ミツバチの未来の選び方

第4回

働きバチの職業、いろいろ(1)

2025.12.04更新

働きバチが最初におぼえる仕事


 働きバチには本当にさまざまな仕事があります。
 ただその全てがいきなり始まる訳ではありません。彼女たちの仕事は分業制です。それぞれの役割がある。例えば人間の世界で考えると、大工や左官なんて言ったら多くの場合、それは一生の仕事ですね。餅は餅屋なんて言葉があるように、それぞれの専門家、職人さんがいます。
 ミツバチの世界の分業は仕組みが全く違います。彼女たちの仕事は年齢と共に移り変わっていきます。寿命が短いので、日齢ですね。日齢分業と言います。
 彼女たちの生涯をいくつかの段階に分けて考えてみましょう。

 まず第一の段階です。
 羽化をしてから一番最初に覚える仕事。それは掃除をするという仕事なんですね。まず巣房の掃除です。巣房というのは人間でいう家の中の部屋ですね。とても重要な場所です。その用途はその時に合わせて変化していきます。
 時には蜜の貯蔵庫になり、あるいは花粉の貯蔵庫になります。そして子どもを育てる時は育児室にもなります。その意味ではお腹のなか、子宮といってもいいくらいにとても大事な場所ですね。あの有名な六角形です。ハニカム型という言葉ももはや定着していますよね。
 この六角形の部屋を掃除するっていうのがまず一番最初の仕事です。仲間が羽化した後の巣房の中にたまっているゴミをキレイに掃除します。女王蜂が次の卵を産みつけることができるための準備です。それからこの時期は妹たちである蜂児を冷やさないように、蜂児房の上に止まってじっとしていることも多いです。暖房の代わりですね。

ロイヤルゼリーはミツバチの「乳」


 そしてさらに数日が経過すると、この時期の一番重要な任務が始まります。それはつまりおっぱいで子育てをする、いわば乳母です。
 辞書を引いてみますと、乳母とは、「母親に代わって子供に乳を飲ませ、面倒を見る女性」とあります。まさにこの通りですね。働きバチは母である女王バチに代わって乳を与えます。聞いたことのある人も多いでしょう、すなわちロイヤルゼリーです。ロイヤルゼリーを分泌して、子供たちに与えます。
 ロイヤルゼリーはどこからやってくるのでしょうか? 
 その答えは花粉です。若いミツバチはこの貴重なタンパク源であるたくさんの花粉を消化し、ロイヤルゼリーを分泌できるようになるんです。働きバチは孵化後、最初の2、3日だけはロイヤルゼリーを与えてもらうことができます。もう少し日が経って、もっと粗い餌も消化できるようになると花粉や蜂蜜もそこに混ぜ合わせて与えられるようになります。
 ですが、女王だけはやはり別格です。女王になる幼虫には一貫してロイヤルゼリーだけが大量に与えられます。ロイヤルゼリーの和名は王乳です。その名の通り、王のための食事なのです。女王についてはまた後ほど詳しくお話しします。
 羽化してから10日も経った頃に、働きバチは生まれて初めて巣の外へと出て短時間の「定位飛行」に飛び立ちます。自分達のコロニーの場所がどんなところに位置しているのか確認するんですね。5分もすれば帰ってくるのですが、驚くべきことに、たった一度のこの飛行でも、すでに数百メートル離れたところからでもコロニーに帰ってくることができるようになります。この飛行の繰り返しによって、さらに土地勘は良くなり行動範囲を広げていくことができるようになっていきます。

自在に蠟を生み出し、完璧な巣をつくる


 そして第二期。羽化後10日から20日目ごろ。
 この頃になると、乳を出す線は退化していき、乳母としての能力を失います。育児の仕事はここで終わりです。
 ですが、ここからさらに別の能力が発達していきます。
 最近、子供達が見ているアニメなんかにも多いのが能力もの。使えるとしたら、どんな能力がいい? なんて僕も息子から時々聞かれることがあります。漫画『ONE PIECE』に「ドルドルの実」という悪魔の実を食べた能力者が出てきます。彼の能力は蝋燭です。自在に蝋を生み出し、それを柔らかくすることも、固めることもできる。これこそまさに働きバチが持つ大きな能力の一つです。
 働きバチのお腹側のひだの間から、魚の鱗によく似た形状で蝋は生み出されます。それをとても器用に足で掴みとり、口へと運んで蝋を柔らかく加工し、巣造りをおこなっていきます。人間にはとても真似のできない正確無比な美しい六角形の巣。
 ダーウィンは「種の起源」の中でこのように述べています。

「ミツバチの巣板の絶妙な構造をしらべて、熱烈に嘆賞しない者がいたとすれば、それは鈍感な人間と言わねばならない」

 これを読んで、僕がすぐに思い出したのは初めてミツバチの造巣能力に衝撃を受けた日のことです。
 それは新しい巣枠を巣箱の中に入れた、すぐ次の日の朝のことです。
 巣箱の蓋を開けて、新しい巣枠を取り出すと、そこには本当に美しい白い六角形の巣が整然と並んでいるではありませんか。まさかたった1日でこんなにも作り上げることができるなんて!
 しかもミツバチたちはそれを巣箱という暗闇の中でやってのけるわけですから、どんな道具を渡されたところで人間にはとてもできない芸当です。
 なぜミツバチにこんな真似ができるのかというのは、のちの章に譲って、今はもう少し先へ進みましょう。

内田 健太郎

内田 健太郎
(うちだ・けんたろう)

1983年神奈川県生まれ。養蜂家。東日本大震災をきっかけに、周防大島に移住。ミシマ社が発行する生活者のための総合雑誌『ちゃぶ台』に、創刊時よりエッセイや聞き書きを寄稿している。2020年より、周防大島に暮らす人々への聞き書きとそこから考えたことを綴るプロジェクト「暮らしと浄土 JODO&LIFE」を開始。2024年、みつばちミュージアム「MIKKE」をオープン。著書に『極楽よのぅ』(ちいさいミシマ社)。

MIKKE公式サイト

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