はじめての住民運動――ケース:京都・北山エリア整備計画

第4回

その声は誰のものか?

2021.11.30更新

 2021年11月8日夕刻。私は、京都北山にある植物園横の歴彩館へ向かって自転車を走らせていた。京都府主催の長い、ものすごく長い名称のついた説明会に出るために。
 その会の名は・・・
「北山エリア整備基本計画」、「京都府立植物園100周年未来構想」及び「植物園整備検討に係る有識者懇話会(仮称)」に係る説明会
 とうてい無理だ。覚えられない。日常の会話で、言おうとすれば、こうなるのがオチだ。「あの、なんや、京都植物園の、めっちゃ長い名前の説明会」
 会場で配布された用紙にも、その長い名称のまま書いてある。せめて( )に、通称(「京都植物園・未来構想」説明会)、あるいは(植物園開発・住民説明会)くらいの略称を入れてほしかった。
 用紙に「場所:府立京都学・歴彩館 大ホール」と書かれた広い空間の前から三列目の席に座った私は、心中、呟かないではいられなかった。
「この名称じゃ、はなから対話を拒んでいるようなものじゃないか」
 いや、今からそんなことを思うのはよそう。事前申し込みで定員の400名にすぐに達したと聞く。それほど住民にとって関心の高い問題なのだ。きっと有意義な時間となるにちがいない。
 自分に言い聞かせるように、開始時間の18時を待った。

 18時定刻、この長い名前の会は始まった。
 結論からいえば、とても有意義だった。来てよかった。やや不謹慎に聞こえるかもしれないが、面白かった。これが私の偽らざる感想である。
 一般市民に対する住民説明会という場にいること自体、私にとって初の経験だった。それだけに、全てが新鮮であり、衝撃であった。少なくない宿題と課題を大いに見いだせた。
 これから二回にわたって、私がそのように感じた模様の一端をできるだけ鮮度を落とさずにお届けしたい。

 壇上には、向かって右手より、大学改革等推進本部事務局長、文化スポーツ施設課長のK氏。大学改革課長、植物園副園長O氏。司会は、W氏。4ヶ月前(7月9日)、私たちの仲間7人へのヒアリング会にいたのが、K氏とW氏である。その時も発言のほとんどはK氏であったが、この説明会もK氏が主に担当するようだ。
 スクリーンに映し出されたパワーポイントと配布された資料に基づき、「まずはこの間の経緯を話します」とのことわりの後、K氏は淡々と話し出した。
 やがて、二つの衝撃が私を襲う。
 一つ目の衝撃は、配布された資料及びK氏の説明が、3ヶ月前のそれと一字違わず同じだったこと。3ヶ月前、「貴重な意見をありがとうございました」とK氏が言うのを私たちは少なくとも5度は聞いた。その形式的答えに、苛立ちを覚えたことは前回までに述べたとおりだ。それでも、「少しは耳を傾けてくれただろう。このままではいけないということは伝わったはず・・・」と祈るような気持ちでいた。
 ところが、一顧だにされていなかった。そのことが白日のもととなり、既視感を伴う同じ説明がくりひろげられた。「府民の皆さんのご意見を広くうかがい、ご理解をいただく」というこれまた全く変わらぬことわりとともに。
 私は半ば呆れかえりつつも、冷静にこの時間を過ごした。経験というのはときに人を寛容にする。
 ところが、この説明会は、参加者の多くにとって、府とようやくもてた接点の場にほかならない。またか、やれやれ、と私が思っていたその時、K氏の声が突如かき消された。
「なんで西脇知事はいないんだ!」
 私の左後方あたりから大きな声がした。このひとことがトリガーとなり、「そうだ!」「知事が出ると聞いたから来たんだ」などの声が方々で上がった。
「当初より知事が出る予定はございません。本日は府からの説明会で・・・」と司会W氏が場を収めようとする。「ご静粛にお願いします」。このアナウンスを数回経て、なんとか再開。しかし、ほどなく今度は私の後方から「今日は説明だけなのか!」と怒りの声が場を切り裂いた。この声に対し、「静かにしろよ!」と住民側の一人が反論。
 衝撃の2つ目がこれ、住民たちの怒声である。正直、私はビビった。大人の私でさえ、大人たちの本気の怒声、それも突然の怒りの声に縮みあがった。ましてや、子どもがここにいたら・・・と思わずにいられなかった。
 植物園は子どものためだけにあるのではない。それでも、「未来のために」という思いが住民、行政、双方の架け橋のはずだ。だが、住民側の怒声は、その「架け」なければいけない橋の片方のたもとを、自ら破壊するような爆弾に感じた。
「30分の説明のあと、質疑の時間を設ける予定です」。K氏の返答に「30分やな」と納得した様子の男性がようやく黙る。再び、K氏は説明をつづけた。
 開始からほぼ30分が経ち説明は終了。司会のW氏の「これより質疑に移りたいと思います」のアナウンスと同時に、「はい!」「はい」と次々、手が上がっていった。私も、一拍遅れたが挙手した。
 
 それから約1時間半。みっちり質疑応答がおこなわれた。
 住民側の声のほとんどが、「やり直しを求める」であった。あえて「賛成」という言葉を使った人も、「開発ありき」ではなく、「大好きなこの植物園が良くなるのであれば」という点を強調された。
 住民の総意をまとめれば、「住民が納得する形の対話」と「プロセスの透明性」、この二つの要求となるだろう。
 
 厳しい反対の声が上がる中、感銘を受けた発言もあった。
 一つは京都大学の元教員の科学者によるもの。その年配の男性が挙手して、司会者に指名されたあと切々と次のようなことを述べられた。
「生態、地球環境が危機を迎えるいま、緑地は広いほどいいわけです。今回の開発は民設民営を謳っていますが、短期的な利益を追求して、ツケを次世代にどれだけ負わせるつもりなのですか」
 会場からは自然と拍手が沸き起こった。
 また、別の学者の方は、「滋賀や大阪にあって京都にないもの」として「自然誌博物館」を指摘された。「今では北山はすっかり荒れ、自然がどんどん無くなっています。子どもの頃から、自然誌博物館で自然の多様性を身近に触れていくことが大事です」と自説を述べられた。先の先生の発言同様、会場が温かな拍手で包まれた。
 いずれも、けっして声高ではなかったが、説得力みなぎる誠実な発言であった。
 ――短期的スパンで判断してはいけない。一度、壊した自然は二度と取り戻せないのです。目の前のエゴで動いてはいけません。
 学者の方々の深い知見のもとに発される言葉によって、こうした認識をあらためて共有することができた。

 だが、翌週の京都新聞(2021/11/13)朝刊を開き、愕然となる。西脇京都府知事がこの件に関して11月12日に記者会見をした。その内容が記事になっていたのだ。
 見出しには、「府計画 否定的な意見大半も・・・」「植物園再整備『次の段階に』」とある。少し長いが、記事を二回に分けて引用したい。

 説明会で反対の声が多く上がったことについて「改めて関心の高さを認識した。今後進めていく上で貴重な意見をいただいた」と述べた。

 もう、何度聞いたかわからない「貴重な意見をいただいた」。府職員のみならず、行政のトップまでも同じ音を発したわけだ。もはや、「ことば」ではない。知事が発したこの音を「ことば」と呼ぶのは、「ことば」に対してあまりの冒涜というほかない。
 だが、ここで怒っていては、身がもたない。記事はこうつづく。

 さらに「地域住民の意見も必要だが、一方で貴重な府民財産なので(府全域の)府民に一定の理解を得る必要もある」と付け加え、幅広い視点で判断する姿勢を強調した。

「地域住民の意見も必要だが」???
 地域住民の意見はけっして無視できない。最大限尊重します。
 どうして、こういうことばにならないのだろうか? むろん、意思のないところにことばは生まれないのだが。
 行政と行政のトップが一体となって、住民無視を実践している。

 続きを読めば、「貴重な府民財産なので」「府民に一定の理解を得る必要もある」とある。いったい何を? と見ると、「幅広い視点で判断」とつづく。つまり、こう言いたいのだろう。
 ――府は住民たちの自己利益を求めて言っているのではなく、幅広い視点から判断した案を出している。だから、府民の皆さん、理解してくださいよ。
 問題は、(言うまでもなく)府が「幅広い視点」で判断していないことだ。数百年後はおろか、数十年先の環境のことすら考慮しているとは思えない。さらに、人間の所有物ではけっしてない自然環境を「府民財産」と見なしている。こうした間違った認識を前提に判断されること自体が府民は不安でならないのだ。
 会場では、何度も府民から訴えがあった。
「その幅広い声ってどこの声なんだ!」
「森ビルが関係しているんじゃないのか」「森ビルの人間が何で計画の会合にいるのか」
 こういう声が少なからず上がっている。それに対し、府は真摯に向き合い、説明しないといけない。もし、本気で知事の言うとおり「府民に一定の理解を求める」のであれば。
 住民側から繰り返しくりかえし意見があったとおり、「住民との対話」「決定プロセスの透明性」なしには、こういうプロジェクトは始まらないはずだ。
 説明会を開くこと即、府民の意見を聞いたこと、ではない。ちゃんと耳を傾け、真摯にその内容に向き合い、対応する。そうして初めて、「次の段階」は見えてくる。

 あの場にいた府民の大半は、今回の説明会を経た知事の発言はこうあるべきではないかと思っているにちがいない。
「(管轄する)府の意見も必要だが、貴重な自然財産を行政が一方的に破壊・開発することは許されず、いまだ旧い考えにしがみつきがちな知事である私並びに府職員は一定の、いや相当の学習を要する」
 
 もちろん、学習が必要なのは、私たち住民側も同じである。
 次回、説明会の模様を違う側面からお伝えしたい。


行政、住民ともに学習し直さなければいけない一つに、「民間活用」という表現があります。ちょうど、この説明会の数日前、藤原辰史さんが「民間人について」(『ちゃぶ台8』所収)という寄稿をミシマ社編集部へ寄稿くださった。これは、今後のあらゆる行政の施策において必読テキストとなると思われます。

**今回のケースで言えば、対象である場所のことを住民も行政ももっともっと知らないといけない。ずっとそういう思いがありました。それで、『木のみかた』著者の三浦豊さんにそもそもここはどういう場所か、を解説いただく機会を設けました(詳しくはこちら)。三浦さんは、下鴨出身でまさに地元民です。研究者を超えた視点からのお話もうかがえると思います。

※詳細は、下記「編集部からのお知らせ」をご覧くださいませ。

三島 邦弘

三島 邦弘
(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。 ミシマ社代表。「ちゃぶ台」編集長。 2006年10月、単身で株式会社ミシマ社を東京・自由が丘に設立。 2011年4月、京都にも拠点をつくる。著書に『計画と無計画のあいだ 』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)、『パルプ・ノンフィクション~出版社つぶれるかもしれない日記』(河出書房新社)、新著に『ここだけのごあいさつ』(ちいさいミシマ社)がある。自分の足元である出版業界のシステムの遅れをなんとしようと、「一冊!取引所」を立ち上げ、奮闘中。 イラスト︰寄藤文平さん

編集部からのお知らせ

あす12/1(水)『ちゃぶ台8』刊行記念イベントを開催します!

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 生活者のための総合雑誌『ちゃぶ台8』刊行を記念して、12/1(水)19:00~、漫画家の榎本俊二さん、デザイナーの漆原悠一さん、本誌編集長の三島邦弘がオンラインで鼎談いたします!
 今号は、「ミシマ社創業15周年記念号」を謳い、特集テーマに「『さびしい』が、ひっくり返る」を掲げました。装画をご担当くださった榎本さん、本誌全体をデザインしてくださった漆原さんとともに、『ちゃぶ台』の魅力、過酷な(?)制作過程の裏話、「さびしい」をひっくり返す雑誌の作り方の秘密を、じっくり語り合います!

詳しくはこちら

緊急開催!12/10(金)「森の案内人」が京都植物園のすごさを教えてくれます

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 京都・北山エリアの整備計画の対象となっている、「京都府立植物園」。
 開発に賛成の人も反対の人も、京都に住んでいない人も、日本最古の植物園のことをいま一度、ちゃんと知っておきませんか?
 
そもそも、京都府立植物園はどんなところで、どういうところがすごいのでしょうか? 日本全国の森を歩いて訪ね回り、自然と風土を愛する森の案内人・三浦豊さん(『木のみかた』著者)を講師にお迎えし、植物園と植物の多様性、生態について語り尽くします! 12/10(金)19:00~、オンライン開催です!

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