第4回
「僕は原始的な調理の仕方が好き」~インデレクの家で八つ目鰻とあざらしを食べる
2026.02.11更新
2023年10月9日、とうとう、本気のキノコ狩りをする日が来た。
午後1時頃、ヨハナの運転で、レストランのオーナーシェフ・インデレクが住むヴォカ村へ向かった。彼は、元は小学校だった古い建物を、住まい兼プライベートレストランとして使っている。赤い木枠の窓が並ぶ二階建ての建物で、広い庭がある。右手には彼が建てた小さな教会があり、十字架の代わりに赤い大きなツノが付いていた。
入口のホールから奥のキッチンへ入ると、インデレクが大きな四角いタッパーを調理台に乗せた。中には大量の八つ目鰻がぐねぐねと動いている。
「今朝、ナルヴァ川から捕って来たばかりだ!」
インデレクが、ババっと塩をかけると、八つ目鰻は苦しそうにあばれた。ヨハナは見るに絶えかねて、キッチンの影に隠れてしまった。
私たちはキノコ狩りへ行くため、長靴と毛糸の靴下を借り、インデレクの車に乗りこんだ。

[以下発言者]
本原=著者、イ=インデレク、ヨ=ヨハナ、花坊=著者と共に訪問した写真家
本原:どこの出身なの?
イ:南。
本原:タルトゥの近く?
イ:いや、もっと西。ラトビアまで5kmくらい。
ヨ:なんていう街?
イ:トルヴァ。
本原:南訛りってあるの?
イ:俺はそんなにないと思うな。俺は、オレ訛り?!(笑)
ヨ:私、南訛りが強いエリアで、85歳くらいの女性の言葉がぜんぜん分からなかった。
本原:でも、それエストニア語?
ヨ:そうそう。
本原:実家にはよく帰るの?
イ:2ヶ月に一度くらい。
本原:ご両親もレストランやってる?
イ:いや。母は49年も学校の先生をやってる。辞めるって言っては、また戻って。
ヨ:先生、足りないからね。
本原:エストニア語の先生?
イ:英語。
本原:なんで料理人になったの?
イ:森が好きだから。
イ:着いたよ。ここは、俺の好きな森。
本原:雨、降ってるね。
イ:キノコ狩り日和だ!
本原:インデレクの籠、すてき。私たちはバケツで行こう。
花坊:カメラ濡れないように、バケツ一個貸して。
イ:虫が入ってるキノコはダメ。
本原:どうやって見るの?
イ:穴があいてる。
ヨ:下の方から採って。根っこからじゃなくて。
イ:これ、ブラックシャンタール。こっちはイエロー。すごくいいやつ。
本原:こんなに小さくても?
イ:大丈夫。そこにもシャンタールあるじゃん。
本原:よく見つけられるなぁ。ヨハナ、これ大丈夫?
ヨ:とりあえずバケツに入れて、あとで見よう。
――地面に目を凝らしてばかりいると、トタン屋根のような、黒くて人工的なものが見えた。
本原:あれ、ここなに?
ヨ:戦争中、エストニア人は森に隠れて暮らしてたんだよ。ソビエトの飛行機から見つからないように。
あとでそれは、ソビエト連邦の占領に抵抗した「パルチザンの森の兄弟」と呼ばれる人たちの痕跡だと知る。彼らは森や沼地に隠れ、ソビエト軍やその協力者に対するゲリラ戦術を行った。エストニアの森は、ただの自然じゃなかった。
本原:立ったり座ったり、すごい運動。
イ:ロシア人が採るキノコと、エストニア人が採るキノコ、ちがうんだよ。
本原:ヨハナが「これやらないと、私の秋はない」って言ったの、わかる。
――花坊の姿が見えない。
ヨ:花坊!!
本原:花坊!!
あ、こっちにいた。森って方向わからなくなるね。
――2時間ほどキノコを採る。雨が降り、バケツ3個とバスケット1つ分を車に積んで戻る。雨がなければ、永遠に採り続けただろう。

――キッチンで、インデレクと本原は赤ワインを、ヨハナと花坊はジュースをグラスに。
全員:テレ(乾杯)!
イ:まず、羊のレバーときのこのスープを作る。これはエストニア独立記念日につくるヤツ。
本原:すごいね、採ってきてそのまま料理。
ヨ:クッキングショーみたいね。
イ:レイコ、じゃがいも洗って。
本原:皮を剥く?
イ:剥かない。そのまま焼く。僕は原始的な調理の仕方が好き。
最近、あざらしが網を破ってサーモン食べちゃって、売り物にならなくなってんの。今日、あざらしの肉もあるよ。
ヨ:あざらしの肉って魚っぽい? 動物の肉っぽい?
本原:なに、その質問! あざらし哺乳類じゃん。
ヨ:だって、魚たべるじゃん。
イ:ちょっとニシンぽいよ。あざらしの肉はピザに一番合ってると思う。
ヨ:なんで?
イ:アンチョビのようでもあり、肉でもあるから。2 in 1だよ。
――本原、花坊、ヨハナの3人できのこを1つ1つチェックする。
本原:あ、虫いる。
ヨ:誰か棲んでるね。年寄りのキノコに居る。ま、ちょっとしたタンパク質だな。
本原:インデレク、アシスタントいっぱいでいいね。
花坊:これで全部?
イ:それ、まだ一個めのバケツ。
これが羊の肝臓。
3人:うわぁーっ。
本原:あ! これ、私たちが採るのやめたキノコだよね?
ヨ:レイコが陶器みたいって言ったヤツ。
本原:うん。見た目が綺麗なヤツは食べない方がいいかと思った。
イ:僕は肝臓とか使うのが好きなんだ。みんなが好きってわけじゃないじゃん。好きか嫌いかのどっちか。におい嗅ぐ?
ヨ:うーぁ、強っ! 私、食べれない。
――ピーッ、ピーッ、オーブンから音がする。
本原:もうポテトできた?
イ:このオーブンは20年物。ただ、火がつくだけ! でも、それでいいの。俺には火が必要だから。
本原:どうやって調理するの?
イ:基本的には、塩だけ。俺は、素材そのものが持つ自然な味を隠したくない。肝臓とキノコそれぞれの味と香りを大事にしたいんだ。
本原:こんなにキノコが採れると思わなかったよ。
イ:もうプロになったじゃん、今日。
本原:(グーグルマップを見て)今日行った森はどこ?
イ:ここ、Agusalu(アグサル)。ペイプシ湖の近くだよ!
本原:え? ペイプシ湖の近くだったの? あれは湖に見えなかった、海だわ。
ヨ:そうそう、大きいから。
エストニアの人はね、この植物は胃腸に良いとか、すごく森の生き物にくわしいんだよ。
イ:やぁ、でも今は狼と熊が増えすぎて、猟もできない。
そうだ! 去年、ここにオオカミが来たんだけど、寄生虫が多すぎて食べれなかった。
花坊:毛皮はどうしたの?
イ:そりゃ、猟師のものだし、俺はそれに興味ない。食べれるか、どうか! 俺の信念としては、すべて無駄にしたくない。
本原:美学だね。誰でもできるわけじゃない。オオカミを食べる国ってある?
ヨ:エストニアでは聞かないよ。
イ:いつかフィンランド人の猟師に聞いたんだけど、ピザに使うってよ。どうやるか、聞いたんだけど、二日酔いで覚えてない。
本原:へ? ピザ?
イ:一番興味があるのは、リンクス(Lynx)。
本原:(ググる) わ、オオヤマネコ!
イ:2016年のエストニア大統領のファーストネームは、Lynxだったからさ。
花坊:オオヤマネコは、どんな味?
イ:すごく普通。鶏肉と変わらない。

――インデレクが八つ目鰻を持ってくる。
イ:もう死んでる。
3人:死んでる、うぅぅ。
イ:さて、もっとも興味深い仕事をします。
ヨ:うぅぅぅ。ムリ。(隠れる)
本原:これ、エストニア独特のもの?
ヨ:ちがう、ナルヴァの典型的な料理。
イ:このヌルヌル取って。
本原:うぅ。すごいヌルヌル。わかった、手伝うよ、、、
ヨ:八目鰻は産卵のために川へ戻ってくるから、なんにも食べてなくてお腹の中は空っぽなんだって。
本原:1匹ずつ、やらないとダメ? ヨハナの顔!
ヨ:私さ、ご近所の家でリンゴジュースを一緒に作ってて、そしたら鶏も絞めることになって。見れなかったけど、羽を取ってる音とかそこですぐ聞こえてて。そのあともう、食べれなかった。
本原:私、鶏肉食べるけど、そこは見てないもんね。
――インデレクがオーブンからじゃがいもを取り出す。
本原:うわぁ、綺麗。これ、彫刻でしょ!
イ:食べてごらん、そのまんま。
本原:すごい、おいしい。特別な塩?
イ:普通の岩塩だよ。めちゃくちゃシンプルだろ?
本原:すごい、見た目も綺麗だし、味も! 外がカリッとしてて、おいしい〜
あぁ、そして私はコレやるんだよね。泣きたい。
ヨ:ゴム手袋いる?
本原:大丈夫。目を見ないようにやるから。うぅ〜、全部やるの?
花坊:インデレクはもっとめちゃめちゃぎゅ〜ってやってたよ。お尻から血が出るくらい。
本原:この服、帰ったら洗わないとムリ。手伝ってくれないよね?
ヨ・花坊:ムリ。
本原:もういい、心を無にしてやる。
ヨ:柔らかい粘土だと思ってやれば?
――インデレクがキッチンに戻ってきた。
本原:ごめん、まだ半分しかできてない。もう、私の手のぬめりが取れない、、、。
ヨ:それ、グリルにするんだよ。
本原:グリルか、、、この口、、この歯に噛まれそう。
ヨ:口が丸いしょ?それ、歯じゃないんだって。
本原:じゃ、なに?
ヨ:あと4匹だよ、ガンバッテ。
本原:これ一番でかい! さいごの1匹。
イ:よし、プロだ。
本原:終わった! ヨハナ、ティッシュを手渡してくれてありがとう。
ヨ:どういたしまして。大きな仕事だったわ。
本原:この臭い、とれる?
イ:この洗剤使って!
本原:ちょっと私、ワイン飲ませて。あぁ、ワインおいしい。じゃがいも1個食べていい?
イ:いいよ。
本原:めっちゃおいしい。ただ塩だけなんだよねぇ。
イ:そうだよぉ。さ、外で八つ目鰻を焼こう。

――ボウルにきゅうりを入れて、マスタードと特製ジェノベーゼソースと和える。
本原:彼の料理の仕方が好きだな。やり過ぎない。このプロセスを知れたのは大きいな。
ヨ:うん、これを見れる機会はあんまりないよ。彼さ、今朝はナルヴァまで鰻取りに行ったんだしね。
――インデレクが焼き上がった八つ目鰻を持ってキッチンに入ってきた。
本原:サラダ味付けしたけど、これでいい?
イ:アンタがシェフ!
本原:あの、外に自分で作った教会があるでしょ? インデレクにとって神様って誰?
イ:うぅん。神はね、どこにでもいる。
本原:(八つ目うなぎやサラダ、包丁を指しながら)ここにも、ここにも、ここにも?
イ:うん、神はどこにでもいる。でも、人間の形はしてない。
本原:(グリルした八つ目うなぎを食べながら)もしレストランに行ったら、この魚がどこからきたか、誰がヌメヌメ取ったか、わかんないままだった。(本原はこのあたりから、酔って呂律が回っていない)塩かけられて死ぬの見てて、よく食べるな、私。無駄にしたくないってことかなぁ。
――インデレクが料理台に小麦粉をふりかけ、ピザの生地を出す。
本原:わぁ、すごい。
イ:ここからイタリアンです! あざらしの肉はピザに一番合ってると思う。
本原:ピザソースは?
イ:一番安いケチャップにラグーソースに、ホワイトガーリックソースを混ぜる。これだけ!
――インデレクがピザ生地をのして、トマトソースを塗り、その上にルッコラ、あざらしの肉、マッシュルーム、モッツァレラをのせてピザ釜の中に入れる。
本原:泣けてきた。ほんとに火がないと食べれるようにならないな。(完全に酔っ払っている)
イ:1切れ食べて!
ヨ:これはあざらし?いいね。
花坊:おいしいね。
本原:(食べながら)泣ける。(このあたりから本原の記憶がない。)
イ:次は八目鰻ピザだよ〜
本原:信じられん。
花坊:熱い! おいしい〜
本原:あっちに綺麗なテーブルセッティングをしてあるのに、台所で食べてるね。
イ:あとはスープを用意して。
本原:1日ですごい体験してる。アザラシの肉を食べたのは人生初。
イ:ナタリヤ! 私の妻です。
本原:はじめまして。今はじめてアザラシの肉を食べました。アザラシは私にとって写真で見るもので、まさか食べるとは思わなかったです。

後日、タルトゥにあるエストニア博物館へ行くと、エストニアでは中石器時代からアザラシを食べていた痕跡があると知る。そして八つ目鰻の丸い口は、口ではなく吸盤だった。顎を持たない彼らは4億年も前から地球上にいて、どういうわけか絶滅せず、今も生きている。「生きた化石」と呼ばれる存在だという。
この夜、ワインを一人で1本空けた私は床で寝てしまい、記憶がない。キッチンでつまみ食いはしたけれど、テーブルで食べることはなかった。ヨハナの車でレジデンスに戻ると、ウクライナから来たキュレーターのアシャに「すごい、魚臭いね。どしたの?」と言われた。
【写真:花坊】
【レシピ】
●ジャガイモのグリル
ジャガイモに皮のまま岩塩を振り、オーブンに入れる(ぶっ込むという方が合っている)。
●八つ目鰻のグリル
八つ目鰻に塩を振って締め、ぬめりを取り、炭火でグリルする。
●あざらし肉のピザ
1.ピザソースは、一番安いケチャップにラグーソースとホワイトガーリックソースを混ぜる。
2.ピザ生地をのばし、トマトソースを塗り、その上にルッコラ、あざらしの肉、マッシュルーム、モッツァレラをのせ、ピザ釜に入れる。




