第30回
農業で生活する人たち
2024.03.26更新
3月、フランスの友人が東京の家に泊まりにきていた。朝食の後、コーヒーを入れ、私たちの作った黒糖を食べながら話をしていたときのこと。
「農業といえば、1月末に農家の人たちがパリでデモをしていて大変だったんだよね」
「なに、農家がデモってどういうこと?」
友人が私に見せてくれたスマホの写真には、高速道路にずらりと続くトラクターの大行列が写っていた。なんと、フランス全土でトラクターが30箇所の道路を封鎖したというのだ。これがまた、フランスのトラクターってでかいんだわ。
「うわあ。かっこいい!」
「いやいや・・・。ちょうど家から仕事でパリに行こうとしてたのに大渋滞で大変だったんだから。トラクターの後についてぞろぞろ走るしかなくてねえ」
想像できるわー。私は、田植え前の四国の国道を思い浮かべる。気の毒だけれど、抗議デモとしては成功だよねえ。社会にインパクトを与えて、日本でも今こうして話題になっているわけだから。
「それで、彼らは何を訴えてたの?」
「そりゃあ賃上げだろうね」
「それって、野菜や果物の値段上げろってこと? 日本じゃ考えられんよねえ、農家がデモって。トラクターでデモとかエモいわー。埼玉の農家がトラクターで東京に乗り込むようなものでしょう?」
「うーん。まあそういう感じかなあ」
でも、このデモは、そういうこととも少し様子が違うようだった。
その後ニュースを調べてみたら、フランスだけでなく同時期にEU各地で農家による大規模なデモが行われていた。そして、それは賃上げ要求や労働環境改善などのような春闘ではないようだった。一体、ヨーロッパで何が起こっているのか。
EUでは、2050年までに温室効果ガスの排出ゼロを目指していて、農業の分野でも、2030年までに肥料を20%削減、化学農薬を50%削減、農地の25%を有機農業にするという目標を掲げている。なるほど、これに対しての抗議デモだったのか。
今の地球環境を考えると、これでもギリギリの数字なのだろう。けれども、それを実際に行うのは会議室で決定した人達じゃなく、いつだって現場で働いている人たちで、そのしわ寄せも彼らが引き受けることになるわけだ・・・。複雑な気持ちだった。
有機農業と簡単に言うけれど、化学農薬を散布することで保たれてきた農地を、有機農薬に変換させるのは容易いことではない。果樹なんかは数年で虫が押し寄せ、木の幹や根っこがやられて枯れてしまうものも出てくるだろう。私もみかんの木を無農薬栽培にした十数年前に経験済みだった。
有機栽培についての知識も必要だし、当然リスクだって大きい上に、効率も悪い。手間もかかる。これまでの農機具やシステム全てを切り替えることになるので、費用だって膨大にかかる。私もぶどうに使ってきた、ボルドー液などの有機農薬も効果はあるし、根っこまで枯らさない自然に近い除草剤を使う方法もある。でも時間や労力は何倍もかかるだろう。今回デモを起こした専業農家にとっては死活問題なのだろうと想像する。
フランスのデモのあと、EU本部のあるベルギーのブリュッセルにも、国際会議に合わせてトラクター100台が押し寄せたり、古タイヤに火をつけたりと大変な騒ぎになったみたいだ。
一方では、この非現実的な数字を掲げなければならないほど地球温暖化が深刻だということだ。ビニール製品やペットボトルを使うとき、トイレの電気を消し忘れた朝、罪悪感に苛まれるし、ニュースで南の島国があと十数年でなくなると聞くと胸が痛む。けれど、東京で便利な生活を送っていると、胸が痛む程度だった。
私がその痛みを本当の意味で知るのは、真夏の畑で灼熱の太陽に炙られ、滝のような汗を流すときだ。熱にやられて去年はゴーヤーさえ9月まで育たなかった。ついに私は熱中症になって一週間寝込んだ。子供の頃、夕方まで駆け回って遊んだ夏の屋外は、死と隣合わせの危険な場所になっていた。このままでは、私達は本当にここに住めなくなると実感した。
EUが2050年までに温室効果ガスを0にすると掲げたと聞いて、あれ、それって菅さんも約束してなかった? と思い出す。確か4年前、2050年までに、日本もカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、宣言してましたよね。これは、わりとはっきりと憶えております。今の日本でこれは無理じゃないか? と思ったからだ。そもそも、「目指すことを宣言する」って、できなくてもおとがめなしって言い回しである。いかにも、日本らしいなと思った。案の定、宣言した年から去年末までの4年連続で化石賞を受賞している。化石燃料をがっつり使ってますよね、というブラックユーモアたっぷりの笑えない賞だ。
本当はどの国も今すぐに行動に移さなければ、間に合わない数字なのだと分かっている。けれども、現実は、トラクターでパリを封鎖してデモが起こっている。今の生活を変えるというのはなかなか難しい。なぜ自分たちばかりが? という気持ちにもなるだろう。
有機栽培に関しては、ドイツをはじめ、ヨーロッパは世界に先駆けて実行してきたと思っていた。先程の友人はパリで飲食関係の仕事をしているのだが、大量生産のワイン用ぶどうなど、大規模農園には未だに農薬は欠かせないと言う。
「フランスはビオの印象が強いかもしれないけど、それって実はごく一部で、そうでない大きな農業組織もあるんだよ。そもそもフランスは日本と比べてても大規模な農家が多いから、慣行農法の方が理にかなっているんだ。でも、体への悪影響がわかってきた90年代以降、世論もあって政府が自然栽培へとかじをきってきたんだ」
フランスへ行ったとき、スーパーの中央にビオコーナーがあったことも印象深かったが、ここ二十年くらいのことなのだそうだ。
フランスは、パリを出てしまえば、農地や牧場が広がる農業大国で、食料自給率も120%を超える。ちなみに日本は40%弱だ。フランスというとオー・シャンゼリゼのイメージが強いが、パリは都市としてはコンパクトで、東京23区の6分の1ほどの面積だ。
オーガニックな野菜を作る農家も最近は増えている一方で、農薬を使った大規模な農園も依然として多いのは、農業システムは日本と変わらないからだった。
国外から安い農作物が輸入されることで、小売業者から価格を下げろと圧力をかけられることもあるし、いきなり有機栽培にしろと言われても、巨額を投じて現行のシステムを作っていて、そのローンも残っているのだから、簡単ではない。
前々回、日本で専業農家をする夫婦のことを書いたが、彼らとて、すごい金額を投じて、農業用ハウスを建て、農機具をいくつも揃えた。ご存知の通り、農協にローンを組んでというのが多い。収穫したものを農協に買ってもらうと同時に、その収入を農機具のローンとして農協に返済する形になるので、全額が自分に入るのはけっこう先なのだ。
農協を悪く言うつもりもないし、実際、みなさん親切で、私も分からないことを教えていただいたこともある。インターネットのない祖父、父の時代なんかは農協さんと二人三脚だったから、ここまで農業をやれてきたといえるだろう。たとえば、最近父がずっと探していた、テイラーかなにかの燃料タンクを、中古で見つけ出してくれて格安で売ってくれたということもあった。私もネットで探すのを手伝っていたけれど、年式の古いテイラーの部品だけなんて見つかりっこない。それを、中古のテイラーを引き取った際に、「これだ!」と父を思い出して持ってきてくれたというわけなのだ。地域密着で、細やかなサポートをしてくれる。そういう意味では信頼できる組合なのだ。
ただ・・・
You TubeとかSNSで見かける、スマートにがっつり稼いでいる農家さんたちがいる一方で、ハウスのローンや、仲介料や農薬、肥料代を差し引かれると、作物によっては、殆ど収入が得られなくて農機具の買い替えのタイミングで辞めていく農家さんがいるのも現実だ。作る作物、出荷時期(高値で取引される時期をみんな狙うけど、外れたら痛い)にもかなり左右される。それは、農家だけでなく漁業や林業、酪農なんかもそうなんだろうとは思うけれど、第一次産業で食べていくとなると、初期投資が尋常じゃないことは確かだ。私達レベルだと、鍬と鎌と、草刈り機と、あと細々した農機具だけでなんとかなるんだけどね。
フランスの友人の話だと、小規模で有機栽培を頑張ってきたけれど立ち行かず自死した人も少なくなかったという。有機栽培で食べていくということは、より収入が不安定で、手間暇もかかる。それは自分がやってみて骨身に染みてわかる。これで生活している方々を心から尊敬している。
オーガニックの先進国であるフランスでも、表に出ていない問題がたくさんあるのだなと思った。それでも、互いに少しずつ歩み寄って、デモもしながら、模索し続ける姿勢は見習うべきだと思う。大規模農家、小規模農家、政治家、環境活動家、生活者、いろんな立場の声がある。とにかく、話し合うことを諦めないことだと思う。農家のリアルな声はなかなか届かない。それこそ、トラクターで都会に乗り込まない限り、私達の身近な事であるにも関わらず、注目されることがあまりに少ない。
そういうわけで、私は、農家さんとトークイベントをしようと思った。専業農家で、しかも同い年で、画家でもある越智大介さんと地元のカフェで対談をすることになった。農作物の味で伝えるのもいいが、ときには、農家がみんなの前で話してもいいはずだ。農業を仕事にするということはどういうことか。私とはまた違った農業の視点を持った人と話したい。その喜びや葛藤や、土から生まれる絵の話も、たくさん聞き、話し合いたいと思っている。
愛媛で4/13の夜に開催されます。詳しくは私のHPのニュースを見てください。