仲野教授の こんな座右の銘は好かん!

第12回

沈黙は金

2023.04.21更新

 この連載、適当な言葉を選んで、ざっくりとこんな感じでいてこましたろかと算段してから書き始めます。書きながらいろいろと調べてみると、「おぉ、こんなこともあるんか」とか、「ぎょぇ~、ぜんぜん知らんかったがな」とかいうことがたくさん湧いてきて、軌道修正が余儀なくされていく訳です。といえば聞こえはよろしいが、右顧左眄、じゃなくて、右往左往させられる訳です。

 とはいえ、毎回、できあがりはすこぶるよろしいように思っとります(← 自己肯定的)。今回取り上げるのは「沈黙は金」。これは、わたしのように常にひとこと多いタイプの輩にとっては鬼門みたいな言葉なので、避けて通ることはできまへん。

 読んでもろたらわかりますが、今回の右往左往ぶりはこれまでの最高記録となり、かなり長くなってしまいました。でも、読み応えあります。もちろん結論としては、やっぱりこれはおかしすぎる、ということに。と、期待感を煽る前説はこれくらいにして、どうぞっ!

 「沈黙は金」、あかんのとちゃうん。長年、大学で教員を務めてきたが、そこで暮らす人たちは間違いなくこの言葉が好きだ。なにしろ、わたしなどは、言いたいことの十分の一も言ってこなかったのに、口が過ぎると思われていたような気がしてしかたがない。大学では、ほとんどの人は表だってはっきりした意見を言わない。まるで、何かを言えばろくでもない祟りがあるかのようだ。

 しかし、いや、だから、と言うべきか、噂話や陰謀論、陰口は相当に好きだ。根回しやら何やらで物事を決めるのでなく、きちんとガチンコ議論で進めるべきだと思うのだが、とてもそうはなっていなかった。このような傾向が、日本の大学が凋落してきた理由の最大のものではないかと考えているほどだ。

 組織の運営には「心理的安全性」が重要だとされている。心理的安全性とは、組織の中で自分の考えや気持ちを忌憚なく述べても、けっして罰せられることがない状態のことだ。大学はほぼ真逆といっていい。いや、もう少し正しく言うと、罰せられるかどうかはよくわからないが、罰せられると思い込んでしまっているような状況だ。大学のことしか知らないが、日本の企業は多かれ少なかれ似たようなものではないだろうか。

 「沈黙は金」というのは、心理的安全性が低い組織において、ものを言わないことを正当化するためにとても便利な言葉だ。だから日本では受け入れられやすいのではないか。明治から昭和を生きた思想家、二・二六事件の理論的指導者として死刑になった北一輝などは、その著書『日本改造法案大綱』において「沈黙は金なりを信条とし謙遜の美徳を教養せられたる日本民族」とまで書いている。

 しかし、この言葉―いうまでもなくフルバージョンは「雄弁は銀、沈黙は金」―は国産ではなくて輸入物である。そこが不思議でたまらない。ひとくくりにしていいかどうか迷うところであるが、一般論として欧米人は日本人に比べてやたらと雄弁ではないか。

 この言葉、英国の歴史家にして評論家、トーマス・カーライルによるとされることもあるが、カーライルが考えついたのではなくて、それ以前からあった言葉であることは間違いない。Google の Ngram(https://books.google.com/ngrams/)を使うと、なんと、ある言葉が本の中でどれくらいの頻度で使用されたかを調べることができる。「Silence is golden」と入力すると、1800年くらいに何度か出現するものの以後ゼロとなり、1840年くらいからうなぎ登りに増え、19世紀の後半にピークを迎え、そのあとは下降気味になり21世紀に入って盛り返し気味、ということがわかる。

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 カーライルが、「Silence is golden」を紹介した「Sartor Resartus 衣装哲学」を発表したのは1883年から84年にかけてなので、カーライルがこの言葉を広めるきっかけになったのは間違いなさそうだ。すこし長くなるが、その部分を引用してみよう。とはいえ、むっちゃ難しい英語なので、べつに読まなくてもよろし[*1]

Silence is the element in which great things fashion themselves together; that at length they may emerge, full-formed and majestic, into the daylight of Life, which they are thenceforth to rule. Not William the Silent only, but all the considerable men I have known, and the most undiplomatic and unstrategic of these, forbore to babble of what they were creating and projecting. Nay, in thy own mean perplexities, do thou thyself but hold thy tongue for one day: on the morrow, how much clearer are thy purposes and duties; what wreck and rubbish have those mute workmen within thee swept away, when intrusive noises were shut out! Speech is too often not, as the Frenchman defined it, the art of concealing Thought; but of quite stifling and suspending Thought, so that there is none to conceal. Speech too is great, but not the greatest. As the Swiss Inscription says: Sprecfien ist silbern, Schweigen ist golden (Speech is silvern, Silence is golden); or as I might rather express it: Speech is of Time, Silence is of Eternity.

 AI翻訳ソフトDeepLさまのお力を借りてなんとか理解できた(ように思う)。最初の文章は「沈黙は、一流が一流を地で行くための要素である」と、お訳しなされた。すまん、全然わからんかった。以下、長々とあるが、偉大な人は沈黙をよしとしたというような内容で、最後は「雄弁も偉大ではあるが、最も偉大という訳ではない」とあって、『雄弁は時のもの、沈黙は永劫のもの』と表現してもいいかもしれない」、と締めている。なので、どうして沈黙が優れているかという理由が書かれているという訳ではない。

 偉大な人の例として、William the Silent の名前があげられている。オランダの初代君主ウィレム一世のことで、日本語では、またの名 the silent は「沈黙公」と訳されている。素晴らしすぎるやん。ここまではいいとしよう。しかし、ウィキペディアの解説を読んで腰が抜けた。

「『沈黙公』として知られているが、これは反乱直前の時期の旗幟を鮮明にしない態度を揶揄したもので、実際には誰にでも愛想がよく非常におしゃべりであった。」

 はぁ~っ? どういうこっちゃねん。もし本当だとしたら、普段は雄弁で、ここぞという時は沈黙するのがベストということとちゃうん。それやったらわかるぞ。ふむ、今回もことわざ辞典を調べまくった。そういうように書いてあるかもしらんし。

「沈黙は雄弁よりも価値がある。へたな弁明をするよりも、沈黙を守るほうが賢明である。」(小学館・故事俗信ことわざ大辞典)
「雄弁であることも大事だが、沈黙すべきときに沈黙を守ることはもっと大切である。」(新明解・故事ことわざ辞典)
「上手によどみなく話すことは大事だが、いつ、どの場面で沈黙すべきかを心得ているのは更に大事なことである。」(三省堂・故事ことわざ慣用句辞典)

 なるほど。「沈黙は金」だけを使うからあかんのや。それでは、雄弁も優れている、というニュアンスがなくなってしまう。なかでも三省堂のは、沈黙公のことを念頭に置いたかのような解説になってる。この三つはどれも「沈黙は金」単独あるいは「沈黙は金、雄弁は銀」の順ではなくて、「雄弁は銀、沈黙は金」としての解説である。これも意外と大事なことかも。ところが、岩波ことわざ辞典だけは「沈黙は金」という項目になっている。とはいえ、「やたらなことをしゃべるより黙っているほうがよいと、雄弁より沈黙を評価する意。」とあって、説明は他と大きくは違わない。しかし、その解説には衝撃の事実が!

 まず、一般的な価値観と矛盾するのにどうしてこんなことわざが西洋にあるのか、という疑問が呈される。ええぞええぞ、さすが岩波! つぎに、19世紀までの西洋は英国を除いて実質的に銀本位制であったために、カーライルが紹介した頃には銀の方が価値が高く思われていたので、沈黙より雄弁の方がよいという意味で広まったのではないか、とある。そして、時代は移り、金本位制になったけれど言葉はそのまま残り、意味の逆転が生じてしまったというのだ。さらに、「多弁を戒め沈黙を最大限に評価する日本では、沈黙が金であることに何の疑いももたれずに、むしろ積極的に取り入れられていったものと推測される」と結論づけられている。

 ホンマですか...。私の考えを支持しすぎてくれてるやん。そやけど、なんか、後方三回転二回半ひねりで着地が決まったみたいで、スロービデオで解説してもらわんとようわからんようになってしもてる。以下、まとめ。

 カーライルは英国の人だから、沈黙の方が雄弁よりも良しとして書いたのだろう。しかし、他の国では逆の意味として広がったようだ。日本へは英国から輸入されたが、芭蕉が詠んだように「物言えば唇寒し秋の風」のような土壌がある国だ。「沈黙は金」が一人走りして大きく育った。といったところなのではなかろうか。

 どやっ! 総合的に考えると、すくなくとも「沈黙は金」とだけ使うのは詐欺的ではなかろうか。岩波の銀本位制説が正しいかどうかを判断するのは難しいが、雄弁は重要であるが、場合によっては沈黙がより重要という意味合いが絶対に必要なのは間違いない。そうでないと物事は進まない。座右の銘とするには、少なくとも「雄弁は銀」とセットにしてもらいたい。あるいは、「ここぞという時には沈黙は金」と留保条件もつけていただきたい。辞典類の解釈もそうなっておることだし。

 これにて終了、すっきりしたわぁ。でもええのやけど、今回は話題の ChatGPT君の意見も聞いてみることに。質問はズバリ、「沈黙は金」とかいう座右の銘はいらんやろ。して、そのお答えは。

「沈黙は金」という座右の銘は、状況によっては有用なこともありますが、常に使えるものではありません。例えば、相手に何かを伝えなければならないときに、ただ黙っているだけでは意思疎通ができませんし、問題を解決することもできません。

 また、時には意見を述べたり、議論をすることで、より良いアイデアや解決策を見つけることができます。ただし、その場合でも、相手の意見を聞くことや、相手を尊重することが大切です。

 つまり、「沈黙は金」という座右の銘は、状況によっては役立つこともあるが、常に使うべきものではなく、適切な場面で適切に使い分けることが重要です。

 おぉ、同じ意見やないか! でも、ちょっと考察に奥行きがたらん。勝ったな...(← 自己肯定感マックス)


注釈

*1 衣装哲学  1833年11月から1834年8月

Silence is the element in which great things fashion themselves together; that at length they may emerge, full-formed and majestic, into the daylight of Life, which they are thenceforth to rule. Not William the Silent only, but all the considerable men I have known, and the most undiplomatic and unstrategic of these, forbore to babble of what they were creating and projecting. Nay, in thy own mean perplexities, do thou thyself but hold thy tongue for one day: on the morrow, how much clearer are thy purposes and duties; what wreck and rubbish have those mute workmen within thee swept away, when intrusive noises were shut out! Speech is too often not, as the Frenchman defined it, the art of concealing Thought; but of quite stifling and suspending Thought, so that there is none to conceal. Speech too is great, but not the greatest. As the Swiss Inscription says: Sprecfien ist silbern, Schweigen ist golden (Speech is silvern, Silence is golden); or as I might rather express it: Speech is of Time, Silence is of Eternity. 

沈黙は、一流が一流を地で行くための要素である。それにより、雄々しく、生命の光に照らされ、堂々としたものになるのです。沈黙公・ウィレム一世だけでなく、私が知っているすべての重要な人物、そして最も外交的で戦略的でない人物も、自分が創造し示したいものを口にしないように避けていた。いや、己の卑しい迷いには、一日だけ口をつぐむがよい。明日には、己の目的と任務がどれほど明確になっているか!雄弁とは、フランス人が定義したように、思考を隠す技術ではなく、思考を完全に窒息させ、中断させ、隠すものがないようにするものであることがあまりにも多い。雄弁も偉大ではあるが、最も偉大という訳ではない。スイスの碑文にこうある「Sprecfien ist silbern, Schweigen ist golden. (雄弁は銀、沈黙は金)」。あるいは、こう表現してもいいかもしれない「雄弁は時のもの、沈黙は永劫のもの」。

www.DeepL.com/Translator(無料版)で翻訳しました。


(編集部より)
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仲野 徹

仲野 徹
(なかの・とおる)

1957年大阪生まれ。大阪大学医学部医学科卒業後、内科医から研究の道へ。ドイツ留学、京都大学・医学部講師、大阪大学・微生物病研究所教授を経て、2004年から大阪大学大学院・医学系研究科・病理学の教授。2022年3月に定年を迎えてからは「隠居」として生活中。2012年には日本医師会医学賞を受賞。著書に、『エピジェネティクス』(岩波新書)、『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社)、『仲野教授の そろそろ大阪の話をしよう』(ちいさいミシマ社)、『考える、書く、伝える 生きぬくための科学的思考法』(講談社+α新書)など。
写真:松村琢磨

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