遊ぶ子ブタの声聞けば

第3回

つられあくびのライオンたち、ほか

2021.07.13更新

つられあくびのライオンたち

 あくびがうつった、と、よくいいます。実は私はこれがよくわかりません。今、この文章を書いている間も、お昼ご飯に食べた素麺でお腹が満ちたせいかどうにも眠く、フワーッと大口を開けたくてたまらないのですが、ともかく私にとってあくびはあくまで睡魔と共にあるもの。誰かにつられて自分もしたくなった、ということがあまりありません。このあくびの伝染、相手に共感している時に起きる、という説があるようで、そうすると私は共感の心を欠いているということに・・・いきものとしてどうなんでしょう?

 というのも、同じ現象は、人間以外のいろいろなほ乳類でも見られるのです。霊長類やイヌやゾウ、ブタさんだって、つられあくびをします。そしてライオン。動物園だと退屈そうにあくびをしているイメージですが、アフリカのサバンナに住む野生のライオンも、つられあくびをすることがわかっています。そして、これが彼らの暮らしの中で大事な役割を果たしているようなのです。

 イタリア、ピサ大学のグラツィア・カセッタさんたちは、何ヶ月にもわたってライオンの群れを観察し、合計252回のあくびを見ることができました。そしてわかったのは、ライオンが寝ようとした時や逆に動き始めた時のように、リラックスした状態であくびが起きることでした。そりゃそうでしょう。あくびというと眠りと結びつくに決まっています。ウチで飼ってるネコのニャーちゃんだって、よく似たタイミングであくびします。さすがは同じネコ科です。

 それはともかく、ライオンにはもう一つ、あくびが起きやすい状況がありました。それが、群れの誰かがあくびした時です。他のライオンがあくびしているところを見ると、あくび発生率がなんと139倍にも高まったのだとか。これはどう見てもうつっています。うつりまくってます。

 そして面白いのは、うつされたライオンは、うつした側のライオンが動き出したら自分も動き出し、逆に相手が寝そべると、自分も寝そべることが多かったことです。つまり、うつるのはあくびだけではなく、どういう行動をするのかもまた伝染していたのです。

 どうしてこんなことが起きるのでしょう? 可能性として考えられているのが、ライオンの社会をうまく回すためだ、ということです。群れで狩りをするライオンにとって、皆が好き勝手に振る舞うと、獲物を捕まえるのに都合が悪いことでしょう。あくびはそんなライオンたちの振る舞いを整え、群れで同じような動きをさせる働きがあるのかもしれません。ライオンと同じく人間も社会を作って暮らすいきものです。私もあくびがうつったふりくらいした方が良いのでしょうか・・・

 少し前のこと、ニャーちゃんのあくびの写真を撮ろうと目の前で口を大きく開けてみたことがあります。ですがもくろみは失敗。私のあくびは見事に無視されました。そういえば、ネコは単独で行動するいきものなのでした。

典拠論文
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0003347221000579


カイアシの王子様

 大事なものは目に見えない。深い言葉ですが、現実の自然にも当てはまることが多いのです。例えば海や湖では、私たちの目ではよく見えないような小さなプランクトンが、食物連鎖を支えて生態系が上手く回るために重要な役割を果たしています。中でもたくさんいるのがカイアシ類。植物プランクトンを食べて暮らす動物プランクトンの一群で、彼ら自身もエサとなることで多くの魚の命を支えています。

 プランクトンという言葉は、水中を漂ういきものを指しますが、カイアシはただ漂っているだけではありません。夜になると水面近くに移動してきて、光合成して増えた植物プランクトンを食べ、明るくなると底のほうに沈んでいく、という動きを毎日繰り返しています。場合によっては数百メートルも移動することがあり、1mmほどの大きさのカイアシにとって、からだの何十万倍もの距離を毎日往復していることになります。

 そんなカイアシの中にはからだが透き通った種類がいます。水の中で浮かんで暮らすいきものには、クラゲやウナギの幼生などのように透明なものがしばしば見られるのですが、カイアシもその1つ。透明人間ならぬ透明動物です。陸上では、天敵などから見つからないようにするため、見た目を背景の色や模様に似せるやり方が通用するのですが、水の中では背景がはっきりしません。さらに、水中ではどの方向から見られるかもわかりません。ですので、水中で身を隠すには何かに擬態するよりも、透明になるのが良いのだろうと考えられています。そういえば、陸上には透明ないきものはあまりいません。

 さて、透明人間の話になると出てくる定番のツッコミの1つが「食べたものはどうなるの?」です。口に入れた瞬間に見えなくなるのか? それとも消化が進むにつれて見えなくなるのか? はたまたウンチになっても見え続けるのか? なんだかあまり見たくない光景です。

 現実の世界で暮らすカイアシの場合、当たり前なのですが、お腹の中に入ったエサはからだを透かして外から見えます。せっかく透明なのにこれでは台無しです。実際、水産研究所(当時)の津田敦さんたちの行った実験によると、お腹いっぱいのカイアシは何も食べてない時より、2倍たくさん魚に食べられたそうです。お腹に色がついて見つかりやすくなるのですから、さもありなんです。

 ということで、なぜカイアシが昼間は暗い深い水の底に沈み、夜になると浮かんできて食事をするのか? というと、夜なら透明術が破れても見つかる心配がないからだ、というのが可能性の1つです。彼らにとっては、星の王子さまとは違う意味で、目に見えないことが大事なのです。

典拠論文
https://aslopubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.4319/lo.1998.43.8.1944

中田兼介

中田兼介
(なかた・けんすけ)

1967年大阪生まれ。京都女子大学教授。専門は動物(主にクモ)の行動学や生態学。なんでも遺伝子を調べる時代に、目に見える現象を扱うことにこだわるローテク研究者。現在、日本動物行動学会発行の国際学術誌『Journal of Ethology』編集長。著書に『まちぶせるクモ』(共立出版)、『びっくり!おどろき!動物まるごと大図鑑』(ミネルヴァ書房)など。監修に『図解 なんかへんな生きもの』(ぬまがさワタリ著、光文社)。2019年にミシマ社より『クモのイト』発刊。

編集部からのお知らせ

「こどもとおとなのサマーキャンプ 2021」講師として中田兼介さんにご登場いただきます。

この夏、ミシマ社では「こどもとおとなのサマーキャンプ2021」を開催します! 昨年大好評いただいた「こどもとおとなのサマースクール2020」がさらにパワーアップ。講師には、創作ユニットtupera tuperaの亀山達矢さん・中川敦子さん、料理研究家の土井善晴さん、生物学者の中田兼介さん、農家の宮田正樹さんと中村明珍さん、アーティストの村上慧さんをお招きし、とっておきの学びの時間を共有します。ぜひみなさまふるってご参加ください。

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とっておきのいきものの見つけ方、観察の仕方を、いきもの博士から学ぼう!

第1部:見つけて!捕まえて!観察しよう!
ハカセに山、川、田んぼ、街なか、石の裏など、いろいろな 「いきものスポット」を教えていただきます。また日用品を活用した様々なトラップの作り方・使い方も伝授! そして今回はなんと、クモがエサを食べる瞬間も一緒に観察する予定です。運がよければ、カエルの変態の様子も見られるかも...!? これでみんなも「いきものハカセ」見習いの仲間入り!

第2部:「いきもの写真」&「観察レポート」を一緒に見ながらハカセが解説!
第1部~第2部までの1ヶ月の間に、実際にみんなが撮影&観察した様子を発表していただきつつ、ハカセにそれぞれのいきものの名前や生態、豆知識やエピソードなど教えていただきます。みなさまの渾身のお写真&レポート、お待ちしています!(見るだけのご参加も大歓迎です◎)
*終了後には後日、「みんなのいきもの図鑑」も制作してデータなどで共有予定です! 夏の思い出にぜひ*

*本講座で身につく(かもしれない)こと
・身近にひそむいきものの見つけ方
・いきものを観察する喜び

「教えて、いきもの博士!」中田兼介

<開催日時>
第1部:7/31(土)16:00~17:00
第2部:8/28(土)10:30~11:30

<開催方法>
オンライン配信(オンラインイベントの参加方法の詳細はこちら。)
※ご参加者には、イベント開催の翌日ごろ、録画動画をお送りいたします。
当日、ご都合がつかない場合も、ご安心ください。

<チケット情報>
通しチケット(全9回):¥15,000+税(先着50名限定)
講師ごとの単独チケット(全2回):¥4,000+税 

中田兼介さんからのメッセージ

今年の夏も暑くなりそうですが、いきものと遊びに外に出てみましょう。遠くに行かなくても、身近なところにたくさんのいきものがいます。いきものの気持ちになって探してみれば、きっと見つかります。いきものと遊ぶ夏を一緒に楽しみましょう。

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