野生のしっそう

第3回

カタリナの構え

2021.07.26更新

世界がつながっているのを感知するのは誰なのか?

 世界のあちこちで起きていることが、つながって見えることがある。新型コロナウイルスが引き起こしたパンデミックは、その世界のあちこちで起きていることの――あくまで一つの――連関が分かりやすくなった事態だ。たとえばイギリスやブラジル、インドにおける変異株の出現と、それが引き起こすこれまでと規模の違う感染爆発のニュースは、いずれ私達の目の前にも起こる事態として感じられた。ロンドンや、リオデジャネイロ、ニューデリーの患者や彼ら、彼女らを治療する医療従事者のことを、友人とまでは感じられないが、私とつながっている誰かと感じられるようになった。

 ただ、ふたたび書くが、新型コロナウイルスがもたらすパンデミックは、あくまで世界のあちこちで起きていることのつながりの、あくまで一つにすぎない。

 もっと重要なことは、そこで感じられたつながりはつかの間のもので、私たちはそれをいつの間にか忘れてしまうことだ。事実、私は前回の原稿を4月上旬に書いていたが、7月中旬の今読み返すと、そこに書かれている世界情勢の多くを、忘れてしまっていたことに気づく。

 世界は出来事に満ち溢れ、それがどのようにつながっているのかはなかなかに見えてこない。それでもつながりを見出そうとする人たちがいる。

 文化人類学者の中村寛は、2002年の秋からニューヨークでフィールドワークをはじめた。中村は、9・11からイラク戦争にいたる時期の自分自身の経験を、1930年代の吉野源三郎の経験――世界をどのように捉え、描きながら、そのただなかで生きてきたのか――と重ねて振り返る。

 ドイツにおけるナチスの台頭。日本国内でのロンドン軍縮条約に反対を主張する右翼の暴力。浜口首相の暗殺。新聞の社会面で報じられる一家心中。中国に駐留する日本軍が引き起した軍事的衝突。一見するとバラバラで連関もなく、ものによっては「どうでもよいこと」であるようにみえることがらについて、吉野はそれがどのようにつながっているのかを明確に把握できなかったとしても、相関関係のなかで捉え、解釈し、働きかけようと試みる。

 同じように中村は、ニューヨークのあちらこちらで経験したこと、夢に見たこと、テレビニュースで伝えられたこと、友人とした議論や、送信したメールを記述しながら、現実の中にあるつながりを描き出そうとする。

 吉野が世の中を描く仕方と、それをささえる認識論的・存在的構えについて、中村は次のように書く。

日々の連続のなかのささいなことがら、表情の微細な肌理、人びとの所作、街のストリートの匂い、眩暈をおぼえる一言半句、絶望の手前にある叫び――それらに応答できないのであれば、学問や知はいったいなんだろうか、とでも言っているかのようだ。そして、さらに興味深いのは、吉野が事象を外から観察し分析し得ることを前提とせず、内側で加担し、影響され、揺らぎ、生成変化するなかで、それでも「現実に食い込んで」見る/診る/視る/看るを試みたことである。[中村2017:167]

 中村が吉野に見出した時代の渦中のなかで観察と記述をする「構え」に、私はひきつけられる。イラク戦争の始まろうとする時期のニューヨークで表した「寓話的スケッチ」で、中村は従軍経験のあるイスラエル出身の哲学研究者との対話と、反戦デモを並べ、戦地となった場所に存在する怒りや悲しみや憎悪や嗚咽のなかで、それでも武力行使にノーをと言えるのかを鋭く問う。自分自身にも、読者にも。

 しかし、このような「構え」をするのは、果たして学問や知、さらにいえば知識人だけの役割なのだろうか。

 少なくとも、今、世界のあちこちで起きていることがらについて、そのつながりをうまく表した知識人の言葉に、わたしはまだ出会っていない。むしろ、わたしには3月28日未明の兄の疾走こそが、そのつながりを表すように感じられた。兄の疾走は、彼がこの時の世界をどう理解し、そのなかでどう生きているのかの現れそのものである。不条理な世界とたたかっているのではない。ただ、兄は走った。走ることで、彼の世界をつくりだした。そう考えるとき、中村が吉野に見出した「認識論的・存在論的構え」は、知識人だけのものではなくなる。

 野生のしっそうとは、そういう問題意識のなかにある。

カタリナの世界と、人類学者の饒舌

精神病は、私たちとは関わりを持たない他者の問題であるかのように扱われている。そして、臨床像には社会的な事柄や患者の主観は含まれないため、原因を探ろうとする動機づけが存在しないのだ。家族、公共医療、制度、診断、薬剤といったあらゆる場でおこなわれる実験が人びとにとって確信的なものになる一方で、カタリナの症状の原因はこうした医学によって単に決めつけられたものにすぎなくなっていった。非人格化され、過剰投薬を受け続けるうちに、カタリナの皮膚の上にはもはや剥ぎ取ることのできない何か、人生の方向を決定づける何かが、ぴったりと貼り付いてしまった。その時私たちの脳裏に浮かぶのは、カタリナが辞書につづった声にならない問いかけである――あなたが生とはどんなものかを知るために、どうして私は死ななくてはならないのか。[ビール2019:221]

 文化人類学者のジョアオ・ビールは、1997年にブラジル南部のポルト・アレグレ市で、「ヴィータ(VITA:ラテン語で生の意味)」と呼ばれる精神障害者の隔離施設でカタリナという女性と出会う。ポルト・アレグレ市は、ビールの育った町だ。彼はブラジル各地で、貧困層の人たちがエイズにどのように対処しているのかを調査していた。やがて彼は「人間の捨て場所」として、ヴィータを教えられ、実際にそこを訪れて衝撃を受ける。家族からも医療からも見捨てられた200人の人びとが暮らしていた。スタッフの大半がそこの入所者で、資金も設備も薬もなかった。

 ほかの多くの入居者たちが寝転がったり、隅のほうで丸くなっているなか、カタリナだけが動いていた。彼女はビールと彼の妻に、自分には娘がいること、それを別れた夫の上司にうばわれたこと、弟たちがカタリナをここにつれてきたこと、薬づけになっていることを、固有名豊富に、しかしとぎれとぎれに語った。支離滅裂に聞こえる彼女の語りを、ビールはヴィータのボランティアに確かめたが、「カタリナの言うことに意味はない」と片付けられた。

 ヴィータと、カタリナの姿に強烈な印象を受けたビールは、そこに通い始めた。

 やがて、彼自身にある種の狂気が宿る。ビールはカタリナとの出会いと交わりの先に、彼女の来歴を探る旅に出る。彼女を診断した医者や看護師と会い、カルテを探し出す。カタリナの家族や親族、彼女の娘の養父母を探す。そして膨大な記録を読み、饒舌な語りを聞きながら、カタリナが彼に語った言葉や彼女が「辞書」と呼ぶ彼女の綴ったノートの意味を探っていく。

 やがて、ビールはカタリナのいる世界を理解していく。

 カタリナの症状は、遺伝性で、年齢とともに発現する病気が原因としてあった(遺伝系疾患の専門医は、カタリナを「完全に意識清明で、これまでも現在も自分の体調を把握しており、精神疾患もほかの病気も何もみられない」と診断する)。彼女の先祖が移住した地域からもたらされたその病気は、多くは患者の貧困を理由に見出されないままあった。ネオリベラリズムによる国家の機能縮小は、病者や障害者のケアを、家族の手にゆだねた。男たちにカタリナと同様の症状が出れば、家族の女たちが世話するが、女に現れた症状は望ましくないものとされ、連れ込まれた病院で精神疾患の対象とされ、筋違いの薬物療法が試みられた。障害は重度化し、やがてカタリナは家族にも、病院にも捨てられた。捨てられた場所が、ヴィータだった。彼女の生まれながらの障害は、女性であること、貧困状態にあること、遺伝的性質をもっていることに気づいた家族の恐れによって、無視され、狂気の烙印が押された。彼女の元夫によって土地を奪われ、そしてその上司によって娘を奪われた。

 お気づきだろう、カタリナが最初にビールと妻に語った、一見支離滅裂な語りは、カタリナが生きていた世界のそのものだったのである。

野蛮人の思考

 ビールの前に立ち現れたカタリナは、現代の野蛮人だった。彼女の断片的な語りは、支離滅裂で意味のないものと片付けられていた。

 カタリナの出会いに触発されたビールは走り出す。そして、カタリナが現代によって死なされようとしていることを知った。ビールは、カタリナとの対話と、カタリナの「辞書」に導かれながら、彼女の存在が無意味にされていく様を描き、そのことによって彼女の生を意味あるものとして取り戻していった。それはまた、カタリナと同じように、ヴィータに生きる人びと――だから、死んでいるものと扱われた人びと――の生を意味あるものとして取り戻すことでもあった。ビールはカタリナとともにつきとめていったものを、彼女が死んだあとも繰り返し繰り返し学会で語り、論文に書き、彼女らのことをどう考えていくべきなのかを投げかけ――彼女を「いいかげん安らかに眠らせてあげないのでしょうか」と冷ややかに問いかけられながら――、そして一冊の本を編む。

 カタリナと、ビールが突きつけるのは、カタリナたちを死なせたのは、わたしたちではないかという問いだ。社会が彼女たちを死なせのではない。彼女たちの世界に意味など読み取ろうとしていないわたしたちが、彼女たちを死なせていく。

 ビールは人類学者として、カタリナと出会い、様々な場所に出かけ、カタリナとゆかりのある人びとと出会い、そして様々なことを語り、書いた。気づけば人類学者ののりをこえていたのかもしれない。

 しかし、ビールがそうやってあふれるように言葉を発する前に、カタリナはすでに「辞書」をあらわしていた。一見するとバラバラで連関もなく、「どうでもよいこと」であるとみえることがらについて、相関関係のなかで捉え、解釈し、働きかけようとしていた。辞書はやがて、ノート21冊に及んだ。そのうちの2冊はボランティアの看護師によって捨てられてしまったが、残りの19冊はビールに託された。



参考文献
中村寛、2017「戦争のある風景――寓話的日誌による同時代のスケッチ」『現代思想』2017年11月号、青土社
ビール,ジョアオ、2019『ヴィータ――遺棄された者たちの生』桑島薫・水野友美子訳、みすず書房

猪瀬 浩平

猪瀬 浩平
(いのせ・こうへい)

1978年埼玉県生まれ。明治学院大学教養教育センター教員。1999年の開園以来、見沼田んぼ福祉農園の活動に巻き込まれ、様々な役割を背負いながら今に至る。著書に、『むらと原発ーー窪川原発計画をもみ消した四万十の人びと』(農山漁村文化協会)、『分解者たち――見沼田んぼのほとりを生きる』(生活書院)、『ボランティアってなんだっけ?』(岩波書店)など。

写真:森田友希

編集部からのお知らせ

猪瀬浩平さんの既刊本についてご紹介します。ぜひ連載と合わせて手にとってみてください。

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『分解者たちーー見沼田んぼのほとりを生きる』(猪瀬浩平・著/森田友希・写真)

障害、健常、在日、おとな、こども、老いた人、蠢く生き物たち……
首都圏の底〈見沼田んぼ〉の農的営みから、どこにもありそうな街を分解し、
見落とされたモノたちと出会い直す。
ここではないどこか、いまではないいつかとつながる世界観(イメージ)を紡ぐ。
(生活書院ウェブサイトより)

●著者の猪瀬浩平さんより
『野生のしっそう』は、『分解者たち――見沼田んぼのほとりに生きる』の「第7章 土地の名前は残ったか?――津久井やまゆり園事件から/へ」の続編とも言えます。この章の冒頭、2017年7月に相模ダム建設殉難者追悼会で、やまゆり園事件で亡くなった方へ「も」ささげられた黙祷に際して、兄が叫んだことを書いています。亡くなった方の沈黙と、解説する人びとの饒舌の間で、兄は叫びます。連載と合わせてお読みください。

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