ギター熱ギター熱

第5回

「きらきら星」から始めよう

2026.02.04更新

 小学生の「将来なりたい職業ランキング」のトップ10に初めてユーチューバーが登場してから、まもなく10年になる。医師やプロ野球選手、運転士や看護師といった人気の職業が並ぶ中、動画配信をするユーチューバーというのは雲をつかむようで、おいおいニッポンの将来はだいじょうぶなのか、親御さんはこれから大変だなと案じていたが、さまざまな専門分野でユーチューバーとして活躍する友人もいる今、彼らの仕事ぶりに教えられることも多く、イメージはずいぶん変わりつつある。なんといっても、このたび私のギター熱を支えてくれることになったのもユーチューバーなのだから。
 講師はフィンガースタイルのギタリスト、おおもりごうすけさん。数多いるギタリスト・ユーチューバーの中からおおもりさんにお願いした理由はいくつもある。最初におことわりしておくと、フィンガースタイルに特化したオンライン講座の充実ぶりや、アコギ最大のメッカといわれるカナダ東部で開催されるカナディアン・ギター・フェスティバルで3位入賞、ソロアルバムの発売、といったすばらしい実績だけを見たら、到底ついていけないと思ってあきらめていただろう。
 動画をご覧いただければわかるが、フィンガースタイルというのは、弾き語りと違ってほとんど歌わない。メロディも伴奏もリズムも全部ギター1本で表現しなければならない。一人バンドというと大げさかもしれないが、たった一人で逃げも隠れもできないところが潔いけど、恐ろしい。有名どころでは、チェット・アトキンスやトミー・エマニュエル、ジュリアン・ラージ、日本では押尾コータローといった名前が挙がるだろうか。今からそこを目指すのは端から無理というものだ。
 ところが不思議なことに、おおもりさんの動画を見ていると、超絶技巧もなぜか弾けそうな気がしてくる。どうしてあんなふうに弾けるのか、わかりやすい言葉でゆっくり丁寧に楽曲の構造や指使いを説明してくれるので、テンポをぐっと落とせば私にもできそうなのだ。もちろんそう簡単に弾けるものではないとわかってはいるが、その気にさせるって教育の真髄じゃありませんか。視聴者を置き去りにしてどこかへ行ってしまうユーチューバーが多い中、理解できない生徒の立場を理解している先生というのは貴重だと思う。
 あまり知られていない曲を扱っているのも大事なポイントだ。ユーチューブは番組の登録者数や視聴回数が収益につながるため、収益だけを狙うならポピュラー音楽のように一般によく知られていて検索上位に表示される曲を採り上げるだろう。そういうギタリストはごまんといて、視聴するだけならそれでもいいだろうが、こちらは指導者を探している。弾き語りしかやってこなかった身としては、好きな曲を弾けるというだけでは上達しないことは百も承知だ。
 おおもりさんの場合は日本人にはあまりなじみのない曲やオリジナルの練習曲も採り上げるから、どれもゼロ・スタートである。先入観がないのでしっかり演奏を聴くし、指使いを凝視するし、楽譜も読もうとする。
 考えてみれば、どんな楽器もそうではないか。小学3年まで習っていたピアノも、当時主流だったバイエルやチェルニーといった教則本に載っているのは知らない曲ばかりで、ゼロから練習を始めていた。ギターだって同じはずで、私がそんな当たり前のことに気づかされたのは、アコギというのは、歌謡曲のように誰でも知っている曲を弾き語りするだけで十分楽しめて満足できるため、それ以上を求めようとしなかったためかもしれない。
 おおもりさんにお願いする最後の決定打となったのは、2024年の元旦にアップされた新年のあいさつ動画だった。昆布とかつお節から丁寧に出汁をとるおおもりさんの料理にも驚かされたが、それ以上に引き込まれたのはおばあちゃんだった。おせち料理を食べたあと、台所でおおもりさんがおばあちゃんにオリジナル曲を聴かせているのだが、じーっと聴いていたおばあちゃんが、演奏が終わってポツリと一言。
「黙って聴く人、おるだろうか?」
 思いがけない角度からの強烈なリアクションに、おおもりさんもそばで聴いている奥さんも思わず吹き出してしまう。
「みんな黙って聴いてられないってことかな?」
 おおもりさんが恐る恐る尋ねると、おばあちゃんは、うんうんとうなずいている。どうやらおばあちゃんは、自分が暮らす介護ホームで演奏してもらったらどうかなと思いながら聴いていたらしい。ホームのじいちゃんばあちゃんはみんなおしゃべりだから静かに聴いてはいられないだろうけど、それでもよかったらギターを弾きに来てくれないかい、という孫へのオファーだったのだ。
 おばあちゃん、かわいすぎる......。
 たったそれだけの場面なのだが、おおもりさん一家のあたたかい雰囲気がにじみ出ていて、いいなあ、この人に習いたいなあ、ご家族も好きだなあと思ったのだった。

 レッスンがスタートした。最初の課題曲は「きらきら星」だ。幼稚園で歌った、ドドソソララソー、ファファミミレレドーのあの曲だ。初心者コースだからある程度は覚悟していたが、えっ、そこからですかーっ、と驚いた。弾くだけならむずかしくはない。
 ところが、ここに人生初のチャレンジが待っていた。オンラインレッスンなので、自分の演奏動画を撮影して先生に採点してもらわなければならないのだ。なんだそんなことと思われるかもしれないが、動画撮影なめるなよ。さっきまでちゃんと弾けたのに、撮影開始のボタンを押した途端、空気が一瞬にして変わり、緊張で指が動かなくなるのだ。
 なんなんだ、これは。「きらきら星」がこんなにむずかしいなんて。さらに、まったく信じられないことに、以後、動画を添削してもらうためにユーチューブに自分のチャンネルもつくることになってしまった。もちろん先生への限定公開だが。
 じつはこのあとも次々と人生初の挑戦が待っていて、目下メトロノームと格闘中だ。これまで自分がリズム感に欠けると思ったことはなかったが、テンポの大切さは、わがSNSバンドで演奏したときに思い知った。とりわけ音源を編集してもらうときは、コンマ1秒ずれただけでまるごと台無しになる。編集担当の@どんこめさんや、@あーるさんは凄腕のミキサーなのですっかりお任せしていたが、かなり負担をかけていたのは間違いない。
 老化現象ならあきらめるしかないが、現役で活躍している80代のミュージシャンもいるのだから、あきらめるのはまだ早い。メトロノームを聴いてまず体でリズムをつかみ、それからギターを弾き始める。この流れを自然にできるようにしなければ。おおもりさんによると、"アコギの神様"と呼ばれるトミー・エマニュエルだって、ライブのあと、ホテルの部屋でメトロノームに合わせて練習していたというのだから。
 そしてバンド仲間のためにも、メトロノーム大好き人間にならなければ。ファンクの帝王ジェームス・ブラウンも自伝やインタビューで繰り返し語っているではないか。「おれのバンドじゃ、管楽器もギターも、ボーカルでさえもすべてがドラムなんだ。すべてが『ONE(1拍め)』に向かって叩きつけられなきゃならない」って、ハードル高すぎでしょ。
 
 楽器を習うのは半世紀ぶりになる。練習がたまらなく苦痛だった子どもの頃と違い、今は楽しくてたまらない。毎日弾いていたいし、もっと弾けるようになりたい。出張で3日留守にしたときなんか、これまで数十年まともに弾いていなかったというのに、3日も弾けないなんて指が動かなくなってしまうよーっ、と不安になったほどだ。
 もはやどこを目指しているのか自分でもよくわからなくなっているが、たんなる趣味以上のものになりつつあるのは確かだ。バンドをやっているのに、どうしてソロのフィンガースタイルを練習しているのかと聞かれたら、こう答えよう。
 いつか一人になる日がきたとしても、ギターだけはずっと弾いていたいから。

最相 葉月

最相 葉月
(さいしょう・はづき)

1963年、東京生まれの神戸育ち。関西学院大学法学部卒業。科学技術と人間の関係性、スポーツ、精神医療、信仰などをテーマに執筆活動を展開。著書に『絶対音感』(小学館ノンフィクション大賞)、『星新一 一〇〇一話をつくった人』(大佛次郎賞、講談社ノンフィクション賞ほか)、『青いバラ』『セラピスト』『れるられる』『ナグネ 中国朝鮮族の友と日本』『証し 日本のキリスト者』(キリスト教書店大賞)、『中井久夫 人と仕事』など多数。ミシマ社では『母の最終講義』『なんといふ空』『辛口サイショーの人生案内』『辛口サイショーの人生案内DX』『未来への周遊券』(瀬名秀明との共著)、『胎児のはなし』(増﨑英明との共著)、『口笛のはなし』(武田裕煕との共著)を刊行。

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