ないようである、かもしれない

第2回

榎本俊二×星野概念  『ムーたち』ラブな精神科医と榎本俊二の妄言対談

2021.04.04更新

 星野概念さん初の単著『ないようである、かもしれない 発酵ラブな精神科医の妄言』の刊行を記念して、著者の星野概念さんと、本書の装画と挿画を描かれた榎本俊二さんの対談をMSLive!でオンライン開催しました!
 題して、「『ムーたち』ラブな精神科医と榎本俊二の妄言対談」。
 実は星野概念さんは、以前から榎本俊二さんの大ファン。本書の中でも、榎本さんの『ムーたち』について綴っています。
 そんなわけで、今回の著書の刊行にあわせて思い切って榎本さんに装画をお願いしたところお引き受けいただき、さらに対談もお願いしたところ快諾いただいたという、奇跡のイベントです!
 今日のミシマガでは、概念さんの榎本さんラブが炸裂し、装画と本文の深い関係が明かされた対談の様子の一部をご紹介します!
イベント動画の全編も期間限定で配信中!

(構成・染谷はるひ、岡田森)

0219_1.jpg

『ないようである、かもしれない 発酵ラブな精神科医の妄言』

『ムーたち』は超個人的な概念から生まれた

星野 いきなりなんですけど、『ムーたち』の内容はどこから発想されてきたんですか? ああいう発想って、どうやったら出てくるんだろうと思って。

榎本 『ムーたち』のアイデアは漫画のネタとして出そうとして出したものではなくて、今までの人生の中で溜まってきたような感じなんです。子どものときから十代、二十代とその都度ひっかかってきた思いですよね。そういう自分なりの超個人的な概念みたいなものが頭のなかにストックできていて、漫画家になったあとに一回それを箇条書きしてみたんです。

星野 へえ~!

ムーたち(1)榎本俊二『ムーたち(1)』(講談社)

榎本 忘れないうちにと思って箇条書きしていったら、だいたい80個ぐらいありました。「もしかしたらみんなもわかってくれるんじゃないかな」っていう普遍的なものから、「これを考えているのはまず自分ひとりだけだろう」っていうものまで。これは何かの作品に反映させたいなと思って取っておいていたんです。

 そのあと『えの素』が終わってしばらく連載もしていなくて、そろそろ描かないとヤバイよっていうときに、そのメモの内容をやるかなと思って。漫画でやるつもりはまったくなかったけど大丈夫かなとあらためて箇条書きを見たら、「こんなの漫画にできないよ!」って思ったんです。

星野 ははははは(笑)

榎本 ムリムリこんなの絵にできないって。だけどやらなきゃいけないんで、自信ないけどやってみようということで描いてみたのが『ムーたち』だったんです。それでやってみたらなんとかできた。

0404_2.jpg

星野概念さん(左)と、榎本俊二さん(右)

仲良くなった人に『ムーたち』を渡す

星野 十代のころからずっとストックしてきたアイデアたちがあのかたちになるって、なんというか・・・とんでもないことですね・・・。

 僕、紙版が手に入った頃は、仲良くなった人に『ムーたち』を渡してたんです。

榎本 それはリスキーな行為だと思うんですけど・・・。

星野 はははは(笑)

榎本 おお、って思ってもらえればいいですけど、ヤバイもの渡されたって思われませんかね? それか、渡したやつがヤバイっていうことに・・・。

星野 でも、単に気が合うよりもさらに気が合う人って、僕が「『ムーたち』が好きで」って言うと「俺も一番好き」みたいな人が多いです。

 高校生時代の友達と十年ぶりくらいに再会したときも、いきなり『ムーたち』の話をしましたし、バンドMONO NO AWAREの玉置周啓さんのラジオによんでもらったとき、なんの気なしに『ムーたち』の話をしたら、玉置さんも『ムーたち』が一番好きだって言っていて・・・。

榎本 それはなんだか、ひいきにしていただいてありがたいです。マイナーな漫画なんですけど、やっぱり『ムーたち』を好きだって言ってくださる方がいまして、だいたいみなさん変わった方なのは間違いないので・・・。

星野 ふふふ(笑)

『ムーたち』のオチのつき方

榎本 『ムーたち』はストックしていた概念を自分なりに発表することがテーマではありました。でもそれ以外にも、こんな思いを絵にすること自体、ちょっと革命的ではありませんかって実験をした側面もあります。たとえばお父さんの姿が変わったりとか、日本語を冒険してみたりとか、自分なりの野心があったんです。だから、どのポイントが概念さんの心に沁みたのかうかがいたいです。

星野 まず擬音の使い方や「センセーションを巻き起こすぞ」とかの言葉遣いが僕にはとても刺さりました。主人公ムー夫のお父さんが、常識外れだけどつねにムー夫に柔軟な考えを授けているよう感じがするあり方も面白かったし、このお父さんいいなって気持ちが初めて読んだときあったと思います。あとはアイデアかな。「しりとらず」(1巻 moo.9)とか「シルベスト」(2巻moo.44)の回とか。

星野 それから、『ムーたち』の余韻が残る話の終わり方がすごく好きです。

榎本 オチのつけかたの話で言うと、自分はカチッとオチを決めてネームを切るわけじゃなくて、話をつくりながら、もしかしたらフラグになるんじゃないかというものをダメ元で複数投げておくんです。最後のコマになると、そのうちのひとつが難しいフライを取るかのようにスポッとキャッチできる。そういう感覚で話をつくっているんです。だから伏線を張って落としたみたいな終わり方が多いんですね。

 それで今思ったのは、概念さんの文章はそれとは真逆ですよね。オチがないじゃないですか。

星野 はい、ないです(笑)

榎本 漫画と文章は違うと思うんですけど、自分の感覚から言うとオチってなんとなくついちゃうものなんですよ。

 岸本佐知子さんのエッセイが神がかり的な面白さなんですけど、少し自分の感じに似ているんです。適当でめちゃくちゃなようでいて、最後はすとんと落としてるんですよね。

概念さんの文章はオチがない

榎本 だからそういうものなんだろうなと思っていたところに、概念さんの『ないようである、かもしれない』がドカンと来ました。落ちる話もゼロではないんですけども、話を落とさないなあっていう感じがあって。

星野 はははは(笑)

榎本 それが今回表紙を描くにあたって新鮮だし、衝撃的なところだったんですよね。

 さらに言うと、何度も本文で「自分はオチもなくあっちに行ったりこっちに行ったりして、そういう感じなんですよ」って自分で言っているんです。だから天然じゃなくて、ご本人もわかってるんですよね。

星野 そうですね。僕も本当は『ムーたち』みたいな、ええ!? って終わらせ方を毎回文章でしたくて、ずっと考えてるんですけど、やりかたがわからない。だから無理矢理オチをつけようとするよりも、とりあえず書いてこれぐらいでいいかなってところでただ終わらせる。

榎本 なかにはいい感じに落ちるような文章もあるのに、それを概念さんは「あ! うまく落ちた!」ってわざわざエッセイで言いますよね。

星野 えっ、言ってますか?(笑)

榎本 今回の概念さんはファインプレーだったなって読者はわかってるんだけど、嬉しくなって自分で「ファインプレーしましたよ」って言わざるをえないところが素敵だなって思いますね。

星野 僕が研修医のときに、指導してくれた先輩の先生に「君はいい線いってるけど本当に詰めが甘い」って言われたんです。それなんだなあって思いました。落とさないままほったらかしにしちゃったり、うまく落ちたときに言っちゃったり。

榎本 その詰めの甘さが職業的に致命的な失敗につながるのであれば問題ですけど、お元気にやられているのを見ると直さなければいけない属性ではなかったんでしょうね。

星野 精神医療の仕事で言えば詰めどころはちょっと見えて来たかなって感じです。でも結局は全部詰める必要はないんじゃないかなっていうのもあるんですよね。

榎本 遊びどころが必要というか、完璧な人は近寄りがたいかもしれないですね。

本文と表紙イラストのキャッチボール

榎本 書籍のイラストを描くにあたって、読者にも著者にも、中身を読んでちょっとフフッと思ってもらえるようにしたい思いがあったんです。だから絵を描く前に三回くらいはゲラを読みました。それで自分なりに考えてビジュアルを出したんですけども、今までの経験のなかでもかなり難航したなと思います。

星野 僕は表紙デザインのラフを見て感動しました。僕は榎本さんに描いてもらえるだけで幸せで、あんなに読み込んでくださっていると思ってなかったんで、もう狂喜乱舞でした。

 ラフをいただいた段階で、僕はあとがきをほとんど書き直したんです。榎本さんの気持ちを受けて。だからあとがきにめちゃめちゃ力が入ってます。

榎本 実は、その書き直されたあとがきが手元に来た段階で、表紙の絵はまだできていなかったんです。だから「あとがき」を読ませてもらって、さらにその内容を表紙に反映させることができたんです。

 たとえば、ラフでは「る」の左上が枝豆なんですが、ゲラにあった枝豆の話が本文ではカットになって、どうしようかなと思っていたんです。

 そうしたら、概念さんが書き直した「あとがき」でコーヒーを登場させてくださったので、 枝豆があった場所に当てはめることができたんです。

0404_1.jpg

(左:ラフの「る」/右:表紙に使われた「る」)

榎本 ここまで書籍の内容全体を絵に反映させられることは、なかなかない経験でした。概念さんとめっちゃキャッチボールしたなぁと思って(笑)。あとがきから最後のピースを持ってくることができて、自分としても良かったですし、みなさんに誇れるものができたと思います。

星野 いやー、本当にそう思います。

(終)

動画配信のお知らせ

doga_0318.jpg

 本記事は、2021年3月18日に開催した、オンライン配信イベントMSLive!の内容を抜粋したものです。
 この後、イベント後半では、なんと榎本俊二さんのラフスケッチを公開いただき、二人で語り合っていただきました。
 画面共有機能を使ったこの部分は残念ながら書き起こしが難しく、期間限定で有料配信中のイベント全編動画をご覧いただければ幸いです。
 榎本さんが著者の目の前で創作の内側を明かすという、前代未聞にして本当に貴重かつ面白いお話、お見逃しなく!

申込みはこちら

<動画の一部を公開しています>

ミシマガ編集部
(みしまがへんしゅうぶ)

編集部からのお知らせ

星野概念・いとうせいこう対談開催します!

~『ないようである、かもしれない』×『ど忘れ書道』 W刊行記念、なのかもしれない~
星野概念・いとうせいこうの「まとまりません!!」
第1回 音楽とか、人間関係とか、ど忘れとか

日程 2021年4月11日 (日)
時間 18:00~19:30
会場 オンライン開催
主催 青山ブックセンター

申込みはこちら

『ないようである、かもしれない』まえがき公開中!

星野概念さん新刊『ないようである、かもしれない』まえがき&動画メッセージ

概念先生のまとまらない選書フェア 開催中!

紀伊國屋書店広島店さん他、各地で選書フェアや、フリーペーパー配布中!
対象店一覧はこちら

雑誌『ちゃぶ台』で榎本俊二さん連載中!

Vol2から毎号「ギャグマンガ家山陰移住ストーリー」を連載いただいています!

5f7aad8c8f2ebd5a26578103最新号『ちゃぶ台6 特集:非常時代を明るく生きる

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

  • 斎藤真理子さんインタビュー「韓国文学の中心と周辺にある

    斎藤真理子さんインタビュー「韓国文学の中心と周辺にある"声"のはなし」前編

    ミシマガ編集部

    ハン・ガンさんのノーベル文学賞受賞により、ますます世界的注目を集める韓国文学。その味わい方について、第一線の翻訳者である斎藤真理子さんに教えていただくインタビューをお届けします! キーワードは「声=ソリ」。韓国語と声のおもしろいつながりとは? 私たちが誰かの声を「聞こえない」「うるさい」と思うとき何が起きている? 韓国文学をこれから読みはじめる方も、愛読している方も、ぜひどうぞ。

  • 絵本編集者、担当作品本気レビュー⑤「夢を推奨しない絵本編集者が夢の絵本を作るまで」

    絵本編集者、担当作品本気レビュー⑤「夢を推奨しない絵本編集者が夢の絵本を作るまで」

    筒井大介・ミシマガ編集部

    2024年11月18日、イラストレーターの三好愛さんによる初の絵本『ゆめがきました』をミシマ社より刊行しました。編集は、筒井大介さん、装丁は大島依提亜さんに担当いただきました。恒例となりつつある、絵本編集者の筒井さんによる、「本気レビュー」をお届けいたします。

  • 36年の会社員経験から、今、思うこと

    36年の会社員経験から、今、思うこと

    川島蓉子

    本日より、川島蓉子さんによる新連載がスタートします。大きな会社に、会社員として、36年勤めた川島さん。軽やかに面白い仕事を続けて来られたように見えますが、人間関係、女性であること、ノルマ、家庭との両立、などなど、私たちの多くがぶつかる「会社の壁」を、たくさんくぐり抜けて来られたのでした。少しおっちょこちょいな川島先輩から、悩める会社員のみなさんへ、ヒントを綴っていただきます。

  • 「地獄の木」とメガネの妖怪爺

    「地獄の木」とメガネの妖怪爺

    後藤正文

    本日から、後藤正文さんの「凍った脳みそ リターンズ」がスタートします!「コールド・ブレイン・スタジオ」という自身の音楽スタジオづくりを描いたエッセイ『凍った脳みそ』から、6年。後藤さんは今、「共有地」としての新しいスタジオづくりに取り組みはじめました。その模様を、ゴッチのあの文体で綴る、新作連載がここにはじまります。

ページトップへ