新しい世界新しい世界

第1回

あわいの自分(前編)

2026.10.03更新

あわいとは

 ミシマ社さんの新しい連載、第1回のテーマは「あわいの自分」です。

「《あわい》って何?」と思う方もいらっしゃるでしょうから、最初に「あわい」についてお話をしようと思います。

 そうそう。『あわいの力』という本をミシマ社からは以前に出しましたので、よろしければそちらもお読みくださいね。

※編集部註:2013年刊行の『あわいの力』、おかげさまで在庫僅少のため、2026年12月、新たに1章を増補して『新版 あわいの力』を刊行予定です。ご期待ください!

 さて、「あわい」というのは「間」に似ている語ですが、少し違います。

「間」というのは、「空処(あきど)」というものが語源で、AとBの間隙の部分を言います。建物と建物の間とか、人と人との間とかね。

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 それに対して「あわい」というのは「逢う」が語源で、AとBの重なった部分を言います。

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 「間」は英語にできるけれども、「あわい」はぴったりの英語がありません。

 『あわいの力』にも書きましたが、日本には「あわい」がたくさんあります。

縁側

 たとえば、建物でいうと《縁側》です。

 建物の中を「内」と言います。ここには余所の人は入れません。ところが《縁側》には、「内の人」はもちろん入れるし、「外の人」も入ることができます。

 子どもの頃の縁側を思い出すと、そこにはお祖母ちゃんが座っていてお茶を飲んでいる。そこに「ちわー」っと富山の薬売りの人がやって来て、薬箱の中の薬の入れ替えをして、それからお祖母ちゃんとひとしきりおしゃべりをする。

 僕たち子どもが行くと紙風船をくれたりする。そこに友だちが遊びに来て、一緒に遊ぶ。

「あわい」の場である《縁側》には、内の人はもちろん、外の人も入れる。ここを昔の日本では「中」と呼びました。

「内」に入れるのは「身内」だけ。「中」は「仲間」も入ることができる。このような「あわい」空間が《縁側》です。

 このほかにも、日本文学では《掛詞》という縁側の修辞法もありますし、また日本の時代も《あわい》で変化してきました。このことを書き出すと、なかなか本題にいかないので、詳しくは『あわいの力』をお読みいただければと思います。

がんの宣告を受けた

 さて、そこで本題の「あわいの自分」です。

 2026年9月11日に、がんの宣告を受けました。

 特殊ながんらしくて、現時点(9月23日)では、何のがんかちゃんとわかってないのですが、告知を受けた時点では「胆管細胞がん」という話でした。

 しかも、ステージは「4」。最終ステージです。

 これを告げられたあと、医師から「昔だったら余命3カ月などと言われましたが、今はいい薬ができていて、この薬を使いながら治療していくことになります」と言われました。

 そして、この薬は・・・

・劇的に効く人もいるし、

・ゆるゆる効く人もいるし、

・あまり効かない人もいます・・・

 とも言われました。

 国立がん研究センターによると、肝細胞がんでは5年実測生存率は4.2%、10年実測生存率は1.6%と報告されています。

 生存期間の中央値が約13カ月。1年ちょっと。

 そこで、仮に自分がまったく薬が効かない人だと考えて(こういう時は最悪の事態から考えるにかぎる)、自分の余命というのを、まずは「6カ月」として、いろいろな目標も6カ月にセッティングしました。

 この話を聞いたとき、目の前がパーッと開けた感じがして、「新しい世界」に一歩踏み出した気持ちになりました。

あわいの自分

 とはいえ、このパーッと開けたあとに来る「新しい世界」が何かというのは、まだ全然わかっていません。

 ただ、それは死の世界でありません。

 「過去の世界」、「新しい世界」、そしてそのあとに「死」が来ます。

 過去の世界の自分は、「余命6カ月!」と決めた時点で消えて、「新しい世界」に入っていくのですが、しかし現在はまだ過去の世界の自分を引きずっているところがあります。

 具体的に言うと、今はまだいろいろな人に連絡を取ったりとか、頼まれていた仕事を断ったりとか、さまざまなものを処分するとか・・・俗事に案外奔走しています。

 このように、いまの自分は「過去の世界」と「新しい世界」のあわいにいます。

 だから「あわいの自分」なのです。

 さっきも書いたように「新しい世界」はまだまったく見えていません。

 そりゃあ、そうです。見えてしまったら、それはもう「新しい世界」ではありません。

 多くの人にとって「死の世界」というのは未知だと思うのです。それと同じように、新しい世界も未知なんです。

 この連載では、いまの「あわい」を通り抜けながら、新しい世界に入っていく様を連載していき、かつ、今度は「死」が目の前に見えてきたら、今度は「新しい世界」にいる自分と「死にゆく自分」とのあわいの話をしていこうと思っています。

安田 登

安田 登
(やすだ・のぼる)

1956年千葉県銚子市生まれ。能楽師のワキ方として活躍するかたわら、甲骨文字、シュメール語、論語、聖書、短歌、俳句等々、古今東西の「身体知」を駆使し、さまざまな活動を行う。著書にコーヒーと一冊『イナンナの冥界下り』、『すごい論語』『三流のすすめ』(以上、ミシマ社)、『身体感覚で「論語」を読みなおす。』(新潮文庫)、『能~650年続いた仕掛けとは』(新潮新書)、『野の古典』(紀伊國屋書店)、『見えないものを探す旅~旅と能と古典』(亜紀書房)など多数。2026年12月、ミシマ社より『新版 あわいの力』を刊行予定。

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「新しい世界」に入られた安田登さんの、本連載以外のご活動を下記にまとめています。いずれも目が離せません・・・!

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●隣町珈琲ご講演

2026/10/6(火)

安田登「日本古典で楽しむ“物語日本史”」第9回 特別編 『仏教経典』

https://peatix.com/event/5162299

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