一泊なのにこの荷物!

第2回

あさごはん

2020.05.15更新

「へえ、ぜんぶ木でできてるんですか......」

 娘が寝言を言っています。春の朝日さす布団の中で、なんの夢を見ているのでしょう?

「じゃあ誰とデコずもうやればいいんだよ!」

 と息子。こちらは寝言ではありません。朝から布団の上で、母親にデコずもう(おでこでぐいぐい押し合うやつ)を挑むも断られての発言です。「お父さんとすれば」と妻はよけいなことを言う。

 7歳の息子はいよいよ男子になって、必要以上に荒ぶってきました。言葉使いも徐々に進化。自分のことももう名前ではなく「ぼかぁ」って言ったり。若大将か。

「ぼかぁ、プリンが食べたい」「ぼかぁ、ドラえもんの映画がまちどおしい」「ぼかぁ、おへらしで」(注:おへらしは彼の学校の給食用語で少し減らしてもらうこと)とか。「ぼかぁ」と内容がアンバランス。

 語尾も「だよ」から「だぜ」になりつつある。それがどうやらカッコいいと思っているもよう。ちょっと寒いのでまだ眠っている隣の姉のほうに転がり「おふとんに入らせてもらうぜ」とワルっぽく。でも「おふとん」なのです。

 遊び帰り、かついでいたリュックをばんとマッチョな感じで床に投げ下ろす。そこから転がり出てくるのはラスカルのぬいぐるみなのだけれど。

 朝の話でした。そんなこんなで、外はコロナウイルスが暴れているのに、家の中だけはごく平和な場所です(今のところ)。

 最近はたいてい、僕、息子、妻、娘の順で目覚める。僕の場合は、齢のせいか、昨夜飲んだビールやワインのせいか、明け方、迎える朝の数だけのありとあらゆる奇妙なトイレの夢――小用をしたいと思っても悪条件でなかなか果たせないというつらい夢を見、限界を迎えて目覚めるのです。まれにほっとするような「気持ちいい夢」もあって、おねしょしていないのが不思議なくらいです。

 いったん起きるともう眠れないので観念し、蜂蜜味の紅茶など淹れるとか、はかどらないミステリーを読むとか、音を消して大人の洋画を見るとか(子どもに見せられないシーンの多いやつ)、うろうろごそごそしていると、起き出してくるのが息子です。なんという(迷惑な)寝覚めのよさでしょう。

 一方でロックをがんがんかけても起きない姉と、姉弟でそのちがいはどこにあるんだろう、と思う。

 家族4人がダイニングにそろうのが午前九時頃。そこからゆっくり朝食となります。妻の手記にもあるように、野菜切ったり蒸したり、コーヒーを淹れ、パンはフライパンで焼き、ドレッシングを慎重に調合したり。テーブルを拭き、食器揃えて、その合間に洗濯始めたり、金魚にえさをやって、ゴミを出し、緑に水をやって、庭にきた鳥を観察し、ちょこっとストレッチしてみたり......黙々とコトを進めるのです。大声でしゃべり続けているのは息子一人だなあ。歌ってることが多い。高歌放吟。

「そらをこえて♪」「ビルのまちにガオー♪」「そいつのまえではおんなのこ♪」「まっかなマントを♪」「ひかるうみ、ひかるおおぞら♪」......古いアニメソングが主流なのは父のせいです。

 妻も私も通勤はない。ステイホームの現在はそもそも仕事があまりない。子どもたちには通学がない。勉強もしない。たっぷり寝てよく食べる。身長がぐいぐい伸び、髪の毛がじゃんじゃん伸びてくる。ぼくはひげが伸び、鏡のぞけば「こんなにシロヒゲだったのか!」。じいさんや。

 新型コロナ禍前、ぼくが東京からもどってきた年明け、二人の子どもの三学期生活中の朝は、こんな時間帯、暮らしではありませんでした。

 底冷えに震えながら5時半に起きて、まずはガス炊飯器のスイッチを入れ、お弁当とおかず作りのスタートです。東京の単身赴任時代、ぼくひとりなら玉子焼なんか作らなかったのに。きんぴらとか揚げ物とか、朝からかい!? なんて一人ツッコミをしつつ。春夏秋冬、屋外の温度は水道水に触れればよくわかる。1月の京都の水の手の切れるような冷たさよ。

 午前6時10分。泥のように眠る娘を約十分費やして立ち上がらせる(髪が長いので、壁でぼさっとうつむいている姿は『リング』の貞子のようでぎょっとする)。6時半には息子を起こし(こちらは起きていることが多い)、それぞれに朝ご飯を食べさせつつ、弁当を整え、水筒にお茶を入れ、姉を急かして送り出し、続いて弟と地下鉄の駅までごんごん歩く(息子はしゃべり続けている)。そのあとです。自分には必須の朝のコーヒーを飲めて、朝ごはんが食べられるのは。けれどそれは残り物のような冷めたおかずで、そんなに食欲もなくなっています。それが1週間のうちの5〜6日! って、ほとんど全部やんけ。

 あの大騒動の毎朝に比べたら、今はなんという余裕のある日々でしょう。

 現在はもう実に本当にしんどい自粛の日々だけれど、この、朝の余裕だけは、とても新鮮でうれしく思います。家族の顔、仕草がじっと見られて、子どもの言葉がちゃんと耳に入ったり、準備や後片付け、手伝いをさせたり(基本、子分ですよね)、笑って怒って話し合い呆れかえって、歌って跳ねて踊って......そんなことができる朝なんて。午前の陽の光をともに浴びられる時間。皮肉にもステイホームを命じられなければ得られなかった「普通の時間」!

 一刻も早く去ってほしいコロナ禍です。でもそれが去ったあとはどんな光景となるでしょう? またドタバタの朝が再開するのでしょうか? してほしいような、してほしくないような。本好きの娘は「ずっとこんなでいいなあ」ともらします。それはあかんで、と一応応えます。

 政治は、社会は、制度はどうなるでしょう? 投票率とかは上がるかな? ただ利権にしがみついて座を譲らず大いばりでいたい政治家たち、淘汰されるかな? 「Go to キャンペーン」? また利権かいな。キャンペーン組まんでもコロナ終わったらほっといても遊びに行くわい。つーか、はよマスク寄こせ(いらんけど)。

 学校の時間や、働く時間は変えられないのか? 満員電車はやっぱり避けようのないものなのか?

 もし豚をかくの如くに詰め込みて電車走らば非難起こるべし 奥村晃作

 みんな働きすぎではないのか? 管理されすぎてはいないか? 教師たち、医師、看護師たち、介護士たち......未来を支える職業の人たちが、みんな過度に不当に追い込まれていないでしょうか?

 一人一人の暮らしがいちばん大切。『暮しの手帖』花森安治の言葉です。本当にそう思います。

 朝ごはんの話で興奮してしまった。しかしこの貴重な時間、今の半分でもよいのでゆっくり迎えられるような世の中、暮らしになってくれればいいなあと、じっくり10分かけて淹れたコーヒーを飲みながら、願うぼくがおります。

 For Beautiful Human Life! カネボウか(キリンジや)。

本上まなみさんによる
「あさごはん」はこちら

澤田 康彦

澤田 康彦
(さわだ・やすひこ)

1957年滋賀県生まれ。編集者・エッセイスト。1982〜2010年:マガジンハウスにて、「BRUTUS」「Tarzan」等を編集。2015〜2019年:「暮しの手帖」編集長。2020年より家族の住む京都に戻る。近年の編集本に「戦中・戦後の暮しの記録」(暮しの手帖社)、著書に「ばら色の京都 あま色の東京」(PHP研究所)、「短歌はじめました。」(穂村弘、東直子との共著、角川文庫)など。最新刊は「いくつもの空の下で」(京都新聞出版センター)。京都暮らしのお気に入りは、入山豆腐店の朝イチの豆乳、美山の由良川。

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