今を歩く今を歩く

第13回

リクルートスーツと花粉症

2019.03.29更新

 花粉症の症状が現れるのと前後して、東京の街でリクルートスーツ姿の学生をよく見かけるようになる。4月から働き出す学生達ではなく、2020年入社のための就職活動を始めた学生達だ。もしかすると2021年入社のための就職活動かもしれない。就職活動のスケジュールを前倒しすることへの規制はあちこちで叫ばれるものの、一向に守られる気配は無い。インターン募集という名で実質的にはリクルーティングを行う企業は後を絶たない。まさに上有政策下有対策(上に政策あれば下に対策あり)である。

 街で見かけるリクルート姿の学生達を「型にハマりすぎな、最近の若者達」と揶揄する、ソーシャルメディアの大人達のつぶやきをよく目にする。

 俗に言うTPOを守るためだけに学生達が何も考えずにスーツを着ることに対し、それを知的怠慢であると大人たちが批判しているのならば話は別かもしれないが、どうもリクルートスーツを着るという行為に何か嫌なイメージがあるらしい。

 実はリクルートスーツが就職活動用の礼服として定着したのは比較的最近で、1980年代後半の頃の話だったとどこかで読んだことがある。過去の学生達に比べて、今の学生達が型にハマりやすくなったかどうかは正直わからないが、リクルートスーツの登場によって「大人達が求めているドレスコード(と思われるもの)」をあれこれ考えず、安く手に入れやすくなったというのが、本当の流行の実情ではないかと思う。

 リクルートスーツ姿の学生達を見かけるたびに、大学時代の友人達のことを思い出す。学生時代、様々な服装をしていた友人たちが、突然リクルートスーツを身に着けて授業を休んで街に出かける光景には正直なところ強い違和感を感じていた。気がつくと自分自身は知らぬ間に就活戦線から遠のいていた。
 友人の中に一人、よく考えぬいた結果、一風変った服装で就職面接を受けたYという人物がいる。Yはもともとファッションを含め、文化に造詣の深い人間で、昔から関心のあったデザイン関係の道に進むために進学をするべきか、経済的事情を優先して就職をするべきか、長い間考えを巡らせていた。
 まだ春先の肌寒い時期のことだったと思う。とある上場企業の面接試験を受けたばかりのYと会った時の彼の姿を今も覚えている。いつも長髪の彼は就職試験でも髪を切ることはなく、長髪のままだった。最近亡くなったばかりのKarl Lagerfeld(カール・ラガーフェルド 注1)のように髪を後ろで結わえていた。上下の服装はスーツではなく、彼が好きだったデザイナーであるHussein Chalayan(フセイン・チャラヤン 注2)の少し「ひねり」のあるジャケットとパンツのセットアップだ。靴は革靴に見えなくもないゴム底の黒いレザーのスニーカーで、鞄は普段から背負っている黒いナイロンのコム デ ギャルソンのリュックサックだった。その姿にネクタイをつけた様子は、どう見ても「学生のリクルート姿」には見えない。普段過ごしている彼の姿の延長線上にある姿だった。その姿にはスーツを頑なに着たがらないデザイン会社のスタッフが無理をして「堅い会社」に営業をしに行くといった、「反骨精神」がにじみ出ていた。おそらく面接会場の待合室でも目立ったことだろうと思う。
 Yは就職活動用のスーツは買わなかったと言う。型通りのリクルートスーツをわざわざ買って身につけることによって、これまで過ごしてきた日々の流れが切断されるような気がしたのだろう。彼は彼なりにどうにか妥協点を探った格好をしたのだった。「この格好で落ちたらその時に考えるしかない。もし受かったらそれはそれで縁があるということだろうから」と語った彼だが、数週間後に内定をもらった。十数年後の現在、彼は国際的に八面六臂の活躍をしている。

 「TPOを守ろう」と多くの人が言う。このTPOとは、「Time, Place, Occasion」の頭文字をとった造語で、日本発祥の和製英語だということは意外に知られていない。この言葉を作ったのはVANジャケットを作った、ファッションデザイナー、石津謙介(1911 - 2005)と言われている。今の日本の大衆ファッションを作った重要人物の一人だ(注3)。

 さて、男性の仕事服のTPOといえば、暗い色のスーツと革靴、そしてシャツにネクタイ。髪型は短髪、髭をそっている状態のことを一般的には指す。しかし、このルールは守っていながらも、ぎょっとするようなスーツ姿の大人たちに街では大勢出くわす。シャツ、ジャケット、ネクタイともにひどい色合わせのスーツ姿。そのスーツと合わないアリクイの鼻の先のように尖った革靴やローファー、場違いな色や形をした鞄。自分らしさや、自らのイメージを理解しているようには見えない姿。

 学生がリクルートスーツしか着なくなったのは、こうしたひどい格好の大人達を見て、彼らの視覚的知性(Visual Intelligence)、あるいは認知能力を諦め半分で受け止めてしまっているからかもしれない。
 型通りのリクルートスーツを着ていないとマナーを守っていないと決めつけてしまう程度の大人が大勢いることを危惧して、私服で面接を受けることなどはとてもできないのだろう。

 いまこうして振り返ると、一風変わった格好をしたYの姿は、面接する大人達への隠れたメッセージだった。「私はこういう人物です」という自分を伝えるための言外のメッセージ。これを生意気と捉える大人もいるだろうとは思うが、彼の流儀は本来の意味での自己分析の結果であり、至極真っ当なものである。それを読み解いた大人達にはしかるべき教養と寛容さがあったのだ。

 とある日本を代表するファッションデザイナーの一人が、「服を選ぶということは人生を選ぶということだ」と語っている。今日も人はその人なりの人生を選んで生きていく。


1:Karl Lagerfeld(カール・ラガーフェルド 1933-2019)はドイツ出身のファッションデザイナー。1983年にCHANEL(シャネル)のアートディレクターに就任。今年の2019年2月19日に亡くなるまでずっと現役だった。

2:Hussein Chalayan(フセイン・チャラヤン 1970-)はキプロス出身のデザイナー。1990年代後半から2000年代前半にかけてコンセプチュアルなファッションデザインの旗手の一人だった。2005年のニューヨーク・タイムズ誌のインタビューは一読の価値あり。
https://www.nytimes.com/2005/04/19/style/hussein-chalayan-cultural-dialogues.html

3:石津謙介が制作に関わった『TAKE IVY』という写真集がある。ハーバード大学とプリンストン大学の学生達を撮影した写真集は、今では国内だけでなく海外でもメンズファッションの歴史的な資料として扱われている。
https://amzn.to/2Jvw132

小石 祐介

小石 祐介
(こいし・ゆうすけ)

クリエイティヴディレクター。KLEINSTEIN CO., LTD. 代表。東京大学工学部卒業後、コム デ ギャルソンを経て、現在は国内外のブランドのプロデュース、デザイン、コンサルティングを行っている。また現代アートとファッションを繋げるコラボレーションやキュレーション、評論や執筆を行う。アート関連のプロジェクトの一例として、コム デ ギャルソン在籍時に、荒川修作+MADELINE GINS(マドリン・ギンズ)が主宰するREVERSIBLE DESTINY FOUNDATIONと協業し、DOVER STREET MARKET NEW YORK内に“BIOTOPOLOGICAL SCALE-JUGGLING ESCALATOR” (New York)を企画。また2017年8月にはDIESEL ART GALLERY(東京)にて、パンクカルチャーの歴史を回顧する”SENSIBILITY AND WONDER” BY JOHN DOVE AND MOLLY WHITE展をキュレーションしている。

instagram :@yusukekoishi
twitter : @yuurat


kleinstein.com

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