高橋さん家の次女

第27回

今日が始まりの日だ(最終回)

2021.07.03更新

 今年の頭、妹が結婚して県内でも実家から離れた場所に移住した。
 移住先でも農業をするということで、好きなことを続けていけるってまことに喜ばしいなあと安心した。しかし・・・私達の畑の現場監督がいなくなってしまった! ということですよ。ときどきは帰ってきて管理をしてくれているけれど現実的に畑を維持していくのは難しいのではないかという気持ちになる。私は依然として愛媛に帰れていない状況が続いているし。いよいよどうする?

 4月に入り、愛媛でもコロナ感染者の人数が急増し、隣町に住むなっちゃんとぞえは、仕事柄市外に出てはいけないという決まりになったそうだ。正直、畑だと密になるどころか誰にも会わないから平気だと思うんだけれど、もし誰かに見られたら・・・私の父母に移してしまったら、みたいな不安が募っていたのだろう。
「夏野菜の種を蒔く時期もそろそろ終わりだけど、どうしようかね?」とグループラインで尋ねると、「とりあえず家の庭で育てて、移植することはできますか?」と返事がくる。「ああ、それはいい考えね。そうすると水をやりに行くのも大変じゃないもの。でもかなり大きくなってからでないと移植してもすぐ枯れるよ」と妹。まあでも梅雨時期に植え替えしたらわりと根付くと思う。
 二人は夏野菜の種をそれぞれの家で育てはじめる。野菜は子育てと同じで、小さいうちに手をかけてあげて、根を張ったらそこからは放っておいても大丈夫だとよく母は言った。

 5月頭、帰っていた妹から「三人で植えたニンニクの芽が出てたから食べるよ〜」とグループラインに青々とした美味しそうな写真。ほらほら、二人も行かないと食べられないよ。
 5月後半、なっちゃんにメールすると「畑に行って気分転換がしたい」とメッセージがあった。「そうだよ。畑で空見て草取りするだけでも、絶対気分転換になるから畑に行ってみな」と返す。二人とも少しコロナ疲れしている様子だ。
 母も妹も、毎日自分の畑に出ているからか変わらず元気だった。私も、小さいながらも東京の庭で土いじりをしているから比較的元気が保たれていた。こういう時ほど、自然の中に入って土を触ることが大事だと母は言った。私も本当にそう思う。
 母から、「上の畑、ニンニクがもう割れよったり腐ったりしよるから取っておいたよ」と電話があった。「これはあの子らに食べさせないと。猿にばっかりやられて二人は収穫の喜びを味わってなかろ? 家で乾燥させよるから取りにくるように言うておいてね」。

 私は二人に思い切って「自分の畑だと思って、やってみてもらえないだろうか」と伝えた。仕事をしているので、もちろん無理のない範囲で。それが二人にとって重荷になるかもしれない。でも結局、その気持ちがないと本当の意味では面白くはならないだろう。みんなでワイワイやるのも楽しいけれど、一人で黙々と土に向かう時間が本当の農の魅力を教えてくれる。それに、畑の存続には二人の本気が必要だった。
 母には、弟子だと思って二人を指導してみてもらえないか電話した。妹が頻繁に二人に会えなくなった今、教えてくれるのは母しかいない。農業は教えるというよりは体験しながら覚えていくものだと以前書いたが、それでも、この辺りの土地の傾向、植える作物の向き不向きなどは、長くここで農業をしてきた人のアドバイスがないと初心者には難しいと思う。ポイントポイントで、指導してあげてほしいと伝えた。
 母は聞かれるまで多くを喋らない。偉そうにするのが恥ずかしいというシャイなところもあり、教える前にそっと自分でやってしまうのだ。現に、妹が移住した後は水をやったり、追肥をしたりと、こっそりと畑の作物を守ってくれたのは母だった。でも、母がやってしまうと二人は育たない。やっぱり伝えることが大事なんじゃないかと言うと「なるほど私にもこっそり教えてくれた近所のおじいさんがおったもんな」と、もうちょっと首を突っ込むことにしてくれた。

 5月末、自分の市からようやく出られるようになった二人から畑に行くと連絡があった。妹から「苗が大きくなっているなら、雨の後だと生き着くから移植してみな〜」とライン。母からは「鶏糞を買ってきといて草刈りを終えたあと少し混ぜたらいいかもしれんよ。100円であるよ」と。おお、具体的なアドバイス。でもやっぱり私が伝書鳩の役目をしている。

 ぐんぐんと伸びはじめていた草を二人で刈ってくれて、柵の中がぴっかぴかになった写真が送られる。二人だけでよく頑張ったなあ。すごいぞ。
 そしてカボチャ、アスパラ、唐辛子、明日葉など、家から持ってきた苗を植え替えたみたい。母が菊芋、三つ葉、ミント、ミョウガ、ゴーヤの苗を母の畑からくれて、それらも植えたそうだ。生き生きとした文章から畑が気持ちよかった様子が想像できた。
 カヤネズミというネズミが高く伸びた草の中に巣をつくっていたみたい。送ってくれた写真のネズミはハムスターみたいでかわいい。猿だけじゃなくいろんな野生動物が生きているんだなあ。でもこいつは作物を食べますからね、やっぱり草は刈ってないとこうなるんだね。

 二人は休みの度に草刈りに来て、ついに柵の外もぴかぴかになった。そして苗も大半が生き着いたみたい。よかった。なっちゃんから唐辛子ができたと写真がくる。
「え、これって本当に唐辛子? 唐辛子なら上向きにつくよ」と妹。「万願寺唐辛子っぽいよね」と私。確かに種の袋には「とうがらし」と書かれているが、うーん。「大きくなるのを待ってみます!」と返事。こういうことも含めて、畑って未知との遭遇場だ。
 妹「梅雨とは言うても全く雨降らんな。苗の周りに枯れ草を置いとくだけでも蒸発を防げるからしてみてね」
 私「お母さんに平日の水やりは頼んでおいたからね」
 二人「ありがとうございます!置き草やってみます!」
 私「東京の家の畑、ウリハムシが大量発生してゴーヤの苗を全部食べられた」
 妹「ああ、ストチュウ(お酢と焼酎混ぜたもの)でも全然きかんよな。家もカメムシ大量発生。見つけたら手で潰すしかない」
 私「飛ぶの速くて全然つぶせん。匂いきついミントまで食べられた」
 ぞえ「ウリハムシは木酢液有効でしょうか?」
 私「木酢液もあんまり効果なかったな」
 ぞえ「これを試してみますね」と写真がくる。
 ん!? ペットボトルを半分に切って飲み口の部分を逆さまにして重ねた装置を畑に取り付けている。その中に虫が入っているではないか!! すごい。二人、自発的に新しいことを考え出している。おちおちしていると追い抜かれそう。
 実家に帰っていた妹から、水やりに来ていたぞえくんに畑で会ったという情報も。昨日、母と電話していると、「さっきまで二人が畑に来ていて、梅のジャムを作ったからあげたんよ」と。二人、本気出してきたなあ。少しずつ自分の大事な場所になりつつあるのだろう。
 先日は、アスパラやキュウリは猿が食べるから柵をした方がいいとなり、返すことになった妹の借畑から、半円型の天井まである柵を移動させたようだ。これでサルたちからキュウリやカボチャを取られることもないだろう(多分ね)。
 草刈りも定期的に行って、日照りのときは水やりも。自分たちへの水分補給も忘れずに。一歩一歩こつこつ土と向きあって、二人の生活のリズムにそれが定着して喜びに変わるといいな。台風や大雨、日照り、もうすぐ農家にとって最も過酷な夏がやってくる。順調に野菜が育ちますように。

 この一年半愛媛に帰れなくて、大失敗だこの計画と頭を抱えたが、逆だったのかも知れない。私がいたら、二人はずっとお手伝いのままだっただろう。妹や母との距離も、私が不在だったからこそ近づいたのではないか。何より、それぞれが自分で考えて行動するようになり信頼関係が生まれたように思う。

 太陽光パネルのあれこれから始まった、なんとも波乱万丈な畑の話はここで終わり・・・じゃなくて今からが始まりだ。ううん、畑の所有者に話をしに行ったときだって、サトウキビを植えたときだって、いつだって始まりだった。始まっては終わって、終わっては始まって。そこに土がある限り、そこに種がある限り、そこに種撒く人がいる限り、今日が始まりの日だ。
 畑の上を歩くこと、それは地球の肌に触れること。アスファルトの上を歩くより安心する。私達は何百年もの間、この土と水と風と太陽と共に循環を繰り返してきた。この土で様々な作物が生まれ、還りまた生まれ、それを食べて命は巡る。私達のゆりかごは土だ。
 気候変動はこれからも強まっていくのだろう。そんな中での農業は、三歩進んで二歩下がるの連続だけれど、目の前の土と、目の前にいる人達と、喜びの種を撒いていきたい。それが人の手から手に繋がっていったらいいな。都会でも田舎でも、人々が地球の肌に触れる機会が増えていったらいいな。
 さて、先日ゾエからラインがあった。
「唐辛子が育ったんでカレーに入れて食べたけど全然辛くなかったです。ししとうでした!」
 えー! 逆はあるけど、唐辛子が辛くなかったのかー。まあ親戚同士だから、種の不思議だね〜。なっちゃんからも連絡があって、カボチャの花が猿にもがれていると。実がならんじゃないかー。母と二人でネットを張ってくれたけれど、いよいよ夏本番、これからが始まりだ。

高橋 久美子

高橋 久美子
(たかはし・くみこ)

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆、翻訳、詩の朗読など文筆業を続ける。また、実家の愛媛と東京を行き来しみかん、米等の農業も行う。食べると生きるを考える「新春みかんの会」を主催して8年目。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(福田利之/絵、mille books)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(エイミー・クラウス・ローゼンタール/著、トム・リヒテンヘルド/絵、マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。webちくまにて短編小説も連載中!近著に『今夜 凶暴だから わたし』(ちいさいミシマ社)がある。

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