ユザワタヌキ文庫へようこそ

第2回

ユザワとタヌキ

2026.02.03更新

放課後シネマ

 ところでなぜ「ユザワタヌキ文庫」なのか。この名前に込められた意味についても少し説明しておこう。ユザワはともかく、なぜ「タヌキ」なのかと必ず聞かれるので、私はそのつど、懐かしい放課後の風景を思い出す。

 それは私が前職の筑波大学の教員だった時にさかのぼる。当時私は「農村社会学」という講義を担当していた。日本の社会を構成する農村とは何か、それがどのように変化して現在に至るのか、というような内容を話す講義だ。その中のトピックのひとつとして、1960年代後半から1970年代にかけての高度経済成長期の劇的な変化、そしてその後の2000年代に至る構造的な変化について話すことがあった。私は学生たちに、ある映画をちょっとだけ見せてから講義を始めることにしていた。

 その映画というのは、東京西部の多摩丘陵地の住宅開発をモチーフにしてスタジオジブリが製作した「平成狸合戦ぽんぽこ」である。人間はいつの間にか自らの技術で自然をコントロールできると思うようになり、かつてはつかず離れず一緒の空間に暮らしていたタヌキをはじめとする生きものたちの存在を忘れ、生きものたちが棲家を追われるという物語だ。

 講義の時間は限りがある。だから全部は観せずに冒頭を映写して学生たちの興味関心を引き出した後、「寸止め」してから説明を始めるという流れで講義をしていた。その日、講義を終えると、受講生の何人かが「最後まで観ないと気になってしょうがない」という不満顔で教室をあとにした。そして後日、「俺たち『放課後シネマ』というイベントを開催することにしたから湯澤さんも来てね」、と声をかけてきたのである。教員の想像を軽々と超えて、学生たちはなかなかおもしろいことをする。乗り気になった私は錦糸町の人形焼き屋「山田家」に足を運び、差し入れにタヌキの人形焼きを50匹ほど買い込んでから、そのイベントに参加した。

 農学系の学部だったため、研究棟には小さなキッチンを設えた共有スペースがあり、学生たちはそこでさつま芋のフライを作ったり、簡単なおつまみを用意したりして、くつろいだ雰囲気をつくりだしていた。紙に書いたメニューまで用意し、壁にペタペタと貼ってある。普段は無機質な研究棟のスペースが、あそび学びにぴったりの賑やかな場所にリフォームされていたことに私は舌を巻いた。紙の箱にぎっしり詰まったタヌキの人形焼きにも歓声があがり、食べながら、飲みながらゆったりと映画を観た。そのあと、あらためて私が新旧の地図を示しながら高度経済成長期の農村変化を説明したり、学生たちがそのことについて講義室とはまた違う表情で話し合ったりする時間となった。講義室より盛り上がるって、なんだろう・・・。いや、こういう場所と仕掛けだから、学生があそびながらやるからこんなに盛り上がるんだよね、とその夜はつくづく考えさせられてしまった。

 その時に「先生はマニアックな本をたくさん持っているけどさ、僕たち同じようには買えないから、それを僕たちに貸し出してほしいな」とつぶやいた学生がいた。「なるほどー、たしかに。それはいいね」と私が相槌を打つと、「じゃあ、ユザワタヌキ文庫って名前でどう?」と別の学生が言葉を重ねた。はい、決まり。

 つまり、「平成狸合戦ぽんぽこ」を観た放課後シネマから生まれたアイデアだから「タヌキ」がついているという、そんな顛末で「ユザワタヌキ文庫」が生まれたのである。

タヌキとイノシシと子ダヌキ

 こうして「タヌキ」ということばが私の居場所に加わったのだが、じつを言うと、私自身、自分のことを「タヌキみたいだ」と思っているフシもある。ちなみに私の家の周りには古い農家の雑木林が残っていて、そこに本物のタヌキも棲んでいる。この前は、夜道を走るタクシーに乗っていた時に目の前をタヌキがトコトコと横切り、手前でブレーキを踏んだ運転手さんと「いましたね。見ましたね。ふふふ」と確認し合う一幕があった。

 自分がタヌキみたいだと思うのは、人間が棲息する世の中をちょっと俯瞰してみているところがあるからだ。「研究者」あらため、「あそび学び人」であるからして、俯瞰の視点を意識的に持たなくてはならない。でもそういう事情だけではなく、なんとなく世間一般でいう「普通の人間」になり切れていない、世間の価値観の本流からはどうもズレているという実感があったりもする。気を張って人間世界に馴染んでいるように見せかけようと努力する一方、油断するとしっぽを隠し切れないまま歩いている感覚といったらよいだろうか。

 それは、一般的だといわれる考えとのズレ、社会に対する違和感と言い換えることもできる類の感覚だとすれば、むしろタヌキかもしれない自分を持っているというのは、じつは大切なことなのかもしれない。なぜなら、そういうズレや違和感、自分が感じていることと現実との落差が、「問いを立てる」原動力になるからだ。

 私の研究のスタイルは目的を設定するよりもまず行動して、なんとなく歩き出してしまうタイプ。猪突猛進という言葉があるが、猛進と言うほど激しくはないけれど、ゆっくり歩く「猪突漸進」のイノシシでもある。イノシシ的にまずは進んで、タヌキのように俯瞰する。そんなふうに世の中を歩き、考え、あそび、学んでいる。だから、研究室に来るたびに「ユザワタヌキ文庫」という看板を目にすることで、自分自身の研究の構えみたいなものを再確認することができる。何気ないことだけれど、それが日々おもしろがって何かを考える原動力になっているのかもしれない。

 タヌキといえば、最近嬉しいことがあった。茨城県つくば市でユニークな学び場を運営しているNPO法人があって、その学び場に子どもたちが自由に使える図書館が設置されている。その図書館は、活動に賛同した人たちが本棚の1区画を借りて本を置けるというしくみで、個性的な選書がこの本棚の魅力にもなっている。私も1区画借りて、「ユザワタヌキこども文庫」が誕生した。そこに私のすきな漫画『お前、タヌキにならねーか?』(奈川トモ、一迅社)を置いたところ、大人気なのだという。息苦しい人間の世界から逃げ出そうとするなら、いっそタヌキになってみたら? というタヌキの誘いから始まる物語。知人にすすめられたのだが、タヌキだけに「だまされたつもりで」読んでみると、胸に迫るものがあった。漫画と論文は違うメディアではあるけれど、私も論文でこんな作品を書いてみたいと思った。

 先日、本の入れ替えに訪れてみると、タヌキの絵が描かれた手作りの本のオビが私の本棚の中に飾ってあって驚いた。いったいこれは誰が作ったんだろう、と思っていると、「あぁ、これは好きな本のオビを作ってみよう、っていうワークショップの時に作った子がいたんですよ。何度も何度も読み返している子どもたちがいるんです」とスタッフの人が教えてくれる。タヌキ仲間がここにもいたんだ。しかも子ダヌキたち。それがなんだか、とても嬉しかった。

湯澤 規子

湯澤 規子
(ゆざわ・のりこ)

1974年大阪府生まれ、千葉県育ち。法政大学人間環境学部教授。筑波大学大学院歴史・人類学研究科単位取得満期退学。博士(文学)。専門は歴史地理学。主な著書に『胃袋の近代―食と人びとの日常史』(名古屋大学出版会)同書で、生協総研賞第12回研究賞、第19回人文地理学会賞(学術図書部門)を受賞。『7袋のポテトチップス―食べるを語る、胃袋の戦後史』(晶文社)、『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか』(ちくま新書)、『焼き芋とドーナツ―日米シスターフッド交流秘史』(KADOKAWA)、同書で第12回河合隼雄学芸賞を受賞、などがある。

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