バッキー・イノウエ定食

第5回

降って湧いた店名に 秘められたもの。

 

2019.11.06更新

 錦市場の漬物屋の横のスペースで立って飲んでもらえるようにしたのは4年ほど前からだ。
 それまでは胡瓜の古漬や日野菜や田舎漬を漬け込んだ杉樽を並べていたところに使ってない樽を利用して立ち飲み用のテーブルを作って飲めるようにした。
 
「錦・高倉屋」という漬物屋がやっている店だがそれとは別に「賀花」という名前をつけた。
 それを音読み訓読みのいわゆる重箱読みで「ガバナ」と読むようにした。なんでこの名前にしたのかはわからない。
もともとこんな単語はなかったと思うし改めて自分で考えてもいない。
 「店の名をなんか考えて早よ描かなあかんな」と太めの筆ペンを持って漬物の品書き用の厚手の紙に向き合った時に「賀」という文字を書いてしまい、続けて「花」と書いてしまって「あ、これええわ」ということで「賀花」が誕生した。

 意味など考えてもいなかったがなんとなく文字のカタチと字の並びと語感が面白かったのでそれを店の名前にすることにした。



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 店を開店させてしばらくしてから雑誌の取材を受けた時に店名の由来を記者の方から聞かれたので店名となったその2文字をあらためて見て「ゴキゲンの花ですわ」と答えていた。
 
 それからチョット気になったので家にあった白川静さんの「常用字解」で賀という文字を調べてみたら嬉しいことばかり書いてあったので「おー! やっぱりこの字はゴキゲンなんや」と自分の勘に驚いた。
 
 名前というか店の屋号や会社の名前は見るのも付けるのもおもしろい。
 
 街を歩いていて暖簾や看板に描かれた店名を見てその屋号が付けられた背景や狙いや付けた人のノリをついつい想像してしまう。
 「江畑」や「洋食おがた」や「川崎バー」の名字系はわかりやすいが居酒屋の「赤垣屋」やフグの「ひばなや」、割烹「蛸八」や「恒屋伝助」はその名が付けられた背景を深くも浅くもない加減で考えさせられる。

 「ノイリーズ」や「ヘミングウェイ」、「テルヌーラ」や「アルファベット・アベニュー」などのカタカナや英語表記も突っ込みどころがあって面白い。

 また「喜幸」や「安参」、「五六八」や「スナック夜汽車」など店名だけでジーンとくる店も京都にはたくさんある。


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 また手前の話になるけれど十数年前に行きがかりじょう裏寺で店をやることになった時、一緒に始める仲間とどんな店にするか話していて「あー、それやったら百回くらい練習しなあかんな」という話によくなったので「百練」という名前がポンと出てきた。
 
 しかしこれまた雑誌の取材を受けた時に名前の由来を聞かれ「あー、これは百戦錬磨ですわ」というと編集の人が「百戦錬磨の錬は金偏と違いましたっけ」と鋭く突っ込まれ俺は慌てて「百戦錬磨になるために百回練習しますねん」と落ち着いたふりをしながらココロでは足をバタつかせていた。
 そして今月とうとう「食堂バッキー」という屋号の店をオープンさせてしまった。もはや語源も何もない。きつい旅が始まったというしかない。
 屋号はいろいろ秘めているのだ。あー。

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バッキー井上

バッキー井上
(ばっきーいのうえ)

本名・井上英男。1959年京都市中京区生まれ。高校生のころから酒場に惹かれ、ジャズ喫茶などに出入りする。水道屋の職人さんの手元を数年した後、いわゆる広告の「クリエイティブ」に憧れ広告会社にもぐり込む。画家、踊り子、「ひとり電通」などを経て、37歳で現在の本業、錦市場の漬物店「錦・高倉屋」店主となる。そのかたわら、日本初の酒場ライターと称して雑誌『Meets Regional』などで京都の街・人・店についての名文を多く残す。さらには自身も「居酒屋・百練」を経営。独特の感性と語りが多くの人を惹きつけ、今宵もどこかの酒場で、まわりの人々をゴキゲンにしている。著書に『たとえあなたが行かなくとも店の明かりは灯ってる。』、『いっとかなあかん店 京都』(以上、140B)『人生、行きがかりじょう』(ミシマ社)がある。

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