ほんのちょっと当事者ほんのちょっと当事者

第2回

暗い夜道と銀行カードローンにご用心。(2)

2018.06.19更新

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この連載が本になりました。ぜひ書籍でもご覧ください。
『ほんのちょっと当事者』青山ゆみこ(著)

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「わたしの実印ってある?」

 帰宅し、何気ないふうを装って訊いてみると、母の顔色が一瞬で変わった。質問の意図を激しく問いただされ、ようやく「なんかヤバそう」と気づいても時すでに遅し。その夜、我が家のリビングはお白洲となり、父親の厳しい取り調べの結果、わたしのクレジットカード問題が露見した。

 怖くて計算していなかったが(しろよ!)、あれこれ並べてみると、トータルで軽く3桁を超えて香ばしく膨らんでいた金額に両親は絶句し、3枚のカードはその場で父に叩き割られた。子どもの頃から怒られ慣れているわたしでさえ、もう勘弁してくだせえと吐きそうになるほど怒られた。

 クレジットで購入することは借金であるという認識もなく、借金まみれである娘に怒り心頭であったが、そんな年齢にもなって意味を確かめようともせずに気軽に自己破産しようとしていた娘の愚かさよ。両親が浮かべたのは、怒りよりも悲しみが強く出た表情だった。思い出すと今でも胸が痛い。と同時に、既に印鑑登録されていた実印は、当時、父の商売の裏帳簿的なもので使われていたのだろうとも推測するが、その数年後には父が倒れて商売そのものがポシャったので確かめようもないのだが。

 もし、である。

 あのときわたしが自己破産していたらどうなっていたのだろう。

 自己破産とは、債務者自らが破産申し立てをして、裁判所の審理によって認められれば、債務、つまり借金が免責される制度だ。

 これには、メリットもデメリットもある。

 個人の場合は、破産手続きを行うと、不動産や車などの財産がある場合はまずその売却での返済が基本になるが、手続きが終了した後は債務者から責任を追及されることはなくなる。つまりもう、「カネ返せ」と追い立てられることはない。これがまず一つめのメリットだろう。

 デメリットとしては、信用情報機関が保有している個人信用情報に事故情報が記録され、いわゆる「ブラックリスト入り」する。クレジットカードを新たに作る審査にも通らないし、更新もできない。もし銀行などの金融機関で住宅や教育などのローンを組もうとしても難しい。金融機関や保険業務や警備員などのいくつかの定められた職業に就く資格を制限される。手続き中は転居や長期の旅行にも制限がある。

 とはいえ、戸籍や住民票などへの記載はないし(官報に記載される場合があるが全員が対象ではない)、選挙権が停止されるわけでもない。勤めている会社が自己破産を理由に解雇することはできない(そもそも自分から言わなければわからない)。破産手続き開始決定後に得た収入も、原則として自由に使うことができる。

 そして個人の自己破産のもっとも大きなメリットは、破産手続き後に、支払い不能と認められた場合の多くが「免責許可」が受けられることだ。現状では、申請者の95%以上は免責許可決定がされていて、借金の返済はもちろん、前述の職業や転居についての資格制限もほとんどがなくなる。消費者信用取引(カードや貸金業を利用すること)には、ある一定の期間(5~7年くらい)の制限があるものの、当時もしわたしが自己破産していても、実は日常生活にほとんど影響はなかったのではないだろうか。

 こうして書くのも恥ずかしいことにわたしの場合は親に助けてもらった。ただ、もし他に誰も頼れる人がいない場合でも、「自己破産したら終わり」では全然ない。「借りたヤツが悪い」ことは重々承知。でも、それを踏まえて反省した上で、どうしようもない事情で借金を抱えて追い詰められている人には、一つの手ではある。思いあまってブラックなビジネスに手を染めたり、望まないアンダーグラウンドな仕事に就いたりするくらいなら、自己破産した方が、将来的にやり直しがきく場合もあるはずだ。そういう人のための最終救済手段が自己破産なのだ。

 自己破産を勧めているわけではない。でも、「社会的に抹殺される」的なイメージを持つあまり逃げ場を失ってしまうことも、気軽に自己破産しようとしたわたし同様に愚かなのかもしれないとも、今は思う。

 2006年には、総合法律支援法に基づき法テラス(日本司法支援センター)といった、国が設立した法的トラブル解決のための「総合案内所」が開設された。相談は無料で受けられる。申請手続きを弁護士が行政書士に依頼する場合は費用が掛かってくるが、どうしても弁護士費用などが払えない人には、費用の立て替えも行われている。

 まずはそういう場所をたずねてみて欲しい。お金のことって誰にも言えずに抱えてしまう。これは本当にしんどい。人に打ち明けるのはハードルが高いだろうけれど、「自分でなんとかする」ではなく、心底困ったときは誰かを頼るべきだと思う。

 それにしてもである。

 すべての始まりは、いくら世間知らずのバカ娘とはいえ、新社会人に熱心にクレジットカードを勧め、カードローンを気軽に組ませた銀行である。あまりにもえげつなくないか(いやほんまに勝手な話だが)。

 バブル景気後退期は、多額の不良債権、いわゆる融資の焦げ付きを抱えてどこの銀行も必死だった。クレジットカード加入のノルマも課せられていたと元銀行マンの友人から耳にしたこともある。

 三和銀行も、1992年には業務純益、経常利益、当期利益の3部門で日本の都市銀行の中でトップとなっていたが、実状はバブル崩壊による不良債権処理に追われていたようだ。このあたりはフィクションだけど、三和銀行もモデルとして登場する高杉良さんの経済小説『金融腐蝕列島』あたりにも詳しい(漫画や映画にもなっているのでエンタメ気分で勉強になる)。

 もう一つ思い出したことがある。現在も、吉高由里子、福士蒼汰、阿部寛といった人気の俳優らが広告に出ている銀行系のカードローンのことだ。

 「無担保」「銀行口座開設不要」「土日祝日・年中無休で審査・受付」「ネットで24時間365日簡単申込み」「安心・低金利」「お急ぎの方は振込融資のご利用で、カード到着前のご融資可能」などと、少しネット検索するだけで、昔のわたしなら即座に喰いついたであろう文面が楽しげに踊っている。どれも身元のしっかりした銀行だ。それを見ているとお金に困ってもいくらでも「手」はあるように錯覚するが、そこには「先」がない。いや、恐ろしい先がある。

 幾度かの貸金業法の改正により、現在は消費者金融やクレジットカードのキャッシングには収入の3分の1しか貸せないという総量規制があるが、銀行のカードローンにはそれがなかった。

 青木雄二さんの描く『ナニワ金融道』じゃないけれど、マチ金やサラ金と呼ばれる消費者金融には抵抗がある人は多いだろう。でも、銀行なら抵抗が少ない。なんとなく信用できる気がする。そんな「気分」をうまく利用した銀行カードローンに手を出す人が気軽に借りる。一時的には助かる。足りなくなれば、かつてのわたしが別のクレジットカードを作ったように、また別の銀行でローンを組むだろう。

 2016年、個人の自己破産の申請が前年比1.2%増の6万4637件となり、13年ぶりに増加したというニュースが流れた。

〈自己破産はこれまで、消費者金融などへの規制強化で減少が続いてきた。増加に転じた背景には、無担保で個人に融資する銀行のカードローン事業の急拡大があるとみられる〉(2017年2月10日配信・時事通信)

 なんということだ。またしても銀行め。ぐぬぬ。

 さらにこんな裏がある。

 銀行カードローンを借りるには、保証会社による審査を受け、保証を受けることが利用条件となる。その保証会社となっているのが、実は消費者金融などの貸金業者なのだ。つまり、銀行カードローンだと信用して借りている先は、実はノンバンク(預金取扱金融機関ではない金融会社)の消費者金融だったりもする。

 銀行と消費者金融との提携は、2000年前後に始まった。まず最初に消費者金融会社と銀行が共同で消費者向け無担保貸出を行う合弁会社を設立する動きがあり、その後段階を経て、2004年にはアコムと三菱東京ファイナンシャルグループ(当時)、プロミスと三井住友ファイナンシャルグループの戦略的業務・資本提携が行われたという。

 おどれら裏でつながってんかい! 

 菅原文太が叫びそうな仁義なき提携ではないか。

 いくらでも借りられてしまう。それは何よりも恐ろしいことだ。自己破産の多くのケースは、貸出額の増大もあるが、なによりその後、雪だるま式に膨れあがる利息が払えずに負債額を増やした人たちなのだ。

 広告では「(大きく)年利1.9%〜(小さく)14.5%」と低金利であるかのように見せ、いくらでも無担保で借りられると声を大にして謳われる銀行カードローンの年利について、藤田知也は『強欲の銀行カードローン』でこう書いている。

〈突出して増えているのは、15%の上限に近い金利か、あるいは少額の貸し付けで15%を超える金利である可能性が十分に考えられる〉

 こ、こえーよ。借りられるからこそ怖い甘いぬかるみにはまると、もう簡単には脱けられない。借りられなくなったことで首の皮一枚でつながったことのあるわたしには、イメージの良い俳優たちが醸し出す銀行カードローンの、あの一見クリーンな明るさは、現在の貧困大国、日本のまやかしの顔に見えて仕方がない。

 そうした背景を受けて、「さすがにえげつないんとちゃいまっか」とばかりに、2016年10月、日本弁護士連合会が「銀行等による過剰貸付の防止を求める意見書」を提出。2017年になってようやく銀行は自主規制を始めた。10月以降は融資の審査がさらに厳しくなり、 2018年の1月以降は即日融資が実質不可能になった。このことで、行くところまで行ってしまう人が、少しでも減ったらと切に願う(どの口が偉そうに!)。

 少し話は遡る。そもそも現在、三菱東京ファイナンシャルグループに統合されているマイバンクである三和銀行は、1961年に日本信販と組んで日本で2番目となるクレジットカード会社を設立した銀行でもある(一番目は旧富士銀行)。

 1960年に池田勇人内閣が国民所得倍増計画を掲げた。「所得倍増」は、安保後の日本人の目を経済に向かわせたキャッチフレーズだとも言われる。1960年代は、そういうイメージ戦略に踊らされて、日本が戦後復興から本格的な高度経済成長期に突入していった時代だったのだ。

 とりわけ贅沢もせずごく普通に暮らしているつもりでも、国民の一人ひとりが大量生産・販売を前に、大量消費社会の主人公になっていった。そんな中でクレジットや金融ローンはごく自然に庶民の生活の基盤ともなり、時代はさらに80年代のバブル景気へと流れていく。そして今や明るく気軽な銀行カードローンが全盛だ。ああ・・・。

 わたしたちは望むと望まざるにかかわらず、いつだって社会の流れに既に巻き込まれている。いや、わたしの場合は自分がバカだったというひと言に尽きるし、その上、今だってクレジットカードをごく当たり前に使っているのだが(だってAmazonもカード決済だし・・・ごにょごにょ)。

 ともあれ、クレジットカードや銀行カードローン地獄による借金で首が回らなくなっても、逃げ場がないと絶対に諦めず、まずは法テラスでよろしく哀愁。必ずそこから抜け出せる道があるはずだから。


* * *

【620日 追記】
 近親者に自己破産をされた方がおられる読者の方から、自己破産手続きに際する「実印」の必要性についてご指摘をいただきました。京都地方裁判所に確認したところ、自己破産手続きには、シャチハタ以外であれば認印でも問題ないそうです。

 ええ!!

 とおそらく誰よりもわたしが驚いたのですが、一つ考えられる可能性として、当時、クレジットカード会社から実印を用意するよう要求されたのは、クレジット会社の債務処理のためだったのではないかということです。ずいぶんと時間が経ちすぎて確認できなかったのですが。

 実体験に基づくものなので、本文は修正等は行わないことにしました。ただ、自己破産の手続きには認印で大丈夫という情報は重要であるため、こちらでお伝えさせていただきます。

 というか、認印で良いのなら、当時、わたしは間違いなく自己破産してただろうと思い当たり、脇の下がぐっちょり濡れました・・・


引用・参考文献
『イラスト六法 わかりやすい自己破産』宇都宮健児著(自由国民社)
『強欲の銀行カードローン』藤田知也著(角川新書)
『消費者金融サービス業の研究』茶野努著(日本評論社)

青山 ゆみこ

青山 ゆみこ
(あおやま・ゆみこ)

フリーランスのエディター/ライター
1971年神戸市生まれ。大学卒業後、アパレルで4年間デザイナー職に従事。27歳で出版業界に転職し、『ミーツ・リージョナル』誌副編集長などを経て独立。2006年よりフリーランスのライター・編集者として、単行本の編集・構成、雑誌の対談やインタビューなどを中心に活動し、市井の人から、芸人や研究者、作家など幅広い層で1000人超の言葉に耳を傾けてきた。著書に、ホスピスの食の取り組みを取材した『人生最後のご馳走 淀川キリスト教病院ホスピス・こどもホスピス病院のリクエスト食』(幻冬舎)。親の看取りや認知症の介護をとおして社会福祉に関心を深めるようになり、地域の寄合場「くるくる」を立ち上げて、実践的に「社会福祉とは何か」を考え中。

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