ミツバチの未来の選び方

第5回

働きバチの職業、いろいろ(2)

2026.01.05更新

はちみつは天空からやってくる?


 巣造りに貢献していたミツバチたち。ここから数日すると働きバチはさらに別の能力を持つことになります。
 それは糖を分解する酵素を分泌できるようになることです。
 少しわかりにくいですね。
 これにははちみつがどのようにしてできるのかという補足が必要です。
 はちみつはどこからやってくるのか。
 この問いかけに頭を悩ませていた一番の有名人はアリストテレスでしょう。彼ははちみつが天空からやってくる、そう考えていたそうです。
 ミツバチが神と人間を繋ぐ、神秘的な生き物だと考えていたのかもしれません。
 現代に生きる私たちは、その蜜が花からやってくることを知っています。
 では例えば近い将来、超小型ドローンが花の蜜を集めることができるようになったとして、それはハチミツになるでしょうか?
 答えはNOです。
 なぜならはちみつとは文字通り、ミツバチの体を経由しなければできないものだからです。
 外で花々の蜜を集めて回ってきた姉バチはコロニーに帰ってくると、働いている妹の1匹に口移しで蜜を渡します。
 この蜜をもらう妹バチ。
 この働きバチこそが先ほどの糖を分解する酵素を分泌しています。
 彼女はある日突然、姉から呼び止められます。
 これを受け取ってくれと。そしてまだ何もわからない、そんなことが自分にできるということをまだ知らない妹は、口移しで蜜を、採ってきたばかりの花の蜜を口移しで流し込まれるんですね。ドバーっと。ミツバチの体は不思議な作りになっていて、お腹はある意味ポケットのような、カバンのような役割をしています。そこに一時的にしまっておけるんですね。それを突然渡されるわけです。蜜や花粉を採ってきたミツバチは外で働く外勤バチ、一番の年長者です。妹へ蜜を受け渡すと、姉はまたすぐに外の世界へと飛び立っていきます。
 蜜を受け取った妹は、貯蔵室である巣房へその蜜を移していきます。この時に分泌した酵素を添加して巣房へとしまっていくわけです。
 そしてそこへ羽で蜂蜜を乾かす係が登場します。
 送風係ですね。最初の花の蜜というのは実はとても水っぽいものなんです。あの蜂蜜のようにトローっとは全然していない。僕ら養蜂家はミツバチの点検の際に、手で巣枠を震わせて蜂を巣箱へと落とすわけですが、はちみつが入ったばかりの巣枠を震わすと、その蜜は巣房から外へパシャっと飛び出してしまうほどです。その様子を見ると僕ら養蜂家は、ああ今まさにたくさんの花が山に咲き乱れているんだと確認することができ、どこか豊かな気持ちになります。
 働きバチはそこにある多くの余分な水分を飛ばすために、羽を扇風機のように使って風を送り込みます。送風係の登場です。あんな小さな羽で送風とは大袈裟な。と、お思いになる人もいることでしょう。ですが侮ってはいけません。彼女たちの羽はなんと1秒間に230回もふるわすことができます。
 養蜂の大事な作業着の一つに綿布と呼ばれる顔を守るための網があります。以前、僕の顔のすぐ目の前の網に1匹のミツバチが止まって羽をふるわせていました。その時に顔に感じた風。それはあの小さな姿からとても想像できないほど力強いものでした。
 近頃よく目にする携帯型の手持ちのファンがありますが、ミツバチ100匹いればあの風力を超えることができるような気すらします。

腐らないものを自力でつくる


 話をはちみつに戻しましょう。
 その羽の力を利用して乾かしていくことで、どんどんと糖度も高くなっていく。そうしてようやく出来上がっていくのが蜂蜜です。
 働きバチは完成された蜂蜜に、僕ら養蜂家が蜜蓋と呼んでいる蓋をかけていきます。家の材質と同じ、蜜蝋を使って綺麗に蓋をするんです。その姿はまるで左官職人のようですね。
 そうして出来上がった蜂蜜はまさに完璧な食べ物です。優れた栄養バランスというのはみなさんご存知の通りですが、何よりも強調しておきたいのは腐らないということです。エジプトのピラミッドから出てきた蜂蜜ですら、食べることができるんです。
 塩や砂糖、蜂蜜以外に腐らない食べ物を人間が作り出すことができるでしょうか?
 食べ物だけじゃありません。腐らないもの、価値の変わらないものを人間が生み出せるでしょうか? 
 例えば100年後に、今僕が身につけているものに価値はあるでしょうか? 
 この部屋は? 
 100年後に存在するでしょうか?
 人間が作り出す、あらゆるものは時間と共に価値がなくなります。それが私たちの現代社会、消費社会を支える考え方ですよね。常に新しいものに買い替えていかなくてはならない。腐らない、朽ちることがないというのはある意味、それを根底から覆します。
 変わらない価値を持つ蜂蜜を、自分たちの力だけで、完成させていくミツバチは本当に尊い存在だと思います。

門番ミツバチ、外敵との死闘


 さて、ミツバチの仕事の話を続けましょう。
 今まで見てきたように、ミツバチの仕事は日齢によって変化していきます。
 ですが日齢にあまり関わらない仕事もあります。
 その代表が門番とも言うべき警備の仕事ですね。
 門番として誰かが侵入してきやしないかと見張っているわけです。自分たちの家族ではない他のミツバチや外敵とか。
 ミツバチにはさまざまな外敵がいます。
 スズメバチ、オニヤンマ、ツバメ、カエル。少し変わったところで言うとメンガタスズメと呼ばれる巨大な蛾。ミツバチという小さな虫からしたら、これはもう完全にモスラような怪獣です。巣箱の中にまで侵入してきて、ミツバチを食い漁る。
 どれも怖い外敵ですが、やはりいちばん恐しいのはオオスズメバチです。
 蜜蜂が人間だったら羽の生えた竜のようなものです。あまりの戦闘能力の差に絶望し、誰もが一目散に逃げ出すことでしょう。
 前章で触れたように、オスがまさにそうです。外敵が来ても何もしないんです。針も持っていませんからね。我先に逃げていく。戦うのは必ずメスの働きバチです。一匹のスズメバチを倒すのにそれこそ何百匹もの蜜蜂が殺されます。ひと噛みですね。たったひと噛みで殺されてしまう。それでも勇敢に敵に向かっていきます。スズメバチとの死闘というのは、毎年嫌というほど目撃します。
 スズメバチからミツバチを守るというのが僕たち養蜂家の秋の大事な仕事の一つでもあります。
 そういえばこの前は珍しい光景を目撃しました。
 それはムカデです。彼らもしょっちゅういるんですね。巣箱の蓋を取ると、よくその縁にくっついてじっとしている。ミツバチを食べているんですね。全くもって憎たらしい。たらふく食べているのでしょう。見かけるのは大抵非常に大きなムカデですから、これもやはり人間のサイズ感からしたら、巨大なアナコンダと戦うようなものですよね。とんでもなく恐ろしいです。
 まず一匹の蜜蜂がムカデに向かっていきました。あの顎というのか、歯のような部分でひと噛み。一撃で殺されてしまいました。その次の瞬間です。別の蜜蜂が飛んでいって、自分の針を突き刺したんです。ムカデのお腹側に。背中の方は硬くて、何も刺さらなそうですよね。ミツバチも本能的に分かってるんですね。
 するとどうでしょう。ムカデが体をねじってもがき苦しんでるんです。もう明らかに効いている。フラフラとなってムカデは巣箱から外の草むらへと落っこちてしまった。その後、死んだのかどうかは確認できませんでしたが、だけど間違いなく追い払ったわけです。
 相手が虫である場合、ミツバチはその毒針を何度も使うことができます。
 ですが、その相手が人間をはじめとした哺乳類の場合。
 蜂の一刺し。
 こう言われているように、たった一度毒針を使っただけで死んでしまうんです。
 命と引き換えになるわけですね。人間を刺したミツバチは死んでしまいます。いわば最後の刀です。抜いたら最後、絶対に死ぬわけです。それが分かっていても、なんの躊躇も迷いもなく、敵に向かっていきます。それが門番であるミツバチの仕事です。
 自分の命よりも、自分たちの家族、自分たちの国、自分たちの未来を優先させるんです。これはどの役割を担っているミツバチにも言えることです。

 さて、ここからは外で働くミツバチについて考えてみましょう。
 最後の段階、羽化後20日から寿命を迎えるまでの時期です。
 一番の年長者である彼女たちは、献身的にコロニーのために花蜜や花粉を集めるための収穫飛行に飛び立ちます。
 この空を自由に飛び回るミツバチたちにも、驚くべきさまざまな能力が隠されています。

内田 健太郎

内田 健太郎
(うちだ・けんたろう)

1983年神奈川県生まれ。養蜂家。東日本大震災をきっかけに、周防大島に移住。ミシマ社が発行する生活者のための総合雑誌『ちゃぶ台』に、創刊時よりエッセイや聞き書きを寄稿している。2020年より、周防大島に暮らす人々への聞き書きとそこから考えたことを綴るプロジェクト「暮らしと浄土 JODO&LIFE」を開始。2024年、みつばちミュージアム「MIKKE」をオープン。著書に『極楽よのぅ』(ちいさいミシマ社)。

MIKKE公式サイト

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