はじめての住民運動――ケース:京都・北山エリア整備計画

第5回

なぜ京都植物園の開発はダメなのだろう?

2022.01.18更新

 前回の最後に、「説明会」の模様を違う角度からお伝えするとお伝えしていたが、先に、京都植物園とはそもそもどういう場所かをあらためて問いたい。
 いや、当初からずっと自分の中に違和感があったのだ。
 直感的に、この開発はよろしくない。そう思った。2021年7月9日のヒアリングの会で、府の説明を受けてその直感は確信へ変わった。理由はこれまで述べたとおり。生態系の多様性を破壊する、大学という学びの場が消費の場になる、閑静な住環境が損なわれる、などなど。
 そうした理由はいちいちもっともなのだが、私自身まだ、京都植物園の素晴らしさをちゃんとわかっていない。単に「緑地が削られるのは地球環境保護の点でよくない」では反対の理由として弱くないか? 緑地を少しでも削ることがダメなのであれば、「一体、どこに住むの?」「どこで遊ぶのよ」と突っ込まれたとき答えに窮する。
 木を切り、山を開き、人間は生活を営んできた。だが、地球が悲鳴をあげている今、今後一切の開発はするべきではない。
 一理あると思う気持ちと、キャンプや山遊びもしたいし、もともと日本では循環型の木の文化があったわけだし、などとも思う。「一切ダメ」という強制は行き過ぎな気がする。
 こういう全体への規制は、地球規模で必要なのだろう。ただ、地域住民が地元を守る運動に適用すべきロジックとは思えない。私たちが求めなければいけないのは、その場所固有の理由であるはずだ。
 つまりーー。なぜ、この京都植物園では絶対にダメなのか?
 
 幸い、この問いを訊くのにこれ以上ない人が私の周りにいる。『木のみかた』著者で森の案内人である三浦豊さんだ。三浦さんは京都植物園すぐの下鴨の生まれ育ち。京都植物園には週に一度は行く、行かないと気持ちが落ち込むという、自称「日本一」の京都植物園ラバー。
 その三浦さんを2021年12月10日、ミシマ社京都オフィスにお招きし、「教えて!京都植物園のこと〜日本最古の植物園のここがすごい」というオンラインイベント(MSLive!)をおこなった。

 三浦さんは、森と林の違いなどの基本を説明くださったあと、「植物園とはそもそも何か?」という私の問いに答えてくださった。
 「公園、庭」は「遊び」「眺め」。それに対し、植物園とは何か? 公園や庭と何が違うのか?
 三浦さんの答えはこうだ。
「植物園は、植物が主役の場所」
 なるほど。公園や庭の主体はあくまでも人間。それに対し、植物園では植物が中心にあって、人間がその周辺にあるという関係性となる。
 そうした植物園の象徴とも特徴を数多くもつのが京都植物園なのだ。三浦さんが当日、公開してくださった「ここがすごいベスト10」は以下である。

1 種類が多い→1万2千種類「堂々の日本一です。日本に自生している植物が6千種類ですから、その倍です」
2 希少種がたくさん→「絶滅危惧1A類があります。このままいったら絶滅する、こうした種を保存するのも植物園の意義でもありますよね」
3 圧倒的な季節感
4 植物生態園→ 「(この園に入れば)沖縄から北海道まで旅できる。1000種類生えている」
5 ほどほどの手入れ→ 「ほどほどの手入れの結果、木がのびのび」
6 木がのびのび→(見せていただいた写真の木々は見事なばかりのびのびしていた!)
7 たくさんの長居したい場所
8 巨木たち → 「京都に人が住んでいなかった原野の頃から生えている(木があります)。歴史の生き証人ですね」
9 半木神社→ 「5世紀創建の神社があります。神社の周りの水が綺麗なんです」
10 歴史→「100年前の開園前は、(写真を見せて)原野です。あるのは半木神社だけですね」

 三浦さんのお話を聴きながら、私は大いに反省した。小学生の頃から何度もこの植物園に通った。授業の一環で写生大会が毎年あり、一年に一度は必ず訪れた。5、6年前からは近所に引っ越したこともあり、子たちと幾度も遊びに来た。にもかかわらず、三浦さんが絶賛する半木神社も植物生態園も行ったことがない。正確に言えば、行ったことはあっても、どういう場所かという認識もなく通り抜けただけだ。
 日本一京都植物園を愛する人が絶賛する場所すらよく知らない。そんな人間が、開発は反対と言う。そりゃあ、説得力もないというものだろう。
 MSLive!の翌々日の日曜日、緊急事態宣言中は閉園していたこともあり、(実は!)久しぶりに入園した。そして、おそらく人生で初めて、時間をかけ、丹念に園内を練り歩いた。
 正門からくすのき並木を途中から大芝生地を抜け、右手にあじさい園、その先にはぼたん・しゃくやく園、左にはなしょうぶ園、その北に竹笹園、少し西に球根ガーデン。それらに囲まれるよう、「植物生態園」が広がる。南側(沖縄・九州方面)から私は足を踏み入れた。
 瞬間、空気が一変する。
 底冷えのする京都の冬、寒さ自体は変わらないはずだ。なのに、南国にいるような空気を感じる。実際、ここは南国なのだろう。寒さをものともせず凛とした南国の植物群に包まれていると、そう思わないではいられない。歩を進めると、すぐに鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。鳥のことはてんでわからないが、さまざまな種類の鳴き声だ。それも、かなりの音量!

 三浦さんの言うとおりだった。十分、にぎわっていた。何をこれ以上「にぎわい」を求めるのか。
 府の説明会、説明書に何度も登場する「にぎわい」というワード。しかし、これはあくまでも人間のにぎわい、人間「だけ」のにぎわいだ。人が増え、人間が出すゴミが増え、人間の吐く二酸化炭素や声音が増え、鳥や植物たちが長い年月、繰り広げてきた尊い「にぎわい」が失われる。その負の遺産は、開発計画には考慮されていない。
 人間にとってのにぎわいばかりを優先させるのはもうやめましょうよ。と口をついて出そうになった時、いや、人間にとってさえ、生物たちのにぎわいを減ずるような行為はプラスに働くことはないよな、と思い直した。言うまでもなく、人間も生き物の一種なのだから。他の多くの生物たちにとって生きにくい環境は人間にとって大変生きやすい空間なのでした、なんてことはありえない。 
 まあ、仕方ないわな。という思いがせり上がる。トヨタのCMを思い出したのだ。「トヨタは、人間が主役の街づくりを実現します」。人間が中心、人間が主役の製品や街設計を当然視する。そうした会社がいまだにこの国では a leading companyと多くの人たちが思い込んでいるのだ。
 諦観のような思いの一方、若い表現者にとってはまたとない機会でもあるはず、と植物園を歩きつつ考えた。
 「僕が今、映像などを学ぶ学生なら、何十年後かの植物園の姿を映像化したいな」
 脳裏には次のような光景が展開したーー。プロ・バスケットボールの試合が行われるアリーナ、熱狂するファンの地鳴り、大歓声が植物園を揺るがせる。入場できなかったファンが園内に溢れる。踏み潰される芝生、土たち、木々の根っこと小さな芽。以前とは比べものにならないほど高い二酸化炭素濃度。その変化をじっと受け入れる植物たち。動物たちはとっくに姿を消した。一本の古木がゆったりとつぶやく。「昔はこの辺りも随分とにぎわっていたんだがなぁ。すっかり寂しくなりおった。人間の声しかせん。モノカルチャーとか人間が呼ぶ、それじゃわい」。
 リチャード・パワーズ『オーバーストーリー』を彷彿とするような映像や芸術がこの地から生まれていいんじゃないだろうか。そんなことを思った直後に、脳内の景色が転調した。
 ーー一転して、かつてのにぎわい豊かな植物園が眼前に広がる。以前、ここに棲息した植物、生物たちの保存されたDNAから精緻に再現された擬似生物生態園が現出。そこを歩く人間の一人が、にこやかな表情で子どもに語りかける。「昔ね、この植物園が破壊される可能性があったんだ。この大きなアリーナをつくるために、植物を伐採して。そのとき、ここにあった植生全てのDNA保存を行ったんだよ。そのおかげで、開発後、枯れて死んでしまった木々たちも、こうしてまた復活することができるようになった。人間的なにぎわいも実現した上で、ね」
 ・・・・・・・・。
 こういう生態系の保存が間違っていない。そうなるのだろうか。遺伝子組み換えなどの代替食品が問題ない、といつの間にか見做されてきたように。
 こうなったとき、いったい私が開発を反対する根拠はどこにあると言えるだろうか?
 
 わからない。今の私には答えを導き出す知識も術もない。
 ただ。
 直感的に思う、ノーを知るためにも、植物園に足繁く通うようにしたい。そうすることで何かがわかるようになるかはわからない。だが、それしかできないのではないか。
 失われたくない対象に身を寄せる。
 ーーなぜ、この京都植物園では絶対にダメなのか?
 「なぜなら、ここは植物園なのだから。世界で唯一無二の植物園なのだから」。そう、全身を貫く実感とともに言えるようになるためにも。

三島 邦弘

三島 邦弘
(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。 ミシマ社代表。「ちゃぶ台」編集長。 2006年10月、単身で株式会社ミシマ社を東京・自由が丘に設立。 2011年4月、京都にも拠点をつくる。著書に『計画と無計画のあいだ 』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)、『パルプ・ノンフィクション~出版社つぶれるかもしれない日記』(河出書房新社)、新著に『ここだけのごあいさつ』(ちいさいミシマ社)がある。自分の足元である出版業界のシステムの遅れをなんとしようと、「一冊!取引所」を立ち上げ、奮闘中。 イラスト︰寄藤文平さん

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