ミツバチの未来の選び方

第2回

一生で一度の交尾

2025.10.03更新

そそっかしくて不器用で、気取り屋で下品で・・・


 さて、生物学者たちは1つの巣に住んでいる個体の集まりを「コロニー」と呼びます。
 僕もそれに倣って、ここからはミツバチの巣のことをコロニーと呼ぶことにします。
 コロニーの中には、3種類のミツバチがいます。
 まず、女王バチ。これは1匹しか存在しないコロニーの母となるハチですね。ひときわ大きな体を持つ、卵を産むことのできる唯一の存在です。それからみなさんが頭に浮かべることのできるミツバチ、これは全てメスです。あの可愛らしい働きバチです。
 そしてさらにあともう1種類、あまり知られていませんがオスバチがいます。
 まずはこのオスバチの方から説明していきましょうか。

 オスバチはメスとは姿も異なっています。メスよりも体が大きく、パッと見て簡単に見分けることができます。ぼってりとした図体にトンボのように大きな眼を持っています。そしてあまり可愛くはありません。もちろんこれはあくまで僕の主観ですが、僕以外の養蜂家の多くもきっと同じように話すことでしょう。

「青い鳥」の作者モーリス・メーテルリンク(1862-1949)は養蜂家としても大変有名で、「蜜蜂の生活」という素晴らしい本を1901年に出版しました。そんなメーテルリンクがオスバチを表現して書いた言葉をここで紹介しましょう。

「そそっかしくて不器用で、意味もないのに忙しそうなふりをし、気取り屋で破廉恥にも無為をむさぼり、やかましいばかりで大食漢、おまけに下品で不潔、貪欲で図体ばかり大きな、三百から四百にものぼるあの雄蜂の足手まといな存在」

 ボロックソです。
 もし僕が面と向かって人からこんな風に言われたら、生きていくことを諦めてしまうかもしれません。何かオスバチに恨みでもあるのでしょうか。メーテルリンクさん、それはいくらなんでも言い過ぎですよ、オスバチだって少しは働いているでしょう? と、思わず同情したくなるほどです。
 オスバチは働いているのでしょうか?
 非常に残念ながらその答えはNOです。
 彼らは一切働くことをしません。蜜は集めませんし、花粉も集めません。子育てもしなければ、巣作りもしません。その能力すら持っていないのです。

「でもでも・・敵が攻めてきた時とか、戦ってメスを守ったりするのでしょう?」

 他の多くの動物を例に、そう思う人もいるかもしれません。
 残念ながらこの答えもNOです。
 彼らは一切戦おうとはしません。ミツバチの天敵である、オオスズメバチが攻めてきた時に僕は巣箱を観察していたことがありますが、我先に逃げていくのがオスです。勇気を持って命懸けでコロニーを守ろうとするのはいつだってメスの方なんです。
 そもそもオスバチは戦うための毒針すら持っていないのです。毒針とは、もともと卵を産むための卵管が変形したものですから、オスバチが持っていないのは当然なんです。
 英語では雄蜂のことを「drone」と言います。みなさんがよく知っているあのドローンと同じです。これには「ふらふらしている」という意味以外に「酔っ払い、穀潰し」という意味もあるそうです。
 穀潰し。
 これは文字通り、穀物、米のことですね、働かないくせに米を食べる人、タダ飯喰らいを罵る言葉ですね。
 なんと悲しいかな。オスバチを表現するのに、これ以上にしっくりくる言葉も他にないかもしれません。
 ではオスバチは一体なんのために生きているのでしょうか、遊ぶために生まれてきたのでしょうか。
 もちろんそうではありません。彼らにも唯一にして最大のお役目があります。
 お気づきの方も多いことでしょう。そうです。それは交尾です。一切働くことをせずただ交尾のためだけに生きているわけです。こうして話してみると、救いようがない野郎って感じですが、でもこれは事実なんです。交尾をするためだけに彼らは生きていて、交尾をするために外の世界に出かけていくんですね。

 男性諸君、もしかしたら今こんなふうに思っていませんか?
 ええやん。めちゃ最高やん。
 果たしてそうでしょうか? ここから詳しくみていきましょう。



生涯で一度きりの交尾


 まず蜜蜂の交尾は決して巣箱の中では起こりません。必ず野外、それも空中で行われます。もちろん自分のコロニーのメスと交尾するわけじゃないですよ。コロニーのメスは同じお母さんから生まれた兄弟だから、近親婚になってしまう。別の群れの女王バチになろうとするメスと交尾するわけですが、でもほとんどの場合、交尾はうまくいかないわけです。
「今日もダメやったー」
 と、ノコノコ帰ってくるわけです(※言わずもがなですが、ハチたちへのアテレコはすべて想像です)。オスバチはほんとにもう半端じゃない怠け者ですから、ご飯すら自分でとりにいかない。メスバチにご飯も食べさせてもらうわけです。いわば自分の姉や妹たちですよね。
「ねえちゃん帰ったで。飯まだなん。はよ食べさせてやー」
 甲斐甲斐しいメスの働きバチたちは蜜を運んできてくれる上になんと口移しで食べさせてくれるんです。
 どうでしょうか男性の皆さん、そろそろ肩身が狭くなってきた頃でしょうか?

 ここで少し補足をしておきますと、働きバチであるメスバチは交尾をしません。メスとして生まれているのにも関わらず、彼女たちは生涯、ただの一度も交尾をすることはありません。メスバチについては次の章で詳しくお話しします。
 交尾をするメスは女王蜂だけです。蛹から羽化したばかりの新しい女王蜂、この女王のことを私たちは未交尾王、あるいは処女王と呼びます。処女王は羽化してから一週間もすると交尾飛行に飛び立つんです。結婚への飛翔です。ロマンチックですね。
 なんと、女王蜂は生涯に一回しか交尾しないんです。たった一度だけです。
 ただその一回で複数のオスと交尾をします。女王バチは生涯に一回しか巣の外に出ないんです。巣別れの時を除いて。この巣別れはとても大事な話なので、また後ほどゆっくりお話しします。
 女王バチのたった一度きりの交尾の瞬間、そのチャンスを掴むためにオスバチも飛び立っていくわけです。闇雲に飛び回っているわけではありません。この時の処女王からは特殊なフェロモンが発せられ、その魅惑的な匂いが強くオスたちを惹きつけます。
 人間でもこういうことってありますよね。好きになった人からいい匂いがする、なんとも言い表せない芳しい香りがする。皆さんの中にも、そんな経験をしたことがある人がいるんじゃないでしょうか。



オスバチにとって最上の死に方


 女王バチはオスバチを惹きつけるそんな強烈なフェロモンを発したまま空中を飛んでいきます。それをオスバチが全力で追いかけていく。
 オスバチは全速力で飛んで女王バチを追いかけている状態で初めて生殖器がニョキニョキと出てくるんですね。
 普段のオスを捕まえて、いくら観察してみたところで、生殖器は隠れていて見えないんです。機会があったらぜひ見てみてください。針もないので、刺される心配もありません。
 全速力で飛んでいる女王バチに追いつくことができる、より速く、より粘り強く飛び続けるオスバチだけが初めて交尾できる。つまり、追いつくことのできない能力の低いオスは選ばれないんですね。
 そうやって、能力の高い遺伝子を残していこうというのが生存の仕組みなんでしょう。何万年も前から、何百万年も前から続いてきた種の保存の方法。それを考えるとオスバチもとてつもなく大事な仕事を担っています。と、フォローしておきたい、男として。
 普段怠け者に見えるオスバチですが、この時、この交尾飛行の瞬間にのみ一生懸命に全ての力を注ぎ込むわけです。他のオスバチに負けるわけにはいかないんです。この瞬間にこそ、生涯の全てをかけている。大袈裟ではなく本当にそうなんです。命がけなんです。
 このとき幸運にも交尾することができたオスバチはその瞬間に死を遂げます。
 それもただの死ではありません。射精と同時に生殖器がもげて死ぬんです。この時、パンと生殖器が破裂する音がするともいわれています。
 全くもって身の毛もよだつ恐ろしい話です。いずれにしてもオスバチはその瞬間に絶命して地面へと落下していきます。
 そして次のオスバチの番です。新たなオスバチが女王バチに追いついて、女王バチの体内に残っていた前のオスバチのもげた生殖器を女王バチから引き抜いて、それから交尾します。
 これも人間だったら嫌ですよね。前のオスが残していった、もげた生殖器。想像するだけで気色悪くて、とても触れそうにありません。ですがミツバチの世界では少し話が違います。
 この女王バチの体内に残されるオスバチの生殖器は紫外線を反射してオレンジ色に輝きます。紫外線を見ることのできるオスバチにとってはより魅力的に映ります。そしてより多くのオスバチが女王バチに惹きつけられることになるわけです。
 こうして空中で女王バチは、10匹から20匹のオスと交尾するといわれています。他に類をみないほどの一妻多夫制です。一夫多妻ではなくその逆ですね。そしてその複数のオスたちの精子を体内に十分に蓄えて、女王バチは死ぬまで卵を産み続けることができるようになるわけです。
 女王バチの寿命は3年から5年ですが、その間、お腹の中の精子は常に新鮮な状態で維持され、受精することができます。冷凍保存する必要のない、天然の精子バンクです。女王バチはその生涯で100万個の卵を産むとも言われています。

 交尾を遂げることのできた幸運なオスバチはその瞬間にあっさりと死んでしまうわけですが、この使命を全うすることこそ、オスバチにとって最上の死に方ということになります。
 ・・・死ぬくらいやったら交尾なんかせんでええわ。
 きっとそんな風に思っている男性もいらっしゃることでしょう。
 では交尾することができなかったオスバチはその後どんなふうに暮らしていくのでしょうか。
 彼らを待っている運命は安らかなものでしょうか?



巣の外へと放り出される日


 交尾の時期というのは基本的には春です。もちろんその地方によっても異なりますが、僕の暮らす瀬戸内だと、初秋くらいまではギリギリ交尾できます。それも過ぎた秋の終わり頃、いよいよ交尾できる可能性がなくなります。オスバチが持っていたはずの、唯一の使命がなくなるんです。
 生涯にわたって交尾することのできなかったオス。
 ある日、突然に悲しい運命の日が訪れます。

「腹へったなあ、飯まだなん? はよ食べさせてや」
 いつもの調子で姉や妹たちにご飯を催促しても、なぜだか今日は様子がまるで違います。どうしたことでしょうか、今まで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた彼女たちの目つきは背筋が寒くなるほど冷ややかです。
 メスたちは突如として雄を叩きのめします。体や羽に噛みつき、外へと追いやっていくのです。元来、戦う力のないオスバチには何もなすすべはありません。そうして巣門の外へと放り出されていく哀れなオスバチたち。いくら頼んでももう家の中へと入れてくれることはありません。
「中へ入れてよ! 今日からちゃんと働くから。心を入れ替えるから!」

 もう遅いんです。何を言っても無駄です。なぜならその兄や弟は蜜を食べて自分たちの貴重な財産を消費する、それだけの存在だから。冬を越すという大きな試練を控えたコロニーにとっては、ただの重荷でしかない。
 そうして外へ放り出されたオスバチは寒い外で凍えながら、飢え死にしていく。これが交尾することのできなかったオスバチの最期です。
 以前この話を講演会でしたとき、会場で満面の笑みの女性、そして俯いていらっしゃる男性をたくさん見ました。一切の苦情は受け付けません。僕はただミツバチの話をしているだけなので・・・。
 まあ僕の場合は万が一に備えて、いつも自宅に寝袋は準備してあります。いつなんどき家に入れてもらえなくなるのか、まあそんなことはないでしょうが、念には念を入れて特別暖かい寝袋を倉庫に準備してあります。

 さて、今話してきたように、ミツバチは女性優位の社会です。
 そろそろメスである働きバチの話をしましょう。彼女たちこそが今回のお話の主人公です。

内田 健太郎

内田 健太郎
(うちだ・けんたろう)

1983年神奈川県生まれ。養蜂家。東日本大震災をきっかけに、周防大島に移住。ミシマ社が発行する生活者のための総合雑誌『ちゃぶ台』に、創刊時よりエッセイや聞き書きを寄稿している。2020年より、周防大島に暮らす人々への聞き書きとそこから考えたことを綴るプロジェクト「暮らしと浄土 JODO&LIFE」を開始。2024年、みつばちミュージアム「MIKKE」をオープン。著書に『極楽よのぅ』(ちいさいミシマ社)。

MIKKE公式サイト

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

この記事のバックナンバー

10月03日
第2回 一生で一度の交尾 内田 健太郎
09月05日
第1回 もしもミツバチがいなかったら 内田 健太郎
ページトップへ