仲野教授の こんな座右の銘は好かん!

第2回

若い時の苦労は買ってでもせよ

2022.06.16更新

 「仲野教授の こんな座右の銘は好かん!」、今回が第2回目となっとりますが、前回は自己紹介だったので、実質上の初回であります。さぁ気合いを入れていくでぇ、と思ったところで気がつきました。タイトルに「仲野教授の」ってあるけど、3月で定年になったから、もう教授とちゃいますやん。まぁええけど。

 栄えある(実質)第1回、俎上にあげるのは「若い時の苦労は買ってでもせよ」である。あかんやろ、これは。

 苦労をして偉くなった人が往々にして言いがちなことだ。もちろん、艱難辛苦を乗り越えて事を為すというのは立派なことである。苦労が素晴らしい人間を作り上げるケースがあるということを否定はしない。しかし、それはあくまでも苦労を経て最終的に成功した人が体験を押しつけているに過ぎないのではないか。

 ちょっと偉そうだが、科学的に考えることの基本は、あることをごちゃっとしたままで考えるのではなく、要素、エレメントに分けて考えることにある。ここでは、昔、数学でならった(はずの)必要条件と十分条件に分けて考えてみよう。まずは必要条件から。

 成功するためには努力が必要かどうか、という命題だ。う~ん、どうだろう。ある程度は努力が必要な気はする。しかし、必ずしもそうとは言い切れまい。傍から見ていて、さして努力をしているようにないのに、うまくいっている輩がときどきいる。えらくうらやましいが、他人事ではない。わたしだってそう思われている節がなくはない。昔、内田樹先生に「仲野さんは人生を嘗めてますからね」と言われて、愕然としたことがある。すごくとまでは言わないが、後で書くようにそこそこ苦労をしてきたと思っていて、人生を嘗めているなどとはとんでもない(←あくまでも主観です)。それとは逆に、本人は楽しくてまったく苦労などと感じていないのに、周囲からは、あいつは苦労人だと誉めてもらえる人もいる。

 という訳で、必要条件としては、せいぜい半分正しいといったところだろう。つぎは十分条件、苦労をすれば成功するかどうか。これは必要条件以上に正しくなさそうである。世の中、苦労したって、その努力が水泡に帰すようなことはごまんとあるではないか。

 必要条件はせいぜい半分、十分条件はそれ以下の正しさでしかない。にもかかわらず、やたらと「若い時の苦労は買ってでもせよ」などとご託を述べるのはいかがなものか。たいした理由もなく、若者に仕事などをさせるための詐術ではないか。それどころか、いきすぎたらパワハラで訴えられかねませんで、いまどきは。言うとしても、せいぜい「若い時の苦労は買ってでもしたほうがええんとちがいますでしょうか」どまりにしておかねばなるまい。

 さらに気になることがある。何をもって成功した人というかは難しいところがあるけれど、苦労して成功した人より、苦労していじけてしまう人の方が多いのではないか、ということだ。前者の話はあちこちでよく取り上げられる。逆に、後者のような人の話は、当然のことながら世間に知られることは少ない。世の中のバランスはしっかりと頭に入れておくべきだ。

 話を変えて、ここでちょっとした経験談をば。自分としては、30代の半ば、ノーベル賞の本庶佑先生の研究室にいたころ、ずいぶんと苦労したと思っている。その頃の苦労話は、『なかのとおるの生命科学者の伝記を読む』(学研メディカル秀潤社)を『生命科学者たちのむこうみずな日常と華麗なる研究』として河出書房新社から文庫化するときに、『「超二流」研究者の自叙伝』と題して、つい調子に乗って書いてしもうた。じつは、「苦労を売り物にするのは人間のカス」という考えを持っている。にもかかわらず、である。そうなんです、自己定義的には、仲野は人間のカス、ということなんですわ。面目ないけど、まぁ、その程度の人間の話やということで、まけといてちょうだいね。

 で、問題は、少なくとも主観的には経験したと思っている苦労が役にたったかどうかである。この判断は相当に難しい。正直なところ、あんなに苦しい時期を経ずに業績が出て教授になれていたら、それに超したことはなかったと思う。なにしろ、ほとんど鬱状態に近かったのだから。しかし、その時の苦労があったので、教授になってから少々つらいことがあっても、あの頃に比べたら屁でもないわと、すぐに精神の平穏を取り戻すことができた。これは大きなメリットだった。

 ここまで読んで、おい、どっちやねん! と思われているかもしれない。確かにそうかも...。というような中途半端では終われないので、以下、まとめ。

 「若い時の苦労は買ってでもせよ」は、ある程度は真実であるけれど、真に受けすぎるのはいかがなものか。すくなくとも、買ってまでするようなものではない。しかし、望むと望まざるに関わらず、よほどの幸運に恵まれない限り、苦労が降りかかってくることは必ずある。その時には、苦労に飲み込まれてしまわないように、これは苦労のように見えるが苦労ではない、と、できるだけ思い込むことがあらまほしい。そして、たとえ苦労が徒労に終わっても、報われなかったけれど必ずいつか役にたつ日が来ると信じて、いじけてしまったりしないこと。それが肝要だ。

 「若い時の苦労は買ってでもせよ」ではなくて、「降りかかってきた若い時の苦労はなんとかしのいだらそのうちたぶん役にたつ」程度の態度が正しいんいんとちゃいますか。というのが、今回の結論でござります。

仲野 徹

仲野 徹
(なかの・とおる)

1957年大阪生まれ。大阪大学医学部医学科卒業後、内科医から研究の道へ。ドイツ留学、京都大学・医学部講師、大阪大学・微生物病研究所教授を経て、2004年から大阪大学大学院・医学系研究科・病理学の教授。2022年3月に定年を迎えてからは「隠居」として生活中。2012年には日本医師会医学賞を受賞。著書に、『エピジェネティクス』(岩波新書)、『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社)、『仲野教授の そろそろ大阪の話をしよう』(ちいさいミシマ社)、『考える、書く、伝える 生きぬくための科学的思考法』(講談社+α新書)など。
写真:松村琢磨

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