キッチン・ストーリー――エストニアで料理を作りながら聞いた話キッチン・ストーリー――エストニアで料理を作りながら聞いた話

第3回

「いとこは今、ウクライナで戦ってる」 ~リリアの家でマッシュポテトを作る

2025.12.15更新

 ナルヴァはエストニアの町だけれど、住人の9割以上がロシア語話者なので、なかなかエストニア人と出会えない。
 困ったなと思っている時に、「Station Narva」というイベントで日本食をつくることになり、そこで台所に招いてくれる人を探した。
「味噌汁、めっちゃ美味しかった。私も息子もラーメンが大好きなのよ! 私はタリン(エストニアの首都)に住んでいるけど、よかったら来て」とヤンナが声をかけてくれた。
 ナルヴァ川の対岸にあるロシアの城を眺めながら、エストニア人のヤンナは「ナルヴァってほんと、特殊な街よね」とつぶやいていた。

 数日後、ヤンナから「私の母の家で、ご飯を作るのはどう? 母はリリアといって、家はペイプシ湖という湖のそばで、何でもあるから!」とメッセージがきた。
 2023年9月24日、私たちはナルヴァ駅からタルトゥ行きのバスに乗り、ナルヴァの町を出て、ヤンナのお母さんが住む町ロフスーへ向かった。
 1時間45分ほどで、バス停に着くとヤンナが待っていた。道路を渡って歩くとすぐ、2階建てのかわいらしい集合住宅が見える。ヤンナの甥っ子ダニエルが黒いスーツ姿でドアの前に立っていた。町でサクソフォンを演奏するために出かけるところだという。

janna05.jpg写真:花坊(以下全点)


[以下発言者]本原=著者、ヤ=ヤンナ、リ:リリア(ヤンナの母)、ラ=ラッセ(ヤンナの息子)、ラ=ダニエル(ヤンナの甥)、ク=クリッケ(ヤンナの姉)、ユ=ユーゲン(クリッケの息子)、花坊=著者と共に訪問した写真家の花坊

本原:ちいさな花を摘んで、部屋に置きたいんだけど。何か、お花ある?
:母の庭にたくさん花があるから。こっち来て。
 父は、私が3歳の時に亡くなったから、あまり覚えてないの。そのあと、義理の父と母は27年、連れ添ったんだけど2020年に亡くなってね。母は、隣の部屋に住む男性と結婚したのよ。
:これが母の畑。きゅうりから何から全部あるでしょ。スーパーで買うのは肉だけよ。
本原:これ、エディブルフラワーだよね?
:玉ねぎはもう収穫して、じゃがいもは先週、穫った。ニンジンは持って帰っていいよ。向こう側で豚も飼ってたの。あの頃は、肉も自給自足だったわ。
本原:変な言い方だけど、だれが豚を食べれるように肉にしたの?
:義父が、ハンターだったから。入って!
本原:こんにちは〜、はじめまして。
:母のリリア。百合の花って意味。息子はラッセ。ラッセ〜?? いま、2階にいる。

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――玄関から台所を抜けて、庭に面したリビングへ。
:母はふだん、ここでご飯を食べるの。二人は結婚して壁をぶち抜いてつなげて、大きな1つのアパートになったわけ。
――バルコニーへ出る。
:このかぼちゃも母が育てたの。
本原:大きい!
:これでも小さい方。
本原:食べる用??
:もちろん! ピクルスにするんだよ。
 今年は56個、採れたのを近所の人にも分けて、みんなカボチャ持ってんの。甘酢漬けにするとすごく美味しい。母はそれを売ってるんだよね? あとで、食べよう。
本原:やったー。カボチャのマリネ! 初めてだ。
:こっちの畑もリリアの。りんごと、ブラックカラント、いろんなベリー。
本原:お母さん、忙しいよね?
:夏はたいへん。疲れちゃったって言ってる(笑)。(*リリアはエストニア語で発言、著者のためにヤンナが英訳しながら会話)
本原:この花、摘んで良い?
:いいよ。だけど、これは毒だから気をつけてね。サフランと似てるでしょ? 同じ種類だけど、これは毒。手についたら、ちゃんと洗ってね。

――家の中に入る。
:地下の倉庫にじゃがいもを取りに行こう。
本原:え? 地下室あるの? 行ってもいい?
本原:わ、広い! これで、冬越せるね。
:ここに全部あるから。
本原:ほんとにスーパー行く必要ないね。

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:まず、じゃがいもを洗おう。
本原:何で剥く? 私、ナイフのほうがいい。
――リリアが綺麗に研がれたナイフをいくつか出す
本原:どのナイフがいい?
:ピンク色の使ってって。

――リリアがアルバムを持ってくる。
:私の曽祖母。彼女はソ連にシベリアへ連れて行かれた。(曽祖母とともに写る)この子は生まれて2カ月だったんだよ。幸運にも帰って来れたんだけどね。
本原:ソ連が連れて行ったの?
:ソ連はみんなが平等でないといけないと考えていて、人より豊かだったり、子供が多かったりしたら、シベリアに連れて行った。

 1941年6月14日、エストニアから1万人、ラトヴィアから1万5千人、リトアニアから1万8千人が、シベリアへ強制移送された。1949年3月25日には、一夜にしてエストニアから数十万人がシベリアに送られた。3分の2が、女性や子供だったそう。ヤンナの親族や曽祖母はこのとき、シベリアへ向かう電車に乗っていたんだ。

:これは、私の母の兄弟。この小さい子は、私。祖母が85歳の誕生日にこの家族写真集をプレゼントしたの。すごい家族写真の数だったよ。祖母は7年前に96歳で亡くなったんだけど、彼女は最期まで強い人だった。シベリアにいたから、火の中で鉄が強くなるみたいにね。ユーモアのセンスがあって、洒落もうまくて、楽しい人だった。
本原:あ、ここでモノクロからカラー写真になる。
:祖母は6人子供がいたのでから、ひ孫がいっぱい。うちの家族が集まると、すごい人数よ。これは結婚式の写真。
花坊:こんなに親戚いるんだ、すごいね。
:このいとこは今、ウクライナで戦ってる。お母さんの家系がウクライナだから、戦争が始まってすぐにウクライナへ行ったの。人を撃ったりはしてないけど、かなりの前線にいる。息子が2人いて、奥さんもいるんだけどね、決意して行ったんだ。
花坊:家族はどこにいるの?
:エストニアだよ。私たちにできるのは、彼に物資を送ること。彼が帰還したら、盛大にパーティーをしてお祝いするんだ。
本原:いつ、行ったの?
:(2022年の)2月に戦争が始まったでしょ? 3月初めには向かったわ。
花坊:え〜っ、すごいね。
:彼が、さっき言った生後2ヶ月でシベリアに連れて行かれた人。同じ電車で連れて行かれた子供の中で、彼が唯一生き残ったの。すごい長い道のりだったからね。
花坊:彼だけが生き残ったんだ・・・。
本原:どれくらいにシベリアにいたの?
:7年かな。私たちエストニア人はみんな、この手のストーリーを持ってるよ。

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本原:ナイフが全部すごく綺麗に研がれてるんだけど。どうやって手入れしてるの?
:シャープナーと砥石も使ってるね。
本原:道具を綺麗にしてる人は、いい仕事をするんだよね。
:義父が生きてる頃は、彼の仕事だった。彼がずーっと研いでたこのナイフはこんなに幅がせまくなっちゃって。
――ラッセが降りてきた。
本原:リリアより大きいね。日本語、勉強したの?
:最初に、自分の名前の書き方を勉強して。日本語にはLasseのLの発音がないって。
:彼は今、母に「チビ!」って言ったの(笑)。 みんな彼女より背が高くなってくから。
 玉ねぎはお肉と混ぜるのと、マッシュポテトにも使うから。
本原:この大きさでよい?
:オーケー! 母はポントシックの生地を用意してる。同時にいろいろ進行してるけど、母が先に塩辛いものを食べて、あとで甘いものを作って出来立てを食べようって言ってるから。

――ハンバーグを丸め始める。
本原:このサイズでいい? まん丸?
:私はいつも丸だけど、母は楕円形だね。
――リリアも、ひき肉を丸め始める。
本原:あ。そうやる? 私、いつもこうやって空気抜く。なるほどぉ。
花坊:空気抜かないで、丸めるんだ!
:私は玉ねぎを炒めてるから。
本原:玉ねぎをマッシュポテトに入れるんだ。
:ミルクを足して、マッシュポテトと混ぜる。
本原:へぇ。そのやり方初めてかも。おもしろい。
 リリアのハンバーグ大きくなってきた。
:人数が少ない時は大きくなる! 大ぜい来たらみんな食べれるように小さめをたくさん作る。ま、正しいやり方はないっていうか、その都度ね。
本原:あ、ミルク入れてる? バターで玉ねぎを炒めてミルク?
:豚肉を炒めた油を使うときもあるよ、味が出るから。
――リリアがお肉を丸めて、本原が衣をつける
本原:私、お母さんといいコンビだと思う。
:母がもし要るなら、玉ねぎあげるって!
本原:やった!
花坊:あ、それマッシュポテト用?
:そう、これはスウェーデン製。義父の家族が持ってたもの。義父の叔父はソビエト時代にスウェーデンへ逃げたから、向こうから送ってきたの。うちで使ってたのは、壊れちゃって何年か前に私が古道具屋で見つけた! よし、じゃがいも茹でたお湯を捨てる。これはタオルを使うのが一番、わが家流!
本原:これ、今も買える?
:再販されてる。アメリカでも人気みたいよ。
本原:茹で汁、取っておくんだ。
:そう、あとでマッシュポテトに入れるかもだから。
本原:パスタの茹で汁取っておくみたいな?
:そうそう。
――リリアが茹でたじゃがいもをスウェーデン製の器具で潰し始める。
:やってみる?
本原:思ったよりむずかしい。力がないのかな?
:もっと、端っこ持って。物理だよ。私、やろっか? 小さい頃、義父の家でサウナに入った後、いつもマッシュポテトを作って。私はポテトを入れる係だった。これでやるとふわふわになるんだよ。
本原:すごい滑らかだね。
:そう、固まりないでしょ? ちょっと味見しよう。もうちょっと塩気がほしいな。
本原:なるほど! ここでさっきの茹で汁足すんだ! 賢い。
:ちょっとだけ、バター入れよう。フランス風、おいしくするには、いつだってバター。
本原:私は、なにか足りない時はいつも、レモン。
:へぇ、エストニアではあまり料理にレモンを使わないなぁ。レモンの木がここにはないから。ソビエト時代にはソビエトの南の方からレモンが来たの。
 あの頃、母はお店で働いてたから、他の家族より少しいろんなものが手に入った。お店に品物が来た時、横によけておけた。ソビエト時代はね、クーポンが各家庭に配られたの。1家族につき、砂糖1kgとか。家族の人数にもよって。例えば、ソーセージが1つの店に2kg来るでしょ? でも村には200人住んでるわけ。肉は当時もクーポンじゃなくてお金払わないといけなかった。
本原:クーポンがあれば、お金払わなくてもいいの?
:クーポンがあっても、お金を払う。クーポンでどれだけの量を買えるかってこと。品物が入る日は、みんなお店の外に並んだの。ソビエト最後の頃ね。
――ヤンナがハンバーグを焼きはじめる。リリアは畑からネギを採って戻ってきて、クランベリーの実を洗う。
:これは母が湿原から採ってきたベリー。ビタミンCもいっぱい。マリネしたカボチャ、食べてみる?
本原:え? 初めてかも。先に茹でるの?
:皮を剥いて、切って、水と、お砂糖、お酢、クローブでほんのちょっと火を通す。
本原:新しいわぁ、すごく美味しい。さっき見た大きいカボチャ?
――ヤンナがきゅうりのピクルスをリビングへ持っていく。
本原:なんか豊かだねぇ。

――「テレ〜!」(エストニア語で「こんにちは」)と玄関から声がする。
:もう一人の甥っ子がきた。ってことは姉も来た。
本原:この魚を燻製にしたお姉さん??
:そう。
:姉は湖のそばの森に住んでて、きのこに、ラズベリー、クランベリーにホワイトベリーとか、いろんなベリーを育ててるの。
:姉です。
本原:お魚すごく美味しいです。
:ありがとうございます。
本原:これ作るってすごい。
:骨がすごく太くて鋭いから気をつけて。小さい頃は、湖で魚を獲って、誰かが家でスモークしたからね。店で魚を買うとか信じられなかった。
本原:おいし〜い。
:小さい頃はさ、ほとんど自宅でなんでも家のものを食べてたけど、やっぱ、こどもだからわかんないじゃん。いいなぁ、マクドナルド! って思ったもんね。畑のじゃがいも茹でて、バター乗せたら最高なのに。

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――甥っ子ダニエルが帰って来る。
:こんにちは。2階で着替えてくるわ。
:最初は、私のタリンの家に招待しようかと思ったけど、材料ぜんぶ買わないといけない。ここに来れば、すべてある。
 うちはよく食べるよね。
:クリスマスに食べまくって、お正月にまた食べてるよね。
 ちょっと湖まで歩こうよ。

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――散歩から戻って、ポントシックを作る。リリアは黙々と生地をスプーンですくって、揚げていく。
:ソビエト時代はどの家もこのグラスをもってて、レシピはグラス1杯、とか全部これで測る。シンプル。
 ソビエト時代の料理本『Bread, Pie, Cake』だよ。とってもシンプル。100年以上前のレシピ本。どうやって、健康を維持するか? も書いてある。病気のときはこう言うのを食べるとか。
本原:ロシアの?
:エストニアの。
:前に、今やってるみたいにリリアの作るところを録画して、ぼくらもその通りに作ったけど、こうならないんだよ(笑)。
:油の温度も、母は測らないからわかんないんだよね。目で確認!
本原:もう減ってない? 何個食べた?
:5個!

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 マッシュポテトを作ったスウェーデン製のマッシャーがかわいくて、私は欲しくなった。

 第二次世界大戦が始まって、1940年にエストニア、ラトヴィア、リトアニアは旧ソ連に占領された。1941年、ナチス率いるドイツ軍がソ連に侵攻し、3万人以上のエストニア人男性がソ連の赤軍に徴兵された。しかしその年、エストニアはこんどはドイツに占領される。
 1944年1月には、21歳から40歳のエストニア人男性が、また夏には18歳以上の少年も、ドイツ軍に徴兵された。それを逃れるため、7〜8万人がエストニアを離れたという。スウェーデンへ逃げたヤンナの義父の叔父も、そのうちの1人だった。だから、あのマッシャーがリリアの家にある。私はあのとき、なんにも知らなかった。

 この日、リリアとヤンナ母娘と3人でキッチンに立っていた時間はすごく幸せだった。ヤンナは戦争に行ったいとこやシベリアに連れて行かれた親族のことをびっくりするほど、さらっと話した。



【レシピ】

●ポントシック(Pontšik、エストニアらしいお菓子)
1.卵6個に、グラニュー糖大さじ8杯強をブレンダーで混ぜる。
2.カテージチーズ3つ(バターサイズ)、牛乳1カップ(たぶん250cc)サワークリーム150ccくらい。ベーキングパウダー小さじ3、小麦粉(カン?)少しずつ足しながら、大きなスプーンでざっくりと混ぜていく。
3.熱した油に大きなスプーンでとって一つずつ揚げていく。
 *1回ずつ、余計な生地を手で取って、スプーンを水につけてから次の生地を掬う。

●マッシュポテト
1.じゃがいもを茹でる。
2.玉ねぎのみじん切りをバターで炒め、牛乳を足す。
3.茹でたじゃがいもをざるにあげ、鍋にもどしてマッシュする。
 *茹で汁をすこし残し、塩気を足したい時に加える。
4.3に2を加え、混ぜて出来上がり。

●ハンバーグ
1.牛豚合挽肉を塩胡椒する。
2.玉ねぎのみじん切りを1に混ぜる。
3.適当な大きさに丸めて、セモリナ粉をつけてフライパンで焼く。

本原令子

本原令子
(もとはら・れいこ)

1963年生まれ。陶芸家・美術家。「土」を使って焼き物に限らず、映像やパフォーマンス、ワークショップなどを行う。2021年からプロジェクト「キッチン・ストーリー」を国内外で行っている。2012〜15年、静岡市の登呂遺跡で稲作から道具作りまで実験的活動をする「アートロ」の企画監修。主な著書に『Kitchen Stories』(港まちづくり協議会)、『登呂で、わたしは考えた。』(静岡新聞社)。

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