キッチン・ストーリー――エストニアで料理を作りながら聞いた話キッチン・ストーリー――エストニアで料理を作りながら聞いた話

第6回

「今はリアルに人と会って助ける仕事ができてる」――マリナとオムレツを作る

2026.05.12更新

 2023年10月8日のお昼過ぎ、私の滞在先ナルヴァ・アート・レジデンシ-(以下NART)のキッチンに、マリナと、週末にNARTで受付をしているカチャが食材を持ってやって来た。当時17歳のカチャは日本語に興味があり、受付の時間に私たちは日本語で話す練習をした。村上春樹をよく読んでいて、『ノルウェイの森』が好きだと言っていた。

 ナルヴァにはウクライナから多くの人たちが避難してくる。私はウクライナから来た人とご飯を作って食べたいと思ったが、ここにとどまる難民は少なかった。そこで、難民支援をしていたロシア系の女性マリナと会うことになった。マリナは2016年、家族とともにサンクトペテルブルグからナルヴァへやってきた。彼女のアパートは手狭だからということで、NARTのキッチンに来てもらった。

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[以下発言者]
本原=著者、マナ=マリナ、カ=カチャ(マリナの次女)、マリ=マリカ(NARTのスタッフ)

マナ:カチャは、私の下の娘。

本原:え? カチャのお母さんだったの? 知らなかった。

――カチャが持って来た本を見て

本原:あ、ねじまき鳥?

:村上春樹さんの本はほとんど読んだ。

本原:どうしよっか、先にコーヒーでも飲む?

マリ:令子は2018年に旦那さんとヘルシンキからタリンに来て、とてもエストニアが気に入ってここに来たの。
 少し、本の話をしたら?

――私の著書『Kitchen Stories』(名古屋で台所を訪ねた記録)を見せながら

本原:これは、日本で出会ったある女性の話。37歳で離婚して、「一人で生きていくには」と考えて看護師になったの。総合病院で働いたあと、家で最期を迎えたい人を支える仕事をするようになった。
日本では、昔は多くの人が家で亡くなっていたのに、いつのまにか病院で亡くなるのが当たり前になった。でもコロナをきっかけに、自宅で最期を迎えたいと考える人も増えてきたの。とても個人的な話なんだけど、彼女の人生はその変化と重なっているんだよね。

マナ:日本では自分の死を選ぶことができるの?

本原:や、法律違反になる。安楽死を手助けした医者が逮捕されたことがあったなぁ。スイスでは認められてるんじゃない?
 マリナは、ウクライナから避難して来た方のケアをしていたんだよね。

マナ:私は今、シラマエでソーシャルワーカーとして23人の方のケアをしてる。アルコール依存症だったり、一人暮らしのご老人だったり、在宅でケアが必要な人たち。ウクライナからの避難者を助けたあと、この仕事に就いたの。
 実はサンクトペテルブルグにいた頃、政府機関で社会福祉の仕事をしていたの。でも、ほとんどがペーパーワークで、人の痛みとかリアルな暮らしとか見たことはなかった。今はリアルに人と会って助ける仕事ができてる。
 ロシアでは精神障がいのある人は閉ざされた病院の中で、社会と関わることはできなかった。牢屋じゃなくて病院なんだけど、彼ら自身は檻の中の野菜みたいに動けない状態だった。エストニアと大きな違いがある。エストニアでは彼らを社会に巻き込もうとするけれど、ロシアでは孤立している。

本原:お母さんのこういう話、聞いたことある?

:や、初めて。仕事のことは知ってたけれど、細かいことは知らなかった。

本原:お腹空いてない? そろそろ作ろうか?

本原:冷凍ブロッコリ使うの?

マナ:そう! 少ない労力でいちばんおいしく、が理想。

本原:いいね。いろんなフライパンがあるけど、どれ使う? まな板は?

マナ:フライパンだけで! 最小限の労力よ。

――トマト2個を櫛形に切る。フライパンにオリーブオイルを引き、ブロッコリを炒める。
 マリナが10個の卵(5人分)をボウルに入れて混ぜる。塩を入れる。

マナ:塩、入れすぎじゃない?

本原:そう?

本原:なんか飲む? お茶? ガーデンからミント、採って来ようか?

マナ:いいね。

――スライスした玉ねぎ、トマトという順にブロッコリの間に入れる。

マナ:いつもはベーコンも入れるけど、今日はシンプルに!

――黒胡椒をかけ、オリーブオイルを足し、溶いた卵を入れる。

本原:おいしそう!

マナ:塩が多いかも。ロシアでは、塩を入れすぎる人は恋してるって言うの。他のことが手につかなくなっている証拠だから!

――窓の外は前日からの嵐で、木が強風で揺れている。
 マリカがオーブンからチーズトーストを取り出す。

マリ:うわ、焦げてる!!

本原:炭になってる〜。

――マリナがフライパンからオムレツを大皿へ移す。

:いただきます。

一同:え? なんて言った?

:Itadakimasu. ボナピティと同じ意味。

本原:おいしい〜、ぜんぜん塩辛くないよ。

:私は塩味が好きだから、自分で足すよ。私が起きると母はもう出掛けているから、朝はあんまり一緒にご飯を食べてないの。

本原:シラマエまでバスで行くの?

マナ:そう。利用者が抱える問題はそれぞれちがうし、電話もよくかかって来る。こないだはアルコール依存症の人と2時間半、話した。彼は想いを吐き出す必要があったから。良いこともあるんだよ。飲まなかった日を覚えていないくらいのアル中だった人が、私と接するようになって6月にお酒を止めたの。「やめたい」という彼の強い意志が一番だったけどね。

本原:心理療法士の資格も持っているの?

マナ:私は弁護士の資格を持ってる! だからロシアで政府の仕事ができた。

本原:何がきっかけで、ウクライナからの避難者を助ける活動を始めたの?

マナ:最初、私は彼らを目の前にして、悲しみと罪悪感を感じた。自分がロシアから来たから。ロシア政権に反対していたし、政治的な決断と自分は全く関係ないけれど、罪悪感を感じた。
 ウクライナの工場地下で何ヶ月も過ごした人たちは、綺麗なベッドに、枕、熱いシャワーが浴びられることに泣いて喜んでた。地下にはキッチンもなかったし、食べることがままならなかったから、食べることをやめられず、食べすぎてお腹を壊す人も多かった。

本原:避難所で必要なものって変わっていくよね。私、日本で津波があった1ヶ月後に避難所を訪ねたとき、必要なもののトップに化粧品が入っててびっくりしたことを覚えてる。最初は食べるものや下着や靴下、おむつだったのが、1ヶ月して自分のケアに気が回るようになるんだと思った。

マナ:スラブ系の女性にとって、自分のケアをすることはとても大事で、きちんとお化粧してハイヒールを履くのは普通のこと。避難者の女性と一緒に美術館に行った時、髪をとかして綺麗に化粧をしていた彼女の様子をFacebookで見て怒る人がいて、炎上したことがあった。彼女自身はやっと日常に戻れてハッピーだったのにね。幸せってなんだろう? と考えさせられたわ。

本原:印象に残ってる人は?

マナ:宿泊所の入口でスーツケースの上に座り込んで、「どうしてもウクライナへ帰りたい!」って言った高齢の女性。彼女の意志は本当に強くて、施設側も根負けして、けっきょく帰って行ったの。

本原:誰でもできることじゃないよね。

マナ:うん。私、11月になって体調を崩してしまったの。カウンセリングを受けて眠れるようになったけど。不思議なことに、戦争のニュースや記事を見ても泣かなくなったので、「私は大雑把になって、何も感じなくなったのか?」とカウンセラーに相談したら、「それはいたって健康!あなたはとても謙虚で、自分自身の感情を置き去りにしすぎたの。」と言われたわ。

本原:私も津波のあと、何かしなければ! という焦燥感に襲われた。でも、私と私の家族が精神的にも肉体的にも健康でないと、他人のことを助けることはできないって、カウンセラーに言われたのを今も覚えてる。

:私にとってもあの頃はきつかった。すごく悲しいことがあった時、母はいなくて。母がとても良いことをしていて忙しいのはわかってたけど、私にはお母さんが必要だった。

マナ:今は、週末は休んで、距離をうまく取れるようになったと思う。

本原:これはみんなに聞いていることなんだけど、「もし、しばらく家に帰れないとしたら、何を持って行く?」

マナ:(カチャの肩を抱いて)この子! あとはパスポートとか自分のドキュメント、それから家族写真。

本原:この質問を、ウクライナから来てるレジデントのアーシャにもしたの。アパートを離れる時、ポーランドにいた母親に何を持って来てほしいか聞いたら、「ミシン2台と、持てるだけの布を持って来て!」と言われたんだって。彼女は両手にミシン、リュックサックには小さい頃の写真と家族写真を入れて家を出た。人によって必要なものがちがうから。

マリ:カチャは、何を持ってく?

:本。あとは犬のぬいぐるみ。ロシアにいた頃からずっと持ってる古いもの。『秘密の花園』はぜったいに持っていく。

マナ:私ね、今年、恋に落ちたの! 12年間連れ添った元夫と別れると決めた日に、恋に落ちた。人生ってわかんないよね。

本原:めちゃ、いいじゃん!

マナ:今年になって10キロ痩せたの。エストニアに来て珍しい食べ物がたくさんあって食べ過ぎた。ストレスもあったと思う。やっと元の体重にもどった。

マリ:お母さんのこと、どう思う?

:6月からお母さんはすごい元気になって、太陽みたいなの。お母さんが幸せだと、私もハッピーよ。

マナ:今年になって初めて赤い服を着てるのよ! ほら!

一同:すごい似合う!

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【写真:花坊】

【レシピ】

●がんばらないオムレツ(5人分)
1.トマト2個を櫛形に切る
2.フライパンにオリーブオイルを引き、ブロッコリを炒める
3.10個の卵をボウルに入れて混ぜ、塩を入れる
4.スライスした玉ねぎ、トマトという順にブロッコリの間に入れる(ベーコンを入れても良い)
5.好みの香辛料、黒胡椒をかけて、オリーブオイルを足す
6.溶いた卵を入れ、フライパンに蓋をする

本原令子

本原令子
(もとはら・れいこ)

1963年生まれ。陶芸家・美術家。「土」を使って焼き物に限らず、映像やパフォーマンス、ワークショップなどを行う。2021年からプロジェクト「キッチン・ストーリー」を国内外で行っている。2012〜15年、静岡市の登呂遺跡で稲作から道具作りまで実験的活動をする「アートロ」の企画監修。主な著書に『Kitchen Stories』(港まちづくり協議会)、『登呂で、わたしは考えた。』(静岡新聞社)。

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