高橋さん家の次女

第23回

東京でサバイブするということ

2021.03.24更新

お知らせ
この連載が、加筆・再構成して本になりました。ぜひ書籍でもご覧ください。

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『その農地、私が買いますーー高橋さん家の次女の乱』高橋久美子(著)

 前回、ダンボールコンポストについて書いたら「虫がわいちゃったよ」「マンションでは無理だよ」などなどメッセージをいただいた。そう、私も最初は虫、わきました。でも、それが当たり前で、現代人の生活が無味無臭すぎるだけなのだと言いたい。トイレは水洗で流してくれるし、生ゴミは週に2回か、少なくとも1回は回収してくれる。日本では殆ど臭いことや面倒なことを見なくて済むようになっている。それは衛生的にも便利さにおいても素晴らしいことだが、面白いことに出会うチャンスは失っているかもしれない。「生ゴミ」はゴミではなく資源だという価値観を持つ人は少ないだろう。
 海外を旅していると、路地裏へ入ると生ゴミの腐敗臭に息を止めて歩くこともよくあるし、そこにハエが真っ黒い塊になってたかっていたりする。それが良いとは思わないけれど、物って放っておくとこうなるよねと実家の生ゴミバケツを思い出す。実家では、生ゴミは畑に設置したコンポストに入れていたので、その前段階の「生ゴミバケツ」が台所に今もあって、夏には油断すると海外の路地のようなことになっていた。
 日本には便利で衛生的な方法があるのだから、わざわざコンポストなんかで四苦八苦しなくていではないかということなんだけれど、これ、はまると面白いんですよ。面白い上に地球のためになるなら一石二鳥じゃないか。燃やしてしまえば火力や原子力を使うことになるけれど、コンポストに入れたら再び土になるのだから。

「その土地でできたものは、その土地に返す」
と、子どもの頃から母に教わっていた。
 バナナの皮とか、その土地でできていないものはあまり入れないほうがいいそうだが、畑でとれた野菜くずや、お魚、みかんの皮など、その地域で取れたものは、その地に還すという考えだ。畑の穴、もしくは自家製のコンポストに入れて、微生物に分解させて堆肥にし、それでまた農作物を育てるという循環が当たり前の環境で育った。コンポストに入れてはいけないものもあって、卵の殻くらいならいいが、アサリの殻や牡蠣殻などは、畑で風化させて、その後は車のタイヤで踏んで粉々にして、石灰として畑にまいていた。

 2004年、東京に出てきた私は、アパートで一人暮らしをはじめる。バンドをしていた頃は土にまで目を向ける余裕がなかったけれど、結婚してからは夫とコンポストを作って堆肥をこしらえてきた。
 ダンボールコンポストは確かに、密閉がしっかりしてないと腐敗して虫くんがわいてしまう。私も実際、何度も失敗して腐敗させている。コンポスト専用のバケツにもトライしてみた。どちらもポイントは糠床と同じ、毎日ゴミを入れる前に混ぜて空気を入れてやること。そして分解しやすいように入れるものを細かめに切ることと、動物性のものは少しにするようにしている。骨は分解されなくて残るので、貝と同じように風化させる。あと、みかんの皮も固くて分解が遅い。
 3日くらいで白いカビがふかふかと土の表面についてくる。開けるとほかほかと温かく、寒い日には湯気が立ち上り、美しい。上手くいけば嫌な匂いも殆どしないのだ。微生物が懸命にここで分解を繰り返している証拠だ。今は、一軒家なので、小さな畑に穴を掘って、そこに腐葉土や米糠を混ぜ入れ、毎日生ゴミを入れ分解させる。

 私の朝はパジャマのまま糠床を混ぜることから始まる。手を洗ったら、次は裏庭に降り立って猫よけの自作の網をどけると、大きなスコップでガシガシとコンポストの中を混ぜる。そこに昨日の生ゴミを放り込んで、また軽く混ぜる。こうして体が目覚める。
 エコのためでもあるけど、多分それだけじゃ続かなかったと思う。何というか、形あったものが土に還っていくのを観察できるって、神秘だなあといつも思う。見ているだけで、とても面白いのだ。庭で取れた、かぶや、きゅうり、青梗菜、卵や、海のものたちも、みんな土に還すということ。そこに、命の始まりと最後を見届けるような安心と無情とを感じる。野菜を作ったり料理が好きという人は、多分コンポストも向いていると思うから是非トライしてみてほしい。
 作ったものを始末するところまでやってみるということ。作る行為から得られる感覚とはまた違った、命の熱を感じる。分解されていく物たちは、ほこほこと温かいのだ。土に還ることもまた、生きることの一つなのだと教えられた。そして、私達人間の根本を探るような、詩的な時間でもある。
 手を伸ばせば隣の人と握手できそうな、密集した東京の住宅街で、こんな循環が行われていることを誰も知らないだろうなあ。いや、最近はむしろ東京の方がこういったことに興味を持つ人が多いから、あっちでもこっちでも分解されているかもな。

 田舎の方が自然な生活ができるというポテンシャルは確かに大きいが、それは住む人の目次第だ。昔はご近所みんな、畑に生ゴミを埋めていたが、今でも生ゴミを畑に循環させているのは私の実家くらいなんじゃないだろうか。畑をしている人も、生ゴミは燃えるゴミの日に出し、堆肥は買っていたりする。家は節約のためにも堆肥を作る生活が続いているだけで、"丁寧な暮らし"とか言われると、こそばゆい。プラスチックの赤いザルも電気アンカも昭和からずっと使っているし、電子レンジも冷蔵庫もあるもの。
 でも、始末を最後までしてきたことで間違いなく出るゴミは減らせているし、"土に戻る心地よさ"を小さい頃から知っていた。たまに、アルミホイルやラップが間違って入っていることがあって、それだけ畑の中でいつまでたっても分解されなかったのだ。その異質感を本能的に感じていたのだろう。燃やした木は灰になり畑にまかれ、生ゴミはいつの間にか土に還って、形がなくなり最後は無になる物はかっこいいと思っていた。今もその感覚が私の基礎になっているのだろうと思う。

 東京に住んでいるというと人工的な生活をしているのだと思われがちだ。田舎にいても、自然に興味のない人がいるように、東京にいても視点次第で案外と自給自足の生活はできる。落ちている梅を拾うとか、捨てるはずのものをもらって食べるとか、育ててみるとか、発見次第で何でもできるものだと15年生活してみて思った。

〈愛媛の実家でも東京でもやっていること〉
 糠床で漬物をつける。拾った梅で梅干しや、梅酒や、シロップ漬けをする(昨年は10キロも!)。干し柿。銀杏拾い。味噌を仕込む。柚子胡椒を作る。らっきょう漬け。 干し大根。干し芋。春の間に育ったハーブやどくだみを乾燥させてお茶にする。庭やプランターで野菜を作ってみる。ゆたんぽ。柚子でゆずぽん作り。夏みかんピールやジャム、ドライみかんを作っておやつに。出た生ゴミはコンポストで循環させる。

〈実家ではやっているけど、東京ではできないこと〉
 餅つき。たけのこ掘り。山菜採り。薪をくべて外でかまどを炊く。稲作。こんにゃく作り。たくさんの種類の野菜作り。

〈実家でやってなくて、東京で始めたこと〉
 捨てる鹿肉をもらって燻製にする。庭木の選定をするついでにリースを作る。椎茸を干して乾燥椎茸にする。春は木の芽と味噌を混ぜて田楽用の木の芽味噌を作る。バジルペースト。柚子やレモンでチェッロを作る。

 ほとんど食じゃないか。セーターを編むとか服をリメイクとか憧れるが、そういうのはめっきりダメで、食い気ばかりだなあ。
 こうして挙げてみると、環境が適しているかどうかもよりも、もしかしたら、殆どは興味の問題なのかもしれない。興味が向かないと、なかなか体が動かない。私も明日から編み物をしろと言われても、しんどそうと思ってしまう。やってみたら楽しいかもしれないのに。

 15年住んでみて、私は東京も好きだ。敷地が狭いことにさえ慣れてしまえば、精神的には、すごく適温なのだ。雄大な自然はないが、人間の風通しの良さがある。女性だということを意識せずに色んな意味で自分らしく暮らせる街だとも思う。
 この街に住みながら、自分なりの自給自足を探求してみたい。愛媛に帰れない一年、近隣をよく見ることでその可能性は広がっていったのだった。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、詩の朗読など文筆業を続ける。また、実家の愛媛と東京を行き来しみかん、米等の農業も行う。食べると生きるを考える「新春みかんの会」を主催して8年目。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(福田利之/絵、mille books)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(エイミー・クラウス・ローゼンタール/著、トム・リヒテンヘルド/絵、マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。webちくまにて短編小説も連載中!近著に『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)がある。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

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