昆虫食も!「10%虫」「20%虫」等とパッケージに表示されてパスタに練り込まれていたり、そのまま販売されていたり。やがて大きな問題になるであろう食糧難について思案されているのがわかった。

 スペインでは、無農薬で育てたぶどうでワインを作っているワイナリーの見学もさせてもらった。よく焼けた屈強なおじさん達、広大な農園で殆ど手作業でぶどうを作っていた。常に畑に出ていないといけないので挨拶だけして、あとは奥さんが説明をしてくれた。ぶどうに人生をかけていることが眼差しから伝わった。太陽と土地の温かみを感じる極上のワインだった。

 ヨーロッパの市場やスーパーに行くと野菜の種類の多さにテンションが上がる。トマトだけでも七種類くらいあるし、その多くに「Bio」の札がつけられている。見たことない野菜も沢山。フランスはじめヨーロッパではオーガニック専門のスーパーも多く、フランスのアパートを借りて少しの間滞在したので、スーパーや市場に行っては知らない野菜を買って帰り料理して食べた。もちろん普通のスーパーでもBioコーナーが当たり前のようにあり値段も一般的なものとさほど変わらない。日本だと、無農薬食品は1,5倍〜2倍くらいの値段がするので、毎日買うとなるとハードルが上がってしまう。

 同じように北欧や、台湾のスーパーでもオーガニック食品の取り扱いが多く、値段もリーズナブルだった。「無農薬」「無添加」という言葉が生活の中に根付いていると感じた。

 同じアジアの台湾や韓国でもその動きは日本よりはるか進んでいる。まず、食品残留農薬の基準が日本よりも厳しい食物が多い。特にいちごや茶葉など皮をむかず直接口にする食品は日本よりも規定が厳しいようだ。諸外国では使用禁止になっている農薬も日本では許可されていることも多くて調べれば調べるほど不安になってくる。そう、知れば知るほど不安になるから食については気心知れた人としか議論できないし、「人は人」で終わらせる節があるよね。他の国々のスーパーを見てきた実感として、日本は農薬に対してかなり遅れている国だ。

 農業大国フランスでも、20年ほど前までは農薬の散布がスタンダードだった。それによって農業者への健康被害が続き考えを改めたのだと知った。「未来の食卓」という映画でも、その様子がドキュメンタリーになっているので是非見てみてほしい。フランスの小さな村が、農薬被害について知り立ち上がる。そして、農薬や添加物を使わない食材での学校給食に取り組み、その動きは国を巻き込んだものに発展していく。今、フランスは世界屈指のビオ大国になっているが、それは元々ではなく、人々が気づき声をあげ努力して変えていったのだ。

 ある日、フランス人の青年が実家の近くでうずくまっており、母が助けたことがある。彼と、彼の母親は日本に来て四国88ヶ所巡りをしていたようだ。途中で足をくじいて、お腹も減って道端に倒れていた。私の家は遍路道にあるのだが、私の母がそれに気づき、彼らを家に連れ帰り手当をしたそうなのだ。そして一緒に朝ごはんを食べながら話していると、彼らが大きなぶどう農家であることを知った。母は「未来の食卓」を見て、フランスのビオが進んでいることに感銘を受けたと話した。すると彼は「うーん。あれは、まあ一つの考え方だけど、みんながそうではないんですよね」と濁したそうで。ああ、やはりフランスでも「人それぞれだからね」なんだなと思った出来事だった。大農園を経営していく中では、農薬も必要なのだなと思った。でないと、こんな風に夏に日本へ長期の旅をしたりする時間の余裕も持てないのかもしれないよねと母と話したのだった。前述したスペインのワイナリーのぶどう農家さんは、年中畑につきっきりの様子だった。それは母も同じだ。みんなが同じように畑に人生をかけることはできなくて、それは責められないよねと話した。

 「食」を考えるとき、その他の私達の生活が芋づる式に出てくる。生活は全て繋がっている。SDGsという言葉を実家の母もよく口にするようになった。そんな言葉がない時代から、それを実践し続けてきた母には必要のない言葉だと思うが、それでも日本の隅っこにまで浸透しつつある。大量生産大量消費の時代に別れを告げ、暮らしを見つめること。その一つが、農薬や添加物を減らすことにも繋がるし、食料廃棄について考えることなんだろう。

 例えば、10をスーパーで買っていたところの、2を家のプランターで育ててみて8を買う。これをみんなが実践すれば、世界の食糧危機は少しだけ好転する。例えば、ダンボールでコンポストを作る方法はそれこそググればいくらでも出てくる。土だって堆肥だってAmazonで買える。実践することが昔より容易な時代だ。回収してもらっていた10の生ゴミの2を自分のコンポストで循環すれば、ゴミは減らせる。

 面倒くさいをみんなで少しずつ負担し合っていくことが大切な時代なのだと思う。そして、やがてその面倒くさいを楽しめるような、ゆとりのある社会にするべきなんだろう。これはコロナ禍で世界中の人々が悟ったことなんじゃないかと思う。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、詩の朗読など文筆業を続ける。また、実家の愛媛と東京を行き来しみかん、米等の農業も行う。食べると生きるを考える「新春みかんの会」を主催して8年目。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(福田利之/絵、mille books)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(エイミー・クラウス・ローゼンタール/著、トム・リヒテンヘルド/絵、マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。webちくまにて短編小説も連載中!近著に『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)がある。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

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