ミツバチの未来の選び方

第1回

もしもミツバチがいなかったら

2025.09.05更新

本日から、内田健太郎さんの新連載「ミツバチの未来の選び方」がスタートします!
内田さんは、山口県・周防大島在住の養蜂家。2024年6月に初の著書『極楽よのぅ』を上梓されました。雑誌「ちゃぶ台」には、創刊から毎号登場いただいています。
島での暮らしを綴ったり、お年寄りの聞き書きに取り組んだりしてきた内田さんが、本連載では満を持して、ひとりの養蜂家・生活者として胸を打たれた「ミツバチの秘密」を語ります。悩みの尽きない人生のなかで私たちがミツバチに励まされること、学べることはたくさんあるそう。どうぞお楽しみください。(編集部)



 もしもミツバチがいなかったとしたら、僕たちの身の回りにどのような変化が起きるでしょうか? 
 何か生活は変わるでしょうか?
 何か大事なものはなくなるのでしょうか?
 物理学者のアインシュタインは、こんなことを言ったそうです。

「ミツバチがいなくなったとしたらその4年後に人類はいなくなるだろう」

 いったいどういうことでしょうか?
 ミツバチがいなくなったら、人類は滅亡する。僕にはこの言葉がそれほど大袈裟だとは思えません。
 農家の方たちは身をもって知っていると思いますが、ミツバチがいなくなってしまうと、まず僕たちが口にしている野菜や果物のほとんどがなくなります。
 約7割の農作物が訪花昆虫――花を訪れる虫のことですね――訪花昆虫に頼って受粉しています。訪花昆虫にも色々います、蝶々とか。
 ですがその中でもミツバチがダントツに受粉能力が高いといわれています。ミツバチはその場で消費するためではなく、花粉や蜜を巣に持って帰るために花を訪れるわけですから、何遍も花から花を飛び回ります。
 1匹のミツバチはたった1日で3000の花を訪問することができます。花にとってこれほど望ましい相手はいないわけです。
 さらに牛が食べている牧草。この牧草もミツバチのおかげで成り立っています。ということは、牛乳とか牛肉、アイスクリームやヨーグルトやバターにチーズ。そういうものも、おそらくなくなります。
 食べ物だけじゃないですよ。みなさんが着ている服。その服には必ず綿が含まれていると思います。僕が今着ているこの服も綿製です。

「待て待て、ワシは綿なんて絶対に着んぞ、全身ポリ100%じゃ! 化学繊維万歳なんじゃファック綿」

 ひょっとしますと、こういう特殊な人も中にはいるかもしれませんが、そんな人だってきっとパンツくらいは綿製のはずです。そのパンツ、消え失せます。ノーパンです。当然ですが綿は綿花からできているわけですから、受粉なくしては成り立ちません。
 僕たちの生活は実は虫たちによって支えられているわけです。知らず知らずのうちに、ミツバチの背中を頼って、僕ら人類は生きているんです。

 申し遅れました。
 僕は内田健太郎、養蜂家です。この14年間、周防大島の地で養蜂家として生きてきました。僕はこの本を通してミツバチの世界をみなさんにご紹介したいと思っています。その世界の見え方は私たち人間とは大きく異なるものです。
 これまで数々の傑出した研究者たちによってミツバチの世界は解明されてきました。ですが残念なことにその多くは現在絶版であったり、難しい学術書の中でしか触れることのできないものばかりです。
 僕はこれから研究者たちのその成果を引用しながら、できる限り簡単な言葉でお伝えしていきたいと思います。
 ミツバチのその世界がいかに美しいかを。
 たかが虫じゃないか、という人もいるかもしれません。
 ですが今一度よく考えてみてほしいのです。
 ミツバチの祖先は1億2千万年前の琥珀の中から見つかっています。つまり僕たち人類が誕生するよりもはるか前から生きてきた、いわば大先輩だということですね。
 僕はミツバチと暮らすようになってから、彼らのひたむきな姿に何度も感動してきました。僕たち人間の社会とはまるで違う、彼らの社会に胸を打たれてきました。
 彼らミツバチと花々との協力関係はあまりにも完璧なほどに美しいものです。

 偉そうなことを言うつもりはありません。僕自身養蜂家になるまで、ミツバチのことも花のことも全く気にしていませんでした。
 ですが、ミツバチと一緒に暮らすようになって、それまでとは全く違う景色が広がり始めたんです。

 僕は信じています。
 いまだ戦争の終わらないこの混迷の時代にこそ、ミツバチの社会から学び取るべき大事な何かがあるのだと。

 きっとこの本を読み終わる頃には、みなさんの世界の見え方もほんの少しだけ変わることをお約束します。

 みなさま最後までどうぞお付き合いよろしくお願いします。



ホームズは養蜂家だった


 さて、まずは映画の話からはじめてみましょう。
 こないだ、ある映画を観ました。シャーロック・ホームズの映画なんですけど、皆さんシャーロック・ホームズ分かりますよね? あのコナン・ドイルが描いた世界で最も有名な名探偵ですね。
 彼が探偵を引退した後、どうなったか知っていますか?
 僕も全然知らなかったんですが、シャーロック・ホームズはですね、探偵を引退した後なんと養蜂家になったんですね。その映画は年老いて認知症になりかかっているシャーロック・ホームズが庭先で養蜂しているっていう変な映画なんです。すごく面白かったんですけど。
 その映画の中でシャーロック・ホームズは家政婦と家政婦の息子と生活してるんですが、その子供がすごく養蜂に興味を持っていて、ホームズに養蜂を教えてくれって言うんですね。映画の中でホームズはその子にこう言います。
「いいか、ハチの巣の中心は女王バチだ。それをよく覚えておくんだ」
 それを聞いた時に
「いやいやちょっと待ってくれよ。そうじゃないよ。ホームズさん、それはちがうよ」
 と僕は思ったんです。僕ら養蜂家からするとその言い方には違和感があります。
 むしろ養蜂の知識のない人が考えても、当たり前に女王バチが中心だと思うんじゃないでしょうか。それはもちろん間違っているわけじゃない。ある意味では正解なんです。
 だけど、少なくとも思慮深いホームズがわざわざ口にするような言葉ではないですね。ミツバチと一緒に生活している人間からしたら、女王バチが中心だとは思わないんです。少なくとも僕の場合はそうです。
 それはなぜなのか? どうしてなのか?
 これからこのことをみなさんと一緒に考えていきたいなと思います。

内田 健太郎

内田 健太郎
(うちだ・けんたろう)

1983年神奈川県生まれ。養蜂家。東日本大震災をきっかけに、周防大島に移住。ミシマ社が発行する生活者のための総合雑誌『ちゃぶ台』に、創刊時よりエッセイや聞き書きを寄稿している。2020年より、周防大島に暮らす人々への聞き書きとそこから考えたことを綴るプロジェクト「暮らしと浄土 JODO&LIFE」を開始。2024年、みつばちミュージアム「MIKKE」をオープン。著書に『極楽よのぅ』(ちいさいミシマ社)。

MIKKE公式サイト

編集部からのお知らせ

【『極楽よのぅ』のフェアが開催中】「島の暮らし ― 100年後もみつばちと共に ―」@六本松 蔦屋書店

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島で暮らすということは
持続可能な世界で生きるということ
そこでは、わたしたちは何を口にするべきか
そして、わたしたちはどう生きていくべきか
100年後もみつばちと一緒に生きていけるように。

東日本大震災をきっかけに、山口県の周防大島に移住した養蜂家、内田健太郎さん。
豊かな山と美しい海が広がる島の恵である『島のはちみつ』、その特別な美味しさをぜひ味わってみてください。

また、島での暮らしをつづった内田さんの著書『極楽よのぅ』をはじめ、創刊号より寄稿されている、生活者のための総合雑誌『ちゃぶ台』(ミシマ社刊)、みつばちや移住についての本も展開しています。
内田さんによる選書コーナーもございます。
ぜひお手に取ってご覧ください。(蔦屋書店さんホームページより)

日時:~2025年9月15日(月)
場所:六本松 蔦屋書店
会場:福岡県福岡市中央区六本松 4-2-1 「六本松421」2F

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