一泊なのにこの荷物!

第2回

あさごはん

2020.05.01更新

 むくり。

 隣の布団が大きく動く。と同時に「あーおなかすいた」。息子は目覚めが非常に良いのであります。ぐーっと短い両腕を上にあげ伸びをしたあと、ぴょんと起き出して障子を開け30メートルほど先の出窓を確認している。「あ!」か「はー」か?・・・「あ!」。「かーさんかーさんかーさん、今日はいるよ」ひそひそ声で報告しにきます。「いるよ」の正体は、かわいらしい白黒のネコ。毎朝、ご近所さんの飼い猫が出窓にいるかどうかを確認するのです。箱座り。いたらラッキー、いないとさみしい、朝の小さな運試しだ。「今日はこっち見てくれたよ」。目やにつけたまま満面のニヤケ顔です。

 一方、中学二年生の娘は筋金入りのロングスリープです。昼間からようやくエンジンが掛かり始め、夕食時は活性最大化、どれだけ起床時間を前倒しにしようともこのサイクルが大幅に動くことはありません。育ち盛りだからかな。それにしても・・・。だいたい通常の人の3分の2ほどの活動をして終わる感じなんですよね。そのくせ「あたしには自由時間が少ない! 寝るのは時間の無駄だし、もっとテレビ見て、本も読んだりしたいのに!」なんてことを言うのです。「弟はテレビいっぱい見てて、ずるい」とか。おいおい君、時間の無駄なんて良く言うね。毎朝起こす方の身にもなってくれよと私は思う。無理矢理布団を引っぱがし、「おーい朝だよー!」と声を掛け、先に台所へ行くことにします。

 あさごはん。みなさんは何を食べるのが好きですか? うちの朝食は大体決まっていて、まずやかんにたっぷりお湯を沸かし、白湯を飲みつつコーヒーをドリップ、フライパンでパンを温め、中華せいろで温野菜を作るのが定番です。春は野菜が豊富で嬉しいなあ。キャベツ、ブロッコリー、ニンジン、カブやダイコン、レンコンやサツマイモ、あっ昨日お隣さんからいただいた、ピカピカのスナップエンドウもあるな。ではこのエンドウと、何にしようかな・・・ごそごそごそ、野菜を見繕うところから始まります。

 そんなことを言いつつ朝食、実は子どものころはあんまり得意ではありませんでした。血圧低めで、かつ睡眠時間もたっぷり必要だった私は、毎朝泥沼から這い上がるような気分で起きていました。もう起きなきゃと必死で布団の上に正座したものの、その形のまま前に突っ伏して二度寝してしまうため、いざ起きようとしたとき両足がしびれきって、悶絶。とても歩ける状況でなく半べそかきつつ匍匐前進でトイレに向かっていたものでした。特に小学生の頃は起きられない度合いが酷く、毎朝、半分寝ながら朝食を取っていたもの(そう、娘は私に似たのだ)。母は毎朝コイン大のちびおにぎりを大量にお皿に載せ、味噌汁と共に前に置き「たとえ遅刻しても、これは食べないとだめ」と厳しく言っていた記憶があります。一口サイズのため、確かに寝ぼけていても気力が湧かなくても食べやすかった。まあそのお陰でこんなに大きくなれたんだなと思います。

 一方うちの母の実家、つまり私の祖父母の家ですが、山形県鶴岡市のこちらは大家族ということもあったのか朝食が、それはそれは品数豊富で大量でした。朝から焼き魚と煮物、味噌汁、山盛りの納豆、漬物、卵焼きにウインナー、いろんなものが所狭しとちゃぶ台に載っていたのです。煮物も晩の残り物じゃなくて、朝から厚揚げとジャガイモと鶏肉、みたいなのを大鍋で炊いて、あつあつゆげゆげが大鉢にどーんと盛ってありました。毎朝、どこかの朝市食堂にでも来た感じで、平皿一枚ずつ持って、セルフサービスでどんどん取って食べる。朝は苦手なんてここへ来たら言ってられない。子どもだけで総勢14人もいるのですから。卵焼きとウインナーを奪われないないよう寝ぼけまなこで必死に参戦していましたっけ。

 曾祖父には、自分だけのメニューもありました。それは、熱々に煮立てた牛乳に卵を落とした特製ホットミルク。マグカップではなく味噌汁椀になみなみと! 鮮烈な印象です。牛乳自体も、他の面々が飲む1リットルパックのではなく、近所の店から配達される瓶のもので、私やイトコたちからは、それがとてもスペシャルなものに見えていました。甘い湯気が本当に美味しそうで魅力的で、あれはどんな味なんだろうか一口で良いから欲しいなあと、ずっと思っていました。曾祖父が亡くなったあとは、今度は祖父が朝の習慣として飲みはじめました。元々は飲んでいなかったのに、曾祖父が亡くなってから飲み出すところとか、子どもながらに、じいさんたちの間には、なにかのルールがあるんだなと想像していたものです。

 一方、父方の祖父母は、なんとも都会的な朝食でした。泊まりに行った朝には「紅茶でええか?」。素敵なティーカップでミルクティーが出てくるのです。あとクッキーやカステラも。お菓子があさごはん!? 私と妹は毎回毎回、判で押したように衝撃を受けていました。

 紅茶タイムが終わると「モーニング行こな」と、喫茶店に車で出かけました。見たことないような厚さのきつね色のトースト。四角くカットされたバター、千切りキャベツのサラダ、ゆで卵・・・。祖父母はコーヒーを飲んでゆったり新聞を読み、それらを口に運びました。私はココアに生クリームがもりもり載っているのをここぞとばかりに楽しみ、優雅な非日常を満喫したのであります。

 書いていても、このふたつの朝食違いすぎないかい? とびっくりするのですが、いずれも私にとっては特別な、幸福な思い出で、このふたつがいまの私のどちらにもあるのだと考えます。

 わが家の朝食に話を戻しましょう。良い塩梅で蒸し上がった野菜は、しっとりつやつや、これほどキレイで美しいものはないねと思います。

 ドレッシングは主に夫の係です。酢と油をたらたらり。塩こしょうを。酢は京都北部、宮津にある飯尾醸造さんのお酢がお気に入り。米酢だけではなくフルーツから作られているもの、黒酢や紅芋酢などいろんな種類があり、どれもが本当に美味しい。油はオリーブオイルか、山田製油さんの金ごま油もよく使います。コーヒー豆はサーカスコーヒー(こちらも京都のお店)。京都はパン屋さんが充実しているのも嬉しい。今は外出を極力控えているので毎日は行けないけれど、どこも大抵朝からお店を開けてくれていて朝食に焼きたてパンが食べられる。これってほんとに幸せなことだ・・・。寝ぼけまなこの娘がぼーっとしながらも卵4つ分の大きなチーズオムレツを焼いて、出来上がり。さあいただきます!

 2月末から始まった子どもたちの長い休校のあいだに、息子はフレンチトーストとパンケーキを作れるようになりました。食パンを一口大に切り分け、卵液を作って両面を浸し、フライパンでゆっくり焼く。パンケーキは粉を混ぜるときにボールの方を回しながら練らずにさっくり切るように混ぜる。目で見て覚え、身体がひとりでに動くようになってきたのが頼もしいね。食べたいものが自分で作れるって、大事なことです。息子にも、娘のようにちょっとずつでも料理を覚えてほしいなあと思います。何もかもが不安定な今この時期だからこそ、自分自身の力を色んな方面に伸ばす練習をこつこつ繰り返すことが大切なような気がしています。

澤田康彦さんによる
「あさごはん」はこちら

本上 まなみ

本上 まなみ
(ほんじょう・まなみ)

1975年東京生まれ、大阪育ち。俳優・エッセイスト。長女の小学校進学を機に京都に移住。主な 出演作に映画『紙屋悦子の青春』『そらのレストラン』、テレビドラマ『パパがも一度恋をし た』、エッセイに「落としぶたと鍋つかみ」(朝日新聞出版)、「芽つきのどんぐり 〈ん〉もあ るしりとりエッセイ」(小学館)、「はじめての麦わら帽子」(新潮社)、絵本に「こわがりか ぴのはじめての旅。」(マガジンハウス)など。京都暮らしのお気に入りは、振り売りの野菜、 上賀茂神社での川遊び。

写真:浅井佳代子
公式サイト「ほんじょのうさぎ島」

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