ないようである、かもしれない

第1回

星野概念さん新刊『ないようである、かもしれない』まえがき&動画メッセージ

2021.02.19更新

ミシマガの人気連載、『「ない」ようで「ある」』が、ついに単行本化!
星野概念さん初の単著、『ないようである、かもしれない 発酵ラブな精神科医の妄言』と題して、本日2021年2月19日発刊です!
今日のミシマガでは、本書の魅力に触れていただくべく、まえがきを全文公開します!
さらに、概念さんからビデオメッセージもいただきました。最後までお見逃しなく!

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『ないようである、かもしれない 発酵ラブな精神科医の妄言』
星野概念(著)
装画・挿画:榎本俊二
装丁:大原大次郎

まえがき

こんにちは、星野概念です。この本を手に取っていただきありがとうございます。本のタイトルからもわかるとおり、僕は現在、精神科医をしています。
 社会人の年齢になってからしばらくは、バンドで身を立てることを心から考えていたので、精神科臨床にはほぼ携わっていませんでした。三十代前半で夢には手が届かないと感じてバンドをやめたあと、逡巡の末に総合病院の精神科の常勤医になり、今は大学病院に勤務しています。
 自然と、多くの時間と気持ちを精神医療にまつわることにあてていますが、音楽や文章を書く活動も続けたり、酒文化を中心とした発酵に関する知見を深めることもライフワークになっていて、その時々での目の前のことに、できるかぎり一生懸命取り組んでいるつもりです。
 それゆえに、まとまらないどころか、人生がどんどん拡散してしまっている感覚さえありますが、自分のなかではどれも「ない」ことにはできず、今のところの肩書きとしては「精神科医 など」という曖昧さを残したものに落ち着いています。
 精神科臨床をしていると、思いがけず、相手の知らなかった些細な部分に気づいたりします。それがきっかけで、その人がそれまでとはまるで違う印象に見えてくることもあります。
「なんだかすごく不安なんです」
「たとえばどんなことが?」
「あぁ、もうだめ、わからない、考えられない」
「夜は眠れていますか?」
「どうなんだろう。そんなことより不安なんですけど」
 こんなやり取りをしていたのは、僕の母親世代かもう少し上くらいの人で、ある時期から急にいろいろなことが不安に感じるようになったと通院する人でした。今まではなんともなかった日常のさまざまなきっかけで不安にかられ、いてもたってもいられず、原因不明の体のつらさも生じてとても大変そうでした。
 毎回そのつらさを聞き、一緒に対策を考えたりしていたのですが、なかなかうまくいきませんでした。せめて通院のときだけでも不安から気をそらせないものかと、世間話をしようとしたり、ご家族のことを聞いてみたりしましたが、そう簡単にはいきません。
 でも、何度か話しているうちに、なんだかとても響く、よい声をしていることに気づきました。不安や焦りに包まれてしまっていると、身体的にも影響するのか、響く声で話す人はあまりいない印象ですが、その人の声には心地よい響きがあったのです。
「なんだか、とても響く声をされてますね」
「そう? あぁ、民謡教えてたからね」
「民謡を歌われるんですか?」
「もうずっとやってるのよ」
 民謡の師範に思いがけず出会った僕は、内心とても驚きました。このやりとり以来、僕のなかでこの人が、不安がたくさんでつらそうな人、から、不安がたくさんでつらそうな民謡の師範、に変わりました。
 この小さい変化は、その人らしさを想像するきっかけを与えてくれ、その後の関係性が少しずつ柔らかくなっていくことに間違いなく影響を及ぼしたと思います。
 このような「ないようである」小さなこととの出会いに、僕は大きな喜びを覚えます。
 そして、さまざまな「ないようである」に出会うほどに、その人や物事にじつは内在する小さなことこそ、それぞれの味の決め手のように存在しているものだという実感を確かにしていきました。
 その存在感は独特です。「ないようである」ものは、「ない」でも「ある」でもなく、「ないようである」のです。
 だから、僕の肩書きは「精神科医」でも、「精神科医、ミュージシャン」でもなく、印象が曖昧になったとしても、自分のなかのなにかを「ない」ものにはしていない「精神科医 など」が、今の自分にはしっくりくるのだと思います。
すでにまえがきからまどろっこしく、タイトルどおりの妄言の雰囲気を帯びているかもしれませんが、曖昧なものを曖昧なまま、まとまらないものをまとまらないまま表現するということがしてみたくて、二〇一八年十二月から「みんなのミシマガジン」で始まったのが、この本の元になった連載『「ない」ようで「ある」』です。
 毎月、頭に浮かんだ出来事について書いていると、連想が次々に生まれ、別の話につながっていったりして、ほとんどの回が思いもよらない着地を迎えるか、着地点を見失ったままやむなく不時着のような状態になっていました。
 さらに時には、曖昧なまま、まとまらないままという状態に耐えきれず、少しまとめようと試行錯誤していたりもして、非常にムラがあります。この印象は、本になっても維持されているはずです。あれ、なんだか、本を読んでほしくてプレゼンテーションしているはずなのに、自虐的なことを言っているようですが、そもそも人や物事のあり方は、まとまりなく曖昧でムラがあるのが自然なはずです。まとめようとするときっと、うま味がこぼれたり凝縮されすぎたりして不自然なものになると思うので、あるがままに近い本になったのは本当にうれしいことです。
 精神科臨床をすること、音楽や書き物をすること、それらをつなぐ生活のいろいろな営みや出会い、季節とか場所とか天気などの目に見えたり見えなかったりする自分以外の要因、そのほかにもさまざまな体感と思考が発酵するように反応し合ってこの本はつくられました。
 手に取ってくださった皆さんのなかに、小さくて大切ななにかしらが浮かび上がるといいなぁと思っています。

星野概念さんビデオメッセージ

概念さんにプロモーション動画を撮らせてください、とお願いしたところ、まさかの展開に・・・!
衝撃のラストまで目を離さずご覧ください。

「まえがきを書いた人と同一人物に違いない!」と確信していただけるこのまとまらなさ、曖昧さ、お茶目さ・・・最高ですね。
これ以上のプロモーション動画はない、かもしれないです。

3.8追記 榎本俊二さん対談イベント開催にあわせて、動画第二弾を公開しました!

そんなわけで、星野概念さんの魅力があふれる新刊『ないようである、かもしれない 発酵ラブな精神科医の妄言』です。
ぜひお近くの書店さんでお買い求めください!

ミシマガ編集部
(みしまがへんしゅうぶ)

編集部からのお知らせ

発刊イベント開催!

①3/18(木)開催
榎本俊二×星野概念 『ないようである、かもしれない』刊行記念
『ムーたち』ラブな精神科医と榎本俊二の妄言対談

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②3/27(土)開催
『ないようである、かもしれない』刊行記念トークイベント
星野概念×磯野真穂
「『病む』と『治る』ってなんだろう。~精神臨床と医療人類学の話から~」

主催:代官山 蔦屋書店
共催:ミシマ社

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