ギター熱ギター熱

第4回

お父さんのギター

2026.01.06更新

 青いギターに変えたのは、何かわけでもあるのでしょうか~♪(チェリッシュの「白いギター」風に)
 著者近影を見て気になったという人はほとんどいないだろうが、ギターを本格的に再開してわずか2か月、自分でも信じられないことに、あれほど長い付き合いだったモーリスを離れ、今はギブソンの青いギターを愛用している。
 わけはあって、ブルーハーツが大好きな近所の居酒屋の大将、大ちゃんの一言がきっかけだ。大ちゃんはロックバンドでギターを弾いているので、ある日、モーリスのギターにどんなイメージがあるかと聞いてみた。
「うーん、お父さんのギターって感じかなあ」
 即答だった。なにしろこちらは半世紀近いブランクがある浦島太郎状態だから、近頃流行りのギターのことはさっぱりわからない。大ちゃんのお父さんとなると、1970年代の「四畳半フォーク」世代か。やさしい青年だからこちらが傷つくようなことはいわないが、率直にいって、古すぎるぞという意味だろう。気づかってくれているとわかるから、なおさらショックではあった。
 そうか、お父さんのギターか......。
「モーリス」とグーグルで検索すると、「モーリス ダサい」と勝手に表示されるので気にはなっていた。オートコンプリートといって、実際にたくさんの人が「モーリス ダサい」と検索しているということだ。
 モーリスは今もすばらしいギターを作っているから誤解しないでいただきたいが、いっときラジオでがんがん流れた「モーリス持てばスーパースターも夢じゃない」のコマーシャルのインパクトが強すぎて、イメージがなかなかアップデートされないのだろう。本当にアップデートされていないのは、モーリスと聞いてアリスしか浮かばない私の頭のほうなのだけど。
 そもそも大ちゃんにそんな質問をしたのは、わがSNSバンドのスタジオ練習で初めてみんなと生で合わせたときの衝撃だった。
 全然、弾けてないよ......。
 このバンドでのギターの役割は主にコードで伴奏すること。在宅練習で途中の転調もなんとか乗り越えて準備万端で出かけたものの、いざ合わせてみると、一人で弾き語りしているときにはまったく気づかなかった問題に直面した。
 テンポである。
 歌いながら弾くのは慣れているが、ほかの楽器に合わせて弾くのは高校生のバンド以来。独りよがりだった時間があまりに長すぎて、人に合わせるという感覚をすっかり失っていた。ドラムの@森ひろきさんは毎回練習に参加できるわけではないので、彼がいないときにテンポを決めるのはギターになる。私のギターに合わせてみんなが演奏するのだが、肝心のギターが不安定だと、あとでほかの音源とミックスすることができない。
 もちろんイヤホンでメトロノームを聴きながら演奏してはいるが、弾いているうちにどうしても先へ先へと走ってしまう。腰を手術してからよちよち歩きの状態なのに、ギター演奏はスピード違反なのだ。
 根本的なところからやり直す必要がある。弾き語りの記憶をリセットして、やはりゼロから弾き方を習おう。そのためには、家族同然のモーリスをどうするか。
 心機一転、ギターを買い換えるか。新しいぶどう酒は新しい革袋に入れよとイエス様もおっしゃっているではないか。還暦も過ぎたことだし、多少値段が高くてもそろそろ好きなことにお金を使うことを考えてはどうか。自分に都合のいいギターの神様が耳元でささやく。
 大ちゃんおすすめの日本製ギターもいいけれど、じつはこのところ気になっていたギブソンの青いギターがある。あるアーティストのために作られたシグネチャーモデルで、結構お高い。買うことなどまったく考えていなかったが、もし今買うならあれしかない。私にとっては数十年前の着物以来の高額出費になるが、還暦祝い、いや、20代から始まった親の介護をまっとうした自分へのごほうびでいいではないか。それに自分を追い込むには多少背伸びしたほうがいい。もはや必要経費だ......等々、さんざん言い訳をした挙句、とうとう買ってしまったわけである。
 ネットショップで!
 ギターが届いた日、覚悟を決めた。ギターの講師も数名のユーチューバーから絞り込み、申し込みをした。もう後には引けない。

 ところで、大ちゃんと話をしながら思い出したことがある。文字通り、お父さんのギターのことだ。
 物心がついた頃、わが家に父のクラシックギターがあったことは前に書いた。ただ父がギターを弾く姿を見たことはないし、弾き方を教えてもらった覚えもない。あのギターはいったいなんだったのか。もはや謎のままで終わるのだろうと思っていたのだが、最近、あることが判明した。父の日記にギターが登場したのである。
 数年前に神戸の実家で遺品整理をしていたとき、古い大学ノートが大量に出てきた。学生時代の父の日記のようだった。亡くなるまでの9年間、父はがんと心臓病を患い、舌と声帯を失ったので想像を絶する苦しみがあった。それを承知の上でいうのだが、体が動かなくなるまで時間は十分にあったというのに、なぜこういうものを捨てておかなかったのかなあと複雑な気持ちだった。文筆の仕事をしている娘に読ませようという魂胆が透けて見えてしまい、読まずにまとめて喪主の弟に送ることにした。その際、いつになるかわからないが、もしかしたら読む日がくるかもしれないと考えてスマホで複写だけしておいた。
 つい先日たまたまスマホのストレージを整理していて、父の日記をざっと見渡していたとき、手書きの楽譜が目に飛び込んできた。父の筆跡だ。驚いた。父、楽譜書ける人だったんだ。まったく知らなかった。前奏がある。フラットがついている。音符を伸ばすタイやスラー、4分休符や8分休符も書き込まれている。なんと、歌詞は3番まである。なんだこれ。
 おそるおそる楽譜の直前のページをちらりと覗いてみる。どうやら女性にあてて書かれている。内容からみて恋人だ。ただし相手は、母じゃない。
 読むか、これ以上、読み進めるのか。
 これまで執筆のための資料として他人の日記を読むことはあったが、家族の日記を読むのは気が進まない。正直、読みたくない。だが、ギターの謎は解いておきたい。読まねばなるまい。激しい抵抗を覚えながら、細かいところまで読んでみる。どうも彼女は秘密を抱えているらしい。結婚には踏み切れない事情があって、葛藤しているようだ。父はそれに理解を示し、そして、書く。

  「一緒に考え、一緒に苦しめばいいじゃあないか」
  ボクがそう言ったらキミはうなずいたね。 解ってくれたんだね。
  もう強がりはよそう、オタガイに。

  今夜、作詞作曲で素晴らしい歌を創ったよ。今度逢った時、ギターで聞かせるさ。

 うわっ、引用してしまったぞ、父。どうだ、これで気がすんだか、父。
 こうなったら曲も聴いてやる。スマホのピアノ・アプリをダウンロードして音符をたどっていく。うーん、これは短調だな。昭和のブルースっぽい。あれ、雰囲気がなにかに似てる。淡谷のり子の「別れのブルース」か、フランク永井の「有楽町で逢いましょう」か。
「有楽町で逢いましょう」は昭和32年にリリースされて大ヒット、翌年には映画も公開されている。父はちょうどハタチだから、観た可能性がある。映画に感化されたのだろうか。

  タイトル不明

 (一)
  永遠の幸せを祈る瞳よ
  たゞ 清く澄みて

  ああ なが瞳
  いま何を語る

 (二)
  愛の言葉秘め涙する
  そは 若き日の瞳

  ああ なが瞳
  いま何を語る

 (三)
  二人だけの歌くちずさむ
  とき 春の日は近く

  ああ なが瞳
  いま何を語る

 彼女には聴かせたのかなあ。そこそこ歌はうまかった父が得意気にギターを弾き語りする姿が目に浮かぶ。いや、たぶん聴かせられなかったんだろうなあ。
 ああ、だから日記は読みたくなかったんだ。せつないなあ、お父さんのギター。

最相 葉月

最相 葉月
(さいしょう・はづき)

1963年、東京生まれの神戸育ち。関西学院大学法学部卒業。科学技術と人間の関係性、スポーツ、精神医療、信仰などをテーマに執筆活動を展開。著書に『絶対音感』(小学館ノンフィクション大賞)、『星新一 一〇〇一話をつくった人』(大佛次郎賞、講談社ノンフィクション賞ほか)、『青いバラ』『セラピスト』『れるられる』『ナグネ 中国朝鮮族の友と日本』『証し 日本のキリスト者』(キリスト教書店大賞)、『中井久夫 人と仕事』など多数。ミシマ社では『母の最終講義』『なんといふ空』『辛口サイショーの人生案内』『辛口サイショーの人生案内DX』『未来への周遊券』(瀬名秀明との共著)、『胎児のはなし』(増﨑英明との共著)、『口笛のはなし』(武田裕煕との共著)を刊行。

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