クモ博士にきいてみよう!

第3回

クモは町家が好き!ほか

2019.08.23更新

 ミシマ社では、各メンバーが夏休みをとって帰省したり旅行に出かけたりしているのですが、それぞれ各地でクモを発見すると写真に撮るほど、クモにハマりつつある私たち・・・。

 9月に発刊予定『クモのイト』の著者である、中田兼介先生が、みなさまのクモに対する質問に答える『クモ博士に聞いてみよう』。

shoei_kumo.jpg『クモのイト』中田兼介(ミシマ社)

 本日は、「クモの住まい」と「クモのジャンプ」についてのお話です。
 皆さまも、クモに関する質問・疑問がありましたら、奮ってお寄せください。受付の方法は、記事の最後に掲載しております。


質問1:

 我が家は古い町家で、クモもたくさん出ます。クモには、町家が好きでマンションは嫌いとか、そういう家の好き嫌いはあるのでしょうか?

0724_111.jpg それはもう、クモはマンションには住みにくかろうと思います。住めるかどうかを決めるのは、とにもかくにもエサなので、虫のいるいないが肝要です。虫にとっては、気密性の高いマンションの中には入っていきにくいですし、あげく高層階だとたどり着くのも大変です(クモにとっても同じです)。防虫性の素材が使われていることもありますし。

 一方の町家はスキマだらけで出入り自由ですし、坪庭などあると、そこで植物が虫を育んだりします。クモが隠れられる場所もたくさんあります。そのうえ町家は古いのです。マンションでも町家でも、建物というものは、そこにいた生き物を一掃した後に作られます。ですが、いつまでも自然と切り離されているわけではありません。例えば火山の噴火で壊滅してしまったような場所でも、そのうちに周りから生き物が入ってきて、何百年も経つと森が回復するように、長く建っている町家はそれだけ生き物の住処になりやすい。

 そう考えれば、話は程度問題なのかもしれません。世界崩壊もののSF映画でよく描かれるように、今はピカピカのマンションだって、私たちが責任持って始末しなければ、そのうち自然に飲み込まれるでしょうから。そもそもクモは町家とかマンションとかの概念を持ち合わせていないはずなので、好きとか嫌いとかないに違いありません。

 私が18歳まで暮らした実家は、町家ではありませんが、昭和の初めに建てられた古いものでした。風呂に入れば排水口からコオロギが飛び出してき、歯を磨いて口をゆすごうとしたらナメクジを飲み込みかけ、縁側にポテチを置いてみたらアリが1ヵ月も行列し続けるところを観察し。もちろんトイレの天井にはアシダカグモ(脚を伸ばすと手のひらくらいになる大きなクモで、ゴキブリなどを食べてくれます)がいて、灯りをつけると、さっと何処かに行ってしまうのです。

 今住んでいるのは、マンションではありませんが今風なので、高気密でスキマの少ない家屋です。実家に比べると生き物の豊かさでは見劣りします。それでも周りに草を生やしたり、薪ストーバーなので燃料用の木を積み上げたりしていると、わずかな隙を見つけてそこからクモが家の中に入ってきます。本を読んでいると天井から糸でぶら下がった子グモがページの間に着地したり、この間は台所の壁にアシダカグモがじっとしているので、そっとしておいたら翌日脱皮がらを残していってくれました。

 人間であるところの私としては、いろんな種類の家屋の区別がつきます。そこでクモに代わって聞かれてもいない事に答えさせてもらいましょう。色々な生き物が入ってくる家の方が、私は好きですね。


質問2:

 家でくつろいでるとき。たまに、小さいクモを見かけます。近くに網はなく、ただ単にそのへんを歩いて・・・いるのではなく、飛んでます。

 なぜなんにもないところで飛び跳ねているんですか?

0724_111.jpg そのクモは、ハエトリグモ。英語ではジャンピング・スパイダーといって、跳躍の名手です。クモの中には、糸でできた網は張らずに歩き回ってエサをとるものがたくさんいますが、ハエトリグモもその仲間。体は小さいですが、世界中に6000種類以上いて、クモ界の最大勢力を誇るグループです。歩いたり小さなジャンプを重ねたりして移動し、視野は狭いながらも高い解像度を誇る大きな眼でエサを見つけ、タイミングをはかって一瞬の大きなジャンプで捕まえます。

 ジャンプするときは、一番前の脚を掲げながら、縮めた後脚をパッと伸ばして空中に飛び出します。体の10倍程度の距離(5〜10cm)をゆうゆう跳ぶことができます。教科書には(クモの教科書というのがあるのです)50m/s2(秒の2乗)の加速度で飛び出すと書いてあって、重力加速度が9.8m/s2(秒の2乗)ですから、跳ぶ時には5G程度の力がハエトリグモにかかっていることになります。ロケットの打ち上げ時に宇宙飛行士にかかる力は3〜4Gということですから、ハエトリグモには宇宙旅行も余裕です。

 勢いよく跳ぶだけではジャンプの名手というには不足です。エサを捕まえることが目的ですから、狙ったところに上手く着地しなければなりません。そこで効いてくるのが、お腹の先で紡ぐクモの糸。あらかじめ脚元の地面に貼りつけておいて、繰り出しながらジャンプします。これが着地のときに大事になります。

 クモは後脚の力で跳び出すので、水平にジャンプしても、空中ではお腹が前に進もうとして、体が回転して頭が浮き上がるような力が働きます。そのまま着地しようとすると尻もちです。ですが実際には、糸がお腹を後ろに引っ張るので、体が回転せず、姿勢を保って跳ぶことができます。そのうえ、糸がブレーキになるので、着地の時に勢い余って行きすぎることもありません。万一着地に失敗しても、糸が命綱になるので地面に落ちることもない。網は張らないハエトリグモですが、クモの糸は彼らの命を別の形で支えています。

クモにまつわる疑問を募集中!!

本連載では、クモ博士・中田兼介先生に質問したいクモにまつわる疑問を募集しております

質問がある方は、質問の内容(200字程度)を、
hatena@mishimasha.com宛に、【件名:クモ博士に質問】としてお寄せくださいませ。

中田 兼介

中田 兼介
(なかた・けんすけ)

1967年大阪生まれ。京都女子大学教授。専門は動物(主にクモ)の行動学や生態学。なんでも遺伝子を調べる時代に、目に見える現象を扱うことにこだわるローテク研究者。現在、日本動物行動学会発行の国際学術誌「Journal of Ethology」編集長。著書に「まちぶせるクモ」(共立出版)「びっくり!おどろき!動物まるごと大図鑑」(ミネルヴァ書房)「昆虫科学読本」(共同執筆、東海大学出版会)など。こっそりと薪ストーバー。

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