高橋さん家の次女

第24回

ぶどうと千萱

2021.04.17更新

 愛媛の畑に行けないまま、一年が経っていた。
 3月末、妹たちは畑を囲むようにイノシシ用の柵を作った。なっちゃん達が予め立てていた竹の巨大支柱を目印にして、その間に鉄の杭を打ち、杭と固定する形で1,5メートルの鉄の柵をくくりつけて畑を囲っていく。
 その日は、朝から春の雨が降っていて、家で止むのを待っていたけれど、これはもうやるしかないと覚悟し、みんなカッパを着て納屋に用意した何十枚もの柵をゾエの軽トラックに積み、畑に出たのだった。
 今は機械化が進んで1人でもできるが、農業とは本来、連携プレーのたまものだと思う。私が子どもの頃は、農繁期は親戚や近所の人が集まって、協力して、田植えや収穫をしていた。子どもだって立派な戦力だった。
 例えば、このイノシシの柵をするとき、1人が柵を杭に合わせて押さえて、もう1人が針金で固定すれば要領よく作業が進む。1人でも持てないことはないが、柵を運ぶのも二人で持てばスムーズだ。三人だから三倍の力、ではなく実際は十倍くらいの速さとパワーになる。気の持ちようではなく、本当に力を合わせる方が効率がいいことに、農業をしていると沢山気付かされる。あっという間に終わって、びっくりするくらい。漁業とか林業もきっとそうだろう。ありがたいなという気持ちが自然に対しても、そして人に対しても生まれる。「おたがいさま」の精神だ。
 となると喧嘩してしまうと大変なわけですね。人間関係の平穏が重要になってくるのも農業だろうと思う。良くも悪くも、足並みを揃えるということ。事を荒立てないということ。
 それでも、衝突してしまったときどうなるか・・・。開放的な野山の中にある農村の、実はじっとりした性質を、子どもの頃から感じながら育った。「おたがいさま」だけではいかないとき、長老的リーダーが登場するのを何度か見たことがあった。「村」が機能していた時代だ。農機具が発達して今は女性でも比較的楽に農作業ができるようになったが、昔はやっぱり男性の力の見せ所が多く、かっこいいなと思う反面、男性優位な村社会だったなとも思う。何事も背中合わせだと、この歳になると気づくことが沢山ある。
 出来上がった柵の中、高菜や春菊、ほうれん草の花が美しく咲いていた。

 イノシシはどうにか追っ払えても、猿に目を付けられたぶどう畑はもう無理だろうという話になっていた5年前に夫と50本あまりのぶどうを植えたが、毎年猿の襲撃にあっていた。昨年、鉄パイプと網でハウス型の立派な柵を妹と友人が作ってくれ(本当に助かった)、いくらかはその柵に守られているが、それ以外のぶどうは今年も食べられてしまうだろう。
 放棄された果樹などは、猿への餌付けになってしまうので全て伐採すべしというのがこの頃の地域の常識になりつつあり、我が家も今年大きな柿の木を伐採したのだった。網をかけても、ここ5年はまだ柿の青いうちに食べられてしまうので、まさに餌付けをするようなもの。古木を切るのは心苦しいけれど、ご近所のことも考えると仕方のないことだろう。

 そういうわけで、残りのぶどうの木も抜いて友人たちに送ることにした。なっちゃんやゾエは街に住んでいるので、庭で育ててもらうことにした。そして、ぶどうに最適な長野に住む友人にも数本送って育ててもらうことにした。きっと伸び伸び育つはずだ。
 しかし、抜くのが一苦労。まだ日が浅いぶどうは簡単に抜けるが、植えてから5年以上経つと、根っこも太くなり幹も枝も大きくなっていて、シャベルを入れても入れても根の全貌が見えないほどに広範囲に根が広がり、なかなか掘り起こすことは難しかった。雨の中、みんなで必死にがんばる。
 やっと掘り起こした木を梱包して長野まで送る。入るダンボールがないので、スーパーに行ってダンボールをもらい自分で箱を作ることに四苦八苦。箱がふにゃふにゃしていては折れてはいけないもんなあ。しかも170センチ以上は郵便局から送れないので、二芽を残してせっかく伸びた枝をばっさりとカットし、根っこも、太いのを残しあとは切って丸めて、濡れ新聞で巻いてビニールで包む。
 東京の家にも6本送った。既に前年に5本送ってもらっていたので、我が家には今11本のぶどうの木がある。ベランダの方が日当たりがいいので、でっかいプランタに入れて、ベランダに5本! ちゃんと根付くかな、プランタだしなあと心配していたら、植え替えから一週間後には、若葉が生えて青々としてきた。すごいなあ。静かに、でも確かに植物は息をしている。
 ぶどう畑は、近所のおばあさんの畑を借りていたのだ。前から千萱(チガヤ)が生えやすい土地だったんだけれど、ぶどうの根を掘り起こしてみて分かった。太い太い千萱の根っこが、ぶどうの根にからまってその成長を邪魔していたのだった。
 千萱は畑をしている人には大敵のイネ科の雑草だ。普通の草のように単体で根を持つものなら、抜けばそれで終わるが、千萱は地下茎なので茎が地下で連なって繁殖するため、抜くことは難しい。さらに、鎌や鍬で土の中の茎を切っても切っても、根が少しでも残っていたらまた網状に広がっていってあっという間に千萱の大草原になってしまう。日照時間が長いからいいと思ったんだけれど、やっぱりここはぶどうには適さなかったのかなあ。
 千萱の繁殖する畑を羨ましいと言う友人を思い出した。千萱を使って枕を作るのが趣味だというのだ。河原や空き地へ行っては千萱をいつも探しているそうだ。信じられん。愛媛にきて全部刈ってほしい。焼いても切っても耕しても、ぶどうに悪さばっかりしてきた千萱が羨ましいだなんて。一方から見たら悪だけれど、見方を変えれば新しい可能性があったりするんだよな。ここで無理して、ぶどうを育てることもないのかもな。まさかの、千萱育てる? 人間も植物も、個性を生かすということが一番健やかな生育方法なのかもしれない。ごぼうのような千萱の根っこから開放されたぶどうは、ほっとしているように見えた。

 そんな訳で、雨の中、畑仕事ご苦労さまでした!!
 何だか見てきたように詳しく書けていますが、畑作業をリモートで見ていたんでしょうか。それとも・・・うーん。どうでしょう。
 ご想像におまかせしますね。ほほほ!

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、詩の朗読など文筆業を続ける。また、実家の愛媛と東京を行き来しみかん、米等の農業も行う。食べると生きるを考える「新春みかんの会」を主催して8年目。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(福田利之/絵、mille books)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(エイミー・クラウス・ローゼンタール/著、トム・リヒテンヘルド/絵、マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。webちくまにて短編小説も連載中!近著に『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)がある。

公式HP:んふふのふ 公式Twitter

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