遊ぶ子ブタの声聞けば

第1回

遊ぶ子ブタの声聞けば、ほか

2021.05.21更新

遊ぶ子ブタの声聞けば

 2人いる私の息子のうち、お兄ちゃんは4月から大学生。ちょっと前まで「ボクは光の国からきた巨人だー」とか叫んで怪獣の私を倒して遊んでいた気がするのに、今や身長180cm。見上げる彼と、うっかり戦いゴッコでもしようものなら腕の1本も折られかねません。時の経過は残酷です。

 さて、戦いゴッコですが、人間の専売特許ではありません。ネズミやハムスターなどの哺乳類や鳥でも見られます。ブタも然り。生まれてから数週間の間、子ブタたちは鼻をつきあわせて押しあうようなケンカのまね事をして遊びます。

 いきものは、遊びをせんとや生まれけむのだなあ、と思うのですが、ちょっと待ってください。なぜこんなに多くの動物が戦いゴッコをするのでしょう? 例えばエサを争ってケンカをするのならその理由も分かります。ですが、ゴッコはただの遊びです。勝ったからといってご褒美はありません。では、彼らがこうして遊ぶ、りくつというか合理性というかは、いったいどこにあるのでしょう?

 その答えはずっと未来にあります。英国クイーンズ大学のジェニファー・ウェラーさんたちによると、戦いゴッコでたくさん遊んだメスの子ブタは、大きくなって誰が強いか決めるための本当のケンカをしたときに、勝者になることが多いのです。遊びがケンカの仕方を学ぶことにつながっているのでしょう。

 一方、オスの場合はメスとは逆で、子ブタ時代によく遊ぶと、大人になってケンカに負けるのです。オスは、子ブタの時にはまだない牙を使って、メスとは違うやり方でケンカをします。そのため、戦いゴッコをしてもケンカの技術が身につかないのだと考えられています。なのに、どうしてオスも遊ぶのか? 体を使うことが筋肉を強くすることにつながるのか? 遊ぶことで不測の事態に出くわしても対処できる力がつくのか? まだそこはよくわかっていないようです。

 十何年も前の我が家の場合、ドッタンバッタンやってるうちに、怪獣だったはずの私が、いつの間にか光線を撃つ側になっていることが良くありました。こんな経験から、私の息子は何か学んでいたりするのでしょうか? ひょっとして、戦いには完全な正義も悪もない、とか心の奥底に刷り込まれていたりしたら、シブい18歳なことです。

典拠論文
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0003347219303112



カマキリの、子作りは戦いだ。

 去年、小さな田んぼを借りてコメを育てました。機械はなるだけ使わず、友人に手伝ってもらって田植えをし、稲刈りも手作業です。左手で稲の束をいくつか掴み、右手に持った鎌で根本をザクザク切っていきます。ああ、鎌というのはなんと便利なものでしょう。

 さて、昆虫の中には、タガメやミズカマキリ、サシガメの仲間のように、前脚が鎌状になっているものがたくさんいます。代表選手はもちろんカマキリ。交尾の時にメスがオスを食べてしまう性的共食いをすることで有名です。

 私たちにはなかなか理解しにくい性的共食いですが、そこにもちゃんとりくつがあります。オスが得をすることがあるのです。食われたオスの体はメスのお腹に収まり、その栄養状態を改善します。お腹のふくれたメスは、たくさんの卵を産むことができ、オスは命を失うかわりに自分の子が増えます。父さんが、我が子の血となり肉となる。

 ところが、アフリカ南部原産のカマキリの一種では、こうは行きません。共食いのうち6割ほどが交尾の前に起こるからです。交尾できないとメスにとっても困るのでは? と思うのですが、このカマキリの場合、メスは精子を受けとらなくても無性生殖で子を残すことができるので問題ありません。ということで、交尾前に共食いが起こると、いくらメスがたくさん卵を産んだとしても、食われたオスの子はゼロ。哀れなオスは食われ損。

 オスはこの状況にどう対処しているのでしょう? これを調べたのがニュージーランド、オークランド大のネイサン・バークさんたち(このカマキリ、近年ニュージーランドなどに外来種として拡がっています)。彼らによると、交尾の前にオスメスの取っ組み合いが見られるとのこと。どちらも相手を大きなカマで抑え込もうとします。オスが勝てば、交尾に成功した上で8割弱の確率で生き延びることができます。さらに、メスのお腹に傷をつけることができれば生存率は100%。つまり、オスは力づくで、共食いから逃れながら交尾しようとしているのです。逆にメスに捕まれば一巻の終わりなので、まさに生と死をかけた戦いです。

 カマキリのカマをよく見ると、柄の部分にもノコギリの刃のようなトゲがたくさんついています。捕まえた相手を逃さず抑え込むためです。エサなら逃げられてもお腹が空くだけですみますが、メスを逃すと命に関わるのですから、トゲはとても大切です。

 こうしてみると、カマキリのカマは、稲刈り用の鎌とは形も働きも違っています。ですので、稲刈りをよそに、両手に鎌を持っては、蟷螂拳(とうろうけん)だ! とかやってる誰かさんは、生物学的にはちょっと正しくないのです。

典拠論文
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsbl.2020.0811

中田兼介

中田兼介
(なかた・けんすけ)

1967年大阪生まれ。京都女子大学教授。専門は動物(主にクモ)の行動学や生態学。なんでも遺伝子を調べる時代に、目に見える現象を扱うことにこだわるローテク研究者。現在、日本動物行動学会発行の国際学術誌『Journal of Ethology』編集長。著書に『まちぶせるクモ』(共立出版)、『びっくり!おどろき!動物まるごと大図鑑』(ミネルヴァ書房)など。監修に『図解 なんかへんな生きもの』(ぬまがさワタリ著、光文社)。2019年にミシマ社より『クモのイト』発刊。

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