すみちゃんのめひこ日記すみちゃんのめひこ日記

第4回

工藤律子さんインタビュー 「スペイン市民運動のいま 15M・ポデモス・時間銀行」(後編)

2018.09.02更新

 スペイン語圏を中心に取材活動をするジャーナリストの工藤律子さんは、2016年に『雇用なしで生きる―スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)という著書を発表した。2008年に起きた金融危機の甚大な影響を受け、不況と高い失業率に苦しんだスペインでは、2011年からはじまった15M(キンセ・エメ、5月15日)運動以降、政治・経済・社会をつくりなおすためのさまざまな実践が生まれている。「経済」については、既存のシステムの枠を超えたモノのやりとりや仕事のしかたが模索され、各地で生きる人びとの手によって、多様なバージョンの「時間銀行」や「地域通貨」が花開いた。また運動は、市民参加による政治のための政党「ポデモス」にも結実した。

 本書は、平川克美さん著『21世紀の楕円幻想論―その日暮らしの哲学』(ミシマ社、2018年)でも紹介された。では、ルポの発信から2年半が経ったいま、15M運動やポデモス、各地でおこった試みのその後はどうなっているのだろうか。

 工藤さんは、メキシコに関する取材・執筆活動も長年続けておられる。わたし(角)に、メキシコの地を踏むきっかけや、社会運動を深く知るきっかけを与えてくれた人物のひとりが工藤さんである。今回はそんな大先輩に、めひこ日記の番外編として、スペインの運動の現在についてたずねてみた。

前編はこちら

時間銀行ってなに? ―「経済の再考」 (つづき)

―― 現在のスペインにおける時間銀行の取組みの様子を教えていただけますか。

工藤 スペインの全国時間銀行大会(2018年、バレンシア大会)での話によれば、現時点で、国内に約280の時間銀行があります。運営者は一般の人から役所までさまざま。テーマも社会福祉、ご近所同士・学生同士の交流、移民と地域社会との関係づくりなど、多岐にわたっています。

 時間銀行の数は、15M直後は300を超えていました。このアイデアが、誰からもよく知られていて大規模に使われているかというと、そのレベルにまでは到達していないですね。ですが、いまでも新しい時間銀行は次々と登場していて、いろいろなバリエーションがそれぞれの良い効果を生んでいることは確かです。最近取材した具体的なケースを紹介します。

「ミヌッツMinuts

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ミヌッツのアクティヴィティとして行われた料理教室。 撮影 Yuji Shinoda

工藤 時間銀行の基本的な仕組はさきほど述べたとおりですが、使い方はそれぞれのコミュニティによってかなり変わってきます。言い換えると、場合にあわせて柔軟なやり方を採れる時間銀行が成功しやすいということですね。

 バルセロナ市のグループ「ミヌッツ」が活動するのは、移民の多いNou Barris地区です。住民同士のつながりが薄く、失業・不登校などによってコミュニティから遠ざかる人も少なくない。周囲との関係によってその現状を変えていくための手立てが少ないのです。そこで、やり方を工夫した時間銀行がはじめられました。

 移民の若者たちに、「高齢者」「ジェンダー」「持続可能性(環境問題)」などのテーマに関するアクティヴィティに自由参加で取り組んでもらう。アクティヴィティに参加すると、参加した時間分だけ「時間クレジット」がもらえる。そしてその時間クレジットで、ミヌッツのプロジェクトに賛同した公的機関や財団・NGOの催物に参加することができるのです。参加費なしで、演劇・コンサート・映画・職業訓練などの企画にアクセスできるようになります。

 今年の5月に私たちが取材したときは、「高齢者」というテーマについてのアクティヴィティの日で、地域のコミュニティセンターで料理教室をやっていました。地元のデイケアセンターに来ているお年寄りから若者へは郷土料理、一方で若者からは、コミュニティセンターの料理学校で習ったデザートの作り方を教える。メリットは、時間クレジットをもらったことで娯楽やサービスに参加できるようになるだけではなくて、そのぶん誰かと時間を過ごしたことで思いがけない人間関係が生まれる、というところです。ブラジル出身のタトゥーだらけの強面のおにいちゃんが、デイケアセンターに通うおばあちゃんからレシピを真剣にならっている場面とか、取材してみてけっこうおもしろかったですよ。真剣にきいてくれるから、おばあちゃんのほうもだんだん熱が入ってきて。「あら、いい子じゃない!」みたいな(笑)。

―― いろいろな特典・インセンティブがあることによって、活動に参加してもらいやすくなるということはわかったのですが、これが「時間」銀行であることの一番の意義はなんなのでしょうか・・・?

工藤 対価がお金じゃない、ということが持つ意味は大きいと思います。お金が介在しなくても、うまく助け合えるような仕組みをつくることが要点です。そして、バイトのようにお金を稼ぐという意識で参加するのではなく、時間をつかって助け合う・時間をともに過ごすことが、価値の一規準になる点が大切です。

 「銀行」という名前がついているので儲かったり対価を支払ったりしているようなイメージが芽生えるかもしれないけれど、みんなが等しく持っている「時間」というものを、お互いの助け合い・関わり合いのために使うということなのです。時間の最大のメリットは、それがユニバーサルであり、誰にでも流れているというところ。お金とちがって金利で増えたり減ったりしないし、その価値が外的な指標によって変動するわけでもない(主観にしか依らない)。価値のものさしがお金でないことによって、どんな人とのあいだでもやりとりが可能になる。だから「雇用」がなくても、できる仕事と時間があれば、それで自分や誰かを豊かにできるようになります。

―― 通貨だと、仮想通貨であろうと何であろうと、取引が終わった瞬間に対面の人間関係が終わってしまうけれど、交換するものが時間であることで、少なくともその時間のあいだはずっとほかの人と関わっていることにもなりますよね。

工藤 自分ひとりで過ごすこともできた時間が、誰かのためにサービスを提供する時間や、誰かとともに過ごす時間に代わるだけで、ソーシャルなものになるとも言えますよね。時間の質・意味合いが変わる、ということが時間銀行のよさです。

 変な話ですが、経済システムの変遷にしたがって人間関係が希薄化・個人主義化していない社会では、時間銀行って要らないものなんですよね。共有される時間があまりにも少なかったり、お金が価値の中心になりすぎている場所だからこそ、やりとりの価値を量る規準をたとえば「時間」に変えることで、物事の見方をすこしずらしてみる必要が生じるのです。

―― お話を伺いながら、実際に自分が日本で時間銀行を試すことを想像してみました。すると、難点がいくつか思いつきまして・・・。まず、きっと多くの人が「時間がない」と感じるなかで、自分の時間をつかうという発想に至りづらいのではないでしょうか。また、同じ時間分のやりとりをしても、その内容の違いによって損得勘定が生じそう、とも思ってしまいます。

工藤 そういう疑問は浮かびますよね。でも、サービスの質とかにあまりこだわりだすと、ある意味で資本主義的な発想になってしまうというか。使ってもらった時間によって関係性を取り戻す、というところがポイントなので、いまこの瞬間に1時間でやってもらったことがすんごくよかったか、まあまあだったか、ということにこだわりすぎるのは的外れかもしれない。目の前でつくってもらった料理がちょっとイマイチだ・・・と思ったとしても(笑)、台風が来て家が浸水したときに一番助けになるのはその人かもしれない。

 たしかに、時間はユニバーサルであるとはいっても、「日本人が一番持っていないもの」かもしれませんね。でもそれも物の見様で、仕事を引退した人や、学生や、時間帯によって時間がある人はいますよね。それぞれが、いつがいい? と交渉していけば、制約は減らせると思います。だから、やはりこれもちょっとした発想の転換ですね。みんなが一斉にやらないと、というわけではなく、できる人・必要な人からまずやりはじめればいい。アイデアを知ると、やりたいって言う人は意外と多いんですよ。

 目先のことに囚われずに、社会や、経済や、「豊かさ」のありかたを変えようと思うんだったら、まずはこういう見方をしてみれば? というひとつの提案ですね。

社会のあり方をいろんな分野から変えていく

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Ínsula Co-workingのワークスペース。 撮影 Yuji Shinoda

―― この本のトピックのひとつは「社会的連帯経済」だと思いますが、もののやりとりや仕事のなかに、地域通貨やもののシェアといった要素が入ることによって、多分野にわたるつながりが生み出されていく様子が見事だなと思いました。それに、いろいろな考え方の人がゆるやかに参加できる間口の広さが魅力的です。たとえば、本で紹介されていた、カタルーニャ総合協同組合(CIC)に所属する「マクス MACUS」というワークスペースのシェアリングのプロジェクトには、その社会的理念に共感して来る人たちもいれば、場所の使用料が安いしおしゃれだから、といった感覚で利用しはじめる人たちもたくさんいるんですよね。

工藤 社会連帯経済のおもしろいところは、社会のありかたをいろいろな分野から変えていくためのつながりが生まれるところです。MACUSは、どんな人がどんなきっかけで借りてもいいんだけど、そこで製作した商品の一部をバルセロナ市の連帯経済フェアで売るなど、最終的に社会的連帯経済とかかわっていく仕組みになっているところが特徴的です。先日取材したマドリード州のアルカラ・デ・エナーレスのワークスペース "Ínsula Co-working" でも、これを始めた30代の若者がつくった地域通貨Henarを介して、有機菜園の農家、カルチャースペースの運営者などと、利用者がつながっていく。また、彼らの多くはポデモス系の地方・市民政党を応援しています。そうして政治とも関係している。

 だから、ワークスペースをシェアしたら便利だし経済的だしエコ、というだけではない。もっと視野が広いというか、社会全体のあり方を変えるにはどうしたらいいかを考えながらやっているところが、すごいなと思います。

―― 日本でも、ワークスペースのシェアリングはありますよね。それだけではなくて、シェアリングエコノミーという発想(モノや移動手段や場所のシェアによって、これまでの消費・生産のスタイルを見直そうとする試み)が拡大しています。だけれどそこでは、ビジネスとして成功するか否かという価値規準が筆頭にきているようにも思えます。

工藤 シェアできるものはシェアしたほうが、生活の質や便利さが向上するし、環境にも優しいし、それによって人のつながりも見直される。シェアリングエコノミーがそのような発想であることはたしかです。

 だけれども、スペインで取り組まれている「オルタナティブな経済」のような、より社会的な理念を持ち、分野の越境力をもった活動は、日本にはまだ少ないと思います。

 もちろん事業は破綻したら困るんだけど、最低限まわっていればそれで良い。大事なのはそれがビジネスのかたちとして優れているかではなく、どれだけ社会を自分たちが良いと思うような方向へ変えていくかです。スペインで出会った数々の試みでは、「人とのつながりが大切だ」ということをそのベースに、じゃあ大切だと思わなかった社会というものが何に基づいてできていて、なぜそれが問題なのか、という批判意識がはっきりと宿っていました。

角 智春

角 智春
(すみ・ちはる)

1995年生まれ。東京外国語大学大学院修士課程一年生。ミシマ社の学生デッチ。耳の垂れた犬が好き。2016年に、1年間メキシコで暮らし、みんなのミシマガジンにて「すみちゃんのめひこ日記」を連載。

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