ユザワタヌキ文庫へようこそ

第4回

でも、地球にいるんでしょ。

2026.04.07更新

文庫の繁盛期

 ユザワタヌキ文庫には年に2回の繁盛期がある。

 ゼミに入る新入生たちの面接シーズンの秋が1回目の繁盛期。どのように新しいメンバーを決めるのか毎年学生たちと話し合っているが、ゼミへの入室希望者と直接会って話してみることは大事という意見は一致しているため、希望者全員との面接は続けている。面接会場はユザワタヌキ文庫。ゼミ生たちが複数人集まってくるので、この時ばかりは部屋の中が何人もの学生たちでごった返す。

 もちろんここはユザワタヌキ文庫であるからして「お茶も飲めます」という設えなので、学生たちは面接担当でなくてもドヤドヤと集まってきてはお茶を一杯、お菓子をひとつという雰囲気になる(この時期にはいつもの駄菓子よりちょっと豪華なお菓子が揃っていると学生たちも知っているのか・・・)。一方、面接される側は緊張していてお茶など飲めない、という心持ちになるらしく、せめてお菓子だけでも持って帰ってというやり取りが繰り広げられるのもまた楽しい。私は「今年もまたこの季節が巡ってきたな」とその風景を眺め、学生たちの会話に耳を傾けるのが好きだ。

 時々訪れる繁盛期に備えて、本が溢れる文庫のわりには座る場所が多く用意されているのは密かな自慢でもある。中央のテーブルを囲む背もたれ付きの椅子が6個、窓辺のミニソファーとオットマンで2個、その向かいにある私のデスクに事務用椅子が1個、学園祭のために学生たちが購入した巨大なクーラーボックスにアフリカケニアのマサイ族が纏う布(シュカ)を掛けたベンチは2~3人が腰かけられる。荷物置きにもなる丸椅子4個を合わせると、合計16人分の座る場所があり、小さな空間によくもまぁ、という数ではある。

門出を祝う春の夜

 この椅子が満席、あるいは足りなくて立ち見客が登場する2回目の繁盛期は卒業式の日だ。武道館での卒業式を終えた学生たちはキャンパスに戻り、学部で卒業証書を受け取る。思い思いに写真を撮ったりおしゃべりをした後、夕方の学部懇親会までの間の空き時間にユザワタヌキ文庫を訪れ、お茶を飲んだり、写真を撮ったり、長らく借りていた本を返しにきたり、別れを惜しみに来る学生たちが集まってくる。だから私も卒業式の公務以外の時間は、文庫でゆっくり過ごすことにしている。繁盛期のあわただしさとは裏腹に、訪れる学生をのんびり待つという贅沢な時間が流れる。

 ゼミ生たちだけでなく、他のゼミに所属する学生、大学院生たちが入り乱れて文庫に足を運んでくれるので、卒業式当日は年に一度の特別トークセッションのような雰囲気になるのも楽しみの一つだ。今年は大学院生がしんみりと将来の希望などを話しているところに、花冷えの中庭で卒業生の先輩たちを送り出した2、3年生が「寒い、寒い。あったかいもの、お茶飲みたい」となだれ込んできた。3年生は只今進行中の就職活動についてその悲喜こもごもを話し合い、2年生は不安と期待が入り混じった面持ちでそれを聞いている。気がつけば、仕事帰りに立ち寄ったという昨年の卒業生がその会話に加わっていて、ふふふと私も嬉しくなる。

 しばらくすると、学部懇親会を終えたほかのゼミに所属する学生とその友人が「ちょっと話したくて」と言いながら入って来た。この日が初対面という学生同士も入り乱れ、みんなでお茶を飲んだ。ふと窓の外を見るとすっかり日が暮れ、暮らしの明りが灯り、夜景が瞬きだしていた。時計は20時半を回っていた。 

別れと出会いの季節

 じゃあね、と学生たちを送り出す時、「ユザワさん、ユザワタヌキ文庫があるから、卒業しても来ていいんだよね。また来ます」と声を掛けられ、ふと胸に迫るものがあった。そのためのユザワタヌキ文庫だという思いが強くなる。

 学生たちが居なくなってガランとしたユザワタヌキ文庫の椅子に一人腰かけ、満ち足りた気持ちで大きな深呼吸をひとつ。三月は大学で働く私にとって、卒業生を送り出し、これから入って来る新入生を迎える準備をする別れと出会いの季節だ。この季節になると、きまって思い出す言葉と出来事がある。それは私自身が大学を異動することを学生たちに伝えた春の日のこと。

「そっか。でも、地球にいるんでしょ。いなくなるわけじゃない。なら、いいや」

 ある学生から私はそんな言葉をもらった。やられた。なんかすごいじゃないか、学生って。そんな風に世界を見ているなんて。それは一年間大学を休学して、日本中をママチャリで旅をしながら写真を撮っていた学生の言葉だった。どうやって撮ったのかわからないくらい美しい満天の星空の写真を一枚私に差し出して、「これは飾るものではないよ。しんどくなったら見る写真」とぶっきらぼうに言う。呆然と立ち尽くす私の内側から、「よし、がんばろう」という気持ちが沸いてきた。

 こんな素敵な言葉には叶わないとしても、私もそんな風に学生たちを送り出すことができたらと思っている。地球とはいかないまでも、「ユザワタヌキ文庫」が離れている誰かとのお互いの存在を確かめ合える場所であれたらいいなとも思う。

 私が前職を辞して今の大学に異動する最後の日は、2019年4月1日だった。つまり、ユザワタヌキ文庫を一度たたんで、新しい場所に引っ越すその日は、色々な都合で誰も私の引っ越しを手伝えず、見送りもできないという日になっていた。「ここでの文庫はおしまい」。ため息交じりの深呼吸をひとつ。一人ぽつんと本当に空っぽになったユザワタヌキ文庫跡に佇んでいたその時、ドヤドヤと3、4人の学生たちが入ってきた。

「先生、新しい元号、何だろうね」

「ここで一緒に新しい時代を目撃しよーぜ」

 状況がよくわかっていない私をみんなで囲むスマホの前に座らせ、学生たちはそわそわと「新しい元号」を待っている。固唾をのんで覗き込む画面から「令和」という言葉を聞いた。

 「センセー、レイワ、だってさ」

 「レ・イ・ワ」

 「じゃあねー」

 「またねー」

 学生たちは満足顔で新しい時代との出会いを受けとめ、ユザワタヌキ文庫跡からそれぞれの未来へと歩き出していった。それにしても学生たちは粋なことをする生きものだ。あれから8年。今年、令和8年にはどんな出会いが待っているだろうか。また新しい学生たちがやってくる。

湯澤 規子

湯澤 規子
(ゆざわ・のりこ)

1974年大阪府生まれ、千葉県育ち。法政大学人間環境学部教授。筑波大学大学院歴史・人類学研究科単位取得満期退学。博士(文学)。専門は歴史地理学。主な著書に『胃袋の近代―食と人びとの日常史』(名古屋大学出版会)同書で、生協総研賞第12回研究賞、第19回人文地理学会賞(学術図書部門)を受賞。『7袋のポテトチップス―食べるを語る、胃袋の戦後史』(晶文社)、『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか』(ちくま新書)、『焼き芋とドーナツ―日米シスターフッド交流秘史』(KADOKAWA)、同書で第12回河合隼雄学芸賞を受賞、などがある。

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